偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

オッペンハイマー(2023)


第二次大戦下、アメリカで原子爆弾の開発のための極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を率いることになったJ・ロバート・オッペンハイマー
原子爆弾の開発と、戦後の冷戦期に水爆の開発に関わるのを拒否したことで赤狩りに巻き込まれる彼の生涯を描いた伝記大作。

数年前に製作が発表された段階からノーランが原爆を描くということで非常に気になっていた本作ですが、作品外のクソみたいな事情(ばーべんはいまーとか)のせいなのかなんなのかなかなか日本公開されずヤキモキしつつも「まぁノーランの新作ですから公開しないはずもないよな」と楽観的にも見ていた本作。

しかし、ついに公開されてワクワクして観に行ったんだけど、結論から言うとあんまおもんなかったわ......という感じ......。
というのも、なんかまた時系列シャッフルしてややこしくしてるわりにそれ意味ある?と思っちゃって。例えば近作のダンケルクなりテネットなりは時間の操作とか逆行とかのギミックそのものが観たことないような映像の面白さになってました。でも本作は会話劇が主体で物語上のケレンみたいなものが少ないのに対して構成だけ凝ってるのが食い合わせ悪く感じちゃったというか。原爆を作った男オッペンハイマーの自己正当化と悔恨や葛藤といったアンビバレントな人間臭い心理描写自体は良かったんだけど、お話についてくのがやっとでそれを味わいきれなかった。かと言って大半会議室で喋ってるだけみたいな映画だからもっかい観て理解したいとも思えず、なんかどーでもよく感じちゃいました。

とはいえ「これは裁判ではない」とか言ってたけど実質法廷サスペンス的な面白さはあるし、原爆を開発するために町を一つ丸ごと作っちゃったりするようなプロジェクトの爽快さには不本意ながらワクワクさせられ、原爆実験が成功した時も日本人としての苦しさと同時に映画の観客として「よっしゃ成功したぜ!」というカタルシスも感じさせられたのが恐ろしい。あとてっきり科学一筋の天才かと思ってたオッペンハイマーがモテ野郎だったのはムカついた。ノーランには珍しい露骨な性描写が多かったのも印象的でした。

広島長崎の被害を具体的に映さずに「世界を変えてしまった」みたいな大きくて抽象的な描き方がされているのが批判されたりもしてるけどそれはまぁ別にどっちでもいいというか、それこそ山崎貴監督に撮ってもらえばいいわけですし......。(あとフォロワーさんが言ってたんだけど、自国内で「はだしのゲン」を学級文庫から追放したりとかしてるクセに外国の映画にケチつけてる場合じゃねえ感な)(まぁあと一方的に被害者ぶるのもキモい)。
個人的には、科学者の好奇心とか開発に携わった人たちそれぞれが仕事としてやったことが組み上がって原爆になってしまうというなんかシステムみたいなものの恐さとか、それを使うかどうかが政治として会議室の中で決まってしまうところとかが批判的だったり皮肉みたいに描かれていて良かったと思います。むしろ会議室で会話劇ばっかの退屈さも、その外のことまで考えない彼らの想像力の狭さを表しているのかもしれません。

という感じでまぁ色々書いてみたけどまとめるとやっぱり長くて複雑なわりにあんまおもんなかったな......という感想にしかならす、時系列いじったりせずに真っ向から人間ドラマやってくれる監督に撮って欲しかったまである。少なくとも配信に落ちてももっかい観ようとは思わないかな......。

大いなる幻影(1937)


第一次大戦下、ドイツ軍の捕虜となったフランス兵のマルシャル。収容所の同室の仲間たちは脱走のための穴を掘っていて、彼もその計画に加わるが......。



別に好きなわけじゃないけどなぜかジャン・ギャバン3連チャンしてます。

本作ですが、筋立てだけ見れば脱獄モノの先駆みたいな作品で、実際『大脱走』の元ネタの一つとも言われるそうです。
ただ、実際のところは脱獄のサスペンスではなく収容所という特異な空間での人々の交流が見どころ。
ドイツ軍とフランス軍という敵対する国同士の軍人同士の間にお互い軍人としての敬意があったりして、それを象徴する収容所長のラウフェンシュタインさんのキャラクターがとても良かった。
また、国の違い以外に貴族の出だったり平民だったりという身分の違いもあり、そうした様々な立場の違いから反発したり敵対したりしながらもギリギリのところで互いを尊重し合う姿勢みたいなのが通底していて、そんな人たちの在り方が美しくも「戦争中じゃなければこの人らいい友達になれてたのに」という強烈な悲しみもありました。
男だけの世界なのでどこかブロマンス的な味わいやホモソノリの楽しさみたいなのもあってシリアスな中にも気が抜ける場面もあるのが良かった。女の服が配給されるところとかなんとも言えぬ滑稽みと寂しさが同時にあって凄かったです。

終盤で明らかになるタイトルの意味は、本作が1937年に制作されていることも考えるとその反戦のメッセージの強さにグッときます。それとともに、それから100年近くが経ってもなお、それは「大いなる幻影」であり続けていることに絶望もしてしまいました。

望郷(1937)


アルジェのカスバの街に潜伏する悪党のペペ。恋人のイネスに匿われて暮らしながらもパリへの望郷の念を募らせていた彼の前に、パリからやってきた美女ギャビーが現れて......。



『陽は昇る』を観たので同じくジャン・ギャバン主演の本作も。
ギャバンがカリスマ的な悪党を演じる作品で、めっちゃイケメンてわけじゃないけど雰囲気があってワイルドな魅力がありつつ粗野ではなく知性も感じさせるあたり『陽は昇る』の普通にいい奴の役よりもハマってる感じがしました。

そんな本作ですが、内容はなんつーかノワールものとメロドラマのどっちつかずな感じがしてしまい、あんまりハマらなかったかな......という感じ。
カスバという蟻の巣みたいな複雑な街のロケーションは最高なんだけど、だからこそもうちょいその地形を活かした活劇なんかを観たかったなぁ、と。冒頭の街の紹介みたいなシークエンス以降そんなに街の様子が映らないのがもったいなく感じてしまいました。
あとこんな狭い街にいるのに警察が全然ペペを捕まえられないのもなんかかったるい気がして......。
また、メロドラマとしても、負けヒロイン役のイネスさんがめっちゃいい人だし正直ヒロインのギャビーより美人(私の好みの問題ですけど)な気がしてなんでこんな人をほっぽってギャビーに靡くのかの説得力が薄い気がして......もちろん、パリから来たギャビーに恋心だけでなくタイトルにある「望郷」の気持ちも抱いたというのは分かるんだけど、にしてもイネスさんが魅力的すぎてな......。

と文句ばっか言いましたが、映画史に残るらしいラストシーンはたしかに印象的で映像としては目に焼き付いたのが良かった......と言いつつ、あの場面でも私はむしろイネスさんに感情移入して主人公のことはどーでもよく感じてしまったってのが正直なところですが......。

陽は昇る(1939)


とあるアパートの最上階の部屋で銃声が鳴り響き、螺旋階段を転げ落ちていく死体。犯人の男フランソワは部屋に立て篭もり回想する。フランソワーズという女との恋、そしてヴァランタンという男を殺すことになった顛末を......。

天井桟敷の人々』からの流れでマルセル・カルネ監督作。
天井桟敷に比べて90分と半分以下の長さの本作ですが、正直こっちのが長く感じた......。

冒頭で殺人のシーンがあり、螺旋階段を上から写すシーン(映画でよく観るけど本作が最初なんかな?もっと前からある?勉強不足でわからん)があって、見上げていた大勢の野次馬たちが主人公の威嚇射撃の銃声を聞いて蜘蛛の子を散らすようにサァッと自室に引っ込むとこなんか映像カッコ良すぎておおっ!て言っちゃった。

ただ、そんな冒頭とラストシーンが最高なんだけどその間は正直そんなにで......。
お互いに施設育ちで名前の似ているフランソワとフランソワーズの恋......という運命的かつ(フランソワの立て篭もりから始まるせいで)刹那的なラブストーリーは好みなはずなんですが、お互い別の相手がいるみたいな四角関係がなんか鬱陶しく感じてしまって......。
また、ところどころで立て籠ってる現在がカットバックしてくるわりに全体にはメロドラマで緊迫感に欠けるってのもあります。

そんでも、フランソワとフランソワーズの2人がテディベアを挟んでまるで家族写真のように並んでいるのを鏡越しに映すことで、家族に憧れつつも彼らにこんな幸せが訪れないことを暗示させるところとかも「おおっ!」って思ったし、そういう映像の工夫が随所にあるのでストーリーの好きになれなさとは別に観ていて気持ちいいところは多かったです。ヒロインの家の近くの夜の路地の風景とかも良かったなぁ。
また、もちろんあのラストシーンはとても印象的で素晴らしかった。序盤からタバコを吸うシーンが多くて、モノクロ映画の中のタバコの煙ってのはそれだけで素敵なんですけど、それがラストのここに掛かって来るのか!という暗示の仕方もカッコいいよね。

......て感じで、中身はそんなに好きじゃないけど最初と最後がめちゃ良いし演出はいちいちカッコよくてなんだかんだ良かった気がしてきました。

天井桟敷の人々(1945)


無言劇の役者バチストはパリの街で出会った女性ガランスに恋をする。しかし彼は劇団長の娘ナタリーと付き合っていた。一方、役者のフレデリック、悪党のピエール、モントレー伯爵もガランスに惹かれていて......。

1945年、ナチスドイツの占領下にあったフランスで製作され、「詩的リアリズム」というムーブメントの集大成にして掉尾を飾る作品......だそうです(本で見た)。
そんな、占領下にこんだけのモンを作ったんかフランス......というところにも圧倒されますが、それを置いといてもとんでもなく美しくて悲しいけど優しい映画で、結構ところどころ泣きそうになりながら3時間以上あるのに飽きずに観れちゃいました。

パントマイムによる無言劇を上演する劇場が主な舞台となる本作。
主人公バチストの初登場からしてスリの冤罪を着せられそうになったヒロインのガランスをパントマイムによる無言の"証言"で救うというシーン。父親の口上では「木偶の坊」として紹介されていた滑稽な格好で虚な目をした彼が、その技巧とユーモアでガランスを救う様がカッコ良すぎて観衆たちの笑い声とは裏腹に私は泣きそうになってしまったし、動きだけで泣きそうになるものなんだなと驚いたりもしました。
また、第一部の後半の、本作のジャケ写とかでもよく使われてる白塗りのバチストが出てくる劇のシーンでは、彼が首を吊るための縄で少女が縄跳びをしたり女性が洗濯を干したりするところも、バチストのメンタルがヤバいのを表すシーンでありつつ死を遊びや生活に変換する優しさに泣きそうになった。

ストーリーはあらすじのところに書いた男女6人の恋物語なんですが、全員めちゃくちゃキャラが立ってるのと、バチストとガランス、ナタリーが三角関係で他の男たちも全員ガランスが好きというシンプルな構図のためたいへん分かりやすくメロドラマを楽しめました。
個人的には女たらしの俳優フレデリックがなんか面白くて出てくるたびちょっと笑っちゃったのと、どうしてもいわゆる負けヒロイン的キャラに弱いのでナタリーを推しながら見てた。しかしバチストがガランスを愛しているのを知りながら一途にバチストを思うナタリーの確信犯みたいなところが1番怖い気もするな。しかし「好き」と「愛してる」の違いのやり取りをバチスト-ナタリー間とガランス-バチスト間で反復する残酷さとか凄え良かった......。
まぁ冷静に考えたら主人公バチストをはじめみんな結構身勝手で「いい大人が何やってんだよ子供が可哀想だろ」とか思っちゃいますが、作品全体を包む狂騒感や台詞の良さにある種誤魔化されるような形でそんな身勝手な恋をする彼らに感情移入して観てしまいます。そう、台詞がいいんですよね。詩的で人生論みたいなところもあるんだけど変に浮いたりせずにちゃんと会話の中に組み込まれているのがすごいっすね。

あとは、作品全体を通して光と影だったり陽気さと悲しみだったりが同居して「これぞ人生!」みたいなノリなのも好みなんですよねぇ......。
犯罪大通りに始まり犯罪大通りに終わる冒頭と結末が対になった構成とか、直接的にはそんなにフォーカスされない「天井桟敷の人々」というタイトルが俗っぽいけど強烈な熱量のある作品全体を表しているようなのも素敵で、悲しいお話のはずなのに観終わった後なんだか元気が出てくるような良い余韻が残る素敵な映画でした。

椿姫(1937)


パリの社交界で華やかな暮らしを送る女性マルグリット。しかし実は病弱で借金を抱えている彼女は金持ちのバルビル男爵と結婚しようと画策するが、手違いで出会った純粋な青年アルマンに惹かれていき......。


ストーリーは、勘違いから始まる三角関係からの難病モノみたいな、めっちゃベタなお話ではあるんですが、自己肯定感が低すぎて本当に愛してる人を遠ざけてしまう主人公マルグリットと良いやつすぎるイケメンのアルマン君とのくっつきそうになるとそれ以上の力で反発し合うようなもどかしい関係にムズムズして、なんだか久しぶりにこんだけシンプルな恋愛映画観たなとしみじみしてしまった。

ユーミン経由で名前だけ知ってたけど観るのは初だった、主人公マルグリット役のグレタ・ガルボさん。
笑わないクールな美貌がカッコいい!気品があり自分の芯を持つ強さがありつつ1人の弱い人間でもある彼女の、ある種ハチャメチャな惑いが一見淡々としたキャラの中に垣間見られて「なんでそーなるの!」と突っ込みながらもどんどん彼女を好きになっていってしまいました。
しかしまぁ、私はやっぱり純情な青年アルマンに共感してマルグリットにムカつく部分のが多かったですけど......。
あと咬ませ犬役の男爵がめっちゃ嫌味ったらしいんだけど、でもまぁ金のために言い寄られて捨てられる可哀想なキャラなので嫌な感じはしないのが好き。

好きなシーンは2人で田舎の村みたいなとこに逃避行するところと、そこでマルグリットの父親が出てくるところ。父親のあのギリギリの優しさが沁みる......。
そしてもちろんラストシーンは印象的。いい意味で昔の映画って感じで良かった。

ガス燈(1944)


婚約者のグレゴリーとともにかつて叔母が殺されたロンドンの家に住むことになったポーラ。しかし家では物が紛失することが続き、グレゴリーはポーラの物忘れの激しさを責めるようになり......。



主人公のポーラがじわじわと精神をやられていく様を描いたサスペンス映画。
ポーラを演じるイングリッド・バーグマンがこの世のものとは思えぬ美しさで冒頭から一気に彼女に感情移入しちゃうんですが、だからこそ彼女がだんだん参っていく様は見ていてつらかったです。元が強くて聡明なキャラクターなだけに余計......。

サスペンスとしては、ぶっちゃけ夫のグレゴリーが悪い奴なのは序盤からもう分かっちゃってて、ポーラが洗脳されていく様もスリルよりも胸糞悪さを強く感じてしまいました。もうちょっとこう、本当にポーラがおかしいのかも?みたいな宙ぶらりんな感じの方がスリルある気はしてしまいました。探偵役もなんかポッと出な感じだし。ヒッチコックにでもありそうなお話なだけに、本作に比べてヒッチコックのサスペンスの上手さを実感させられてしまった。

とはいえモラハラ夫(?)の心理的な圧力を感じさせる演技や演出はすごかった(あの見下したような目ですよ!むかつく!)。
霧に煙るロンドンの夜の風景や、タイトルにもなっている瓦斯燈、屋敷の調度などの小道具がもう濃密にミステリーな雰囲気を醸し出していて素敵。また、生意気なメイド(可愛い)や野次馬婆さんなど妙に印象的な脇役たちも憎めないキャラで良かったです。

そして終盤のとある伏線回収とか、その後の展開とかもスッキリ気持ちよくて、なかなか面白かったです。