偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

倉野憲比古『墓地裏の家』読書感想文

『スノウブラインド』の倉野憲比古先生の第2作。

前作の主人公・夷戸が訪れた墓地裏の家は、吸血神を信仰する神霊壽血教の教会だった。歴代教主が機械な自殺を遂げたこの家で、今再び惨劇の幕が上がり......。

墓地裏の家

墓地裏の家


というわけで、異形の新興宗教の家を舞台に、おどろおどろしくもどこか上品な雰囲気と心理学推理が楽しめる、前作の良さを引き継いだ続編です。



タイトルはルチオ・フルチの同名映画からとられています。私はその映画はまだ観られていないのですが、浮世から少し離れたところにある墓地裏の家というロケーションはそれだけで良いですね。

冒頭の、真夏の都会の喧騒を逃れ、だんだんと下町のような場所へ歩いていき、そこからさらに地続きにある異界としての墓地裏の家に至る......という場面が一夏の冒険へと読者を誘うようで......。

そして、その異界たる教主一族・印南家には溢れんばかりの探偵小説的ガジェットが......!
血の宗教そのものはもちろん、家のいたるところにある狼や蝙蝠のグッズ、自殺名所の塔、観覧車狂の教主に、魔眼の美少年に、盲目の美少女......とまぁ、舞台セットから人物造形に至るまでとことん古き良き探偵小説を思わせる空気が心地よいです。

この一種異様の宗教・神霊壽血教の縁起を描いた第3章は、日本の近代史を総ざらいしつつ、その中に架空の宗教団体の盛衰を盛り込んだ力の入った内容で、それ単体でも楽しめるくらいだったり。
そして、恐るべき一族の曰く因縁が語られた後には、不可解な状況での自殺とも他殺ともつかぬ事件が続発。
さらに、それ以上に面白いのが、家の中でのあれこれの争い。教主の血を継ぐ保守派の少年と、教主の座を狙う革新派の信徒総代表との政治的な戦いに、壽血教を異端と豪語する狂信的クリスチャンまでいたりしててんやわんやのお家騒動......。


さらに、そうした壽血教内のドラマが主軸としてありつつ、主人公の夷戸と悪友的先輩の根津さんとのやりとりや、喫茶店の美人オーナーの美菜さんへの淡い恋心......なんていう夏らしい青春要素もあったりして、おどろおどろしい物語に一服の清涼感を添えてくれます。
おどろおどろしいとは言いつつも、登場人物たちに下品さは少なく、事件の様相にもふざけたようなところはないので悪趣味にはならない知的さや上品さが漂っていたりもして、そういうところも素敵ですね。


そして、ラストの解決編もまた素晴らしい。というか、私好みでした。

謎解きの意外性とかよりも詩情に重きが置かれているようなところは前作同様。真っ当なミステリを期待するとややすっきりしないかもしれませんが、個人的には(特に最近は)ただのミステリよりもこういう結末の方に読み応えを感じます。
もちろん、心理学講義もてんこ盛りで、特に本作では自殺がテーマなだけに自殺の類型の話なんかは分かりやすくて面白かったです。また、書名こそ出てこないものの某ベストセラー本に触れているのも、私もこないだ買ったとこなのでほほうと思いましたね。



そんなこんなで、B級ホラー的なゴテゴテの怪奇趣味と、戦前戦後の探偵小説のような品格ある空気感、そして分かりやすく読みやすい心理学講義と、著者の趣味嗜好を煮込んだような一冊で、やはり個人的には偏愛枠に入れたくなるような作品でした。



以下でちょっとだけネタバレ感想を。























というわけで、本書の結末ですが、ミステリ的な解決がなされた上で、ホラー的な怪異が起こり、でも全てが不思議な偶然だったようでもある......と、夷戸、根津、美菜の3人それぞれが事件に対して違った解釈をしているのが面白いところ。一種のリドルストーリーであり、芥川のあれを彷彿とさせもします。別の話題ですが作中に芥川の名前も出てくるので意識してのことだと思いますが(ちなみに、この芥川の自殺にまつわるエピソードも興味深いですね)。

とはいえ、多重会社のうちの一つはミステリとしてトリックや犯人が説明されてもいるので、解決自体を放り投げたとは感じないですからね。ちなみに、あの観覧車のトリックなんかケレン味があって好きですねぇ。

そして、最後にお屋敷が炎上するのもいいっすね。屋敷は消え、関係者たちも共に焼失し、事件の真相も藪の中......事件自体が夏の幻だったかのように、そして夏が終わる......。

この、狂騒の後の静寂。夏の終わりの時期に読んだからか、本を閉じた時にふと秋風を感じるような、そんな寂寞と清涼の間のような読後感がありました。