偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

スプリット

「1番好きな映画は?」と聞かれたら、何と答えるか。映画好きなら時々出くわす難問でしょう。そんなこと聞かれたってミステリならアレがいいしホラーだとゾンビ系ならアレで幽霊系ならアレで人間が怖い系なら......なんていくらでも好きな映画のタイトル出てきて1番なんて決められませんよね。
でも、「1番好きな映画監督は?」と聞かれたら答えは簡単ですね。そう、M・ナイト・シャマランと答えるだけですから。

 

 

 

 


製作年:2017
監督:M・ナイト・シャマラン
出演:ジェームズ・マカヴォイ、アーニャ・テイラー-ジョイ

☆3.7点

〈あらすじ〉
主人公・ケイシーら女子高生3人がクラスメイトの誕生日会の帰りに誘拐される。誘拐犯は神経質そうな男......だったが、監禁部屋を訪れるたびに別人のような口調・雰囲気に変わる。やがて主人公たちは、彼が23の人格を持つ多重人格者だと知ることになる.....。

 

※致命的なネタバレはしていないつもりですが、本作とシャマランの某作の肝の部分に触れています。先入観なしで観たい方はご注意ください。

 

というわけで、ついに!シャマランの新作を映画館で観ることができました!感慨深いものがあります。
しかも、その作品がシャマランにとって明らかに"特別"な作品なのですからもう......。

さて、始めに言っておくと、「3人の女子高生vs23の人格を持つ誘拐犯」という宣伝文句で喧伝されている本作、また「どんでん返しの魔術師」というイメージを植え付けられてしまったシャマラン監督、これらの情報から本作に対して「どんでん返しの凄いサイコスリラーなのね」という期待はしない方がいいです。

なぜなら本作はミステリーではなく、(恐らくは)スーパーヒーローが誕生するきっかけとなった事件を描いた「エピソード0」だからなのですが、それは後述するとして......。

まず、私の思うシャマランらしさの中で、どんでん返しと笑いに関してはちょっと控えめだったかなと思います。
それでもダンスのシーンや女性人格のキャラ、パンツの子とブラジャーの子という登場人物の描き分けには笑いましたし、実は×××でしたという予想の斜め上から来るサプライズには納得させられました。驚かされるというほどじゃなかったのが惜しいところです。いかにも仕掛けて来そうな雰囲気を出しといてあれだけなのもしょぼいっちゃしょぼいですよね。

しかし、ホラー要素とドラマ要素に関してはさすがのシャマラン印でしたよ!
今回演出はわりとベタで、逃げ切ったと思ったらバンって来たり、意味もなくガシャンってしたり音系のどっきりが多かった気がしますが、もちろんメインはそこではなく多重人格の誘拐犯の存在でしょう。最初のうちはどんな人格がいるのか、今どの人格なのかという得体の知れなさ、中盤以降は彼らの言う"ビースト"の存在がそれぞれ不気味に迫って来ます。そしてラストではもちろん"ビースト"との追いかけっこにハラハラドキドキですね。

 

そして、本作の肝がドラマ部分、すなわち「スーパーヒーローの誕生」なのです。「アンブレイカブル」でも同じテーマが扱われていましたが、本作はあれをより分かりやすく、より現実に寄せて描いた第2の「アンブレイカブル」と言ってもいいと思います。
本作で24番目の人格として登場する"ビースト"の能力はさすがに現実離れしていますが、それでも女性や子供を含む24重人格というのは明らかにビリー・ミリガンの実話を下敷きにしていますし、精神が変わることで肉体に影響が出るというのも(あそこまでメチャクチャなものじゃなければ)実際にあることだそうです。プラシーボ効果なんかも似たようなものでしょうか?
このように、超人(スーパーヒーロー)となるケヴィンの能力がかなり現実にあり得そうなものになっていることで、苦痛を味わうことによって力を得るというテーマにもよりリアリティが出ていて、地下室での攻防のラストでの感動も高まっているように思います。主人公の少女にとっては、自分を虐待するものだと思っていた"ビースト"が自分の同類だと知る場面こそ何よりのどんでん返しでしょうね。
また、面白いのは本作がケヴィン→"ビースト"という超人の誕生を描いているのと同時に主人公の少女が彼に出会うことで超人として目覚めることを示唆するような終わり方になっていることです。
彼女が幼少期のエピソードでは超えられなかった壁をこの先超えてしまうのか......?彼女もまたスーパーヒーローになるのか......?それとも......?その答えが次回作「ガラス」にあるのでしょう。やるせないような、でも次作への希望を予感させる、絶妙な余韻のある結末だと思います。


そして、アノ人が登場するラストシーンはある意味今年観た映画で一番の鳥肌モノ。監督のツイッターで「アンブレイカブル」との関連は知ってはいましたが、それでもシビれました。まぁ、「なんかあの事件に似てない?」っていうほど似てるとは全く思えないのが玉に瑕ですが。

 

「ヴィジット」はシャマランらしさが(今までのどの作品よりも!?)横溢したファンには嬉しい傑作でしたが、本作は過去作との関連が日に陰に感じられるという意味でやはりファンには嬉しい作品でした。間違いなく"完全復活"したのだと実感しました。
単品としては正直そこまででしたが、シャマランなら必ず続編「ガラス」であっと言わせてくれることでしょう。あと2年も待つのはつらいですが楽しみに待ちます。

エターナル・サンシャイン

初投稿です!わっしょい!

記念すべき最初の作品は『エターナルサンシャイン』です。でーん。

 さて、私は捻くれ者なので初投稿のめでたさとは対極の話題からはじめますが......先日、失恋しました

はい、そんなわけで、なぁんかつらい恋愛映画が観たい気分になりまして、以前に一度観たことのあるこの作品を再び観たのですが......。

 

 

 

製作年:2004
監督:ミシェル・ゴンドリー
出演:ジム・キャリーケイト・ウィンスレットキルスティン・ダンストマーク・ラファロイライジャ・ウッド

 

☆4.3点

 

〈あらすじ〉

バレンタイン直前に彼女と喧嘩した主人公。謝るために彼女の職場へ行くと、彼女は主人公のことなど忘れたかのように、他の男とキスをしている。憤って友人に相談した主人公は、彼女が記憶消去手術で「ように」ではなく本当に自分のことを忘れてしまったのだと知る。ショックを受けた主人公は自分も彼女の記憶を消すため記憶消去手術を受けに行くが......。

 

 

というわけで2度目の鑑賞なのですが、(うろ覚えながら)内容を知った状態で見たことや、単純に前見た時より恋愛経験を積んだことで(←)当社比5千億兆万倍楽しめました。楽しめたっつーか、しんどかった。人は何故わざわざしんどくなるためにつらい恋愛映画を摂取するのでしょうか......。

 

まずは.....。
キャスト、良いです。変顔のイメージしかなかったジム・キャリーですが、普段はイケメンなんですね。なんせ彼の出演作はイカれたフリして精神病院に潜入したけど他のどの精神病者よりも素でイカれてる刑事ってのしか観たことなかったので(エース・ベンチュラ)こんな役も出来るのかと驚きました。

逆に正統派なイメージのケイト・ウィンスレットは髪の色が信号みたいにコロコロ変わるエキセントリックな役という意外性。

脇役も、今とイメージ違って気づかなかったマーク・ラファロ、少なくとも男から見たらめっちゃ可愛いキルスティン・ダンストトレインスポッティングに出てきそうなイライジャ・ウッドなどなど魅力的な面子が揃っています。

 

映像、めちゃくちゃ良いです。奇妙でポップで幻想的な映像が魅力のゴンドリーなので、混線する記憶というのはうってつけの題材なのでしょう。現実離れしていながら、映像自体が心理描写としてリアリティを持っていて圧倒されました。

あの映像の不思議さを描写できる筆力を持っていないので、これはもう観てもらうしかないですね。

 

でもでも、それより何より脚本が本当に素晴らしい!

キャストの良さも映像の良さも、全てこの脚本の魅力を最大限に引き出すためのものにすぎません。

それくらい良く出来た脚本で、私は作家でも脚本家でも何でもないただの一般人ですが、こんなお話を書ける発想力に嫉妬してしまうほどです。

この作品は、SFの道具を用い、ミステリーやコメディやホラーを小さじ2杯ずつくらいまぶした恋愛映画です。

SFとしての道具立ては、誰もが一度は考えたことがあるであろう、「つらい記憶を全てなかったことにしたい」という気持ちの比喩です。

そこに恋の不思議さ、不気味さ、滑稽さ、それぞれの要素が全てラブストーリーに寄与しているのです(不思議と不気味というワードチョイスは敬愛するスピッツより)。

また、脇道である受付嬢キルスティン・ダンストの物語も、何と言うか、何とも言えない、ぐわあぁぁぁ~~と叫ぶしか感想を表せないようなしんどい話で印象的です。

細部の幸せな記憶の描写も、幻想的な映像なのに実際にありそうなリアルさで、でもやっぱりロマンチックという絶妙なラインのいちゃつき具合で、こんな経験してみたいなぁと思わされちゃうこと請け合いです。ちくしょうめリア充爆発しろ。

そして「楽しもう」というセリフがヤバいです。たったの5文字でここまで胸を締め付けてくるとは......。監督に向かって負けましたと投了したい気分にさせられました。しんどいわー。

 

なにぶん時系列がめちゃくちゃなので1回見ただけでは頭がこんぐらがりますが、2回見れば起こったことは大体納得。しかし何度も見ればまた新しい発見がありそうな、とにかく緻密な構成の脚本なのです。なのです。

実際観終わってからもう一度冒頭だけ見返したら、あるわあるわ伏線の山。ミステリファンとしてはこういう何度も観返してはじめて気付かされる緻密さが堪りません。でも、もちろんただ緻密なだけではパズルと同じ。本作の恐ろしいのは、緻密なパズルのような構成からめちゃくちゃ心を抉られる物語が浮かび上がるところです。

 

好きな人の好きだったところはそのまま嫌いなところになるし、何度やり直したって同じ失敗を繰り返すだけかもしれません。切ねえつらえ死にてえ!

しかし幸せと不幸は常にセットでしか注文できないものでして。「ブッタとシッタカブッタ」で、シッタカブッタが不幸の谷を埋めるために幸せの山を切り崩していくと、最後には幸せも不幸もない平地になってしまうというお話があります。どんなにつらい恋でも幸せなこともある、つらさを忘れるために記憶を消したら何も残らない。いやいや、そんなことは分かってますけど、それでもつらかったらやっぱり全てなかったことにしたいのも人情人情 江戸前江戸前でありまして(水曜日のカンパネラ『お七』より)。

 

要するに、これを見終わった今、私という箱の中には恋をしたい気持ちと2度としたくない気持ちが同時に存在しているのです。これから箱の中身を観測しに行くとしましょう。

 

 

ブッタとシッタカブッタ〈1〉こたえはボクにある

ブッタとシッタカブッタ〈1〉こたえはボクにある