偽物の映画館

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牧薩次『郷愁という名の密室』読書感想文

辻真先の変名で、本格ミステリ大賞を受賞した『完全恋愛』でおなじみの牧薩次。

本作は彼の2作目の長編にして今のところの最新作。平成も終わったことですし、牧氏には平成版『完全恋愛』みたいなのも書いて欲しいところですよね。

郷愁という名の密室 (小学館文庫)

郷愁という名の密室 (小学館文庫)

漫画家志望の介護師・鼎はひょんなことから介護していた老婆を殺してしまう。
ヤケを起こして雪山へ自殺しにいった彼は、しかしそこで事故に遭い、目が覚めるととある温泉旅館で高校時代に好きだった後輩に介抱されていた。ここは死に際の夢の世界なのか?
......そして、その夜、旅館で密室殺人事件が起こり......。



というわけで、牧薩次氏第2作なのですが、正直言ってこれはいまいちでした......。

まず、最初に1つ書いておかなければならないのが、本作を前作『完全恋愛』の期待値で読んではいけない、ということ。
本作も前作も「郷愁ミステリ」とでも呼ぶべき内容であることは同じですが、わりとシリアス調で昭和史と1人の男の生涯を総ざらいする壮大さと三つの不可能犯罪というミステリとしての濃さを持っていた前作に比べると、本作は全てにおいて小粒なのです。
描かれるのは35歳の小市民の現状と初恋の思い出。被害者は多いものの事件はひとまとまりのもので不可能性もそこまで。

また、夢の中の事件(?)という形式を取っているためしょうがないところもあるのですが、話があちこちに飛んで分かりづらかったです。文章自体はさすがに読みやすくユーモラスだつたのですが、それでさらさらと読み進めていくと「あれ、今何が起きてるんだっけ?」みたいに道に迷ってしまうという。なんせ設定自体がちょっとふわふわしてるものなのに、展開までふわふわしてるわけですから......。

また、ミステリ部分も捻った設定の割にはオーソドックスにすぎる気がしてしまいました。中盤で起こるある出来事を推理に組み込むあたりは特殊設定の利用法として面白いけど、それだけではちょいインパクト弱め。
オチも郷愁という言葉のイメージのおかげで美しくはなっているんですけど、ちょっとざっくりしすぎてて、もうちょい説明があるか、いっそなんの説明もないかの方が個人的には良かったかなぁと思ってしまいます。

恋愛パートにしても、初恋をそのまま引きずってるような軽さが目立って(それはそれでライトなラブコメとしてはいいのかもしれませんが)、主人公についに感情移入できぬままにあの美しいラストシーンまで読み進めてしまったので、風景としては美しいけど心情的にはそんなにっていうテンションの乖離が起きてしまったのでした......。

まぁ、そんなわけで前作が良すぎたから比べるのも酷というものですが、それにしてもあまりハマれませんでしたね。
とはいえ、上にも書いたようにハナからライトなラブコメなんちゃってSFミステリーくらいのつもりで読めばなかなか楽しめるであろう作品ではありました。