偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

駕籠真太郎『ブレインダメージ』漫画感想文

ヴィレバンをふらふらしてたら見つけたやつです。駕籠真太郎の見たことない漫画があったらとりあえず買っちゃいますよねシリーズ。




さて、本書は4話の短編を収録したホラーサスペンス短編集です。
一口にホラーサスペンスといっても、各編それぞれに様々な趣向が凝らされていて豊かなバラエティを楽しめました。
駕籠真太郎だから、もちろんバカではあるのですが、本書はかなりストーリー性を重視した作品が集まっている印象でした。そう、いつもの色々あってなんだかんだラストで内臓ぶちまけるだけのオチとかではないんです!この人も真面目にやれば普通に物語を作れるんだなぁという謎の感動がありました。
以下各話の感想を。



第1話「4人の迷宮」

無機質な部屋で目覚めた外見がそっくりな4人の少女。皆、直前の記憶がなく、どうやら何者か拉致監禁されたらしい。部屋を出ても、そこは部屋と同じく無機質な迷宮。そして、逃げようとする4人は仮面の殺人鬼に遭遇し......。

映画の「CUBE」や「SAW」を思わせるソリッド・シチュエーション・スリラーです。

いかにもな地下迷宮という空間、いかにもな殺人鬼の風貌と、サスペンスらしさ満点ですが、実際読んでいくとむしろミステリー風味の強さが目につきます。誰が、なぜ、こんな事をしたのか......というWhoとWhyですね。
それにまつわる伏線らしいものはいくつも張られているのですが、読者には最初は意味が分かりません。その意味が明かされる衝撃にして驚愕のラストで、我々読者はこう叫ぶのです......

馬っっっ鹿じゃねえの!!!?

ソリッドシチュエーションなんちゃらかと思いきやいつもの駕籠真太郎でしたっていうお話。
全ての伏線が、愛ーーー





第2話「呪いの部屋」

色々といわくのある部屋に越してきた女性が、案の定金縛りや誰かの視線などの怪現象に悩まされるお話です。

定番の、誰かの髪の毛が!ってのも。

この女の子がなんというか絶妙にエロいんですよね。別に絵が綺麗ってわけでもないですけど、最近のこの人の描く女の子は謎の可愛さとエロさがある気がします。はい。

ストーリーに関しては何を言ってもネタバレになってしまいそうですが、オーソドックスと見せかけてめちゃくちゃな展開になるという、カゴシン・ワールドの意外性が最も強い話だと思います。ただ、ラストでちょっと普段の作風に寄せすぎてるきらいはあります。凝った展開の後で良くも悪くも「いつもの」に戻ってしまうっていう。旅行から家に帰ってきた時の寂しさと安心感みたいなものでしょうか。

(ネタバレ→)
さて、ネタバレありで言いますと、まず序盤であっさり主人公だと思っていたキャラが死ぬ......というかまぁ死んでて退場するのが面白いですね。
シャワーシーンが多用されることからも、モロに某有名サスペンス映画へのオマージュになってて映画好きはキュンキュンします。
その後、駕籠真太郎らしい無駄にディテールの凝った機構と、駕籠真太郎らしいグロ系美少女が出てくるあたり最高ですね。やっぱり女の子は片眼が飛び出てるくらいが可愛いですよ、はい。
駕籠作品としてはいつも通りながら、ゾンビものとしてはかなり珍しい趣向なのが面白く、作者自身あとがきで言っているようにマンネリ化しつつあるゾンビものの新パターンとして斬新な驚きのある作品だと思います。





第3話「家族の肖像」

姉弟と両親、同居のおじいちゃんの平凡な5人家族。ある日から、ご近所さんなど一家と親交のある人が消失する事件が続くようになる。
そして、ついに彼らの一家にも消失の兆しが見え始め......。

駕籠作品には非常に珍しいことに、ほぼグロ描写がなく、日常が徐々に非日常に侵食されて行く様を(駕籠作品にしては)静かに描いた不条理ホラーになってます。
そんな大人しめな話ですが、それだけに主人公の女の子のエロさと可愛さがストレートに(眼や内臓が飛び出てなくても)出てるのがステキですね。というかさっきも書いたけど本当に最近のこの人の描く女の子は可愛いです。ゆったら絵も初期より全然綺麗になってきてますしね。
で、終盤で一家がちょっとずつ消え出すあたりからようやく駕籠真太郎らしい気持ち悪さが顔をのぞかせますが、これも直接的なグロではなく、(こんな感じ↓グロってかむしろエロい)

結局眼も内臓もぶちまけないままに静かな余韻の残るラストへと収斂していきます。まぁエロはちゃんと入れてくるあたり流石ですが......。
そんなわけで、地味ながら普通に面白い不条理劇で、こんなんも描けるんだなと、ある意味で意外な一編でした。





第4話「血の収穫」

友人とドライブへ行った主人公は、帰りの車でついうとうとしてしまう。しかし、眼が覚めると、友人は潰れ、周囲の車もまた潰れていた。
そして、彼女の前に事件を追う刑事や霊能者が現れ、彼女は事件に巻き込まれて行く......。

めちゃくちゃインパクトのある"潰れ"の絵で掴みはオッケー👌
オカルティックな事件と、地道な捜査とのギャップが異様な雰囲気を出してます。ここまでなら本当にシリアスなホラーサスペンスなんですけど、ここで主人公のオカンというクソみたいなネタキャラを挟んでからの霊能者登場に至って完全に駕籠ワールドになるのが惜しいというか安心感というか......。
タイトルの意味が明かされてからの無駄なディテールの描き方とか好きですね。
ラストもエスカレートちゃぶ台返しな感じがいつも通りで、ああ、本書はちゃんとしてるなぁと思ったけど間違いだった。いつもの駕籠真太郎だわという感じで、結局のところ感想とか特にねぇわ〜〜と思わされてしまいます。それがいい。いつまでも金太郎飴でいてくれ......!




というわけで、いつもより少し真面目な、でもいつも通りな、ファンには嬉しい作品集でした。『すべての時代を通じての殺人術』あたりが好きな方にはオススメしたいですね。

シャークネード(1〜5)見たとき書いた感想まとめ

シャークネードというクソ映画シリーズを全作見たんですが、せっかくあそこまで時間を無駄にしたので感想をブログのネタにするくらいのことはしたいと思いつつ、でもブログ用に書くのも新たな時間の無駄なので見た時にFilmarksに載せた感想をそのままコピペしときます。

とりあえず、めっちゃ面白いシリーズなのでみなさんぜひ見てください。別に被害者を増やそうとか考えてないです。ほんと、見ないと人生損しますよ!

シャークネード

シャークネード [DVD]

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「サメに頭が二つあったら強くねぇ??」「いやいや俺はタコとサメを合体させるしww」「てか頭三つあった方がつええし」「そんなこと言ったら俺5つつけるわ」「いやいや、一面に7個の頭をつけた六面体型にすれば6×7=42個の頭をつけれる」

そんな愛すべきバカたちが撮るのがサメ映画。嗚呼、元祖『JAWS』......スピルバーグよ......あんたは立派だったよ。あんたの後継者はバカばかりだけどもな......。

そんなわけで、この作品ではサメが竜巻に乗って飛んで来ます。海にはサメ、空からもサメ。サメ映画の世界は「俺の考えたサメがどんだけ強えか」という単純明快なイデオロギーが全てを支配しています。この作品の場合は、海と空から挟み撃ちにすればより強いという発想ですね。素晴らしい。

映像が「上手い素人」程度の、綺麗だけど味気ない感じで、それがちゃちいCGのサメと奇妙にマッチしていてよかったです。

とにかくサメがたくさん襲ってくる、そのスピード感も楽しく、ほぼ常にサメと戦っています。そして、その合間を縫ってちょびちょびとキャラクターの過去などが掘り下げられていきますが、これも深そうでいてだから何って感じが非常にチープでいい味になっています。

また、クライマックスのまさかのアレには大爆笑してしまいましたが、そこから無理やりいい話に持っていく力技が決まっていて、散々めちゃくちゃやっといてちょっと感動させようとしてくるところが腹立ちました。いやいや、おかしいやろ。そもそも何でそのサメだって分かったんだよ。御都合主義万歳。

て感じで、途切れることのないアクション、重厚な人間ドラマ、上質のブラックユーモア、そして感動のラスト。めちゃくちゃつまらないことを除けば非常に面白い映画でした。


シャークネード:カテゴリー2

シャークネード カテゴリー2 [DVD]

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「台風が来る ものすごいやつ 台風が来る 記録破りだ」(THE BLUE HEARTS『台風』より)


信じられないことに第5弾まで作られている大人気シリーズの2作目です。今回は、サメの王子ニューヨークへ行く、という寸法で前作の主人公フィンとその元妻、その他関係各位が自由の街ニューヨークで再びサメ台風に遭遇するお話です。遭遇する、というかぜってえこいつらがサメ台風呼んでるだろ。ミステリで名探偵の行く先々に殺人事件が起こるあの現象と原理は同じですね。

さすがに大人気シリーズだけあって、観客を喜ばせるツボは心得たものです。
サメが噛み付いただけで電車が半壊するなどの天然か故意かわからないツッコミどころから、天気予報のシーンみたいな確信犯的なツッコミどころまで、全てのツッコミどころの生みの親!ジャスティス!
さらにキャラの適当さもすさまじく、前作ではまだ人の死を悼んでいたような気がしますが、今回はもう友達が死んでも「あらまぁ」くらいの反応です。人間の順応力は恐ろしいものですね。
個人的には冒頭と自由の女神のシーンが気に入りました。ニューヨークでパニック映画取るならあれは必須ですよね🗽

残念な点としては、前作のがまだしも人間ドラマがあって、今作はそういう要素があまりにもないので話が単調なこと。いくらB級パニック映画といってもやっぱりある程度の紆余曲折はないと呆気ない感じがしちゃいますね。

まぁでもバカ度をよりパワーアップして返ってきてくれたことが嬉しいです。なぜか4はまだ日本に来てないらしいですが、3と5は録画したので引き続き観たいと思います!


シャークネード:エクストリーム・ミッション

シャークネード エクストリーム・ミッション [DVD]

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「大きな力で 空に浮かべたら ルララ 宇宙の風に乗る」(スピッツ『ロビンソン』より)


二度にわたるシャークネードとの闘いによって大統領から勲章を授与されたフィン。しかしその矢先、ホワイトハウスを三度のシャークネードが襲う。

今回は凄いです。まずはホワイトハウスがやられるわけですが、「インデペンデンス・デイ」を観ても分かるように、合衆国の大統領は戦闘能力が高いです。カッコいいです。安倍ちゃんもサメから日本を守れば好感度上がるとおもう。

そして舞台はユニバーサルスタジオへ。そもそもがアトラクションな映画なのでユニバーサルスタジオとの相性もばっちり。ここでフィンの娘が乗り物で隣に座った青年と恋に落ちます。凡百の映画ならこの辺のお話を膨らませて青春感を出してきますが、本作の主役はあくまで鮫。2人のイチャラブは出会いのシーン以降では後半で3分くらいしか描かれないというストイックさ。というかそんならこのエピソードいらな

さて、肝心のシャークネードの方はと言うと、今回はデカイです。
あまりにデカすぎて、フィンはシャークネードを狙撃するため宇宙へ向かうことにします......


......はい、あなたの聞き間違えではありません。私は確かに「宇宙へ」と言いました。
そう、今作はなんと宇宙にまで舞台を拡げてしまうのてす!いやーん、ダ・イ・タ・ン♡ なんかもうここまでくるとガチでバカバカしくて、映画というより映像による幻覚剤といった感じ。内容を追うのではなく画面上で繰り広げられるバカに心地よく酔っ払うのが正しい鑑賞法でしょう。それにしても今まで宇宙は神秘だと思っていましたがサメが台風に乗ってぴょーんと飛んでいけるくらいだから宇宙も大したことないですね。それでもサメさんたちが宇宙に到着するシーンはあの宇宙犬ライカを彷彿とさせて感動しました。しません。映画がめちゃくちゃすぎて感想もめちゃくちゃ言ってますが要するに時間を返して欲しい。こちとら暇じゃねえんだ、クソくだらねえ茶番に付き合ってられるかよ。


シャークネード4

シャークネード4 [DVD]

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「雨は夜更け過ぎに サメへと変わるだろう」(山下達郎『クリスマス・イブ』より)


壮大な音楽をバックに宇宙空間の上を流れる黄色いテロップ。あの超人気シリーズの近作ですが、恥ずかしながらこのシリーズ初めて観ます。

タイトルから宇宙が舞台の話だと思っていましたが、宇宙が出てくるのは前作で、今回はラスベガスが舞台です。

ベガスを拠点に台風を制御している会社・ナンタラXですが、ある日台風を制御しきれずに巨大なトルネードが巻き起こってしまいます。トルネードには何故かサメが入っていましたが、スペースオペラってのはそういうものなんでしょうね。SFに詳しくないので初めて知りました。

さて、息子のギルと農場に暮らす主人公、フィン・スカイウォーカーは、ナンタラXが台風に敗れたことを知って立ち上がります。
だが台風も強い。負けそうになるフィンの前に、死んだはずの妻・エイプリルが現れます。そう、実はギルの母親はサメではなくエイプリルだったのです!「ぼくのママはサメなんだ!」と叫ぶキチガ......じゃなくてギル。その言葉を聞いたエイプリルはショックによりジェダイとしてフォースの力を覚醒させます。失くした腕から伸びるライトセイバー!一方台風の方もどんどん形態を変えていってもはやサメ映画としての原型を失っ......サメ映画?私は何をいっているのでしょう。これはスペオペ、サメなんか出てきませんよ。アハハ。

なんだかんだの末、スカイウォーカー家の一族は台風をやっつけ、ギルはマスクの下でスーハー言ってるエイプリルに抱きついて叫びます「ママ!」
いやぁ感動しました。ジョージ・ルーカスといえば今や知らない人はいない大監督ですが、こんな傑作を撮っていたのならあれだけ人気があるのも頷けます。やはり誰もに愛される名作というのは、愛されるだけの理由があるものなのですね。
というわけで、シリーズ第4弾『スターウォーズ/フォースの覚醒』、めっちゃ面白かっ......え?スターウォーズじゃない?HAHAHA、何を言っているんだい君は......

......to be continued......


シャークネード5 ワールド・タイフーン

シャークネード5 ワールド・タイフーン [DVD]

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追悼 2017年。



2005年、セルビアで大量のカエルが空から降って来る現象が起きた。
2010年、オーストラリア北部、ノーザンテリトリーの小さな町には魚が雨のように降り注いだ。
2011年にはアフリカ南部の草原に重さ6kgの巨大な鉄球が突如落ちて来たという。
そして、2013年、アメリカで台風に乗って大量の鮫が空から降り注ぐ現象が報告された。
この現象は2014年、2015年、2016年と1年ごとにアメリカ各地で発生していた。そして、今年2017年、オーストラリア、イタリア、アフリカ、そして我が日本・東京を襲ったことは記憶に新しいだろう。

本作は、幾度もシャークネードと闘ってきた我々人類の英雄、フィン・シェパード氏が先の大災禍で果たした功績を元に製作されたノンフィクション映画である。

事件はフィン氏の息子・ギルくんがシャークネードに攫われてしまうところからはじまる。
息子を救うため、フィン氏とその妻のエイプリル氏は、シャークネードを追いかけて世界各地を駆け巡る、否、飛び巡る。
このあたりまではアクション要素を強めにオペラハウスの陰謀論や変形合体シャークジラといったエンタメ的な外連味で魅せてくれた。
しかし、我が東京へシャークネードが上陸した時は、日本人としてあの台風で亡くなった我らが同胞を悼む気持ちになり、それ以降涙なしでは観られなかった。
失われていく大切な人の命。シャークネードへの怒りと自身の不甲斐なさへの怒り。シャークネードをタクシー代わりにしてシャークネードを止めるという秘策にもかかわらず、ついに最愛の妻さえも......。
フィン氏の悲痛な叫びが耳朶を打った、鼓膜を打った、そして胸を打った。
刀折れ矢尽きたフィン氏。
しかしそこで時空を超えた奇跡が起こる。これには泣いた。こんなに泣いたのは元カノにフラれた時以来だろうか。あぁ、神様っているんだな。そんなラストシーンの余韻に浸ってしまい、エンドロールが終わっても呆然として立ち上がれなかった。


今年の初めに起きた10億人の命を奪ったあの大災禍。
そこから生還した我々人類はこの映画を観るべきだ。あの日のことを決して忘れてはならない。そして必ずやシャークネードに反撃するのだ。さぁ、戦いの幕は切って落とされた。立ち上がれ、人類!

......to be continued



追記
ちなみにこの感動の実話は、その後、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の元にもなっている。

西澤保彦『いつか、ふたりは二匹』読書感想文

講談社ミステリーランドから刊行されたジュブナイル・ミステリです。
ジュブナイルと言っても、猫や犬が出てくるところや真相が分かりやすいところ以外は至って普通に普段の西澤作品でした。




〈あらすじ〉
大学生の義姉とプチ二人暮らしをしている小学生の智己。彼には「眠っている間に野良猫の"ジェニィ"の体に入り込める」という秘密があった。
ある日、智己の同級生の少女たちが不審な車に轢かれる事件が起きる。事件は去年起きた誘拐未遂事件と同一犯の仕業とみられた。
智己は、猫のジェニィの体を借りて親友の大型犬ピーターと共に事件の謎を探る冒険を始める。





喜国さんの解説によると、ミステリーランド自体が子供に、読書の楽しさと、人生に潜む"毒"を知ってもらうというコンセプトのレーベルらしいです(いくつか読んだけど初耳でした)。

それを踏まえると、「普段の西澤作品」であることがミステリーランド作品としてとても良い方向に働いた作品だと思います。
尤も、子供相手でもいつも通り「私都(読み:きさいち)」などの難読人名を容赦なく連発するところには若干引きましたが......。


まず、普段から西澤作品はめちゃくちゃ読みやすいですが、本作はジュブナイルということで読みやすさに磨きがかかっています。
平易で会話の多い文章はもちろん、少年と猫を行き来することで、(語り手は同一人物ながら)視点に大きく緩急が付いているのが読みやすい理由でしょう。じっとしていられない子供でもこれだけ視点がじっとしていないお話ならすらすら読めるのではないでしょうか......(と言ったものの、私は子供の頃は本の虫だったので本苦手な人の気持ちあんま分かんないんですよね......)

内容も、変態あり、遣る瀬無さありの、手加減なしのいつもの西澤。
でも、決定的に違うのが、遣る瀬無い出来事に直面した主人公に対するケアがきちんとされていること。
人生では理不尽なこともあるし大事なものとの別れもある。そんな時にどうやって乗り越えればいいのかを物語の形で教えてくれる本書は、いつもの西澤らしい毒はありながらも、いつもと違って優しいお話になっていると思います。

ミステリーとしては、(ネタバレ→)タイトルと目次を見た時点で既にメイントリックは分かってしまいましたが、それでも(ネタバレ→)ピーターが登場する前後に必ず久美子さんの睡眠を思わせる描写があるようなきちんとした伏線があるあたり新本格ミステリを読んでいるなぁという嬉しさがありました。
また、事件の構図についてもなかなか捻りがあって、そっちは素直に驚かされましたね。それもまた性根が悪い感じなのが西澤でしたが......。



そんな感じで、普段の西澤保彦の作品って「エグい」とか「邪悪」という形容が似合うものが多いですが、そこにひとつ前向きなラストを入れるだけで、毒は強いけど救いもある児童文学に早変わりする様が新鮮で面白かったです。

トラフィック

名古屋人です。
名古屋は車の国だの名古屋走りだのとよく言われ、実際名古屋を走っていると結構酷い運転をよく見かけるので名古屋はすごい街なんだと思っていました。

この映画を見たらそれは勘違いだっと気づきました。

フランスすげえ。スケールが違うよ......。
※別にカーアクションとかでわないです。





というわけで、ジャック・タチのユロ氏シリーズ・自動車展示会編でございます。

車のデザイナーになったユロ氏は、考案したキャンピングカーを出展するため展示会場に向かうが、警察の事情聴取や大事故などに巻き込まれなかなか会場に着けない......というドタバタロードムービーです。

前作『プレイタイム』はストーリーの焦点がどこにも合っていない感じでしたが、本作は分かりやすい筋があるので、個人的にはこちらの方が好みでした。綺麗な映像と小ネタの連続なのは前作と同じく。

画面の雰囲気は前作が無機質で未来的なオシャレ感だったのに対し、今作は色鮮やかで可愛い感じ。こちとら心はいつでも17歳JKなので、こういうキュートでポップな画が好きですよそりゃ。向こうは作業服もガソリンスタンドも原色で可愛い⛽️ もちろん本作の主役である車たちも可愛い🚗🚙🚜 車にほとんど興味のない私ですら可愛くて悶えたので、これ車好きな人が見たら悶え死ぬでしょ。

また、ギャグもポップでキュートで分かりやすかったです。
キャンピングカーの仕組みへの脱力感とか、悪戯っ子たちによってヒロイン(?)が泣かされるシーンとかおかしくておかしくてしょうがなかったです。
何と言っても、車たちのダンス......というか、まぁ、有り体に言えば複合大事故なんですけど、これが凄かったです。ボンネットぱかぱか、前輪ふわ〜、タイヤころころ〜。現実には絶っっっ対遭遇したくない光景ですが、滑稽さを通り越して白昼夢のような美しさのある傑作ギャグシーンで、ここだけ何回も観たいくらいでした。

しかし、一つ恐ろしかったのは、ギャグでもなんでもないようなシーンですら車の運転が荒すぎる......。ウインカーの無い時代に対向いる中での急左折(車線が日本と逆なので日本でいう右折と思ってください)とか平気でするし、ちょっとくらい人の車にぶつけても「(。・ ω<)ゞてへぺろ♡」だけで済ませやがります。今まで名古屋の過酷な道を走っているという自負を持ってきましたが、フランスのガチのデスロードを観てしまってそれが喪失されたことだけが残念でした。

つーわけで、機械化の風刺とか資本主義批判とか言われてますが、そういうの抜きにしても、タチの作品の中で一番エンタメ性が強く誰が観てもシンプルに面白い作品だったと思います。

シェイプ・オブ・ウォーター

公開中のデルトロ最新作。正直デルトロ作品でそこまで好きなものがないので迷いましたが、やたら評判がいいので気になり、ジャスコの映画館のレイトショーで観に行きました。

映画が終わる時間にはジャスコ本体は閉まっていて辺りは真っ暗。世界にこの映画館しかないような幻想的な気分になれて好きなんです。
特に観に行った日は雨の降る夜だったので、車を運転して帰りながら、フロントガラスに当たる雨粒を見て余韻に浸るという贅沢な体験ができました。




製作年:2017
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンスマイケル・シャノンリチャード・ジェンキンスダグ・ジョーンズ

☆4.1点

〈あらすじ〉
60sの米ソ冷戦時代。
声帯の傷により話すことができない女性・イライザは、秘密研究所の清掃員として働いていた。同居人のジャイルズや仕事仲間のゼルダと一緒にいながらも常に孤独を感じていた彼女の前に、研究所の実験材料として捕獲された半魚人が現れる。
人に似た姿をしながら言葉を解さない半魚人にシンパシーを感じたイライザは、徐々に"彼"と心を通わせて行くが、施設の管理者ストリックランドは"彼"を殺処分にしようと考えていた......。




はぁ、めっちゃ良かった......。
何がいいって、混沌としているのに分かりやすいところですね。
ファンタジー、モンスター、音楽、60年代、マイノリティ、ユーモア、戦争、アクション......様々な要素をごった煮にした闇鍋のようなお話......でありながら、テーマは「孤独」や「愛」とあくまで分かりやすいのが素敵でした。



まずはネタバレなしで良かったところを。

なんといっても主人公イライザ役のサリー・ホーキンスの演技が凄かったです。この作品のヒロインは言葉が話せないので、サリーちゃんは身振り手振りや表情で演技しているわけですが、これが引き込まれて一気にファンになってしまいました。見始めて「映画のヒロインにしてはおばちゃん......」と失礼なことを思った0.2秒後にはもう「可愛い!」って叫んでました。
なんというか、仕草の一つ一つにめちゃくちゃ愛嬌があるんです。彼女が小躍りしながらるんるんしてると私も踊りだしたくなるくらい嬉しいし、彼女が怒ったり悲しんだりしてると私もつらくなりました。観客の感情との親和性が高いとでもいいましょうか。本作が「異形のクリーチャーとの恋」という題材を描いていながらめちゃくちゃ感情移入させてくれるのは、主人公のイライザのこうした愛らしさが大きな理由でしょう。


そして、主人公が魅力的なのと同じくらい悪役も魅力的です。
マイケル・シャノン演じる、研究所の管理者・ストリックランド氏。
トイレでの初登場シーンがもう性格悪そう感満載で爆笑しちゃいました。「こんな嫌なやつだったらむしろ逆に良いやつなのでは??」という私の穿った予想もおかまいなしに、それから最後まできっちり悪役を貫き通してくれました。
しかし、冷静に考えると彼も別に悪いことをしているわけではなく、彼は彼で仕事に忠実な人なわけですからね。車の場面とかは笑っちゃったし、終盤彼の人間性がしっかり描かれてからは正直どっちを応援していいのか分かりませんでしたからねぇ。
そういう、絵に描いたような"悪役キャラ"なのに、憎みきれない愛らしさがあるところが味わい深いです。主人公の前に立ちはだかる巨大な壁 兼 ギャグ要員という不思議な魅力でした。



また、映像や演出もとても良かったです。
あくまで個人的な好みの話なんですが、『パンズ・ラビリンス』は映像自体がクドいし、『クリムゾン・ピーク』は映像はわりとあっさりしてる割りに化け物がゴツすぎて雰囲気を損なってる気がしちゃったんですよ。でも今作の場合はその中間というか、ゴテゴテしすぎないながらもファンタジックな世界観だから半魚人さんも浮かずに好みドンピシャな映像の綺麗さでした。
(あ、『ミミック』は言うまでもなく生理的に無理)
演出も分かりやすくて綺麗!この後ネタバレの項目で詳しく触れますが、雨粒のシーンとか悪役夫婦のシーンとか、分かりやすい比喩や対比の表現が使われていてエンタメ性とアート性が絶妙なバランスで配合されてると思います。


ストーリーに関しても、「孤独」「愛」というものを(ギミックは色々入れつつも)とてもまっすぐに描いていて「ぐあぁぁ〜〜」ってなりました。寂しいんですよ!誰だって寂しい!悲劇的な面ももちろんありつつ、それでもそんな寂しい人たちへの優しい眼差しのある物語です。好き。



それでは以下ストーリー中心にネタバレ感想になりますのでご注意ください。


























と言うわけで、ネタバレ感想です。

上にも本作のテーマは「孤独」だと書きましたが、その通り、この作品の登場人物は全員孤独を抱えているんです。
まず、主人公とその味方となる人々はみんな何かしらのマイノリティだったりします。
半魚人の"彼"に関しては人間ですらなくアマゾンの奥地からいきなりアメリカに連れてこられたワケですし、主人公のイライザは話すことができません。
同居人のジャイルズはゲイ、同僚のゼルダは黒人で夫の問題も抱えていますし、協力者のホフステトラー博士はロシアのスパイ。
かようにまぁ(私個人に差別的意図はありませんが、作中の舞台・時代背景的に)差別を受ける属性の人ばかり。

本作はそんなマイノリティな人たちが抱える孤独や苦悩を(自慰行為のシーンまで入れて)丁寧に描き、そんな彼らが信念や友情や愛といった大切なもののために戦う様を描いているワケです。

特に、主人公が映画のヒロインとしてはあまり美人でもないおばちゃんと不気味な半魚人なのがポイントです。傍目から見て美男美女とは言い難い2人の恋をそれでも美しく描いているところに、(そこらにいるレベルの)非モテへの優しい眼差しを感じます。
彼女が"彼"を愛する理由が「彼も話すことが出来ないから」というある種利己的な理由でもあることがリアルな共感を呼びますです。けっきょく愛し合うことっていうのは互いのコンプレックスを慰め合うことなんですからね。

この2人に関して私が特に好きだったシーンは、イライザと"彼"がアレをシたことを、バスの車窓に当たった二粒の水滴が一つにくっつくことで表すところですかね。「あらあら、まあまあ💖」っておもいました。
あと、イライザの妄想でミュージカルになるところはやっぱぞわぞわしましたね。ただあの辺の事実関係が一回見ただけでいまいちよく分かってないのでもう一度観なきゃな、と思います。

もちろん、こういう「クリーチャーとおばちゃんの恋」という題材に「ああん??」と思う人がいるのも理解はできます。ただ私はそこらによくいる物事を深く考えないタチの非モテ野郎なので、馬鹿みたいに「泣ける〜〜っ」とか言ってましたよ、はい。



で、そんな風にマイノリティな人たちを感動的に描いた本作ですが、その裏で、悪役のストリックランド氏がめちゃくちゃ魅力的に描かれているのが面白かったです。

ストリックランドは主人公側のキャラクターたちとは正反対のThe・"まとも"な男。
空前絶後超絶怒涛のクソ野郎。パワハラ、セクハラ、すべてのハラスメントの生みの親。おしっこした後に手を洗わないし、電気ビリビリで半魚人をいじめて喜ぶし、そもそも顔が性格悪そう!(偏見)
そんな、絵に描いたような悪役の彼ですが、映画の後半、半魚人を何者かに奪われたことを知った上司に叱られるシーンが非常に良かったです。
彼の大失態に怒る上司に「今まで散々まともに働いてきたのに一度のミスでそんな怒らんといてよ〜」と言い返すも、「"まとも"な男は絶対にミスをしないんじゃボケェ」とさらに怒らせてしまう彼。「僕ちゃんいつまで"まとも"であり続けなきゃいけないの......」と泣きながら薬をボリボリ貪り食うストリックランド氏の姿を見て、「彼も必死で仕事をしてるだけなんだ......」と、これまで散々「クソ野郎」「悪人顔」とディスってきたことを反省しました。
すると、不思議なことに、ストリックランドが主人公側の人たちの誰よりも孤独で寂しい1人のちっぽけな男になってしまうのがこの作品の凄さであります。

「だけど僕の嫌いな彼も 彼なりの理由があると思うんだ」(SEKAI NO OWARIDragon Night』より)

ここにきて、この映画がただの「愛は見た目じゃないよねっ!」とか「愛は勝つんだよっ!」みたいな恋愛ファンタジーだけではなく、ハラスメントするような奴もさらに上から圧力をかけられてたりするんだなぁという世の中のリアルなつらさを描いた物語に変貌するワケです。
すると、わざわざモザイクをかけてまで映した彼と妻のまさに「性欲処理」でしかない即物的なセックスの描写も彼の孤独を強調していたのだと気付かされます。(むしろモザイクも即物的な感じを増す演出に見えてきたり)
主人公たちの、雨粒による詩的な比喩や、お風呂場での芸術的なセックス描写との残酷なまでの対比よ。

主人公たちの愛の行方については、最後に水の中に落ちたイライザの靴が脱げて沈んでいく描写が、「人間世界との断絶」を表しているようで物悲しい一方、2人だけの世界へ行けたというハッピーエンドと考えて良いと思います(この辺『パンズ・ラビリンス』を踏まえてる感がするのもいい......)。
が、終盤で一気にストリックランドに気持ちを持っていかれた私は彼への一抹の同情、切なさの余韻に胸打たれるのでした。



そんなわけで、色々とヘンテコなガジェットをたくさんぶち込みつつ、私のような非モテ階級へ贈る純愛映画でありつつ、働くおじさんの悲哀をも描いた作品。
何度も見ることで浅瀬から深海まで潜っていくように色々な発見が出来そうな映画なので、出来ればもう一度映画館で......もし無理でもDVDが出たら絶対に見返したい傑作です。





追記

とか言ったそばからもう一回見に行ってしまいました。
そんな大して感想が変わるわけじゃないですが、2回目見て新しく思ったことをちらほら。

・監視カメラをズラしてタバコを吸うシーンのイライザの悪い顔、めっちゃ可愛くないですか?

・作中でストリックランド以外の人物たちは結構みんな映画を見てるなぁというところ。マイノリティに「映画オタク」も重ねているのか、あるいは物語による救い、物語の意味というメッセージにも思えます。

・イライザの出生について「川に捨てられていた」という部分見落としてました。これも水にまつわるモチーフであり、生まれつきこうなることが運命付けられていたかのような感慨があります。


・前半では自らを「神は私のような姿に近い。君よりもな」と言っていたストリックランドが、ラスト死の間際のセリフで半魚人に「お前は神なのか......?」と言っているところ。ストちゃんが最後になって、(「改心した」とまでは言いませんが)何かに気づいて死んでいったということなのかな、と。そう考えると、ストちゃんファンとしては彼の死に様がそこまで酷いものでもなかったように思われて救われました。

望月拓海『毎年、記憶を失う彼女の救い方』読書感想文

例によって読書会のために読みました。といっても、読書会がなくても読んでいたでしょう。なんせ、メフィスト賞にして記憶障害系ラブストーリーと聞けば、この私が読まないなんてことは許されませんもんね。


毎年、記憶を失う彼女の救いかた (講談社タイガ)

毎年、記憶を失う彼女の救いかた (講談社タイガ)


〈あらすじ〉
二十歳の時に事故に遭い両親を亡くした尾崎千鳥。それからというもの、彼女は毎年事故のあった日付が近づくと、事故以降の記憶を失ってしまうようになった。
三度目の記憶喪失から三ヶ月。クールで聡明な女性になろうと決意する彼女の前に、天津真人という謎の青年が現れる。「1ヶ月デートして、僕の正体がわかったら君の勝ち。わからなかったら僕と付き合ってもらうぞ!ぐへへ!」と交際を迫る真人。しかし、デートを重ねるうちに、千鳥は真人の優しさに惹かれていき......。

すべての伏線が、愛ーー💖



というわけで、読んだんですが、うーん。
いや、めちゃくちゃ泣ける良い話なんですよ。なんですけど、だからディスるとこっちが心汚れてるみたいになるのがもにょります。
しかし、おいどんも男だ。ここはひとつ汚れ役を引き受けてでも物申してやろうじゃないか。



......というわけでディスるので好きな方は読まないでください。

でもまぁ、まずは褒める点からいきましょうか。

本作の褒めポイントを一言で言うなら、「いろんな意味で読みやすい」です。

まずは、もちろん文章がめちゃくちゃ読みやすいです。
著者は本作が小説家デビューということではありますが、放送作家や脚本家の畑から出てきた人らしいのでそれも納得です。これは読者が能動的に読む文章ではなく、ページを眺めているだけで頭に話が入ってくるような映像的な文章ですね。

また、話の進め方にしても、「1年間で記憶が消えてしまう」「1ヶ月付き合って正体を当てる」といったタイムリミットがはっきり設定されています。それが「一気に読ませる」という意味で効いているかというと微妙な気もしますが、それでも明確な区切りがあるお話はその分読みやすくなりますよね。

そして、物語の見せ方は本当に上手いですよ。
前半は、強気な「毎年記憶を失う彼女」と、気弱だけど優しい「彼女を救おうとする謎の男」というキャラ設定によって素直になれないラブコメみたいな軽めの導入になってます。
中盤では、真人の謎の言動や、千鳥の葛藤が描かれることで、徐々にシリアスムードにギアチェンジして物語が加速していきます。
そして終盤では「すべての伏線が、愛」という惹句に現れているような全米が泣く系涙腺大崩壊超絶感動純愛物語になります。
この起承(ライト)→転(シリアス)→結(感動)の王道な展開は、小説というより映画でよく見る展開だと思います。

このように、映像的な文章にしろ映画的な構成にしろ、「映画っぽさ」が本書の魅力を表すキーワードだと思います。

実際に、本作の中ではいくつかの映画のタイトルも挙げられており、著者が映画好きであることが窺われます。

ただ、この映画っぽさというのが、私みたいな「記憶障害系ラブストーリー映画」のファンからすると......あ、言い忘れてたけどここからはディスりコーナーですからね。

※※ネタバレも入るのでご注意ください。※※
なお、作中に登場する映画に関しても書きますが、そちらのネタバレはしないのでご安心を。

















というわけで、はい、「記憶障害系ラブストーリー映画」ファンからすると、

「あれ、この話どっかで見たことあんぞ」

が読後の第一印象だったりします。

そう、この小説、

👼既存の映画からの影響が強すぎるんですよ

👿名作映画の良いところをパパッとコラージュした浅さが気に食わネェ!

いかんいかん。こら!悪魔ちゃん!黙ってなさいって言ったでしょ!いや今のは私じゃなくて悪魔ちゃんが言ったんですよぅ。


というわけで、読んでいる間は映画っぽさが魅力でしたが、読み終わってあまりに(いくつかの特定の)映画っぽすぎたというのがもにょりポイントです。

いやまぁ、借用元の作品のタイトルを律儀に作中に書いているのは潔いと思います。悪く言えば映画のコラージュですが、良く言えば映画へのオマージュと言えなくもない気もします。

ただ、あまりに本書中に占める借用部分の割合が高すぎるんですな。



まず、作中には、メメント、②きみに読む物語、③光をくれた人という3つの映画のタイトルが登場します。
ひとつずつ見ていきます。


①「メメント
10分しか記憶が保たない主人公が、メモを駆使して殺された妻の復讐をする、という映画。
時系列にトリックが仕掛けられているのが特徴です。

人を殺すか救うかという違いこそあれ、健忘の男がメモなどを使って目的を成し遂げようとするという執念を描いているのが本書と共通します。
また、時系列にトリックがあるこの映画のタイトルが出てくることで、本書の日記の時系列トリックにも見当がついてしまいました。


②「きみに読む物語
老紳士が、アルツハイマーの妻に記憶を取り戻してもらうために、3人の若い男女の恋の物語を読み聞かせるお話。

この映画自体私は大嫌いなのです。
きみ読む勘違い褒め記事
勘違いに気づいてディスる記事

そんなこの映画を主人公が褒めちぎってる時点で本書もお里が知れるってもんでしょ(きみ読むアンチ過激派)。

記憶を蘇らせるために繰り返し物語を読み聞かせる「きみ読む」の主人公と、記憶を蘇らせるために同じデートを繰り返す本書の主人公の行動はかなり似ていますし、「愛は見返りを求めないものだ」という偽善的な純愛アピールもそっくりです。


③「光をくれた人」
この映画は健忘ものというわけではありませんが、生きる意味を見失った男が家族を持って再び生きる意味を見出すという点で、同じく千鳥に出会って生きる意味を見出した本書の主人公の姿が重なります。


というわけで、本書の中に登場する映画の要素を切り取ってくっつけただけでなんとなーく本書が出来上がる気がしてしまうんですよね。
ただ、私が一番もにょったのは、これだけたくさん映画のタイトルが出てくるのに、どう考えても下敷きにしてる「50回目のファーストキス」というタイトルは作中に出てこないこと。


④「50回目のファーストキス」
1日しか記憶が持たない女の子に本気で惚れてしまったプレイボーイの主人公が、毎日彼女に告白して毎日惚れさせようとするラブコメ

映画のネタバレになるので詳しくは書けませんが、この映画のラストはテーマ的にかなり本書に影響を与えていると思います。
「記憶を失う彼女を何回もナンパして何回も惚れさせる」っていうところも同じです。
ただ、この映画の「1日しか記憶が持たない」という設定が明からさまに本書の真相を暗示してしまうためにわざと名前を出さなかったのではないかと思います。


というわけで、この①〜④の映画をパズルみたいに組み合わせると大体本書の枠組みができちゃうわけなんですよ。もちろんその組み合わせ方のセンスは抜群だし、そこに肉を付けて新しい物語を作る手際も見事なものです。
そもそも、勘違いして欲しくないんですけど、私は「パクりだパクりだ」と言って騒ぎ立てるのもあんま好きじゃないし本当はこんなこと言いたくないんですにゃん🐱🐱

でもあまりに借用部分がプロットの大半を占めていることと、『毎年、記憶を失う彼女の救い方』というタイトルを見た感じ、売れた映画のキャッチーな部分だけ借りてきて、キャッチーな本を書いて売れようとしてる感が半端ねえなと。要はタイトルが嫌いなのかも。

もちろんエンタメ小説なんだから売れてなんぼですけど、この作品は売れる要素を計算で継ぎ接ぎしてるような浅さが透けて見えるので素直に感動出来なかったんです。

そう考えてみると、登場人物のキャラ造形も浅いですよ。
たしかに二人ともめちゃくちゃ良い人ではあるんですけど、良い人すぎて感情移入出来なかったです。
「凄絶な人生を送ってきてトラウマがあってそれでも希望を持って生きてます」ってもはやマウンティングでしょ。
「見返りを求めるなんて愛じゃない」っていうセリフも、そういうキザなこと言う自分に酔えることが既に見返りでは?と思いますね。性格悪いよ私は。

あと、天津真人の日記の一人称が「ぼく」なのもいい歳こいてふざけやがってという気分になります(悪質クレーム)。

それから、これは大事なことですが、「古いものは本物っぽい」という価値観自体が本書の偽物っぽさを言い表しているような気がします。「私は流行に流されない」と頑なに宣言している時点である意味流行に流されてるじゃん、みたいな。死んだら神様っかぁ〜!?みたいな。



なんだか、書いてるうちにまとまりがなくなってしまいましたが、要は、価値観も、既存の作品を継ぎ接ぎしたような作りも偽物っぽくて魂を感じねぇ!というところが嫌いです(言ってしまった)。

エンタメ恋愛小説として一級品であることは間違いないですが、そんなわけで個人的には読み終わったあとNO感情になりました。器用なコラージュよりは不器用なラブレターの方が好きな性分ですので。

加藤元浩『C.M.B 森羅博物館の事件目録』全巻読破計画① 1〜10巻


Q.E.D 証明終了』の姉妹編で、名門校に通う実は武闘派の女子高生・七瀬立樹と、森の奥で私設博物館を営む謎の少年・榊森羅が遭遇した事件を解決していくお話です。......というと『Q.E.D』のまんまみたいですが、本作の特徴として怪奇現象や伝説をモチーフにした事件と、博物館に所蔵されるようなモノが出てくるということがあります。そのため『Q.E.D』に比べて伝奇ミステリっぽい味わいがあってこっちもなかなか面白いです。

では以下各話感想。採点基準は『Q.E.D』と同じ5段階です。

1巻


op.1「擬態」★★2

立樹の高校の生物室で右腕の一部を残して黒焦げになった死体が発見される。死体は立樹の友人の兄で生物教師の田崎先生なのか......?


第1話からインパクトの大きい焼死体を持ってくるあたり攻めてますね。
ただ、トリックは最初に考えるものそのままで、犯人特定の決め手も見せ場にはなっていますがあまりに不確実じゃないかなぁ、と思ってしまいます。



op.2「幽霊博物館」★★2

シングルマザーで博物館の警備員の立花は、夜勤の際に蛍光灯の点滅や不気味な音が鳴る現象に遭遇する。実は博物館には幽霊の噂があったのだ。
更に博物館で盗難事件も起こり......。


警備員の立花さんが綺麗で好きです。
あ、私の女性の好みの話じゃなかったですよねスミマセン。
幽霊騒ぎと盗難事件という2つの事件の雰囲気が違いすぎるのはどうかと思いますが、それぞれにちゃんとトリックが凝らされていて面白かったです。片方は豆知識で、片方は特殊知識に拠らないアイデアなのも良いと思います。豆知識ばっかとなんか騙されたような気がしちゃいますから。




2巻


op.3「青いビル」★★★3

壁面が赤と青に塗られた団地で、住人が石で殴られるという事件が発生。その事件について、警察に目撃者からの匿名の手紙が届く。しかし、手紙の内容はデタラメとしか思えないもので......。手紙の意味と、事件の真相とは......?


このトリックのためだけに作られたヘンテコな団地が趣深いですね。ミステリファンたるもの、トリックのためだけに作られた建物には燃えてしまうものです。
で、肝心のそのトリックは正直豆知識レベルですが、見せ方によってただの豆知識が島田荘司ばりの大胆な奇想のような効果を生んでいるのが素晴らしいです。
また、事件の中心になる、「目撃者からの投書」の扱いも見事です。ただ、投書にさえ振り回されなければ警察が森羅に頼るほどの事件ではない気はしますが......。



op.4「呪いの面」★★★★4

古物商から呪いの面を買うために集まったのは、面の造り主、民俗学者、舞踏家、そして成り行きから居合わせた森羅と立樹。その夜、面の造り主が死んだ。死体のそばには呪いの面が。果たして事件は面の呪いなのか......?


「呪いの面」なんていかにも博物館を舞台にしたこのシリーズらしい小道具ですね。そんなある種の王道さから、読み始めはさして期待もしていませんでしたが、真相にはやられました。
森羅が「呪いはあります」と言いますが、もちろん超常的な意味での呪いは出てきません。それでは彼の言う「呪い」とは何なのか?この謎を軸に、人の思惑の意外さが楽しめるお話になってます。
(ネタバレ→)面の秘密から即、彼女が復讐殺人を犯すと考えるまでがちょっと飛躍している気はしますが、(ネタバレ→)恋人なら分かるんでしょう。もしくは、確信してなくても少しでもそうなる可能性があれば実行すべきだと考えたのでしょう。静かな余韻が残ります。
また、心理的な面を重視の話ではありながら、殺人に使われた物理トリックも面白い......少なくとも私好みのものたったので、心理物理合わせて傑作と言ってもいいでしょう。




3巻


op.5「失われたレリーフ★★★3

大英博物館の理事ションベンタレが日本を訪れる。目的は森羅が持つ三賢人の指輪。彼は指輪を手に入れるため、「古代アステカのレリーフの失われた破片を見つけたほうが勝ち」という勝負を森羅に仕掛ける。森羅は指輪を守れるのか......?


森羅のライバルポジション(?)のションベンタレさんが登場。この感想を書いてる時点ではここまでしか読んでないので今後も出るのか分かりませんが、『Q.E.D』の「災厄の男」をマイルドにしたようなキャラと立ち位置は準レギュラー化しそうな気がしますね。
そんなライバルとの勝負という少年漫画らしい魅力が出てくるかと思いきや、ガツガツと勝負する気が全くないのが森羅らしくて微笑ましいです。
真相に関してはなかなか脱力系ですが、アステカ文明にまつわる薀蓄が面白いのでなんとなく言いくるめられてしまいますね。



op.6「都市伝説」★★★3

高校で、山奥、竹林、街路樹の柳から死体が発見されたという奇妙な都市伝説が相次いで流行する。噂の元を辿っていく立樹たちは街の楽器店の店主に行き着き......。


凄惨な殺人事件が起きた......という都市伝説が流布するという謎が、まずは魅力的です。そして真相もまずまず。都市伝説を絡めたミステリはよくありますが、こういうパターンは記憶になく新鮮でした。なぜ森羅があんなことまで知っているのかという彼の知識量への畏敬の念が湧くのは否めませんが。
真相が分かることでドラマ性が増し、私の大好きな『きみに読む物語』っぽい(よくあるっちゃよくあるからパクリとか言いたいわけではないです)ラストシーンに結実するのが綺麗ですね。
ちょっと大人な風味の異色作です。




4巻


op.7「ユダヤの財宝」★★★3

ローマでユダヤの財宝を調査していた男が奇妙な状況で殺害され、調査データは犯人に持ち去られた。
この件によって対立したイスラエルバチカンは事件の調査を大英博物館に依頼。C.M.Bの指輪を持つ森羅が調査員に抜擢される。果たして森羅は事件の真相とユダヤの財宝の秘密を暴くことができるのか......?


一冊ぶっ通しの長編です。財宝と殺人事件を巡って二つの国が対立するというスケール感は長編ならでは。これだけの背景を持った事件に挑めるのもC.M.Bの指輪を持つ森羅ならではと、『C.M.B』の長編だからこそ出来る壮大な物語です。
一冊通して描かれているだけあってゲストキャラクターも魅力的で、このエピソードのヒロインは正直立樹ちゃんより私の好みに近......いやそんな話はどうでもいい。
ミステリとして遺跡の謎から現代の事件の謎まで様々なネタを仕掛けつつ、お話としてもしんみりと余韻の残るものになっていて、ボリューム感のある一編でした。




5巻


op.8「グーテンベルク聖書」★★★3

森羅は、マウという少女に世界で初めて活版印刷された聖書・"グーテンベルク聖書"の一部ページの鑑定を依頼される。依頼を断る森羅だったが、その後、幻の50冊目のグーテンベルク聖書に纏わる事件に巻き込まれていき......。


森羅&立樹と、新キャラ・マウとのすっとぼけた交流が楽しく描かれる一方、犯人グループの内情もあらかじめ提示される、半分倒叙もののようなお話です。そんな中で森羅がどうやって犯人グループを出し抜くかがポイントになっています。その点に関しては、騙し合いとしては読めてしまいますが、森羅が真相に気づくための手がかりの配置が見事です。
最後の最後にまたマウのキャラの良さも発揮されます。次の話にも出てくるので、これからシリーズキャラになるのかなぁと期待が膨らみます。



op.9「森の精霊」★★★3

マレーシアの森の奥で男の首無し死体が発見される。男は幻の呪術師・サダマンを探すため、製薬会社に雇われたプラントハンターだった。
事件はサダマンの仕業なのか......?


op.8に書いた通り、続けてマウちゃん登場エピソードです。
首切り殺人というショッキングな事件もやはり魅力的ですが、それ以上に森羅が敬愛するサダマンという人の謎が魅力的。
事件の真相自体は予想の範囲内ですが、サダマンを通して森羅の人となりが垣間見られる重要エピソードと言えそうです。
また、マウちゃんの相変わらずな感じが微笑ましくもこいつ〜って思いました。




6巻


op.10「カノポスの壺」★★★★4

エジプトの考古学博物館でヒューズという青年が射殺され、肝臓を持ち去られる。これを皮切りに、射殺され臓器を持ち去られる事件が続く。犯人はカノポスの壺に見立てて事件を起こしているのか......?
エジプトで再開した森羅と燈馬が事件を追う!


『C.M.B』と『Q.E.D』、2つのシリーズがクロスオーバーするファンには作品です。

まずは両シリーズのコンビ同士の邂逅が嬉しいです。燈馬と森羅の会話では、燈馬のお兄ちゃんっぷりが新鮮でしたね。また事件解決のキーになる言葉を森羅に残していくという探偵の師匠っぷりもカッコよかったです。普段はアホの子なのにやっぱりお兄ちゃんという立場になると大人びて見えますよね彼も。
一方のヒロイン同士の女子会が可奈ちゃんファンにはやっぱり最高でした。この作者ヒロインのパターンこれしかないんかい!と思うくらいそっくりな2人なので、なんかもう初対面で双子コントみたいになってるのが笑えます。また、アクションシーンでも2人合わせりゃ百人力と言わんばかりに人間離れしたバトルを繰り広げているのにも笑います。

そして、事件の内容も、ファンサービス作品に相応しい豪奢で壮大でトリッキーなものです。
ミッシングリンクは特殊知識こそ要りますが知らなくても「なにそれカッケー」ってなりました。それが早い段階で明かされると、そこからはサイコスリラーにシフトチェンジしつつ、最後はきっちりサイコ感と意外性と両方見せてくれて大満足です。また、ピラミッドに関する森羅の解説も面白かったです。
キャラ、ミステリ、ペダントリーの三拍子揃った傑作と言っていいでしょう。




7巻


今までは1冊に1話か2話ずつ収録だったのが、この巻は4話入ってます。これ以降こういう1冊4話形式も増えていくようです。



op.11「飛蝗」★★2

飛蝗が大量発生した村で美しい鳥を見た少年は、鳥を捕まえてもらうため東京の森羅博物館を訪れた。森羅は殺虫剤が撒かれるのを防げるのか......?


ミステリーとしてみると特に推理らしい推理もなく虫害豆知識の域を出ないのが残念です。
ただ、飛蝗が飛び交う絵面はインパクトがありますし、害虫駆除及び道路工事の賛成派vs反対派の対立など、自然溢れる村が舞台の話ならではの良さがあります。また、終わり方も綺麗で、なんだかんだ短いながらも読み応えのある物語になっているので凄いです。



op.12「鉄の扉」★★★3

戦時中に使われていた防空壕で餓死した老人が発見される。防空壕は旧日本軍の研究所の役割も兼ねていた。戦時中の研究と今回の事件のつながりとは......?


これは面白かったです。マウのミステリアスなキャラと戦時中の秘密実験という題材のシリアスさがマッチしていて雰囲気がまず美味しい。
事件の内容も閉じ込められて餓死した男というわりとエグいもので、それが(ネタバレ→)ドアの死角にダイイングメッセージを書くというトリックとしては小粒なネタに説得力を持たせています。また、もう一つの物理トリックは豆知識寄りですが言われれば確かにと頷けるもの。
今まで以上に短い分量になりながらこれだけアイデアを詰め込んでくるハングリー精神が好きです。



op.13「イン・ザ・市民プール」★★★3

市民プールで東京にいるはずのないゲンゴロウが見つかる。発見時、中学生が生き霊を見ていた。二つの変事の関連とは......?


ハングリー精神といえばこれもそうなのかな......?
市民プールを舞台に、立樹の回りで色々な細かな問題が起こるという日常の謎の詰め合わせセットみたいながやがやした感じ好きです。お得感がある。それぞれの解決はやっぱりしょーもないですが、そのしょーもなさがほのぼの感やくすくす笑える方向へ活かされているので、細々した没ネタを見事に加工して商品化したような感じもしますね。ともあれ血腥い殺人事件などが多い中、こういう日常編もホッと一息つけて好きです。



op.14「ザ・ターク」★★2

外食チェーンの会長が開いたからくり人形展示会に出席した森羅たち。しかし、チェスを指す機械人形「ザ・ターク」と森羅が対局している最中に他の高価な人形が何者かに盗まれてしまう。C.M.Bの指輪の主なら事件を解決してみろと無茶を言う会長に対し森羅が出した答えとは......?


これはいまいち......。トリックは見たまんま。ドラマ性も薄く、からくり人形というモチーフが出てくる割にそこまでからくり人形に関する雑学なんかもなく、「ここが見どころ!」という点に欠ける気がします。ただ、マジックについての森羅の意見はふむふむと面白く読めました。


8巻


op.15「1億3千万人の被害者」★★★★4

鯨崎警部の元に「復讐を決行する
1億3千万人が被害者となるだろう」という脅迫状が届く。さらに数日後、冤罪の被害者となった男の息子が警部の元を訪れる。彼は「父が日本国民に復讐する気だ」と話すが、その真意とは......?

まさかの社会派大作です。
事件の真相そのものは誰もが予想する通りで意外性はありませんが、「1億3千万人の被害者」の真意にはやられました。やや大袈裟な気もしますが、集団心理の恐ろしさを見事に描き出した傑作と言っていいでしょう。



op.16「メテオライト★★★3

カザフスタンにあるロシアの宇宙研究所付近に隕石が落下した。両国は隕石の所有権を主張し合い、森羅に裁定を依頼する。しかし、肝心の500kgもある隕石そのものは跡形もなく消失してしまっていた!


真相はこれしかないというものですが、それを実現するシンプルにして盲点のトリックにはすっかり騙されました。また、森羅が提示する解決も見事で、一つの物語として気持ち良い読後感が味わえたので好きです。



op.17「櫛野村奇譚」★★★3

スキー場に遊びに来た森羅たちは、現地の老人に昔あった櫛野村という村の不穏な由来を聞く。その後、嵐に見舞われた森羅と立樹は、なぜか当時の櫛野村へ迷い込んでしまい......。


まさかの (といっても『Q.E.D』にもありましたが......)タイムスリップものです。タイムスリップしたことへの言い訳があるのにな笑いましたが、まぁ漫画なので細かいことは気にせず。
内容はよくある村もののエッセンスを取り入れつつ、(ネタバレ→)ラストの「久死」という解釈によって村の名前と森羅たちがタイムスリップのような現象に巻き込まれた理由の両方が見えてくるという特殊な設定ならではの



op.18「牡山羊の像」★★2

森羅は博物館を改装することに決める。友人たちと運送会社の手伝いで改装は順調に進むが、実は運送会社はヤクザに脅されて博物館の牡山羊の像を盗もうとしていた。森羅は彼らの企みに気づくことができるのか......?

倒叙ものですね。
(ネタバレ→)倒叙でありながら犯人側からのトリックを一点だけ隠しておくというサプライズのやり方は面白いと思いますしまんまと騙されました。ただ、それがメインで森羅が彼らの企てにどう気付くかという部分が弱いのは残念なところ。また、最後結局あの手を出して使ってくるあたりの何でもあり感がなくもないです。
お話としては、森羅が博物館を楽しんでもらうことに意識的になっていくのが描かれていて良かったです。




9巻


op.19「太陽とフォークロア★★★3

インカ帝国の首都にある、アンデス文明の中心地・太陽の神殿。その地下迷宮で大学教授が行方不明になり、道案内の少年がインカの宝を手に発見された。入り組んだ地下空間で果たして何が起きたのか......?


一冊の半分を使った長めのお話です。
長いだけあって地下空間の描写やインカの宝など神秘的な壮大さが楽しいです。こういう古代遺跡の探検みたいなのはこのシリーズならではですよね。
ミステリ的には細かいネタの積み重ねなのが話の壮大さに対してやや物足りないてますが、いつもながら伏線や演出は冴えていて面白かったです。



op.20「メタモルフォーゼ」★★★3

高校の図書室に飾られた、昆虫の"変態"を描いた希少な絵。森羅がその価値について解説すると、4日後には絵が盗まれてしまった。犯人は森羅の解説を聞いたメンバーの中にいるのか?そして人のいる図書室で絵を盗んだ方法とは......?


絵が盗まれるという地味な事件ながら、森羅の薀蓄で盗まれた絵の価値を語られてしまうと途端に大事件になってしまうから凄いですね。
トリックそのものは大したことないですが、組み合わせ方と見せ方でこうも見事に謎を生むのかと驚かされました。(ネタバレ→)職員室から図書室へ向かう場面の絵が2回も出て来ることに違和感は感じたのですが、なるほど、シンプルにして見事な伏線でしたね。
物語としての締めも方向性は言わないもののとても良かったです。変態というタイトルがちゃんと物語を貫いているあたりの作者の美学に惚れましたわ。



op.21「死滅回遊」★★2

旅行で沖縄を訪れた森羅たちは、スキューバダイビングをしに行き、コーチ夫妻の夫婦喧嘩に遭遇する。夫が海で亡くなった先妻の遺品を持っていたことが原因だったが、妻は遺品を見て夫にある疑いを抱き......。


うーん、これは......。
まぁ〜単刀直入に言っちゃうと(ネタバレ→)夫が先妻を殺したと見せかけて実は夫が先妻を殺してましたというのはどうなんでしょう......。確かに一度、夫は無実だったという雰囲気にはなりますが、その根拠が心情的なことだけだったのが弱いですよね。ちゃんと無実の確固たりそうや証拠が出てからそれをひっくり返すならまた印象も違ったでしょうけど......。惜しいですね。
と、ちょっとディスっちゃいましたけど、森羅が真相に気づくきっかけは(特殊知識が必要とはいえ)上手く出来てると思います。




10巻


op.22「その差六千万年」★★★3

モンゴル・ゴビ砂漠で、人間と恐竜が隣り合った化石が発見された。しかし、恐竜の絶滅と人間の出現の差は六千万年。あり得ないはずの化石は本物か?それとも何者かが仕掛けた偽物なのか......?


人間と恐竜が共生していた!?というロマン溢れる発端がまずは魅力的です。
当然、そんなことはありえないのでどこかにトリックはあるわけですが、そのトリックが明かされてもなおロマンが壊れないように上手く考えられているのが凄いし、さすがにこんな漫画描くだけあってロマンってものを心得てるなぁと感心しました。
森羅くんによる"解決"も同じく心得たもので、ただ単純にわくわくするお話でした。



op.23「釘」★★★3

学校そばの神社で藁人形を発見した森羅たち。人形には、半年前に轢き逃げにあった被害者の名前が釘で打ち付けられていた......。


真相は見え見えですが、「不幸のメール」からはじまって人間のダークサイドが不穏に描き出された人間怖い系怪談に似た読み心地です。
神社や公園が舞台で夏の風景が美しく描かれ、それもオカルティックな事件とぴったり合っていて一種異様の雰囲気が出てますね。ネタは小粒ですが話が好きな一編です。



op.24「地球最後の夏休み」★★★3

夏休みの終わりに海へ行った森羅たちは、海の家を営む謎の美女から15年前に近くの洞窟で起こった怪談話を聞く。実際にその洞窟を訪れた彼らが遭遇したのは......。


「釘」の夏を強調した感じはこの話の前振りだったのでしょうね。
これもミステリ的な真相は分かりやすいですが、(ネタバレ→)「4人が目を閉じ耳を塞いでいたなら......」という推理の根拠など、伝聞から真相を導き出す過程が見事です。
そして、作者はおそらく冬より夏派なのでしょう。夏の終わりへのセンチメント溢れる幕引きは、中学生の頃のあの夏の日々を思い出させてくれました。あの頃はあの頃で楽しかったなぁと今になってみれば思います。



op.25「ヒドラウリス」★★★★4

イタリア・ミラノ。マウの紹介で呪われたオルガン"ヒドラウリス"を見た森羅たちは、現地で最近オルガンを弾いて倒れたライターに出会う。


これは好き。
ずばり呪いのオルガンが主人公の物語で、物に込められた想いみたいな話に特有のなんとも言えないロマンがありますね。というかこの10巻の収録作はみんなロマンとか雰囲気の良さがありますね。そういうの大好きです。
ミステリとしてのネタも、ややこやしいように見えて現象としてはとても分かりやすいという物理トリックは好みにドンピシャですし、そんなトリックが仕掛けられた理由にも鳥肌が立ちました。
この短さでこの内容なら文句なく傑作と言ってしまっていいでしょう。





というわけで、『C.M.B』1〜10巻でした。
最初は『Q.E.D』のバッタもんくらいな気持ちで読んでましたが、だんだん伝奇的な魅力や、メイン2人のキャラの魅力が出てくると思い入れも強くなっていき、10冊読んだ今となっては続きが読みたくてしゃうがないです。
ただQ.E.Dの方もほったらかしとくわけにはいかないので交互にゆるりと読んでいきます。待っててね可奈ちゃん