偽物の映画館

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沢村浩輔『夜の床屋』読書感想文

ミステリーズ新人賞を受賞した表題作を含む、著者のデビュー短篇集です。


夜の床屋 (創元推理文庫)

夜の床屋 (創元推理文庫)



前半3編はいわゆる日常の謎ミステリなのですが、表題作はタイトル通り深夜に営業する床屋の謎......みたいな、ちょっと幻想的な謎が多いのが魅力的な短編集なんですね。
また、主人公の佐倉くんをはじめ、キャラクターたちがみんないい人で、作品全体にも品があって、控えめなユーモアもあり、なんとなくですが泡坂妻夫とかああいう感じの心地よさがあります。

そして、後半はエピローグまでひとつなぎの物語になっていて、読者は前半からは予想もつかない場所へと誘われます。
しかし、その飛距離もまた心地よく、読後感はある種狐につままれたようなと言いますか、いい意味でこの本はなんだったんだろうというつかみ所のなさが不思議な余韻となって心に残る、そんな他では味わえない珍品でした。
正直、ミステリとしてめちゃくちゃ面白いというわけではなく、人によっては地味に感じられるかもしれません。しかし、ハマればとても心地よい読書体験が出来ることは請け合い。
個人的には偏愛枠の1冊となりました。

以下、各話の感想を。





「夜の床屋」

佐倉と友人の高瀬は観光のため登った山で遭難し、とある無人駅に出る。駅舎で夜を明かそうとする2人だったが、深夜になって高瀬が廃墟のような理髪店が開店したことに気付き......。


大学生の友達同士が無茶をして遭遇した奇談......というのがもう好みです。
とにかく謎そのものがとても美しい。
夜中の人のいない無人駅に灯る床屋の灯り(💈←これも)という光景。幻想的で、起きたまま見る夢のような......でも日常と地続きでもあって......。
それだけに、解決されてしまうと夢から醒めたような気分になってしまうところもありまして......。
それでも、その夢から醒めた気分というのもまたいい感じに描いてるから凄いですね。
謎が説かれるということ自体に、大学時代に先輩の家で夜通し飲み明かした次の朝の倦怠みたいなものがあるわけですね。
そして、ちょっとだけ名残惜しく夢を思い出すようなラストの会話も素敵です。





「空飛ぶ絨毯」

幼馴染の八木さんが海外留学に行くのを送り出すため、海霧の煙る故郷の町に集まった佐倉たち。そこで、八木さんは寝ている間に絨毯が盗まれたという事件、そして、幼い頃に霧の中で出会った少年の話を語る。
後日、事態は思わぬ展開を見せ......。


これまた謎が魅力的。
謎の1つは、なぜか絨毯だけが盗まれるというもの。日常の謎として申し分なく、どこか滑稽さもあって興味を惹かれます。
一方、もう1つ、八木さんが過去に海霧の日にだけ逢瀬を交わした少年との物語。その少年とは何者だったのか......という謎ですね。

この2つの謎のギャップだけでも面白いのに、その後の展開もさらにまた違った方向に行ってもはや何が何やら。
しかし、変なまとまりのなさは感じず、何とも言えぬ余韻が残るのは上手いですね。最後まで新しい展開がある地味なサービス精神も好き。この話自体が海霧の中で見た幻のようでもあり、うん、具体的に感想書くのは難しいけど不思議な魅力があります。





ドッペルゲンガーを捜しにいこう」

近所の小学生に、「友達のドッペルゲンガーを捕まえるのを手伝って欲しい」と頼まれた佐倉。そのあまりに奇妙な話に、子供たちが何かを企んでいることを感じた佐倉は、好奇心から彼らに同行することにするが......。


このお話はとぼけたユーモアが強めでちょっとほのぼのしてて、1番日常の謎っぽい感じではありますね。
ドッペルゲンガーは出てくるけど、佐倉くんがハナからその存在を信じていないのでこれまでの短編のような幻想的な雰囲気は薄いです。しかし、その分下町情緒みたいなものや少年たちへのノスタルジーが感じられて、やっぱり雰囲気はめちゃくちゃ良い。
廃工場で実際にドッペルゲンガー探しをする場面なんか、童心に戻りたくなりますもんね。
で、解決に関しては、若干の「そのためだけにここまでする?」感がありますが、ここまですること自体が青春とも言えますからね。エモエモです。





「葡萄荘のミラージュⅠ」
「葡萄荘のミラージュⅡ」
「『眠り姫』を売る男」
「エピローグ」


ここからの4編では、佐倉が、友人の一族が所有する別荘へ宝探しに行く......という発端から一続きの物語が繰り広げられます。
大富豪が隠した財産というスケールの上がり方に驚くも、本当の驚きはその先にありましたね。
あまり書くとアレなのでざっくり言いますが、コロコロと思わぬ方向に転がっていく物語に翻弄されながら読み進め、エピローグに至って「私は何を読んだんだろう......」という、ある種の困惑さえ覚えます。
そして、冒頭の表題作を思い返して、あの不思議な一夜から思えば遠くへ来たものだ......と感慨に浸ります。
それでも、不思議な心地よさは全編に渡って一貫しているためにここまで最初と最後のギャップがあっても統一感が崩れていないのが凄いですね。

そんなわけで、ミステリとしてはやや薄味ながらも、どこかノスタルジックで不思議な風景を眺めているうちに思わぬところまで旅させてもらえる素晴らしい短編集でした。