偽物の映画館

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山田風太郎『伊賀忍法帖』読書感想文

風忍法帖!Yeah!

タイトルからなんとなく『甲賀忍法帖』を連想しますが、もちろん忍法帖は全て単独の作品であり、本書も『甲賀』の姉妹編や続編ではない独立した作品です。
ただ、『甲賀』と比較して、分量は同じくらいなのに内容は好対照を成しているので、そういう意味では併せて読むと面白い二冊ではあると思います。



戦国の世。武将の松永弾正は、主君の妻への歪んだ欲望を叶えるため、魔術師・果心居士とその弟子である七人の忍法僧の力を借り、「淫石」と呼ばれる媚薬を作ろうとする。
「淫石」を作るには大量の女の愛液......それも絶世の美女のもの......が必要となる......。
ーーー「淫石」を作るため、妻を犯されて殺された若き伊賀忍者の笛吹城太郎は、妻の死霊の言葉に従い、超人的な能力を持つ忍法僧らと松永弾正への復讐を誓うが......。



甲賀』が十人vs十人のド派手な忍法バトルだったのに比べて、本作は一人の男が七人の異能に挑むという、やや地味でありながら主人公に感情移入しやすいお話でした。

地味......というのは敵キャラの一人一人の描き分けが(能力以外には)されていないことや、その能力にしても使い方が普通で意外性が少ないことが主な原因に思われます。
なんせ、読み終わってから敵のキャラ名や忍法の名前/能力をほとんど覚えてないからやっぱりその辺印象薄かったんでしょう。
逆に、それ以外の部分は、恐ろしい製法の媚薬"淫石"、戦国のメフィストフェレス"果心居士"、首と胴が別々の継ぎ接ぎ女、大仏炎上などなど、おどろおどろしくいかがわしいギミックが満載でやっぱり地味とは言い難い小説ではあると思います。
ただ、忍法バトル部分に期待して読むと、「やや地味」という感想を持ってしまうので、これから読む方はぜひバトルよりも物語への期待を持って読んでいただくといいかと思います。


で、そのストーリーの方は非常によく出来ていると思います。
主人公・城太郎の復讐が本物語全体を貫いていることで本筋はシンプル。
一方、そこに城太郎を助ける謎の軍団や、右京大夫の想い、そして黒幕・果心居士の存在などが脇筋として複雑に絡んでくることで、単調になるのは避けています。
結果、分かりやすい本筋という強力な牽引力に加え、細かい脇の部分の「これはどういうことなの?」「この人はどうなっちゃうの?」というフックが効いて一気に読まされるエンタメ小説になってます。
また、特に凄いのがラスト。史実に沿わせると物語としてスッキリしなくなりそうなところを、無理筋ではなく見事に両立させる手腕はさすが時代小説とミステリの大家・山田風太郎です。この人の小説はいつもめちゃくちゃやっといて幕引きがとても綺麗だから好きです。


というわけで、派手な忍法バトルは控えめですが、その分お話作りの上手さが際立った作品で、個人的には『甲賀忍法帖』みたいなはっちゃけ方のが好みですが、とはいえ情念に塗れた死闘の果てにある静かな余韻に浸れる美しい傑作でした。