偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

アゴタ・クリストフ『悪童日記』感想

好きなバンドの歌詞に出てくるから名前だけ知ってたアゴタ・クリストフ、読んでみました。

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)


著者自身、ハンガリーに生まれ、スイスの中のフランス語圏あたりに亡命して、そこでフランス語で書いたのが本作ということらしいですが、私にはその辺の地理的、歴史的な知識はないので細かくは割愛します。

本作の舞台もハンガリーで、著者が亡命したのとは時代が違いますが第二次対戦中のドイツ占領下における物語らしいです。

その辺もまぁ割愛ですが、ナチスドイツものの映画なんかはいくつか観たことあるので、ざっくりとですが背景は理解できました。


内容としては、母親に連れられ、戦況の悪化した<大きな町>から、<小さな町>に暮らす祖母の家に預けられた双子の少年"ぼくら"による日記の記述という体の小説になってます。
日記は一回につき5ページほどで、そういう短い断章が62章分積み重なって一つの長編になってるんですね。

で、特徴的なのは、彼らが日記を書く時に決めているシンプルで厳格なルール。

作文の内容は真実でなければならない

感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の仕様は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。

というもの。
そのため、読者としては彼らにまるっきり感情移入できないまま突き放されたような心地で読み進めることになります。

でも、そんなん面白いのかよ?と思ってたらこれがめちゃくちゃ面白いから凄い。
1話1話が短いながらに毎回何かしらの驚きがあり、感情や大人の事情を一切排した描写ならではのある種の身も蓋もない人間観察には独特のユーモアが漂っています。
時代柄、死や性を生々しく目撃しつつも、それが大人の理屈を取っ払った淡々とした文章で綴られるのが刺激的で、一気に読まされてしまいます。
そして、"ぼくら"がタイトルの通り悪童としての才能を開花させて、覗きに盗み聞きに強請りに更には......と大活躍する様には、不思議な痛快さや爽快感があります。

なんでそんな悪いことしてるのに痛快に感じられるのかというと、私や"ぼくら"がサイコパスだから......ではなく、彼らの言動に通常一般の倫理観や道徳、法律などとは無縁の独自の倫理が感じられるからでして。
我々が信じ込んでいる理屈を取っ払ったところで正直であることと生きることへの信念のようなものさえ感じられる彼らの考え方にスカッとするんでしょうね。
こういう、自分で考えて自分で生き方のスタンスを決めていくあたりが、今の時代にも共鳴する部分があると思います。

また、"ぼくら"を取り巻く周囲の人々も魅力的。
ショタコンマゾ将校とかエッチな女中さんとかはとにかく存在が印象的だし、"兎っ子"があっけらかんとした態度の裏に抱える深い孤独も忘れ難いです。
また、"ぼくら"のおばあちゃんとおかあさんの対比が浮き彫りになる、終盤のおかあさんが出てくるシーンなんかもとても印象的。

そして、「そこで終わるの!?」と思わされつつも完璧な幕切れもまた印象的で、この終わり方で「実は三部作なんです」と言われちゃあ続編も読まずにはいられません。
まぁ手元にないのですぐには無理だけど、いずれ読もうと思います。

それから、本作は2013年に映画化もされていて、心理描写を排したある意味最強に映像的な文章はたしかに映像にも合うのかもしれないけどそれにしてもこの内容をどうやって......と非常に気になるのでいずれ観てみたいです。