偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ラスト・エンペラー(1987)

坂本龍一のファンというよりYMOのファンでしかない私ですが、それでも坂本龍一という人がいなくなってしまったことで世界に不安が一つ増えたような心細さを感じるし、YMOの音楽は苦しい時期を救ってくれた音楽たちのうちの一つでもあります。改めてご冥福をお祈りします。
追悼というわけでもないですが、前から気になっていたのでこの機会に観てみました。


幼い溥儀は3歳で皇帝に即位するが、直後に清朝は滅亡し、外の世界を知らず紫禁城の中で伝統的な皇帝の暮らしを送ることになる。やがて成長した彼はクーデターによって紫禁城を追放され、大日本帝国と繋がりを持ち満州国の皇帝になり......。


不勉強なもので歴史のことがあんまり詳しくは分からないので、
満州→なんとなく知ってる
甘粕→名前に聞き覚えはある
溥儀→そんな人いたんだ〜
くらいな感じで、本作の面白さを味わいきれているとは言い難いですが、とはいえよく知らなくても楽しめる壮大な歴史スペクタクル大作でした。

まぁなんせ、とにかく映像が良い。
紫禁城の幻想的に美しいけれど外界からは忘れ去られた異世界のような空間も良いし、満州の方に移ってからの華やかだけど終わりを感じさせる館とかも良いし、収容所の無機質な感じも良い。

ストーリーは溥儀という人の一生を追うものになっていて、戦後に戦犯として収容所に入れられているパートから始まり、回想の形で本編である幼少期から大戦までの話に入っていきます。
特に序盤の忘れられた紫禁城で暮らす幼少期のパートが面白くて、そもそも2歳か3歳で何も分からずに皇帝にされるシーンとかはシュールですらあって笑っちゃいます。中国の伝統的な衣装や建物の中で西洋から来たメガネや自転車を溥儀が愛用するところも絵面がシュールで面白い。
しかし国にはもう必要とされていないのに惰性のように家臣を持って皇帝としての暮らしを送っていく様がとても虚しいです。敷地は広いとはいえ限られた城の中でしか有効ではない権力を持って、生活も結婚も全部家来がやってくれる人生、いや羨ましい気もするけど一年で飽きそう......。
シーツで遊ぶところの映像のカッコ良さとか、結婚初夜の3P()のところとか、なんか分かんないけど印象的なシーンに溢れています。
そして、イギリスから来た家庭教師的な男との知的な友情もエモい。というか、こんなわがまま放題の暮らしをしてるわりにちゃんと勉強して知性と品性のある男に育ってるあたり、主人公の溥儀はえらいとおもいます。

満洲編からは大人たちの政治的なやり取りが続いて正直私のようなアホの子には難しかったけど要は日本が悪いわ。
それは置いといて、この辺からは人生において皇帝という地位だけを持って生まれて実際には何も成し遂げられず、その清国皇帝の地位すら失った溥儀という男の抱える虚しさが強烈。満州の皇帝になれることになって、日本に利用されていようとかまわずそこに飛びついてしまう彼があまりにも悲しく、一方でそんな溥儀に人生を捧げてしまった正妻の婉容さんの儚さも同じくらい強烈な印象を残します。
そして、坂本龍一演じる甘粕さんも良かった。なんか、戦メリよりだいぶ演技が上手くなってる気がするけど、これは成長なのか英語だからなのか。とはいえ、彼も悪役というか黒幕的な立ち位置ではありつつ、やはり時代に翻弄された1人の男に過ぎない感じもあり、とても良かった。

そして坂本さんといえばやっぱ音楽ですけど、素晴らしかったです。
言い方悪いのかもしれないけど、戦メリと違って、ラストエンペラーのメインテーマって何回聴いてもどんな曲だったか全然覚えられないんですよね。そんくらい音楽単体では主張を抑えていて、でも映像に乗ると音楽によって観客の感情が作られる感さえあって、凄い。
関係ないけど、遺作となった是枝監督の『怪物』も絶対観に行こうと思います。

そして本作のラスト、清が滅びたところから始まった本作が2度の大戦を経てあそこで終わるのが長い時間を感じさせて感慨深く、それでいて最後にちょっとだけファンタジックなあれが出てくることで70年近い作中の時間が一瞬だったかのように錯覚させられるのがマジカルで素敵でした。
あのラストシーンのおかげで、悲しくもどこか優しく不思議でもある後味が残って、凄えの観たなと思わされました。