偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』感想

大須の本棚探偵さんに行ったらたまたまいた別のお客さんにお借りしました。ありがとう、誰か知らない人!


2123年、「わたし」は「家族史」を書き始めた。それは100年前に身体を機械化する融合手術を受ける際に父親に勧められたことだった......。


主人公は肉体を機械化したことで100歳を超えても若い頃のままの姿でいる女性なんですが、それとともに心の方も成熟することが出来ずにいつまでも可愛い女の子のままで生きてきてしまったようなところがあり、本作はそんな彼女が書く家族史という体で進んでいくんですが、漢字を書くのが面倒だということで文章のほとんどが平仮名で書かれていてまぁ読みづらい笑。『アルジャーノンに花束を』の冒頭を思い出させる(誤字はないけど)読みづらさがあるんですが、でも漢字を書く暇も惜しむくらいの勢いで書いているとも言えるわけで、その勢いでもって読みづらいのにグイグイ読まされる高いリーダビリティがあってすごかったです。

100年後の世界が出てくるお話ではありますが、1997年生まれの主人公が融合手術を受ける前がちょうど今現在ぐらいなので今の世の中への風刺とか批評みたいな側面もあって、そのおかげで寓話的な雰囲気の反面リアルな生々しさも感じられるのが好き。将棋の永瀬拓矢さんとか、映画「ザ・ホエール」とか、ボカロ曲もいくつか出てきて時代感があります(ほとんど元ネタ分からんかったしボカロ苦手なので聴こうとも思わないけど......)。
また、主人公の記述は幼くて何もわかっていないような無垢なものなんですが、読み進めていくに従ってそれがある種の防衛機制のような感じで痛みから目を逸らしているらしいこともわかってくるのが凄かった。なので額面通りに読むと感情の起伏が少なく淡々とした文章なんですが、その裏にある強烈な痛み、抑圧、後悔を思うと「ぐえ〜ッ!」って思う。

たべるのもねるのもいやな生活が十才ごろから二十代のぜん半までつづくとさすがにうつっぽく死にたくなっていろいろありけっきょくゆう合手じゅつをうけることになるんだけど、ふとおもいだしたからボーカロイドのはなしがしたいです

↑こういう、気になることを言いかけて気分で話題を変えたりするところにはヤキモキさせられますが笑。

しかし終盤ではかなり(今の)現実離れした展開になると共にめっちゃつらい中にも現代風の救いの物語にもなっていて、基本的につらい話だけどそれだけじゃなくて、読後にタイトルを見返して色んな感慨から深くため息つきたくなる印象深い作品でした。

以下一言だけネタバレで。
































































































最終的にコミュニティに属すことを蹴って、自分で自分を肯定するための旅に出るというセルフケア的な結末であり、人間としての肉体を失った彼女がそれでも満身創痍の機械の身体を引き摺って歩いていくという生々しさがとても良かったです。

メレ山メレ子『こいわずらわしい』感想

以前読んだ『奇貨』というZINEの著者の沙東すずさんが「メレ山メレ子」名義で書いていたエッセイ集で、『奇貨』の前日譚としても読める1冊です。『奇貨』の中でも紹介されていたので気になって読みました。

「恋煩い」と「煩わしい」を掛けたタイトルの通り、恋愛体質でありながらも恋愛を鬱陶しくも思う著者のアンビバレントな恋愛観が、知人の話や自身の話、好きな昆虫などの話題も交えながら描かれていく恋愛エッセイ集です。
『奇貨』は長いこと付き合っていた恋人の浮気によって嫌な別れ方をした恨みの情念で書き上げられた1冊で、それでもそこかしこにやけっぱちのユーモアが溢れていましたが、本作はより穏やかに(?)ユーモアの要素を濃くしたような本で、にやにやしながら気楽に読み進められました。
私自身かつては恋愛にハマってた時期もありましたが結婚してからはもう恋とかめんどくせえことはしたくねえなという感じなので著者のこのアンビバレントな感覚にもある程度は共感できて頷きながら読めたし、共感できるけど自分でそれを言語化するのは出来ないなぁ、という絶妙な言語化センスも凄い、さすが。
中でも「恋愛はエクストリームスポーツである」みたいな言葉が非常に印象的で、確かにあんなハードな競技をみんなやらなきゃいけないみたいな世の中もおかしいわよねぇと思った。

そんでも後半あたりからどんどん著者自身の心情の吐露みたいなのも増えて、最後の方では『奇貨』では手酷い失恋の記録としてボロッカスに書かれる彼との甘い時期のエピソードで終わるので、本書単体で読めばハッピーエンドだけど続編(?)を読んでるとバッドエンドみたいな不思議な読後感が面白かった(なんて言うと失礼ですけど......)。

ともあれ今時はこういう恋愛したいけどしたくないみたいな人も性別問わず多いと思うので、そんな恋愛そのものへの愛憎を抱えた人にはぜひ読んでいただきたいおもしろエッセイでした!

『死んだらJPOPが困る人、CDジャケットデザイナー木村豊』

『ハチミツ』以降のスピッツのアートワークを手がける「CDジャケットデザイナー」の木村豊氏について、本人へのインタビューや彼がジャケ写を手がけたミュージシャンからのコメントで紹介する1冊。


とりあえずタイトルもうちょいなんとかならんかったのか......とは思いますが、内容は面白かったです!
スピッツファンなので木村さんの名前はもちろん知っていましたが、スピッツ以外にもアジカン、フジファブ、事変、きの帝、アートなどなど私の好きなバンドのアートワーク色々やってたことを初めて知りました......すげえ。
ちなみに本書の中では木村豊が手がけたCDの目録みたいなものは載ってなくてそれはちょっと残念だったけど公式サイトで画像付きで見れて、やっぱいいなーと思いました。

とりあえずミュージシャンからのコメントのトップバッターがマサムネ先生だっただけで最高だし、マサムネ先生の文章が読めるだけで最高だし、中身の方でもスピッツのジャケ写の裏話みたいなのがぽんぽん出てきてスピッツファン大歓喜。もちろんスピッツ以外にも色々と好きなアルバムのジャケの話が読めて面白かったです。

また、ジャケ写だけじゃなくて裏面の規定分の配置とかまでこだわって作っていることを知ってびびったし、子供の頃から「デザイナー」ではなく「CDジャケットデザイナー」になりたかったというところから始まる木村さんの半生のヒストリーなんかもめっちゃ面白かった。なんというか、前例のないような職業を確信を持って夢見て実現する姿勢が凄えな、と、子供の頃からなりたいものが無くて将来の夢に「富豪」とか「サラリーマン」とか書いてた私としては眩しいような羨ましいような気持ちになりました。
元から音楽好きだしスピッツファンなおかげでCDジャケットへの愛着もそれなりにある方でしたが、本書を読んでさらにCDジャケの世界への愛が湧きました。ジャケ写だけでも作品ではありつつ、中身の音楽と密接に結びつくことで一つの作品として完成するところが良いですよね。
という感じでまぁ感想ってほどの感想もないけどスピッツをはじめこの人のデザインしたジャケ写に好きなものがある方は読むと楽しいと思いますよ!

アレン・エスケンス『あの夏が教えてくれた』感想

海外作家で唯一追っかけてるエスケンスの邦訳4作目。


エスケンスの作品は全作でキャラクターが共通していて一つの大きなサーガのようになっているのが特徴。本作の主人公ボーディは教授/弁護士としてこれまでの作品にもレギュラー出演していたキャラで、そんな彼の少年時代の物語が読めるだけでもファンとしては胸熱であります。

ストーリーは、退屈な田舎町で起きた黒人女性の失踪という"大事件"と、ボーディと向かいの家に引っ越して来た黒人の少年トーマスとの友情を描いたもの。

本作はこれまでの作品と比べてもミステリー感はかなり薄くて、その分青春小説としての面に力が入ってます。
死んだ父親、母親、父親代わりのような隣人、バイト先、学校、新しい友達、淡い恋......と15歳の少年を取り巻く世界の全てが丁寧に描かれていき、中でも隣人のホークと新しい友達のトーマスとの関わりが印象的。
15歳のボーディはすでに正義感のある良い少年ではあるものの、無知から来る子供らしい偏見を抱いてもいます。そんな彼が黒人の少年トーマスと出会ったり、信頼する隣人ホークに諭されたりして、それで一気に考え方が変わるわけじゃないけれど自分の中の差別人を自覚するための種のようなものを彼らから貰うっていうのが良い。

問題は、われわれに偏見があるかどうかじゃない。偏見はあるに決まっているんだ。
大事なのは、その本能を理解し、それと闘うことなんだよ

もちろんトーマスとの友情はそんな真面目なものばっかじゃなくて、男の子2人いたらこういうバカもやるよね、みたいなシーンもあったり、気になる女の子たちとダブルデートみたいになる胸キュン要素もあったりして、重たいテーマではあるけど青春の煌めきもしっかり詰まっていて良かった。

小さい町が1人の人間とその取り巻きに牛耳られていることの胸糞悪さ、追い詰められた彼らがどんなことをするかという恐怖が、例えば序盤から学校で上級生に追っかけ回されたりするアクションシーンの形で描かれたりもしているので胸糞悪いけど読みやすく、そんなクソみたいな町の中でも良く生きようとする人たちのカッコよさに終盤ではいくつも泣ける場面があって、重苦しく嫌な話だけど、読後感には爽やかさすらあるのがいつものことながらエスケンス作品の大きな魅力だと思います。
また、単発作品だったとしても良い終わり方だと思うけど、その後のボーディのことも知ってるので余計にエモいってのもありますよね。読後に邦題を見返して、この夏が教えてくれたからボーディはああなったんだな、と納得出来るのが素敵。
ちなみに著者の次作はライラちゃんが主人公のお話らしく、それも楽しみです!

マルコ・パルツァーノ『この村にとどまる』感想


北イタリアチロル地方、ドイツ語圏の一帯はムッソリーニの台頭によりイタリア語を強制され、ヒトラーの移住政策によって村は分断された。母語を愛し、言葉の力を信じるトリーナは、地下で子どもたちにドイツ語を教え、ダム建設に反対する夫とともに生きてゆくのだが……。

実在するクロン村を舞台にし史実をベースに描かれた長編小説。
表紙の写真が、作中にも出てくる、ダム湖に沈んだ旧クロン村で唯一水面に見えている教会の鐘楼の姿です。
本書は、この傍目にはインスタ映えする光景の下に、ファシストに言葉を奪われ、ナチスに人を奪われ、戦後のダム建設によってついに土地そのものを奪われた人々の悲しみや怒りがあることを教えてくれます。

村に住む女性トリーナが、生き別れになった娘に向けた手紙という体で、少女時代から村がダムに沈むまでの30年近いトリーナの半生が綴られていきます。
凝った表現の少ない、静かで平易でありながらも抑えた詩情を感じさせる文体がまず魅力的で、翻訳もの=読みづらいという先入観を打ち破る読みやすさでぐいぐい読めました。ストーリーの展開も、わざとらしいドラマチックさを排し、その分リアルな人間の感情をじっくり味わうような感じで、それでも各章ごとに大きな出来事はあるのでエンタメ的な面白さもある絶妙なバランスがとても良かったです。

語り手のトリーナの視点から全てが描かれてはいくのですが、その中で主要キャラクターだけでなく少し出てくるだけの人生の脇役たちの姿も忘れ難く描かれている、人間への丁寧な眼差しも魅力。特に第二章の「逃避行」の途中で出会う人たちや、村の神父さん(彼は実在の人物がモデルらしい)らが印象的でした。

歴史を題材にしていつつ、歴史を語るのが目的ではなく大局的な視点から歴史を語るときに取りこぼされてしまう小さな人間の営みこそを文学として書き残すという著者の真摯な姿勢にも感動しました。女性が主人公なのもあり実際に戦地に招集されて戦うシーンなどはないんですが、村での生活をベースにすることで、その生活が戦争・独裁・また終盤では大企業の圧力によって無理矢理に変えられてしまう様がじっくりと描かれていて、村の人々の無力感が伝わってきて恐ろしかった。巨大な力を前に言葉では世界を動かせないことも描かれながら、言葉を紡ぐことを諦めない彼女の姿にも胸を打たれた。

また、トリーナは母親に対して敬意や愛情とともに反感も抱いているんだけど、娘に対して「自分の母親のようにならないようにしよう」という思いはありながらも母親とは違う形で自分の価値観を押し付けてしまっているところもあり、1番近いからこそ上手くいかない三代母娘関係を描いていたり、一方で夫と息子の関係性もうまくいかず、家族というものの難しさを描いた面もあるのも良かった。

しかし、政治に関心を持たずに「神様がなんとかしてくれる」とか言って酒飲んでる村人も、産まれた土地に執着してとどまろうとする人々への攻撃も、昨今の我が国の姿を見るようでなかなかつらいものがあり、自戒も込めてですけどみんな選挙くらい行きましょうよという気持ちになった。

2024年4月に聴いた音楽まとめ




ART-SCHOOL「SONIC DEAD KIDS」「MISS WORLD」

SONIC DEAD KIDS

SONIC DEAD KIDS

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MISS WORLD

MISS WORLD

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きのこ帝国と並んで「ちゃんと全部聴きたいなぁ〜」と思いながら聴けてないバンドART-SCHOOL。初期のミニアルバム2枚を聴いてみましたが、このバンドは特に初期らしい荒削りな感じがそのまま魅力になってて良いなぁ......と思いつつ実は最近の曲のが好きではあるんですが、他の聴いてないアルバムもいずれ聴いていきたいと思ってます。



kurayamisaka


まだEP1枚と両A面シングル1枚しか出てないバンドなんですが、いつも読ませてもらってるブログさんの春のプレイリストに入ってたり、リーガルリリーのライブ前のSEで使われたりしていたのをきっかけに聴きました。
EPの方はシューゲイザー感が強くもポップな歌ものとしても聴けて、女性ボーカルの透き通った声質もバンドのサウンドとめちゃくちゃ合っていて聴いていると消えてしまいそうになるような儚さがあり大好きです。

また両A面シングルのevergreen/modify youthの方はさらにキャッチーさが増して中毒性が強いです。evergreenはアコースティックな感じも強い音色で終わり行く夏を悼むような強烈な儚さに胸を締め付けられる曲で、modify youthの方は男女ツインボーカルで悲しさを纏いながらも疾走感のあるロックナンバーで、この2曲がEPよりもさらに好きで、今後がめちゃ楽しみなバンドっす。



the band apart「Alfred and Cavity

なんか好きだけどあんま知らんバンドのライブに行ってみたいなーと思ってたところにバンアパが3rdアルバムである本作の再現ライブをすると知って、チケット申し込んで予習のために聴いてます。
なんせバンアパ最新アルバムとnakedの新作しか聴いてないので全編英語詞なだけで新鮮。英語だからってのも多少あるけど最新作に比べて歌謡感が薄くて洋楽っぽい(という括りもざっくりしすぎてて気が引けるけどまぁアルバム単体レビューじゃないし許してください)感じがあってまた違うかっこよさ。全部の音が気持ちいいし声もやっぱかなり好きですわ。こりゃゆくゆくは全作聴かなきゃ。あとCan't Rememberという曲はストレイテナーがカバーしてたのが似合いすぎて当時普通にテナーの新曲だと思って聴いてた思い出もあります。



皆川溺

素肌

素肌

  • 皆川溺
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リーガルリリーたかはしほのか先生がインスタのストーリーに載せてたので聴いてみた(我ながらストーカーっぽくてキモい)らめっちゃ良かった。
2006年生まれ(干支一周分年下!)で15歳とかの時からボカロPとして2枚のEPを出してて、直近では本人歌唱によるシングル3曲を出してる早熟の奇才的なひと。
私は昔からボカロが苦手で、大好きな米津玄師ですらハチ時代の曲は全く聴いてないんですが、そんな私でもこの人の作るボカロ曲は聴けました。というのも、色んなジャンルの影響をごった煮にしながらもオシャレで飄々とした雰囲気の楽曲と、歌が前面に出すぎずボカロの声すら楽器の一つとして聴けるのがデカいと思います。とはいえ出来れば本人歌唱の方が嬉しいので、近作のシングル3曲は最高だし、このまま本人歌唱でアルバムでも出してくれたらかなりハマりそうな予感がしてます。

独裁者(1940)


第一次大戦中、主人公=ユダヤ人の床屋は戦地での任務中に飛行機で墜落し入院することになる。
彼が入院している間に戦争は終わり、独裁者ヒンケルが率いるヒンケル党が台頭していて......。


1940年制作、2つの大戦の間の時期を舞台とし、国名も人名も仮名なものの、ナチスによるユダヤ人の弾圧を、無名のユダヤ人の床屋と独裁者ヒンケル(=ヒトラー)の両者の視点からチャップリン一人二役により描いた大作。

冒頭から『1917』で観たような塹壕戦が描かれていつもよりシリアスな雰囲気ながらもギャグは盛りだくさんでめっちゃ笑えるし(不発弾のくだりとか逆さ飛行とか好きすぎる)、独裁者ヒンケルとその側近たちもコミカルでなんならお茶目で可愛いくらいのキャラ造形になってます。
そんでも、戦争や迫害というものを笑っていてもそこにある人々の痛みは決して笑い物にしないキッチリした線引きのおかげで不謹慎な感じが一切なく誠実に感じられるところが好き。銀貨の入ったお菓子のシーンとかもみんな隣の人に死なせようとして酷いっちゃ酷いけど国のためになんか死にたくねえしオチがちゃんとあるから嫌な感じにならないのが凄いよね。

ギャグシーンなのに美しい詩情があるのは『街の灯』を観た時にも思ったけど、それが戦争という題材と合わさることで戦時下でも人間らしさを失わない様がそこに投影されている感じもあって感動した。特に、ヒロインのハンナがフライパンで憲兵を殴っていく場面で間違えて殴られたチャップリンがふらふらと歩き出すのがダンスになるところがめちゃくちゃ好きでした。
また、独裁者側のパートで言うと、ヒンケルが広い自室で1人地球儀を持ち上げるとそれが実は風船で、それをぽんぽん蹴ったりして蹴鞠みたいに遊ぶシーンが好き。独裁者ですら1人の孤独な人間にすぎず、世界征服だとかも虚しい夢に過ぎないことが、ボール遊びだけで表されている凄味ですよね。
あと、独裁者陣営の中で側近の1人のガービッチ(=ゲッベルス?)だけが絶対にギャグをやらないクールキャラなんですが、周りのアホさとのギャップで彼のクールさがむしろめちゃ面白くなってるのが良かった。

ユダヤ人の床屋と独裁者。同じ顔の人間が2人出てきたらミステリファンたるものまずは入れ替わりトリックを疑うところですが、本作では入れ替わりが起こるのは最後の最後。絶対やるだろうなと思ってたことが焦らして焦らしてようやく起こるところに「おっ!ついに!」という楽しさがありつつ、独裁者の代役として世界へ言葉を届けられる立場になった床屋が語る長いメッセージのラストシーンの切実さは、直前まで小ボケが挟まれていただけにより際立っていてご静聴してしまいます。床屋とハンナのラブストーリーみたいな側面も少しあるんだけど、そのロマンチックなシーンで「夢」について2人が話していたことがラストのこの最高の演説シーンにも効いてくるのがとても良かった。
また、チャップリンが名もなきユダヤ人と独裁者を一人二役で演じていること自体が、ユダヤ人もアーリア人も、床屋も国の指導者も変わらない人間なんだということを表してもいて、監督脚本主演まで全て自らこなす天才だからこそ作れるとんでもない映画だよなぁと思った。
痛烈な風刺でありつつも皮肉っぽさは薄くピュアで真っ直ぐなメッセージに胸を打たれる超傑作。
チャップリンヒトラーが同じ年の4日違いで産まれたという作外の事実も知って、また凄味を感じました。