偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

スピッツ『見っけ』の感想だよ!

はい、スピッツ3年ぶりのニューアルバムです。
これが出るまでにスピッツ全アルバム感想を完走したかったんですが、蓋を開けてみれば3枚分しか書けてなくて(。・ ω<)ゞてへぺろ♡という感じですわ。

見っけ(初回限定盤)(SHM-CD+Blu-ray付)

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で、今作ですが、前作『醒めない』が再デビュー作みたいな趣さえあったところからの、いわば再デビュー2作目みたいなアルバムとも言えるでしょう。

本作全体の印象として、前作の表題作で歌われた「バンドやってる喜び」が全曲にわたって鳴らされているような楽しさがあります。

近作でのスピッツは徐々にバンド自身のこと、ファンとの関係性のことなどを歌うようになってきてましたが、今回はほとんどの曲がそういう読み方も出来そうなものだったり(もちろんそれだけじゃないのはいつもの通り)。

また、それぞれの曲で描かれる景色はどこかノスタルジックなものが多く、最初ガーンとなったあの頃への郷愁と、それを続けられてる今、というようなイメージが一貫して感じられます。
また、物語性の高い曲が多いため、アルバム全体が短編集、あるいは童話集みたいな感じ。
『醒めない』はトータルコンセプトアルバム"未遂"でしたが、本作なんかはまた一段と進化してかなりコンセプチュアルに感じます。
特に序盤の3曲で繋がるストーリーや、終盤の数曲のクライマックスからの優しいエンディングなど、1枚通して聴きたくなるアルバムですよね。曲が短い上に曲数が少ないのも疲れず聴けてGood。
まぁ、毎度のことですが、名盤ですわ。はい。

私もマサムネ同様捻くれてるからあんまこんなこと言いたくないっすけどね、............スピッツ愛してるよ!!!



では、以下各曲感想。




1.見っけ

どっからどう聴いても1曲目にしか思えない1曲目。最初ガーンっとなる感じ!
テーマパーク感が溢れる(笑)キラキラしたシンセのイントロ。そこに重なるジャガジャーン!というギターが「始まるぜ!!」という感じをどのアルバムの1曲目よりも分かりやすく押し出してきます。

歌い出しの「再会へ!」というフレーズは、アルバムの一音目が「あ段」の「さ」という音になることで開放感とかを演出しているらしいです。正直感覚で歌詞書いてるんだろうと思ってたフシはあるので、そこまで計算してるんだと驚きました。そりゃそこまで考えられないとこんな凄い歌詞書けないですけどね。
で、「ついに〜」のところの突き抜けるようなファルセットが曲の序盤で来るのでびっくりしました。

曲の構成も意外と奇抜で、2つメロディーがあるんだけどどっちもサビみたいな高揚感。サビという概念がいまいち分からないのでアレですけど、聴いてる感覚としては全編サビみたいな楽しさです。


詞に関しては、なんともまた意味深にも見えるしシンプルにも見える詞。
前作が死と再会というテーマだったのに対し、本作は1曲目であるこの曲の第1声が「再会へ!」なんですから、ズルいや。

人間になんないで 繰り返す物語
ついに場外へ

というところは、輪廻転生的な見方も出来そうですが、アルバムの曲たちのことを言ってるのかなという気もします。「場外」というのはレコーディングスタジオを飛び出してリスナーの耳に届くこと。
3年待ったんで、「ニューアルバム出来たよ!」というスピッツからのご報告のようにも感じました。

前作でも1曲目「醒めない」はまえがきのようなものと書きましたが、本作でもそれは同じように思います。
表紙をめくると「ここからスピッツの世界が始まるよ〜」みたいな、そんな予感にワクワクせざるを得ない名曲、そして、名1曲目、です。




2.優しいあの子

空も飛べるはず、ロビンソン、チェリーに続いて、ついに第四の国民的スピッツソング誕生!!!
......朝ドラ主題歌ですから、そのくらい言っても許されるのではないでしょうか。

いや、まさかスピッツが朝ドラやるとは思いませんでしたけど、毎朝みんながスピッツの歌を聴くっていうのはすごくなんか嬉しいようなむず痒いような不思議な気持ちですね。まぁ、私は朝ドラ見てないっすけど。しゃあないやん、出勤が6時じゃけえ見てらんねえよ。


さて、曲についてですが、正直初めて聴いた時には普通にいい歌すぎてちょっと印象に残りづらかったです。でもだからこそ、朝ドラで毎朝聴いても飽きないのかもしれません(だから私は観てないけど......)。

といっても、大衆に向けて安易にさらさら〜っと作ったわけではなくて、シンプルながらなかなか凝ってるカッコいい曲なので誇らしいです。ファンとして。


まずはドラマの主題歌ってのもあって、歌詞とサウンドとドラマのオープニング映像の3点のリンクがかなり意識されてる気がします。
ドラマのオープニング映像は、少女が森の仲間たち(?)と一緒に冒険して丘の上で空を眺める、みたいなお話。

それをなぞるように、Aメロは冒険に出発するような高揚やワクワクを感じさせるレゲエっぽいずっちーずっちーというリズム。
そしてBメロではベースがうねうねしててやや不穏さというか、困難に立ち向かうような印象がありますね。歌詞の文字数も多くなって、やや字余りなのを一気に言い切ってるようなところはつんのめりながら走る様を思わせます。
しかしサビでは一転、ゆったりした演奏と「やーさーしいーあーのーこーにーもー」と一文字ずつ伸ばし棒が付くゆったりとした言葉の置き方をしていて、まさに空を眺めるような開放感と安心感があります。
そんな感じで、演奏や歌詞の乗せ方までも曲の世界観に寄与しているという、こだわりの1曲なんですね。
(あ、「教えたい〜」と「ルルル〜」の間くらいにある音、昔アニメで観てたハイジを思い出しました。ハイジ、もはやトライさんのイメージしかねえけど......)

で、1番はそんな感じでカチッと朝ドラ主題歌として作られていますが、2番からはロックバンドらしい遊びも入ってきます。
例えば、「辿り着いたコタン〜」のとこの後ろのギターとか、地味にテクを見せつけてて好きです。
同じく間奏もテレビサイズからは想像のつかないかっこいいギターソロが入ってて、フルで聴くとちょっと印象変わりますよね。
朝ドラで流れる1番はわりと大人しかったのに、2番ではロックバンドらしくキメる、優等生のフリして隠れ不良みたいな感じ大好きです。

長くなってきたので歌詞については手短にしますが、とにかく「優しいあの子にも教えたい」が全てですね。
このワンフレーズだけで、自分とあの子が今一緒にいないという別離を想像させます。
そして、「あの子に教えたい」と、一緒にいなくてもまず"あの子"を思ってしまうということに、共感とも憧れともつかぬ気持ちになります。

そもそも、「なつぞら」の曲なのに冬っぽい歌詞なのも、長い冬があるからこそ夏が輝くんだぜ!みたいなことらしいですね。
悲しい読み方もできる歌だけど、いつか夏が来るという優しさもある歌で朝に聴くとほっこり元気が出ます。。
スピッツ流の押し付けがましさ皆無な応援ソング、なのかもしれません。




3.ありがとさん

「ありがとう」でも「Thank You」でもなく、「ありがとさん」なのがスピってます。

イントロはかなりハードだけど、歌い出すとしっとりバラード。
その落差は「惑星のかけら」っぽいし、テンポやメロディの感じとかは「恋のはじまり」に似てる気もします(この曲のAメロと「恋のはじまり」のサビを繋げても違和感なさそう)。
ただ、ハードめな演奏でもピアノや鈴っぽい音が印象的に入ってるのでゴリゴリしすぎずに暖かみのあるサウンドになってんのが良いっす。


そんで、歌詞が泣けるよね〜〜。
前作『醒めない』の3曲目は恋人とも親子ともとれるような別れの歌「小グマ!小グマ!」でしたが、本作の3曲目であるこの曲もまた、恋人とも友人とも家族とも取れそうな別れの歌。
主人公と"君"の年齢や関係性などは一切書かれていないので、他の多くのスピッツソングと同じく多様な読み方が出来るわけです。
ただ、「お揃いのマグ」とか「まだ寒いけど」という表現にはやはりどうしても恋人同士を連想してしまいます。

君と過ごした日々は やや短いかもしれないが
どんなに美しい宝より 貴いと言える

このフレーズが曲の最初と最後にバシッと置かれていて、美しいです。
普通はね(?)、恋人と別れるとですね、「なんだあの女、俺のこと振りやがってクソ!」とか「もうやだ死にたい」とか思うもんですよ。そして出来ることなら全てを忘れたい!と願うわけですよ(詳しくは映画「エターナルサンシャイン」を参照)。
......ってのが醜い私の経験談ですが......。それをね、2人で過ごした時間をさ、「貴い」なんて言えちゃうのは、深いですよ。愛が。

で、これはよくindigo la Endの感想で言ってるんですが、私ってば、ほんの少しのディテールを描いておいてから観念的な話になる失恋ソングに滅法弱くて......。
この曲では、

お揃いの大きいマグで 薄い紅茶を飲みながら
似たようで違う夢の話 ぶつけ合ったね

というところ。これだけで、(私の解釈だと)若い2人が貧しいけれど幸せに暮らしている生活感がリアルに浮かんできます。そして、もしかしたら「似たようで違う夢」のその違いのために2人は別れることになったのかな、なんて想像までさせてくれるから巧いです。

しかし、後半の「いつか常識的な形を失ったら化けてでも〜」のくだりは死を連想させ、ただの別れの歌ではないような感じもしますね。
「いつか」ってことは、主人公が今死んでるというよりは、死を間近に感じている状態なような気もして、例えば、病床にいながら恋人に向けて歌っているような気もします。

まぁそのへんはこの先聴いていく中でその時々で受け取り方も変わってくるんでしょうが、なんにしろ一緒に過ごした日々を「貴い」と言いきってしまえるほどの愛がステキすぎて身につまつまつまされる最強の曲です。

あ、あと、「見ようと思ってた〜」の語尾の「た〜」の言い方がセクシーですよね。




4.ラジオデイズ

ちょっとつんのめりそうになる小気味の良いドラムのタカタカとベースのブゥウーンから始まるハイパー疾走感のあるイントロからしてバチコンと頭殴られるようなカッコよさ!(このベースのブゥウーンって音、スピッツでよく使われてて好きなんだけどなんて奏法なのか分かんねえ)。

しかし、歌に入るとイントロのゲロ明るさに比べるとやや暗めのトーンになって、歌詞の内容もまた鬱屈していた思春期(中学時代)みたいな感じになります。

選ばれたのは 僕じゃなくどこかの貴族
嫌いになるために 汚した大切な記憶

中学時代、好きな子がクラスで人気のある男と付き合い始めたという噂を聞いて、私は口では「えっマジぃ?ウケるんですけど〜笑」とか言いながら心の中で産業廃棄物のような気持ちが噴き上がってきた。
最初のこの2行の歌詞が、それをそのまま言い当てられたかのようでドキッとさせられつつ切なくて切なくて震えました。ゆりちゃん、元気かな......。


しかし、ギターのヒュ〜ンっていうスクラッチの音とともにサビに入ると、そこはもう高揚感の楽園ですわ。

そう、そんな日々を拓く術を授けてくれたのはラジオ!

まぁ私の場合はラジオをめちゃくちゃ聴いてたわけじゃないけど、それでもラジオから山下達郎サカナクションフジファブリックを知って、モテなくてつらい日々を乗り切ってきたから、このサビの優しさが滲み滲みですわ。「僕はあんな歌でこんな歌で恋を乗り越えてきた〜」ですよ。


そして、ラジオデイズらしく、間奏には(たぶん)「ロック大陸漫遊記」の音が入ってます。
これまでにも「ナナへの気持ち」の早回しの会話とか、「甘い手」のソ連映画とか、間奏に話し声が挿入される曲はありましたが、それらに比べて今回はダサい!いい意味で!
このダサさが、イケてない青春を優しく肯定してくれる気がします。
あと、たぶん空耳だけど「ラジオネーム夜の踊り子さん」って聞こえて俺の心の山口一郎が「まだまだ踊れる?」と煽ってきます(唐突なサカナクションネタすみません)。

そして、スピッツ自身の話をするなら、

君がいたから僕は続いてるんだ

というところは(エモさMAX!)、ラジオに対してとスピッツファンに対してのダブルミーニング、つまり、リスナーとしての草野とミュージシャンとしての草野の両面から出た言葉なのかな......なんて想像もしちゃいます。

ともあれ、14歳とかの、青春の始まりを思い出させつつ、実際にはクソまみれだった青春を美しく思い出させてくれる名曲でして、これも大好き。




5.花と虫


実はこの曲、「優しいあの子」の前に朝ドラ主題歌候補として挙げていた曲らしいです。
実際には主題歌にはなりませんでしたが、確かにスピッツ流の朝ソングという感じ。

スピッツ流、というのも、イントロを聴くと爽やかで明るそうな感じなんですが、歌が始まるとかなり切なさや憂いさえ感じさせるメロディなんですよね。
特に、サビは歌詞を1行歌うごとにだんだんと切なさを増していくっていうやり口で、1番切ないところでは胸がキュッとします。

音楽的には16ビートらしいんだけど私にゃ難しいことは分からん。後ろのツクツクいってるリズムのことらしい。


歌詞は、故郷のジャングルを飛び出して新しい世界へとやってきた虫が、ジャングルに咲いていた花のことを思い出しながらも振り切って進む決意をする......みたいなお話。
この“花""虫"に何を当てはめるかという意味では色んな読み方があると思いますが、ストーリーはわりとシンプルで分かりやすいですね。

例えば、1番分かりやすい読み方だと、ミュージシャンを目指して福岡から上京してきたミュージシャンが、夢を追うために別れた彼女を想う......とかね。
なんにしろ、センチメンタルでありながらも、そんなセンチメントを振り払って進む力強さもある歌詞に、明るいのか暗いのか分からない曲調が絶妙にマッチしてて凄いっす。

「優しいあの子」もだけど、本アルバムではストーリー性の強い曲が多いだけにこういう歌詞と音のリンクが特にしっかりしてる気がしますね。




6.ブービー

息を吸う音にぞわっ。
そして歌とベースが同時に一言目を発し、爪弾くようなギターが入りつつ静か〜に始まる曲です。声の良さが際立つ!

歌詞の「宇宙」というワードに引っ張られてるのかもしれませんが、静けさが、壮大な世界とその中での孤独感を同時に連想させます。音の響き方とかも広い空間を思わせてどこか寂しい。

しかし、サビでは静かながらもぐっと盛り上がりを見せます。そして、間奏でベースとピアノが絡まり合うところが最高。

歌詞に「中休み」という言葉が入ってますが、この曲自体もなんだかアルバムの中休みみたいな感じ。もちろんいい意味で。切なくも優しく一休みさせてもらえます。


歌詞は具体性はあまりなく、短い描写を積み重ねて余白の多い世界を描き出しています。
しかし、このアルバムで何曲かある韻踏みまくりソングでもあり、意外と遊んでるなぁとも。
でも韻の踏み方がね、スピッツらしい(笑)。
ミスチルが「ダーリン僕はノータリン」とか言うとカッコいいのに、スピッツが「いつもブービー君が好ーきー」だとちょっと鼻で笑っちゃうくらいな絶妙のダサさがあっていいですね(これでもファンです)。

いつもブービー 君が好き 少し前を走る

ブービーってのは日本ではドベ2ってことらしいけど、英語だとドベらしいっすね。
そもそも、「いつもブービーな君」を好きなのか、「(僕は)いつもブービー」だけど君が好き、なのか、解釈によって状況が変わってくる読みきれなさが魅力。

ただ、このサビのフレーズを聴くとどうしても、昔マラソン大会で一緒にドベになろうって言ってた友達に最後に裏切られたことを思い出して悲しくなっちゃいます。
まぁ、そんなダメダメな私だからこそ、ブービーってワードが刺さるのかもしれん......。

あと、個人的に一番好きなのが

弱さでもいい 優しき心

ってとこ。
まさに、そういうことで悩んだりしてたので、弱さでもいいのか......まぁ草野が言うなら良いんやろ......なんてちょっと楽になった気がします。ありがとさん。




7.快速

ほわ〜〜って音からのシンプルなギターのリフに、Czecho No Republicのタカハシマイさんのコーラスが重なるイントロがヤバいっすね。

このサウンドだけでなんか新幹線がびゅんびゅん走っていきそうな雰囲気が伝わってきます。
......が、タイトルは「快速」。

この曲もまた、強いものに対する弱いものからの視点みたいなものに溢れていて......。

タイトルが「快速」で、「流線形のあいつより速く」とか、あるいは「草原のインパラみたいに速く」(インパラは草食動物で逃げ足が速いらしい)みたいに、あくまで弱い者の目線からそれでも「速く!」と言うのがエモい。

無数の営みのライトが瞬き もどかしい加速を知る

スピッツには珍しい気がするかなり具体的な風景描写。
この冒頭の1行だけで、見知らぬ誰かの生活と、そんな生々しい生活を横断して「君の街」というちょっとだけ非日常へもどかしく駆け抜けていくワクワク感に心を掴まれます。
同じ君の街まで系歌詞でも「水色の町」なんかの明らかに死んでんじゃーんってメランコリックさや切なさはなくって、純粋に君に会える幸せが伝わってきます。

とは言いつつ、「迎え入れてもらえるかな」みたいな2割くらいの気弱さがインパラたる由縁でしょうか。
向こうまで向こうまでと大事なことを2回言っちゃう終わり方もすごい良くて、ここでももどかしさとそれゆえのワクワク感を余韻として残してジャーンと幕切れ。
このアルバムの中でも、3曲選べって言われたらこれ入れるくらい好き。




8.YM71D

真っ直ぐな爽やかキラーチューン「快速」からの、変化球ダンスチューン。
最近のアルバムに毎回入ってる「スピッツらしからぬ枠」の曲ですね。

懐かしい(=最近はやり)の80sのシティーポップのような感じで、ギターのカッティングが印象的なイントロでは山下達郎スパークルとかを連想。というのも、以前マサムネがラジオか何かで「ギター始めた頃にスパークルを練習で弾いてた」みたいなこと言ってたんすよね。
と思ってると、インタビューで「山下達郎を意識してて、仮タイトルはYT」なんて言ってて「ほらみろ!」と思いました。←
ただ、The 1975のチョコレートっぽいという意見も見て、それも納得。要は山下達郎凄えってことっすね()。
ただ、歌詞も含め雰囲気はスパークルみたいな爽やかさはなくてどっちかというとエロい。このアルバムにはあまりエロい曲がないので、いいアクセントになってます。
そしてもちろん、達郎でもThe1975でもなくスピッツらしいサウンドに聴こえるのもさすが。


歌詞のシチュエーションは、おそらく不倫とか、風俗嬢との恋とか、援助交際とか、なんかそういう、いわゆる普通ではない恋愛についてのように思います。
「演じてた君」や「反則の出会い」なんてとこからイケナイ感じが伝わってきますね。

そして、これは最近のスピッツっぽいなと思うんですが、そういう恋愛を「2人だけの国」のメルヘンとしては描いていなくて、社会への風刺もここに込めていたりするんですね。

平和だと困る街 駆け抜け

きまじめで少しサディスティックな 社会の手ふりほどいた

って部分とか。
「平和だと困る街」ってのは、個人的にはTwitterとかでみんなが正義感をカサに着て毎日誰かを炎上させてる光景への皮肉と読みました。
そして、生真面目な人ほどそういうのに乗せられて"悪者"をいくらでも殴れちゃったり。
不倫っていうテーマからそういう昨今の悪いとされるものへの不寛容さまでを切り取ってしまいつつスピッツらしい表現は失っていないのが素晴らしいっす。




9.はぐれ狼

あまりにストレートにシンプルにクソかっけえギターロックチューン。
暗さはないけど呑気に明るいわけでもなく、切実なシリアスさを音やメロディからも感じます。
アルバムの流れとしては、ここまでは弱者やはぐれ者を優しく肯定するようなニュアンスの曲が多かったですが、ここからの2曲はマジョリティに対して牙を剥くような、弱者の反逆的な、チキンのパンプ的なね、そんな印象。

「誰よりも弱く生まれて」というフレーズからはじまる点ではスピッツらしいですが、そこで鈴虫とかじゃなくてってのは鮮烈です。
「1987→」の歌詞で「似たような犬が狼ぶって鳴らし始めた音」という一節がありますが、さしずめ狼ぶっているうちにいつしか本当に狼になっていたみたいな心強い感慨があります。
「騙し合い全て疑い」と言ってたのがサビで「君を信じたい」とくるのに萌えないやつはいねえ!
「擬態は終わり」というリリックも凄いですね。意味内容としてもカタルシスがありつつ、音の並びとしても狼と終わりで韻を踏んでて気持ちいいので、ここ聴くとイっちゃいます。はい。

あとまぁ、「乾いた荒野」「美しい悪魔」「錆び付いた槍」「鈍色の影」といったワードチョイスに俺の中の中学生の心が疼きますね......。

スピッツでも他にないくらいのストレートなロックアンセムでめちゃくちゃ好きです。




10.まがった僕のしっぽ

これはもう初聴二段階衝撃!

まずはフルートの音がめっちゃ中世ヨーロッパっぽくてダサ......異国情緒がありますね。
そして三拍子。なんというか、ここまで音自体を物語っぽく演出してる曲って他にないですよね。なんかこう、もはやサンホラとかあんな感じがします。詳しくないから適当やけど。まるで、吟遊詩人が物語を語るような趣の曲です。
しかしバンドサウンドはゴリゴリしてて、リズム隊の動きの激しさにシビれたりも。

で、2番まではそんな感じで異国情緒に浸りながら聴いてたら、Cメロの超展開で、カッコ良すぎて笑いましたよ。吹き出した。まじかよスピッツ!みたいな。
「ぬくもりに浸りたい〜」の後の「Ah〜♪」ってとこのギターの音がめちゃくちゃ好き。
そして、このアルバム全体の中でも最も尖ったサウンドで最も尖ったことを言っておいて、しれっとまた元の調子に戻るところが素晴らしい!「え、戻った」っていう、それもまた笑った(カッコよすぎて)。
いや、正直スピッツがこんなプログレな曲作るとは思わなかったし、これがアリなら今後またどんなヘンテコな曲を聴かせてくれるのかと、早くも次の作品まで楽しみになってしまうくらいの問題作ですわ。
でもこんな展開すごいわりに5分もないのが好き。意外と短い。

で、歌詞も上にも書いた通りすごく物語調で新境地ですね。

少し苦いブドウ酒と 久々白いベッドが 君の夢見せてくれたよ

なんていう描写も新鮮。でも「葡萄酒」とか「寝台(ベッド)」とか書かないのがスピッツ(?)。

一方、ハイパーハードロックタイムのマシュマロ我慢とかお花畑嗤うとかのくだりには実社会への風刺のようなニュアンスも感じ取れます。そう読むと、最後の「今岸を離れていくよ」はそういう世間の偏狭な圧力への決別のようにも取れて、その力強さに圧倒されます。
このアルバムのクライマックスにして、起承転結では転にあたる曲。そして......。




11.初夏の日

結。
高校生の頃、スピッツのアルバムやシングルのカップリングまで全て聴いてしまって、飢餓感からYouTubeでインディーズ曲とかまで発掘しては聴いていた時期、それでもタイトルだけが伝わっていて決して聴くことの叶わなかった幻の曲がこれ。
というのも、この曲は京都でのライブ限定で演奏されていたんですな。さすがに高校生が初夏の日聴きにひとりで京都までなかなか行けへんしな(愛が足りないのか?)。

ジャンジャコジャコジャコとアコギの弾き語りっぽく始まり、サビではバンドが入ってくるものの全体に穏やかで優しく心地よい田舎臭さのある歌です。
入りはちょっと「憂いの無いYesterday」みたいな感じもあってそれがまた懐かしい心地よさ。安心感。

歌詞は初夏の日に君と京都に行きました......ってのは全部夢だけどな!というお話(There is no 身&蓋)。
過去の曲だと例えば「田舎の生活」とか「君と暮らせたら」もそういう夢オチっぽい歌詞だったりしますが、それらの曲がかなり切ない感じだったのに対し、この曲は切なくない!前向きにしか感じられない!のが凄い!

これまでの曲がそれぞれ物語のようなニュアンスを持っていたのに対して、この曲では物語は終わりだと、今まで聴いてきたのは夢だったんだ......と告げられるような歌詞なんですよね。

そんな夢を見てるだけさ 昨日も今日も明日も
時が流れるのはしょうがないな
でも君がくれた力 心にふりかけて ぬるま湯の外まで泳ぎ続ける

そう、でも、たまには夢を見てまたぼちぼちやっていこう、みたいな肯定の仕方をしてくれるのが優しすぎて泣けます。そうか、優しいあの子とは、草野マサムネのことだったんだ......。
てわけで、ふんわりと、やんわりと、アルバムの世界から現実に戻るのを介助してくれるみたいな曲......ってのがアルバムの中でのこの曲の重要な役割です。

ただ、もちろん単体の歌として聴いても今はもういない君にありがとさんと言うような、切ないんだけど切なさより断然温かさを感じさせてくれる別離ソングでもあるんですよね。いわば、君が思い出になった後のお話。優しい。

あと、京都⇔朱色、湖畔のコテージ⇔黄昏というような優しくも鮮やかな色使いも素敵。つぶつぶを踏みしめるっていう言い方は過ぎるよ、可愛さが。




12.ヤマブキ

というわけで、連作短編集を読んでいて、クライマックスのまがったしっぽからあとがきっぽくも取れる初夏の日までを読み終え、いよいよ本から顔を上げた時に流れ出すエンドロールのような曲。この曲だけが現実世界にいるような、メタ的な感じがします。

なんというか、もう良い意味で特に言うことも見当たらないくらいにシンプルで純粋で明るくて爽快な曲。
イントロとか間奏とかのギターの音がとにかく楽しくてワクワクしちゃう。でもほんとに、特に感想が思いつかない。いい意味で。

「恋はヤマブキ」とも言ってるように、ヤマブキというのは、なんかこうワクワクするものの象徴のようで、恋、あるいはロックへの憧憬とか、そういう夜の泥の中でも山吹色に輝く何かのことのようです。

滑らかに永遠を騙るペテン師に 生き抜く勇気を頂いてたけど

「ありがとさん」とか「初夏の日」で、永遠なんてなくて君と過ごした日々は短く終わって、それでもその後に残る何かを肯定してみせたことと、この部分の「けど」での永遠というペテンの否定とが繋がっているようで泣けます。

また、「監視カメラよけながら」のところとかは、「YM71D」や「まがったしっぽ」に見られた社会風刺の味わいもあり、アルバム全体を象徴するような歌詞でもあると思います。

そして、最後に「崖の上まで」と超前向きな言葉をぶちかましといて「ジャーン!」でライブのように終わるところで、思いっきり現実へと優しく突き放されたような気になって、ちょっとシャキッとします。



というわけで、全曲感想でした。

正直、前作『醒めない』が超大作だったので本作を最初に聞いたときにはやや物足りなさを感じたのも事実ですが、しかし音楽的にはいろんな冒険をしながらも一直線に最後のこの曲まで駆け抜けるシンプルさは何度も聴くにはちょうどよく、なんだかんだスルメのように何度も聴いてます。
スピッツのアルバムが出るたびに言うことですが、これ、最高傑作ですわ。