偽物の映画館

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西澤保彦『人形幻戯』読書感想文


チョーモンインシリーズ第6作、短編集としては3冊目にあたる作品です。

人形幻戯 (講談社文庫)

人形幻戯 (講談社文庫)


このシリーズを読むのも久しぶりなのでこれまでどうだったかうろ覚えではあるものの、本書ではレギュラーキャラの登場はかなり控えめな印象でしたね。
各話で事件の関係者が語り手となり、外部から介入してくる探偵役として神麻さんらが登場するという話がほとんどで、よく言えば物語のバリエーションが広く、悪く言えばシリーズ中の一作としての魅力は薄い、といったところですかね。

また、超能力の事件への絡め方も少しずつ変化してきているように見えます。
これまでは超能力を前提とした現象としてのパズル的トリックが多かったのが、本書あたりからはホワイダニットに寄ってきている感があります。
個人的には泡坂妻夫の作品が好きなので、こういう極端なキャラクターによる狂人の論理に近いホワイダニットは嫌いじゃないんですが、後味は悪くなりがち。それが西澤作品の魅力でもありつつ、このシリーズはもうちょい能天気なままでいて欲しかった気もしちゃいますね。

とはいえどのお話もそれぞれ驚きや遊び心に満ちていて楽しかったです。

以下各話の感想を。



「不測の死体」

とある公園で近くに誰もいない状況の中、女性が置時計で撲殺された。事件はテレポーターの仕業と思われるが、凶器の時計の持ち主の家でも主人が同じように撲殺されていて......。


とても謎めいた状況ながら、謎が多すぎて謎の焦点がはっきりとしない不可思議さがあるのが面白いです。
真相はちょっとよく出来過ぎな気はするものの、散りばめられた謎と伏線が再構築されることである種冗談みたいな事件の全貌が明らかになるのも良いですね。
本書では最も純粋にパズラーっぽい一編ですね。はい。





「墜落する思慕」

とある高校で、全校集会の最中に男子生徒が校舎から墜死した。警察は自殺として処理したが、目撃者は被害者がひとりでにふわふわと浮き上がっていくのを見ていた......。


複数人の目撃者の証言から少しずつ見えてくる事件の光景の異様さが良いですね。もちろん読者には超能力によるものだとは分かってるものの、それでも空中を浮かび上がってから墜死するという光景のインパクトよ。
現象面での謎解き自体もなかなか捻りがあって面白いところですが、そこからむしろ動機が謎になってきて、それに説得力ある説明をつけていくのが見事。
(ネタバレ→)主人公たちの側の日常エピソードをホワイの伏線に使ってくるあたり、あざとくも憎めないですよね。
ちなみにキョーコちゃんと神麻さんの壮絶なイチャつき具合にはイラッときますね。はい。





「おもいでの行方」

ふと我に返った八栄子は、自分が友人の部屋で2時間分の記憶を失っていることに気付く。寝室ではその郁恵が刺殺されており、同じく招かれていたはずの男友達の姿が消えていて......。


記憶を失い、部屋では友達が死んでいる......という不条理スリラーな設定がまず素敵。
そうした現在の主人公の受難の一方で、その日集まった仲良し3人組の繊細微妙な関係性の話になるや切ない青春小説に早変わり。
そして客観的な視点から明かされる捻りの効いた真相に至って、切なくやるせない余韻がジワります。
まぁ、なんせ私は(ネタバレ→)男女の友情は成立しない派なので、刺さりましたね、はい。





「彼女が輪廻を止める理由」

美代子のアルバイト先の小さな会社の実質的なリーダーが橋から転落死した。やがて、まとまりを失った会社のメンバーの脳内に彼の死の光景が浮かび上がるようになり......。


他人の傘を盗むというみみっちいとでも言いたくなる発端から、同僚の死の光景を幻視するというやけに幻想的な謎へ、深みに踏み入っていくようなストーリー展開が良いですね。
そこから"ババ"、"輪廻"というモチーフを重ねて重ねていった果てに、あのなんとも凄絶で悪夢的で印象的なラストシーンに至るプロット自体がトリッキー。超能力者の正体にも、能力の使い方にも別に意外性はないものの、超能力という設定が幻想味を演出するために活きています。聡子さんの存在感も良い。
ところどころ納得しづらい部分もありつつ、本書でも一番のお気に入り短編です。はい。




「人形幻戯」

小さな火の玉を飛ばす超能力を持つ刑事。だが、その能力は微小で無害なもののはずであった。しかし、ホテルでの張り込みの際に何気なしに飛ばした火の玉から大惨事が起こる。動揺する彼は、現場から冷静に立ち去る若い女を見て......。


なんせシャンデリア落下という発端がド派手で、しかし主人公の能力は超地味というギャップが良い。
やけに刑事ものらしいようでいて、その実いつもの自分語りでしかない人生相談的取り調べシーンも印象的。
そして、調べていくにつれ何だかわからないながらもおぞましさを感じさせる謎が、意外な反転を見せながらもおぞましさだけはむしろ増幅して保たれるのが凄いっすね。はい。





「怨の駆動体」

自宅マンションの非常階段で転落死した女性。その死は純然たる事故と見られたが、事故の直前に同僚の男に部屋まで送られた彼女は、サイコキネシスでの施錠によって部屋から閉め出されていたようで......。


短い話で、前話までとは違い、関係者視点のエピソードが割愛されていきなり保科たちによる推理シーンから始まります。
状況設定がミニマムなだけに「こうだと普通すぎるからこうだろう」という推測はしてしまうものの、やはりとある動機が印象的ではあります。
短い話なだけに、主人公たちに対して「何でお前らがそこまで分かるんだよ」と、主に動機の面で思ったりもしちゃいますが、あまりにもカッコ良すぎるタイトルの意味がじわりと何ともいえぬ余韻になる結末はなかなか。
短くも面白いのでコスパ良いっすね。はい。