偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

西澤保彦『からくりがたり』読書感想文

8編の短めの短編から成る連作集風の長編。

からくりがたり (幻冬舎文庫)

からくりがたり (幻冬舎文庫)

毎年年末年始に起こる殺人事件と、"計測機"と呼ばれる謎の男を軸にしつつ、各話で友達グループの若い女性たちを主な主人公にしつつめくるめくセックスの世界が展開されていくというわけわかめな作品。



一応、各話はそれぞれ短編ミステリとして読めるものにはなっているんですが、しかしミステリとして読むと、だいたい分かる、意外性ゼロ、偶然多すぎ、しかも結局曖昧で、どう楽しめばいいのか皆目分からず。

これが、幻想ミステリとして読むと、現実と妄想や虚構のあわいにある物語にくらくらしつつ読めてちょっと面白いんですけど、あまりにも登場人物が多すぎてどれが誰の妄想で云々みたいなのがもはやどうでもよくなってしまうのは、まぁ、私の脳みそが小さいからかもしれませんが......。

ただ、童貞ミステリとして読むならこれはなかなか面白く、第一話の妄想性豪日記を書きながら妹の下着でオナニーする少年の姿には泣けますし、それ以降繰り返されるセックスのオンパレードには興奮と嫉妬との入り混じった感情を覚えましたし、最後のアレにはウェっと思いつつもなかなか分かりみもあったり......と、結構楽しめてしまいました。

また、各話のおかしいやつばっかでてくるストーリーのキモさは西澤印で面白かったです。
除夜がたりの理不尽さに辟易したり、幼児がたりの特殊な視点の面白さに唸ったり、不在がたりの終盤の激しさに引き込まれたりと、その辺は楽しかった。
まぁ、男のセックスはつまらないといういつもの持論がまたも展開されるのには慣れてくるとやや辟易で、そんなん言われたって......という気分にもなりますが。


そんなわけで、ミステリとしては一切の期待を捨てて読むべきですが、西澤保彦の気持ち悪さやセックス描写が好きならば読んで損はないかもしれません。
個人的にはトータルであんまり面白かったとも思えないけどなんか嫌いになれないみたいな微妙な感情を抱きました。

今月のふぇいばりっと映画〜(2019.9)

9月はほとんど映画を観ませんでしたね......。最近は読書に比重が偏ってしまっています。




アス
イングロリアス・バスターズ
サスペリアpart2




アス

はい、観てきましたよ。

夏休みに海の近くの町の別荘にやってきた一家。実はママは幼少期にこの町で"もう1人の自分"を見るという恐怖体験をしてました。で、どことなく居心地の悪さを感じるママでしたが、その夜、別荘の外に赤いツナギ姿の"私たち"にクリソツなファミリーがいるのを発見し......。

ってゆうドッペルゲンガーファミリーの設定が特徴的な、『ゲットアウト』のジョーダンピール監督2作目です。
ゲットアウトもめちゃ面白かったけど個人的な偏愛度としてはそんなに高くなかったんですが、今回は(映画館で観たのもあるけど)ハマっちゃいましたね。

ただ、今作も前作同様に先の読めない展開自体が見どころの一つでもある作品なので、ほとんど書けることがないんですね。なんで簡単にですが......。

まずは1番浅瀬の部分はエンタメ性の非常に高いホラーになってまして、色んなサブジャンルを取り入れつつ緊張感を保ったまま奇妙な展開を続けることそれ自体がとにかくめちゃくちゃ楽しいです。

しかし、その皮を剥いでみると、そこはゲットアウトの監督らしく、私という人間の内面を抉られるようなパーソナルなテーマが内包されていて、さらにそれを敷衍してアメリカという国、そして人間存在そのものまでも抉り出すような深遠なテーマを含んでいます。
恥ずかしながら知識不足で分からない部分も多かったですけど、観た翌日にパンフの解説を読んで、また真の恐怖に震えるという遅効性の怖さまでも体験させてもらいました。

もちろん、設定に無理があるとか説明的すぎるみたいな批判も分かるし、ミステリアスなホラーという体裁を取っているならその辺も重視すべきってのも分かるけど、個人的にはわりとそこはどうでもよくて......。
あらすじを説明すれば完全にホラーなのに観終わった後で考えさせられることは社会派っていう違和感に酔って胡乱な気分で映画館を後にする不思議体験ができただけでも良かったと思います。
今年は自分にしてはわりと映画館で映画見てるけど、今んとここれが一番ふぇいばりっとですね。
ほんとは個別で感想書きたかったけど、なかなか難しかったのでここにおいときます。





イングロリアス・バスターズ


イングロリアス・バスターズ [DVD]

イングロリアス・バスターズ [DVD]


はい、タラちゃんのナチス映画ですぅ。
メラニーロラン演じる家族を殺されたユダヤ人の少女がナチスに復讐しようとしたりブラピ率いるバスターズという軍団がナチ狩りをしようとしたりみんなで無駄話したりする映画でした。



冒頭の、ユダヤを匿う農夫を"ユダヤハンター"と呼ばれるナチのファッキン大佐との会話からして最高ですやん。
長い会話劇は間延びしてるようでいて状況設定の妙によって気付けば前のめりでバチクソ見入ってる自分を発見しました。後半にもありますが、そういう無駄話のようでいて水面下で腹の探り合いをバチバチやってるっていうシーンが上手いこと上手いこと。独特の緩急にすっかりやられちまいましたよ。
ストーリー自体はわりとシンプルですが、そういう演出の巧さのおかげで長いのに飽きませんでした。

あと、出てくる女の人がみんな素敵。
ヒロインのメラニー・ロランはもうもちろんのこと、映画女優を演じたダイアン・クルーガー氏の色気にもくらくら。あと、1番は冒頭に農夫の娘役で一瞬出てきたレア・セドゥが1番美しかった。え、この子誰?なんでこんな可愛いのにこんなちょい役なの?と思ってわざわざ調べましたもん。そうかそうかレア・セドゥでしたか、どうりで。


そして、ラストには唖然......と言いたいところですが、同じく史実を扱ったワンスアポウッドを先に観たのでまぁそうだよね、という感じにはなってしまいました。それでも愉快痛快で爆笑させていただきました。終わり方も完璧。

このテーマ的に、殺戮をやらかしたナチスさんに対して殺戮で天誅を下すというやり方はいかがなものかと思わなくはないんですけどね。たぶんほかの監督だったらその辺に文句言いたくなるけど、タラちゃんだもん。ナチス殺すですぅ〜♪なんて言ってるタラちゃんを想像したら可愛いじゃないですか。だから許します。


そんなこんなで、テンションぶち上げのサイコーな映画でしたしメラニーロランのファンになりました。




サスペリアpart2



ずっと昔に観たのですが、アマプラに"完全版"があったので再観。

言わずもがなですがサスペリアとは一切関係のない、監督が同じなだけの便乗タイトル。原題はプロフォンド・ロッソ(=ディープ・レッド)であり、めちゃかっこいいので今からでも原題呼びを広めていくべきでは、と思います(と言いつつ通りがいいので邦題で呼んでしまう)。


ピアニストの主人公がひょんなことから目撃してしまった殺人事件の謎を追うというミステリーですが、アルジェントらしい怪奇趣味や殺しの美学はもちろんてんこ盛りでなかなか贅沢な傑作。ミステリとしてのとあるネタも最高です。



まず、オープニングがもうガンギマってますね。
ゴブリンによるメインテーマがもうヤバい。不穏に唸るベース、切り裂くようなシンセ、聴いてるだけで不吉な予感にテンションぶち上げ。家の設備でできる限りの大音量で観ましたが、こういうのこそ爆音上映してほしいっすわ。で、そこに挟まれる子供の歌の不気味さと事件のシーンの美しさ。ここまで完璧なオープニングの映画ってなかなかないっすよね。

中身に関しても、ワンカットワンカットがすべて美しい。話の流れは正直中盤ちょっと退屈になったりもするものの、映像だけで観てられますね。色づかいといい、カメラワークといい、、、最高!
そして前見たときはそんな気にしなかったけど結構ラブコメ的というか、主人公とヒロインの掛け合いににやにやしちゃうところが多くって、ところどころユーモアでガス抜きしてくれるのも親切設計ですね。最初は怖く見えたダリアニコロディがどんどん可愛くなっていきます。

で、ストーリーも中だるみはするもののアルジェントにしてはかなり分かりやすくまとまっていて、伏線はしっかり回収されてミステリーとしての解決もあって意外性もばっちりと、文句なし!特にあのトリックは、2度目だと爆笑以外の何者でもないっすね。

殺人シーンも「なんでそこまでする必要があんねん」ってくらい残虐で楽しいこと楽しいこと。観てるこっちまで人を殺したくなるくらい。

で、オープニングも最高だけど、ラストも最高!!こんなカッコいい終わり方もやっぱりそうそうないでしょ。
いやぁ、2度目ですけどやっぱり堪能しました。
出来るなら、夜中に酒飲みながら観たかったけど、シャカイジンの身にそれは重いのでね。

沢村浩輔『夜の床屋』読書感想文

ミステリーズ新人賞を受賞した表題作を含む、著者のデビュー短篇集です。


夜の床屋 (創元推理文庫)

夜の床屋 (創元推理文庫)



前半3編はいわゆる日常の謎ミステリなのですが、表題作はタイトル通り深夜に営業する床屋の謎......みたいな、ちょっと幻想的な謎が多いのが魅力的な短編集なんですね。
また、主人公の佐倉くんをはじめ、キャラクターたちがみんないい人で、作品全体にも品があって、控えめなユーモアもあり、なんとなくですが泡坂妻夫とかああいう感じの心地よさがあります。

そして、後半はエピローグまでひとつなぎの物語になっていて、読者は前半からは予想もつかない場所へと誘われます。
しかし、その飛距離もまた心地よく、読後感はある種狐につままれたようなと言いますか、いい意味でこの本はなんだったんだろうというつかみ所のなさが不思議な余韻となって心に残る、そんな他では味わえない珍品でした。
正直、ミステリとしてめちゃくちゃ面白いというわけではなく、人によっては地味に感じられるかもしれません。しかし、ハマればとても心地よい読書体験が出来ることは請け合い。
個人的には偏愛枠の1冊となりました。

以下、各話の感想を。





「夜の床屋」

佐倉と友人の高瀬は観光のため登った山で遭難し、とある無人駅に出る。駅舎で夜を明かそうとする2人だったが、深夜になって高瀬が廃墟のような理髪店が開店したことに気付き......。


大学生の友達同士が無茶をして遭遇した奇談......というのがもう好みです。
とにかく謎そのものがとても美しい。
夜中の人のいない無人駅に灯る床屋の灯り(💈←これも)という光景。幻想的で、起きたまま見る夢のような......でも日常と地続きでもあって......。
それだけに、解決されてしまうと夢から醒めたような気分になってしまうところもありまして......。
それでも、その夢から醒めた気分というのもまたいい感じに描いてるから凄いですね。
謎が説かれるということ自体に、大学時代に先輩の家で夜通し飲み明かした次の朝の倦怠みたいなものがあるわけですね。
そして、ちょっとだけ名残惜しく夢を思い出すようなラストの会話も素敵です。





「空飛ぶ絨毯」

幼馴染の八木さんが海外留学に行くのを送り出すため、海霧の煙る故郷の町に集まった佐倉たち。そこで、八木さんは寝ている間に絨毯が盗まれたという事件、そして、幼い頃に霧の中で出会った少年の話を語る。
後日、事態は思わぬ展開を見せ......。


これまた謎が魅力的。
謎の1つは、なぜか絨毯だけが盗まれるというもの。日常の謎として申し分なく、どこか滑稽さもあって興味を惹かれます。
一方、もう1つ、八木さんが過去に海霧の日にだけ逢瀬を交わした少年との物語。その少年とは何者だったのか......という謎ですね。

この2つの謎のギャップだけでも面白いのに、その後の展開もさらにまた違った方向に行ってもはや何が何やら。
しかし、変なまとまりのなさは感じず、何とも言えぬ余韻が残るのは上手いですね。最後まで新しい展開がある地味なサービス精神も好き。この話自体が海霧の中で見た幻のようでもあり、うん、具体的に感想書くのは難しいけど不思議な魅力があります。





ドッペルゲンガーを捜しにいこう」

近所の小学生に、「友達のドッペルゲンガーを捕まえるのを手伝って欲しい」と頼まれた佐倉。そのあまりに奇妙な話に、子供たちが何かを企んでいることを感じた佐倉は、好奇心から彼らに同行することにするが......。


このお話はとぼけたユーモアが強めでちょっとほのぼのしてて、1番日常の謎っぽい感じではありますね。
ドッペルゲンガーは出てくるけど、佐倉くんがハナからその存在を信じていないのでこれまでの短編のような幻想的な雰囲気は薄いです。しかし、その分下町情緒みたいなものや少年たちへのノスタルジーが感じられて、やっぱり雰囲気はめちゃくちゃ良い。
廃工場で実際にドッペルゲンガー探しをする場面なんか、童心に戻りたくなりますもんね。
で、解決に関しては、若干の「そのためだけにここまでする?」感がありますが、ここまですること自体が青春とも言えますからね。エモエモです。





「葡萄荘のミラージュⅠ」
「葡萄荘のミラージュⅡ」
「『眠り姫』を売る男」
「エピローグ」


ここからの4編では、佐倉が、友人の一族が所有する別荘へ宝探しに行く......という発端から一続きの物語が繰り広げられます。
大富豪が隠した財産というスケールの上がり方に驚くも、本当の驚きはその先にありましたね。
あまり書くとアレなのでざっくり言いますが、コロコロと思わぬ方向に転がっていく物語に翻弄されながら読み進め、エピローグに至って「私は何を読んだんだろう......」という、ある種の困惑さえ覚えます。
そして、冒頭の表題作を思い返して、あの不思議な一夜から思えば遠くへ来たものだ......と感慨に浸ります。
それでも、不思議な心地よさは全編に渡って一貫しているためにここまで最初と最後のギャップがあっても統一感が崩れていないのが凄いですね。

そんなわけで、ミステリとしてはやや薄味ながらも、どこかノスタルジックで不思議な風景を眺めているうちに思わぬところまで旅させてもらえる素晴らしい短編集でした。

今村昌弘『屍人荘の殺人』読書感想文

はい。
もはや説明不要ですが、デビュー作にしてミステリランキングとかを何冠も獲って映画版も公開を控えているという超絶怒涛の話題作。私も話題に乗るために、文庫化を機に読んでみました。


屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)


うん、面白かったです!

主人公の大学生・葉村くんは、ミステリ愛好会の先輩・明智さん、謎の美(少)女・剣崎さんと共に、曰くある映画研究会の合宿に飛び入り参加することになる。
しかし、そんな合宿中、一同はとある異常事態に見舞われ、閉鎖空間となった別荘で殺人事件が起こり......。


という、とある設定を抜けば極々オーソドックスなクローズドサークルものの青春ミステリです。

冒頭の、カレーうどんは、本格推理ではありません」というセリフから始まる、葉村くんと変人先輩たる明智さんとの他愛のない会話と彼らの出会いのエピソードには思わず学生アリス(うちにくるか?)を連想しちゃったりと、創元ファンには堪らない導入が魅力的。

しかし、話はわりかし胸糞悪い感じ。合宿は女子大生を食おうと目論む大学OBたちと、彼らに生贄を捧げて就職の口利きをしてもらおうと目論む映研部長の欲望が渦巻くイベントでしたという感じの悪いお話なんですね。
で、そんな嫌な感じのお話から、とある出来事が起こると物語は一転してクローズドサークルを舞台にしたスリラーに変わってしまうんですね。
このとある出来事については、私は知ってる状態で読んだけど楽しめたので別にネタバレってほどのことでもないように思いますが、世間ではこれもネタバレに含むような流れになっているし、実際本書の宣伝でも映画版の宣伝でも頑なに伏せられているのでそれに倣ってここでも伏せておくことにします。

......ともあれ、そんな特異な設定と謎解きの絡め方という点が本書の大きな見所でありまして。
個人的には、設定が実は作品の根幹にそこまで影響してないような気がしちゃうのがやや物足りなくはありつつ......。
しかし、作中で強調されるフー、ハウ、ホワイという3つの謎にそれぞれアレを違ったやり方で組み込んでいるのは律儀とすら言いたくなりますし、アレ自体のファンでもある私としてはめちゃくちゃ楽しめました。
実はミステリとしてはロジック重視のやや地味な作風なのですが、アレのおかげで地味さを感じさせないのもうまいっすね。

読み始めの時はあえて昔懐かしい人工的な新本格ミステリをやっているような印象だったのが、読み終わってみればいくつかの実在の事件・出来事をモチーフにした社会派的側面も持ち、しかも文体はライトながら人間ドラマとしても読み応えがあり、名探偵と助手の関係性から描く青春小説としての側面もありと、色んな意味でエモさ満点の物語だったなぁという印象に変わってたんですよね。

そして、一冊の本として綺麗に完結しておきながら、続編への目配せを忘れないところも抜かりなく、色んな意味で新人離れして巧さを感じる傑作です。
ミステリ初心者にも勧めやすく、ミステリ慣れした読者もニヤニヤしながら読めますからね。すごい。




で、その設定のアレについて少しだけ......。

(ネタバレ→)
ゾンビ、Love!
そうなんです、ゾンビ映画好きなんで、本作の設定を「ネタバレ」されちゃってむしろ俄然読む気が湧いたわけでありまして......。

本書はミステリ初心者にオススメしやすいと同時に、ゾンビ初心者向けのゾンビ学入門としても最適なんすよね。
ホワイトゾンビから始まって、ロメロによるゾンビ革命から現代へと流れるようなゾンビ映画史の紹介!そして、ゾンビ映画の中でも特に間口の広いあの2作品を観る場面が出てくるのもなるほどと唸らされましたね。
さらにそこからゾンビそのものについての考察に発展し、それが解決編にも繋がるわけですから、見事としか言いようがない。

というわけで、そのアレについても初心者からそこそこのファンまで楽しめると言っていいと思います。巧い!

相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』読書感想文

日常の謎ふとももミステリの旗手・相沢沙呼による、デビュー10周年目にして初の殺人が起こるミステリ、というだけでも気になりみめちゃありました。
加えて、帯文は「すべてが、伏線」、そして書店員たちの絶叫が帯裏に敷き詰められたかなり強気な宣伝姿勢と、実際に読んだ人たちの尋常じゃない褒め方を見るに至って、気になりすぎて買うことを決意したわけですが......。




いやはや、評判に違わぬ傑作でした。

推理作家の香月先生が霊媒を名乗る少女・城塚翡翠と出会い、彼女の霊視によって見えた証拠能力のない真相を論理に落とし込んで証明していく......という、連作集です。


もうね、なんも言えねえ。

とりあえず、ミステリ短編集としては、翡翠ちゃんの霊視によって真相の一片が先に分かってしまい、そこに論理的推理を合わせに行く、という捻りの効いた設定が見事。
主人公が作家の香月先生だったり、水鏡荘が出てきたり、ネーミングにモロに麻耶雄嵩オマージュをぶち込んでいますが、この設定もまた麻耶っぽいとこですよね。
また、翡翠ちゃんの霊視の効果が毎回少しずつ変わってくるので、そこは西澤保彦のチョーモンインシリーズみたいに毎回違う設定が持ち込まれる特殊設定ミステリのように読めるのも面白いですね。
ただ、その設定を除けば、各話の内容は論理的推理によるオーソドックスなミステリという感じで、面白いもののやや物足りなさがあるのも事実ではあります。

また、著者の青春小説の旗手としての手腕も存分に発揮されていて、闇を抱える天然美少女と童貞臭の強いミステリ作家兼名探偵とのむずきゅん全開のもどかしいラブストーリーに身悶えしつつ、翡翠ちゃんの美しいふとももやおっぱいや鎖骨がチラ見えするサービスっぷりも素敵。
話が進むごとに少しずつ進展していく2人の恋の行く末にも注目!!!


と、一見そんな青春ミステリ短編集である本書ですが、一方で連続女性殺害事件の模様がインタールードによって語られていきます。
そして、その結末となる最終話を読むに至って、うわあああぁぁぁどひえぇぇええぇぇえああああぁぁあああぁぁぁああああ!!!!と絶叫しました。叫ぶ他ない、慟哭する他ないこの結末についてはもちろんネタバレ厳禁。

一言だけ言うなら、ミステリの意外性は出尽くしたとは言われても見せ方の巧さでここまで驚かせてくれるあたり、泡坂先生の衣鉢を継ぐ奇術的楽しみに満ちた探偵小説であると言えるでしょう。



では、以下でネタバレ感想を書いていきます。































というわけで、超絶技巧+メタ的なミステリ読者いじり+童貞を(精神的に)殺す美少女によって騙される快感と自己嫌悪の両方を感じさせられる強すぎる解決編でしたね......。


いやぁ、非常に悔しいですよ。
なんせ、完璧に作者の掌の上で踊らされてましたからね!
よく、マジシャンが簡単なマジックに失敗したフリをしてもっと凄い現象を起こしたりするじゃないですか、あれですよね。
香月が殺人鬼であることは見え見えなんですが、見え見えすぎない見え見えなんですね。......つまり、読者が自分で推理して分かったような気になれるには最適の難易度。
作中で2箇所ほどあからさまな伏線というか仄めかしがありますが、そこを除けばこの香月=殺人鬼というトリック自体が実によく出来てるんですよね。真相を知ってから読むと意味自体が変わってしまうシーンの作り方も上手いし、事件が起きた日の香月のアリバイがないことがぬけぬけと示されているのも笑いましたね。

......っていう、それ自体面白いどんでん返しをミスリードにして、さらにエゲツない「城塚翡翠の正体」という大どんでん返しを食らわせてくるのは、叫ぶしかねえ。

わかりやすい謎を提示し、あえて読者に解かせ、それを解決しないまま物語を進めて、まったく違う答えや隠されていた最大の謎を示すのです

このセリフが突き刺さりました。まさか、"あえて解か"されてたなんて......。

まぁ主人公やヒロインの正体が実は......みたいなどんでん返し自体は腐るほどあるんですが、それでも驚かされてしまうのは、やはり著者が奇術家であり女の子が可愛いキャラ小説の第一人者でもあるからこそですよね。
マジシャンが大げさに右手を振ってたら、左手で必ずなにかを仕込んでいる。知ってはいたけど、騙されました。
(ちなみに、最初からどうも麻耶みが強いなと思っていましたが、この探偵と助手の関係の凝り方はやっぱり麻耶オマージュだったんだと確信しました)。

そして、そこからのミステリファンの、特に男の、中でもとりわけ童貞性の高い男の心を的確に抉ってくる翡翠ちゃんの攻撃がいちいちクリティカルヒットしたので解決編の半ばでもうただのしかばねのような有様になってしまった私なのでした。

いや、確かにおかしいとは思ってたよ!
あんな女いねえもん!実際いたらそりゃ同性の友達は絶対できないし正直私だってちょっと引くしなんだこいつと思いますよ......顔が良すぎなければ
そう、顔が良すぎるんですよ!!個人的にイラストの表紙ってあんま好きじゃないんだけど、それでも本書の表紙絵の翡翠ちゃんの顔の良さったら、まさに理想の、いや、理想さえ超えてますよ!!
そんな可愛い女の子にあんなことやこんなことをされたら、そりゃ信じてしまいますよ。
絶対におかしいことは分かりつつも信じてしまうんです......。それが男というものさ......嗚呼、世の中顔がすべて......。
で、香月さんという男は殺人鬼であること以外はわりとキャラ薄いからいわば彼視点の文章はまさに視点カメラのようなもので、読者はさもPOVのように翡翠ちゃんの魅力を自分だけのものとして受け取ってしまうんですね。
だからこそ、あれには衝撃を受けるんですけど、でも、読んでるうちに嗚呼、翡翠様、私にもっと罵倒を......っ!という倒錯的な気持ちになってきたりもしちゃって......。
要は、 #翡翠ちゃんかわいい ですね。

で、この驚きによる叫びに目が行きがちではありますが、ロジック系ミステリとしても、一度は霊視アリ版で論理的推理を行なった後で霊視ナシ版の別ルート論理を見せてくるという作り込み方!!
たしかに、各話を短編として読むとやや物足りないところはあったんですが、翡翠ちゃんによる解決を読んでみると、各話が一つの短編としても面白くなっちゃうからすごい。

そして、極め付けはエピローグですね。ここに至って、また分からなくなってしまう......。結局、1番のミステリーは女なんですねぇ......。



まぁそんな感じで、めちゃくちゃ面白そうなあらすじや帯文に負けないくらい実際に面白い傑作で、売れるのもわかるんですが、実は結構狭い層を狙い撃った作品でもあり、刺さる人には刺さると思います。

私には、刺さりました。

倉野憲比古『墓地裏の家』読書感想文

『スノウブラインド』の倉野憲比古先生の第2作。

前作の主人公・夷戸が訪れた墓地裏の家は、吸血神を信仰する神霊壽血教の教会だった。歴代教主が機械な自殺を遂げたこの家で、今再び惨劇の幕が上がり......。

墓地裏の家

墓地裏の家


というわけで、異形の新興宗教の家を舞台に、おどろおどろしくもどこか上品な雰囲気と心理学推理が楽しめる、前作の良さを引き継いだ続編です。



タイトルはルチオ・フルチの同名映画からとられています。私はその映画はまだ観られていないのですが、浮世から少し離れたところにある墓地裏の家というロケーションはそれだけで良いですね。

冒頭の、真夏の都会の喧騒を逃れ、だんだんと下町のような場所へ歩いていき、そこからさらに地続きにある異界としての墓地裏の家に至る......という場面が一夏の冒険へと読者を誘うようで......。

そして、その異界たる教主一族・印南家には溢れんばかりの探偵小説的ガジェットが......!
血の宗教そのものはもちろん、家のいたるところにある狼や蝙蝠のグッズ、自殺名所の塔、観覧車狂の教主に、魔眼の美少年に、盲目の美少女......とまぁ、舞台セットから人物造形に至るまでとことん古き良き探偵小説を思わせる空気が心地よいです。

この一種異様の宗教・神霊壽血教の縁起を描いた第3章は、日本の近代史を総ざらいしつつ、その中に架空の宗教団体の盛衰を盛り込んだ力の入った内容で、それ単体でも楽しめるくらいだったり。
そして、恐るべき一族の曰く因縁が語られた後には、不可解な状況での自殺とも他殺ともつかぬ事件が続発。
さらに、それ以上に面白いのが、家の中でのあれこれの争い。教主の血を継ぐ保守派の少年と、教主の座を狙う革新派の信徒総代表との政治的な戦いに、壽血教を異端と豪語する狂信的クリスチャンまでいたりしててんやわんやのお家騒動......。


さらに、そうした壽血教内のドラマが主軸としてありつつ、主人公の夷戸と悪友的先輩の根津さんとのやりとりや、喫茶店の美人オーナーの美菜さんへの淡い恋心......なんていう夏らしい青春要素もあったりして、おどろおどろしい物語に一服の清涼感を添えてくれます。
おどろおどろしいとは言いつつも、登場人物たちに下品さは少なく、事件の様相にもふざけたようなところはないので悪趣味にはならない知的さや上品さが漂っていたりもして、そういうところも素敵ですね。


そして、ラストの解決編もまた素晴らしい。というか、私好みでした。

謎解きの意外性とかよりも詩情に重きが置かれているようなところは前作同様。真っ当なミステリを期待するとややすっきりしないかもしれませんが、個人的には(特に最近は)ただのミステリよりもこういう結末の方に読み応えを感じます。
もちろん、心理学講義もてんこ盛りで、特に本作では自殺がテーマなだけに自殺の類型の話なんかは分かりやすくて面白かったです。また、書名こそ出てこないものの某ベストセラー本に触れているのも、私もこないだ買ったとこなのでほほうと思いましたね。



そんなこんなで、B級ホラー的なゴテゴテの怪奇趣味と、戦前戦後の探偵小説のような品格ある空気感、そして分かりやすく読みやすい心理学講義と、著者の趣味嗜好を煮込んだような一冊で、やはり個人的には偏愛枠に入れたくなるような作品でした。



以下でちょっとだけネタバレ感想を。























というわけで、本書の結末ですが、ミステリ的な解決がなされた上で、ホラー的な怪異が起こり、でも全てが不思議な偶然だったようでもある......と、夷戸、根津、美菜の3人それぞれが事件に対して違った解釈をしているのが面白いところ。一種のリドルストーリーであり、芥川のあれを彷彿とさせもします。別の話題ですが作中に芥川の名前も出てくるので意識してのことだと思いますが(ちなみに、この芥川の自殺にまつわるエピソードも興味深いですね)。

とはいえ、多重会社のうちの一つはミステリとしてトリックや犯人が説明されてもいるので、解決自体を放り投げたとは感じないですからね。ちなみに、あの観覧車のトリックなんかケレン味があって好きですねぇ。

そして、最後にお屋敷が炎上するのもいいっすね。屋敷は消え、関係者たちも共に焼失し、事件の真相も藪の中......事件自体が夏の幻だったかのように、そして夏が終わる......。

この、狂騒の後の静寂。夏の終わりの時期に読んだからか、本を閉じた時にふと秋風を感じるような、そんな寂寞と清涼の間のような読後感がありました。