偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの新冒険』感想

悲劇四部作を読んだ後、『ローマ帽子』のとっつきづらさに一度挫折していたエラリー・クイーン
しかし『文学少女対数学少女』を読んでなんだか無性に正統派の本格ミステリを読みたくなったので、読みやすそうな短編集を読んでみました(新訳出たし)。
ちなみに『冒険』は近所の本屋になかったので新から読みました。順番あんま関係ないしね。




さて、本書は中編『神の灯』と、『新たなる冒険』の連作4編、『スポーツミステリ』4編を収録した、タイトル通りエラリー・クイーン(作中の探偵の方)が活躍する作品集。

全体に思ってたよりお話自体が面白く、各話で事件のシチュエーションもガラッと変わり、エラリーを中心としたキャラ文芸としても楽しめる贅沢な一冊。
もちろん、ミステリとしても各話にアイデアがたっぷり詰まっていて、今読んだら分かりやすい部分があったりはするもののつまらない作品は1つもない素晴らしい短編集でした。

以下、各話の感想を。





「神の灯」


奇妙な老人の遺産が隠されているという"黒い家"に、老人の令嬢アリスと共に向かったクイーン。
同じく奇妙な親族達と共に、向かいに建つ"白い家"で一夜を明かすと、翌朝、"黒い家"は忽然とその姿を消してしまっていた......。


まずは一軒の家が一夜にして跡形もなく消えてしまうという謎そのものがとにかく魅力的。殺人なんかよりもよっぽど唆られます。
加えて、謎を引き立たせる雰囲気作りも完璧。
何も知らされないままいきなりエラリーが呼び出されて事件に巻き込まれるというある種の強引さが、読者をも有無を言わせず作品世界に引き込みます。
消失が発覚する場面はどこか神々しさすら感じさせ、異様なまでに降り続く雪の描写と、ノイローゼになりかかった登場人物達の言動も相俟って世界の終わりのような空気が醸造され、ただでさえ不可思議な謎をより魅力的に見せてくれます。

謎があまりにも魅力的すぎて、トリックはまぁそんなところだろうなとは思ってしまうのですが、しかし細やかな伏線と雰囲気で、こんな不思議な事件なのにちゃんと納得させてくれます。
何より、(ネタバレ→)家の消失という派手な事件を隠れ蓑に、殺人まで企てられていたというところは完全に盲点でやられました。あからさまなヒントに気付かせない物語の展開の仕方が上手い......。
(ネタバレ→)雪の降りしきる灰色の世界から一気に突き抜けるような、ハッピーエンドの爽快なラストも良いですね。
世評の高さにも納得の傑作です。


「宝捜しの冒険」


バレット少将の家でのパーティーで、少将の娘のネックレスが盗まれた。
エラリーは招待客たちに宝捜しゲームをしようと提案し......。

ネックレスの盗難という事件自体は陳腐なものの、犯人探しではなく"隠し場所捜し"をメインに据えることで一風変わった読み心地を味わえます。
さらに、エラリーの仕掛ける宝捜しゲームも牽引力となり、一息に読ませてくれます。
ゲームの謎解きはそう難しくない且つその場にいないと分からないものなので特に面白くもないんですが、それを仕掛けるエラリーの意図が、本題のネックレス盗難とどう絡むのか......?というのが興味をそそります。

解決の方も、ネックレスの在処、エラリーの意図、という2つの謎の答えはそれぞれ面白いし、さらに細かな仕掛けもあったりして、この短さでみっしり詰め込まれてて楽しいっす。

ただ、最後の事後処理はあれでええんかいと思っちゃいます。いやまぁ、うーん、いいことなんだけど、それを言い出したらキリがなくないっすか......。





「がらんどう竜の冒険」


日本人の老人の邸宅で、住み込みの看護師が殴られ、竜が彫り込まれたドアストッパーが盗まれた。
屋敷を訪れたエラリーだったが、さらに家の主人が失踪し......。

「カギワ・ジト」なる名前の日本人の老人が出てきて、どういう名前やねんと突っ込んでしまいます。
また、屋敷の中が甘ったるい香の匂いだったり竜の模様のドアストッパーを常用してたり、「ほんとに合ってる?」と思うような日本観が逆に面白くて、日本人だけど東洋の神秘的な異国情緒を感じました。

事件の方はというと、とある嘘を見抜くことで色んな出来事が一つのシンプルな真相に収斂していくのが面白いです。
ただ、ちょっと知識が必要だったりするのと、シンプルすぎて意外性が薄いのは惜しいところ。





「暗黒の家の冒険」


平日昼間のがらんとした遊園地で、暗闇からの脱出アトラクション『暗黒の家』に入ったエラリーとジューナ。
しかし、自分の手も見えないほどの真っ暗闇の中で殺人事件が起こり......。

今だとなんらかの法律的にアウトそうな激ムズ暗闇迷路に悪戦苦闘するエラリーたちがまず面白く、その中での殺人というクローズドな事件も魅力的。
また、トリックはシンプルにしてよく考えられていて面白く、取ってつけたようだけど最後の最後のオチもちょっと笑えちゃいました。
ただ、エラリーが(一応→)真っ暗なのに遠距離から撃てるわけない!という推理ともいえない当たり前すぎることを言っただけで周りのみんなが「なるほど」「君は賢い」とか言い出すのはおかしいと思う。
あと、トリックから一発で犯人が分かってしまい、怪しい容疑者たちがただのモブでしかなくなってしまうのは物足りないところ。





「血をふく肖像画の冒険」


画家のグラストンの家に伝わる、先祖の肖像画が血を流すという伝説。
彼の妻とそのストーカーの間の緊張関係がピークに達した時、伝説の通りに肖像画が血を流し......。

とりあえずこれだけめっちゃ読みづらかったです。地名と人名が勝手にたくさん出てくるので把握しきれなくて、最初のうちは誰が誰で何をしててここはどこで何が起きているのかさっぱり分かりませんでした。
それでも読み進むうちにだいたいのことは分かってくるんだけど、ヒントがあからさますぎて肖像画の血の謎は謎にすらなってないくらい分かりやすいし、その後の解決も特に面白みがなく、全体に「ふーん」という感じの作品。
ただ、そんなに美しい背中というのは一度拝んでみたいですね。これまで女性の背中にあまり注目したことがなかったので。





「人間が犬を噛む」


ヤンキースジャイアンツ戦を観戦しに行ったエラリー。
観客席には、元野球選手のビルとその不倫相手、ビルの妻とその元カレ、そしてビルに恨みを持つギャンブラーが勢揃いしていた。
大観客の興奮の中に不穏さを滲ませながら試合が始まり......。

私は運動が出来ないので自分がやったことのあるスポーツはだいたい嫌いで、中でも野球はやる機会が多かったし野球部が気に食わないのでこの世で虫と牛乳の次に嫌いなものです。
だから本作の結構な部分を占める野球に関する描写は全部読まなかったですが、謎解きにはあまり関わらないので問題なかったです。

真相はまぁ予想付いちゃうんですけど、不穏な関係者たちを尻目に野球観戦に夢中で、なるべく謎解きに関わらないようにするエラリーたちの態度が面白いです。
あと、煌びやかなスターに混ざってちゃっかりサインをねだられてる人気作家っぷりも見せてくれます。

一方では関係者たちのドロドロした人間関係も読ませます。被害者がクソ野郎なので殺されてラッキーくらいの気持ちでサラッと読めるのが良い。
そして、そんな男女の愛憎劇の後の、ポーラのラストの行動も味わい深い(笑)。




「大穴」


競馬映画の脚本を依頼されたエラリーは、競馬について学ぶため競走馬を育てる牧場主のスコット老人の元を訪れる。
スコット老人と娘の恋人との間の諍いを宥めたエラリーだったが、レース当日に事件が起こり......。

前話でもちょっと思ったけど、ポーラの登場によってエラリーが急にやれやれ系主人公に成り下がって気に食わねえ。
それはさておき、スポーツ連作第2弾は「競馬」で、これも個人的にはあまり興味がないものの、競走馬を育てる牧場が舞台でレース自体はそんなに関わってこないので面白かったです。ロケーションが良い。

これも真相はちょっと分かりやすい&トリックがさすがにざっくりしすぎな感じがしてミステリとしては面白みに欠けますが、父親と娘とその恋人の間の人間ドラマの面で楽しめる作品で、短編ながらきっちりとお話も作ってるあたり流石やなぁと思います。
出来過ぎな結末もこのライトさなら許せちゃうし、最後の1行もばっちりですね。めっちゃラブコメで笑う。





「正気にかえる」


ボクシングのチャンピオン戦を見に来たエラリーたち。チャンピオンは実力を発揮しないまま挑戦者に敗れ、スポーツ記者は八百長だと看破する。
しかし試合後、敗れた元チャンピオンが滅多刺しされた遺体で見つかり......。

これもラブコメっぽくて萌えます。

ミステリとしては、シンプルにして説得力のあるロジックが決まった良作。
殺人事件とエラリーのコートの盗難とを結び付けることで、犯人特定の条件を浮かび上がらせる手際は鮮やか。
長編のような細かい消去法ではなく、条件から即犯人が分かるという短編ならではの切れ味の鋭さが楽しめます。
『神の灯』は別格として、短編では本書の私的ベストかも。





トロイの木馬


ローズボウルのチケットを取り損ねたエラリーは、出場チーム"トロンジャーズ"の後援者パップを介して大会を観られることになる。
試合後にはパップの娘とチームのエースとの結婚式も控えており、パップはサプライズプレゼントにサファイアを用意していた。
しかし、試合直前にサファイアが盗まれてしまい......。

登場人物のキャラが濃く、彼らのドタバタに引っ張られながら一気に読み進められました。パップはオタクが金持ってるとヤベえ......という典型だし、怪しすぎて本当に怪しいのか悩んじゃう人たちも良い味出してます。彼らが濃すぎて今夜結婚する若者たちがあんま印象に残らなかったくらい......。

ミステリとしては、トリック自体はそこまで目新しくはかったです。ただ、犯人特定のきっかけと決め手が、それぞれよく出来た伏線によって鮮やかにキマってます。これも短編ならではの切れ味。
ただ、個人的に(ネタバレ→)ボールの構造をよく知らなかったのでいまいちピンと来なかったところはあります。