偽物の映画館

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西澤保彦『いつか、ふたりは二匹』読書感想文

講談社ミステリーランドから刊行されたジュブナイル・ミステリです。
ジュブナイルと言っても、猫や犬が出てくるところや真相が分かりやすいところ以外は至って普通に普段の西澤作品でした。




〈あらすじ〉
大学生の義姉とプチ二人暮らしをしている小学生の智己。彼には「眠っている間に野良猫の"ジェニィ"の体に入り込める」という秘密があった。
ある日、智己の同級生の少女たちが不審な車に轢かれる事件が起きる。事件は去年起きた誘拐未遂事件と同一犯の仕業とみられた。
智己は、猫のジェニィの体を借りて親友の大型犬ピーターと共に事件の謎を探る冒険を始める。





喜国さんの解説によると、ミステリーランド自体が子供に、読書の楽しさと、人生に潜む"毒"を知ってもらうというコンセプトのレーベルらしいです(いくつか読んだけど初耳でした)。

それを踏まえると、「普段の西澤作品」であることがミステリーランド作品としてとても良い方向に働いた作品だと思います。
尤も、子供相手でもいつも通り「私都(読み:きさいち)」などの難読人名を容赦なく連発するところには若干引きましたが......。


まず、普段から西澤作品はめちゃくちゃ読みやすいですが、本作はジュブナイルということで読みやすさに磨きがかかっています。
平易で会話の多い文章はもちろん、少年と猫を行き来することで、(語り手は同一人物ながら)視点に大きく緩急が付いているのが読みやすい理由でしょう。じっとしていられない子供でもこれだけ視点がじっとしていないお話ならすらすら読めるのではないでしょうか......(と言ったものの、私は子供の頃は本の虫だったので本苦手な人の気持ちあんま分かんないんですよね......)

内容も、変態あり、遣る瀬無さありの、手加減なしのいつもの西澤。
でも、決定的に違うのが、遣る瀬無い出来事に直面した主人公に対するケアがきちんとされていること。
人生では理不尽なこともあるし大事なものとの別れもある。そんな時にどうやって乗り越えればいいのかを物語の形で教えてくれる本書は、いつもの西澤らしい毒はありながらも、いつもと違って優しいお話になっていると思います。

ミステリーとしては、(ネタバレ→)タイトルと目次を見た時点で既にメイントリックは分かってしまいましたが、それでも(ネタバレ→)ピーターが登場する前後に必ず久美子さんの睡眠を思わせる描写があるようなきちんとした伏線があるあたり新本格ミステリを読んでいるなぁという嬉しさがありました。
また、事件の構図についてもなかなか捻りがあって、そっちは素直に驚かされましたね。それもまた性根が悪い感じなのが西澤でしたが......。



そんな感じで、普段の西澤保彦の作品って「エグい」とか「邪悪」という形容が似合うものが多いですが、そこにひとつ前向きなラストを入れるだけで、毒は強いけど救いもある児童文学に早変わりする様が新鮮で面白かったです。