偽物の映画館

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スピッツ『小さな生き物』今更感想

はい、スピッツ今更感想シリーズです。
とげまると醒めないは書いたので、今回はその2枚の間に挟まれた14枚目のアルバムである『小さな生き物』について書きます!


本作は2013年にリリースされたアルバム。オリジナルアルバムとしては震災後初ということもあってか、全体に暖かさや地に足のついた前向きさが感じられる内容になっています。

また、本作はスピッツ史上初の多形態リリースとしても話題になりました。通常盤、初回限定版、デラックスエディションの3種類。メンバー曰く複数種類買わないとコンプリートできないものにはしたくなかったということで、デラックスエディションを買えば全ての内容が網羅されるようになっています。優しい。
もちろん、私はデラックスエディションを買いました。高いね。まんまとしてやられたわ。
このデラックスエディションには、ボーナストラック「エスペランサ」と、未発表曲「あかさたな」を含むライブ盤が付いてます。その二曲についても曲ごとの感想で触れていくつもりです。


構成からいうと、本作は、前作「とげまる」のような「全曲が独立国家!」みたいな感じではなく、大きく二幕構成になっていて、通しでも聴きやすいアルバムになってます。
ちなみに、個人的には『とげまる』『小さな生き物』『醒めない』はいずれもスピッツ自身のことを指す言葉でもあり、作品の内容にしても自己言及的にも読める歌詞が多いので、「擬似セルフタイトル3部作」みたいに位置づけていたりします。


では以下で各曲について。




1.未来コオロギ

アルバムの始まりは不思議なタイトルのこの曲。
イントロがかなり印象的なので一曲目にはぴったりというか、一曲目以外の位置付けが思いつかないくらいですね。こう、懐かしいようであり新しいようでもある音。
言うなれば、スピッツのアルバムが今から始まるぞ!という新しいものへのワクワクと、スピッツが帰ってきたという安心感の両方がそのまま音になったかのようでもあります。

また、印象的な音といえばサビの後ろで流れるピアノの音もめちゃくちゃ耳に残ります。
憂いを帯びていながら優しさや温かさ、はたまたなにかの決意のような強さも感じさせる音。というのは、まぁ歌詞にひっぱられてる部分もあるかもしれませんが、でも例えばこの曲の歌なしのインスト版を聴いたとしても同じように多くの感情を刺激されるのではないかと思います。それくらい、楽器の音の部分がまず印象的。


歌詞はちょっとファンタジーめいた"パラレルな国"の物語になっています。
結論から言うと、私はこの"パラレルな国"とはスピッツの音楽とかこのアルバム自体のことなんじゃないかと思ってます。

消したいしるし 少しの工夫でも
輝く証に 変えてく

堕落とされた 実は優しい色
やわらかく 全てを染める

これはどちらもサビ終わりの歌詞なのですが、劣等感を武器に変えていこうというポジティブオタク的な強さが、かつてクラスに友達がいなくて一人でスピッツばかり聴いていた私みたいな層にはけっこう刺さったりもします。
また、大サビの

行ったり来たりできるよこれから
忘れないでね 大人に戻っても

というところも上手い!
日々の仕事とかに忙殺される中で、スピッツの音楽を聴いてる間だけは子供の頃や思春期に帰れるんですよね。そして、アルバムを聴き終わってしまって、大人としての日常に戻っても、スピッツの世界はいつでも僕らを待っている。
大人になってしまったことの切なさとともに、いつでも帰ってこれば良いんだよと言われているような暖かさもある、サウンドに見事にマッチした歌詞だと思います。

そして、大サビがめちゃくちゃドラマチックで、特に「君に捧げよう!」のところでMAX歌に力が入るんですが、その後最後の最後はまた気だるく単調なメロディに戻っていく、盛り上げながら力み過ぎない終わり方も好きです。

タイトルの"未来コオロギ"というのはスピッツ自身を表す言葉でもあり、この曲がアルバムのタイトルトラックにもなり得たわけですが、造語だから狙いすぎということで「小さな生き物」にしたそうです。

余談ですが、メロディの雰囲気といい歌詞の内容といい、一曲目であることといい、ミスチルの「fantasy」という曲とキャラが近い気がします。また、これを完全にポジティブ側にシフトしたのが「醒めない」かもしれません。




2.小さな生き物

続いてタイトルトラック。
イントロもなしにサビを歌い出してはじまるストレートな曲です。

負けないよ 僕は生き物で 守りたい生き物を
抱きしめて ぬくもりを分けた 小さな星のすみっこ

というのがそのサビのフレーズですが、この曲の歌詞の内容自体ほぼこれだけってくらいのシンプルさ。それだけに、このフレーズが力強く頼もしく響きます。
恐らく震災後(って言っても2013年ですが)ということでなんでしょうが、とにかくストレートなんです。歌詞も曲も。
本当に、裏を読みようもないくらいの人生賛歌であり人間賛歌。
そのまっすぐさを、私のような汚れた人間は直視できないので、実はこの曲は個人的に飛ばし曲だったりします(おい)。
今回アルバム感想を書くために改めて聴いてみたらやっぱりいい歌ですね。いつか、"守りたい生き物"と言える日が来るといいなと思いますね。




3.りありてぃ

スピッツでもトップクラスにゴリゴリしたイントロから始まるハードロックナンバー。
まさかスピッツでヘドバンするような曲に出会えるって、思いもしなかった......。

まず目を引くのはタイトルです。
リアリティでも、ましてやRealityでもなく、ひらがなの「りありてぃ」。
これがスピッツらしさだという感じもするし、歌詞では主人公たちを金魚になぞらえているので、金魚らしくちょっとかわいい感じで書いたのかもしれません。いずれにせよシンプルながら他のバンドはなかなかやれないであろう見事なタイトルです。

曲調はもうピーカンに明るいんですけど、歌詞はというとわりと鬱屈しながらもそこから飛び出そうとしてるような明るい根暗的な歌詞だと思います。
例によって細かい部分の真意は分かりづらいものの、全体として今の世の中の長いものに巻かれろとか、ちょっとでもはみ出したら制裁を食らうような価値観に対するアンチテーゼが感じられます。それを、変わり者の2人の金魚を主役に描いているわけですね。


歌詞に登場する人物は、私の解釈だと3人。「僕」と「君」と「あの娘」ですね。
僕は語り手・主人公であり、君は聞き手・リスナーの私、なんじゃないかなと思います。

「僕」は引きこもり(実際に部屋に引きこもってるがどうかじゃなく、心を閉ざしてる人)であり、「君」(私)も同じようなもの。
つまり、クラスのみんながヒットチャートに載る音楽を聴いてる中、多数派のノリに馴染めずに一人でスピッツなんか聴いてるようなストレンジなやつらってことですね。
そんな僕が、クラスの男子による人気投票1位みたいな笑顔の素敵な女の子(インタビューで福原愛ちゃんからインスピレーションを得たみたいなこと言ってて笑った)に憧れて、閉ざしていた心のドアノブを掴み、水槽の外へ出ようとする物語......なんですね、きっと。

中学生の頃、私はいじめられてたわけじゃないけどそこに近いところにいる陰キャで、秀才くんキャラじゃない割に勉強がそこそこできることだけでなんとか最低限の尊厳を保っていた少年でした。当時はよく「みんなに合わせれるお前らの方が異常だよ」と思っていましたが、

変わった奴だと言われてる 普通の金魚が2匹
水槽の外に出たいな 求めつづけてるのさ
僕のりありてぃ

これを当時スピッツに傾倒していた私に聴かせたら泣くでしょうね。
そして、

正しさ以外を欲しがる 都合悪い和音が響き
耳ふさいでも聴こえてる 慣れれば気持ちいいでしょ?
君のりありてぃ

正しさ(=多数派と同じでいること)以外を欲しがることを都合悪い和音と表現しつつ、そんな不協和音も慣れれば気持ちいいと、わかりみの強い喩えで肯定してくれる優しさね。
それは初期のスピッツのような自閉的な主人公を、大人(おっさん)になった今のマサムネが肯定しているようでもあり、そういう意味では僕と君=今の自分と過去の自分という読み方の方が自然な気もしますが......。
まぁとにかく、そんな今のスピッツならではの青春ソングでくっそエモいです!

あと、「さらし者のツミビト」という単語に川谷絵音を連想したのは内緒。あいつよくそういうツイートしてるし......。

しかし、あれですな、私は歌詞解釈なんて無粋だと思ってる方なのに自分では嬉々としてやってしまう。もしこれを読んで無粋だと思われた方がいらっしゃいましたら、私もそう思います。




4.ランプ

しっとり系の、優しく温かい曲。
エレキギターアルペジオのイントロから、アコギ弾き語り風にタイトルが入るフレーズをぶちかましてからバンド演奏に入っていく流れが美しいです。

ただ信じてたんだ無邪気にランプの下で
人は皆もっと自由でいられるものだと

というのが、最初に歌われるタイトルフレーズ。
これも震災と絡めて考えるのならランプというのは非常に象徴的なワードでもあります。一方、別に震災読みだけする必要もなく色々な読み方が出来るのはいつもの通りで、時代性と普遍性を兼ね備えた曲だとも言えるでしょう。
ともあれ、ここではランプというのは電気や文明、あるいは平和といったものを表す意味で使われています。

一方サビでは

あなたに会いたいから どれほど 遠くまででも
歩いていくよ 命が 灯ってる限り

とも歌われていて、ランプというタイトルは命の灯りにもかかっているんだと分かります。
タイミング的にやはりこの"あなた"が失った人を指している、という読み方にどうしても引きずられてしまいます。
そう考えると、「会いたくて今すぐ」「間違えたステップ」で川を渡っていた草野マサムネが、今はあなたに会うために生きることを決意しているところに人間開花を感じます。

曲の最後にはまた最初のフレーズの弾き語りに戻ってきます。これがいいんだけど、ライブで聴くとさらにいいんですね。ちょっとうるって来るし鳥肌が立ちます。あんまやらないけど、実はライブ映えする一曲でもあるんですね。




5.オパビニア

激しかった「りありてぃ」から、一旦しっとり曲を挟んでまたもアップテンポでノリのいい感じ。ただ、りありてぃがハードロックな感じだったのに対し、こちらは疾走感のある爽やかロックですね。
Aメロはまだ静かな感じですが、だんだんとテンション高まっていってサビで爆発するのが最高エモエモ左衛門です。サビ前のしゅーってとこもいいんだけど、なんて説明すればいいのか分かんないっすね。しゃーってなるとこ。

オパビニアとは変な形の古代生物。子供のころ古代生物とか深海魚みたいな変な生き物が好きで図鑑をよく見てたので知ってました。アノマロカリスとかも可愛くていいっすよね。

歌詞については、あんまモテない草食系男子のガチ恋みたいな感じですかね。
僕と君の関係はプラトニックなようにも見えるし、セフレや風俗嬢みたいにも読めて、その日の気分によって聴こえ方が変わりますね......。
ともあれ、歌詞全体に成就しきってはいない恋に特有の多幸感のようなものが満ち溢れていてエモさ1000%ですね。
特に、

にぶい男でも さすがにわかった
盗まれていたこと

と、心を盗まれたことを噛み締めてからの大サビってながれがエモ散らかしてますやんね。
そして、最後にもう一度出会いの場面を挿入してくるのが良くって、心理描写が多い曲の中でこの"君"のヘタなウインクの映像だけが強烈に余韻として残るのも、いとエモし。

ちなみに、「近所も遠くも愛おしく」という歌詞があるんですが、何度聴いても「近所も東北も愛おしく」に聴こえてしまうので、もしかしてわざとなのかな、とか思ったりもします。含意として。




6.さらさら

先行シングルとしてどこかのラジオ局の春のキャンペーンソングに使われていた曲ですが、


「ロビンソン」などでもお馴染みのアルペジオのイントロ。Ah〜とコーラスも入り、穏やかで、静かで、しかしどこか不穏さや緊張感も備えています。最近のスピッツの、しかもシングルには珍しい雰囲気かも。
タイトルの「さらさら」からは川の流れとか、歌詞にある"雨の音"なんかを連想しますが、水というものには命の源みたいな安心感や優しさと同時に、死を連想させる冷たさもあります。この曲のサウンドも見事にそれを表した優しさと不穏さの同居したものになっていてさすがはスピッツ様だわぁと狂信者の俺は思うよ。


歌詞についてはかなり抽象的ですね。一人称は出てこないし、全編現在系で書かれています。
だから、いつも通りどうとでも読める歌詞ではあるのですが、個人的には震災後という文脈で、曲を作るということ自体について歌った歌詞のように思っています。

というのを、冒頭の

素直になりたくて言葉を探す
何かあるようで 何もなくて

とか、2番サビの

遠く知らない街から手紙が届くような ときめきを作れたらなあ

というところから感じました。

悲しみに直面した人たちへ何か言葉をかけたい。でも、何を言っても不遜な感じになってしまって結局何も言えない......というような。それでも、ふと目の前の現実を超えてときめけるような曲を作りたい、というような。
無責任な応援歌などではなく、この状況で歌を作ることの意味があるのか?ということに真摯に向き合って葛藤を吐露しているような、そんな歌に聞こえます。

一人称が出てこないのも、普段の曲のような架空の「僕」の物語ではなく、生身に近い言葉だから。現在系なのはまさに今、歌を作るということについて歌っているから、なのかなぁと。

「ゴリゴリ力でつぶされそうで」のところとか、「夢オチじゃないお話」というフレーズにも、バンドをやることへの葛藤と決意が現れている気がします。
だから、このCメロの部分では演奏がザクザクと激しくなるのかな。
その後のギターソロもメロディアスで好きです。スピッツの間奏はだいたい口笛で吹けるけど、中でもこれは吹くと気持ちいい。


ただ、個人的に一番好きなのは

眠りにつくまで そばにいて欲しいだけさ
見てない時は自由でいい

というところ。
寂しくて眠れぬ夜の気持ちをクリティカルに描き出した名フレーズだと思います。

そして、イントロと同じくアルペジオのアウトロも美しく、余韻を残す最後の一音に浸ってしまいます。




7.野生のポルカ

余韻に浸っていると急にテンションブチ上げられてびびるわ(笑)。
笛やアコーディオンの音と、スピード感のあるポルカのリズムが「さらさら」の内向を吹き飛ばすように突き抜けて明るい。
歌詞の武蔵野という地名をライブではご当地の地名で歌っているように、ハナからライブアンセムとして作られたようなノリの良さで楽しすぎる!
最後のシングアロングも、スピッツでこんな曲今までなかったっすもんね。ひとつ突き抜けた感があります。フラカンのメンバーがこの合唱に参加してるらしいですが、イメージとしてはまさにフラカンとかウルフルズとかにありそうなイメージ。どっちも詳しくないから適当だけど。

前の曲の歌詞にあった「永遠なんてないから 少しでも楽しくなって」の、楽しさがこれ、ということですかね。
「続くと信じてる 朝が来るって信じてる」
の"朝"がこの曲なような気もして、「さらさら」を踏まえてのマニフェストのような曲なのかなと思います。
引き続き震災を思わせる部分や、社会風刺的な視線も持たせつつ、「さよなら僕の抜け殻/着ぐるみ達よ」ってとこなんかはパーソナルな悩み乗り越えソングとしても聴けます。
アルバムの第一幕のクライマックスを飾るにふさわしい力強い一曲ですね。




8.scat


タイトルの通り、草野のスキャットだけで歌のないほぼインストな曲です。
スピッツのインストといえばこれまで「リコシェ号」「宇宙虫」の2曲がありましたが、どちらも浮遊感のある不思議な曲でした。
一方、この曲はめちゃロック。最初聞いた時はちょっとびっくりしましたね。


構成としては、「あい〜」っていうパートと、「たりらり〜」っていうパートを交互に繰り返します。
前者は凛として時雨とかさえ連想しちゃう轟音。スピッツの曲で一番うるさいのでは?
一方後者はギターがメロディアスになってちょっと切ない感じ。
この2つを3回繰り返すだけのシンプルな構成ですが、1周目は楽器だけ、2周目は声あり、3周目はCメロと大サビっぽくなるというように変化があるからインストだけどかなりドラマチックに聴こえます。

どうしても、スピッツの曲を聴く時って草野マサムネという最強の歌手の歌声に聞き入ってしまいますが、歌モノじゃなくても聴かせるバンドだという証明の一曲ですね。
他の曲のインスト版とかも聴いてみたいけどね。




9.エンドロールには早すぎる

この曲に関しては、むかし、私が一番乗りに乗ってたとき()に感想を書いているのでそれを載せときます。

スピッツ、唯一のクリスマス・ソング「エンドロールには早すぎる」について - 偽物の映画館

この激しいメロディを叫ぶほどの怒りなど今はもうないからねぇ。それでも、この曲は今でも私の特別です。




10.遠吠えシャッフル

最初のてゅる〜んっていう音からワクワクします(擬音下手)。
シャッフルビートってのがなんなのかはよく分かんないんですけど、この曲の軽快なリズムがきっとそれなんでしょう。

しかし、軽快で短い曲ですが歌詞はそんなに軽くなくて、スピッツの曲の中でも最も露骨に政治的と言っていい内容になってます。

やはり歌い出しの

正義は信じないよずっと
鳴らす遠吠えのシャッフル

や、同じく2番の歌い出し

居場所があんのかわかんねぇ
美しすぎるクニには

といったところはかなりストレート。
「クニ」とカタカナ表記になっているのがせめてものスピッツらしさではありつつも、かなり生々しいです。というか、明確に政権批判のようなことを言ってる曲は唯一なのでは。それだけ思うところがあったのでしょうか......。

とはいえ、そこに「茶碗で飲みほすカフェラテ」みたいな草野語が入ることで雰囲気が中和されていますね。たまには中和せずに真正面から政治的なことを歌ってもいいんでは、ここまでやったなら......という気もしなくもないですが。

内容としても、社会情勢を折り込みながらも、あくまでスピッツというバンドがこれからもやっていきますみたいなことがメインなので重くはなりすぎず。
「遠吠え」というのは、スピッツだとやはり「(負け犬の)遠吠え」と脳内で補完してしまいますが、遠吠えだと自ら言い張って遠吠えするあたりがスピッツ流のロックですよね。




11.スワン

弾き語り風の歌い出しで、一節ぶちかました後でバンドの音が入ってくるやつ。やっぱこういうアレンジの曲のバンドの入りは最高です。バックのオルガン(?)の神秘的な音色も素敵。
しかしバンドサウンドが入ってくるとはいえ、全体に歌が主役の曲で、メロディと声の美しさが際立ちます。

星空を 見るたびに思い出す
さよならも 言えないままだった

という歌い出しが、いかにも死別を思わせます。
さよならも言えないくらい突然にいなくなったあの人、というような。
ただ、その後の

優しい人 はずかしくなるほどに

というところから2人の関係性が見えてきて、「さよならも言えないまま」の印象がちょっと変わりました。
君は優しく、僕はそんな優しさにさえ劣等感を感じてしまう。そういう2人の姿が見えてくると、もしかしてさよならも言えなかったのは僕の方から一方的に君を拒絶したからなのでは......という気もしてしまいます。

君は光 あの日のまま ずっと同じ消えないもう二度と

というところも、泣けるフレーズではある一方、初期の曲にあるような独りよがりのストーカー的妄執を感じないでもないですね。

......と書いてみるとディスってるみたいですが、そういう身勝手なロマンスにこそ共感してしまったりするので、穿った見方をしつつも個人的には大好きな歌詞です。
泣ける死別の歌としても、こじらせ失恋ソングとしても読める二面性がスピッツ




12.潮騒ちゃん

GOスカで披露されていた枠の曲ってこともあってか、タイトルからして衝撃的なレベルに遊んでる曲ですねw
サウンドもノリノリなリズムで手拍子なんかもして間奏では「行こうぜ〜!」ってシャウトまでして、どうなっちゃってんだよって感じ。でもめちゃくちゃスピッツらしいってのが凄い。

ただ、遊んでるように見えて結構真面目なメッセージも込められていたりして、

団体行動だったんで 周りの言葉でまどわされ
ばってん もう やめたったい こげなとこから

とかは、はぐれもの、少数派、変人と呼ばれても余りとしての誇りを......っていうスピッツらしい強いメッセージが込められていて、それを萌え萌えな博多弁で誤魔化しちゃうところが可愛すぎます。

てか、「潮騒潮騒潮騒ちゃん♪」なんて歌って許される40代のおっさんを私は草野マサムネしか知らない。
これがもっとリアルガチになると「はぐれ狼」とかになるんすかね。

一方、きゅーとなラブソングとしては

半端にマニアな寒村で 初めてなめた蜜の味
知っちゃったんなら 頑張れそうです

ってとこの読み方によっては童貞喪失みたいなことをさらっと言っちゃう感じがすごい好き。え、そういうことなの?なんなの?もうっ!って歌詞の解釈をめぐって一人でやきもきします。
博多弁が目立つけど、冒頭の「ツンツンは」の言い方とかも可愛いかよ。おっさんのくせに!むかつく!

剥き出しのロック「遠吠えシャッフル」と重厚な「スワン」の後で軽妙な空気に換気しつつも言うこと言ってやることやってる名曲です。迷曲?銘曲?




13.僕はきっと旅に出る

そしてアルバム締めのこの曲。

旅行会社のCMで使われてた曲で、一聴したイメージでは柔らかく優しく暖かい、スピッツのパブリックイメージそのものみたいな雰囲気に感じます。
ただ、歌詞をじっくり読んでいくとそれだけではない。

これまでの曲の感想でもどうしても触れざるを得なかった震災の影響がこの曲にもやはり色濃く、つらい状況にあって、「今はまだ難しいけど」、それでも旅に出ることへの情景を歌う、復興の歌、という感じですね。

1番では、

星の無い空見上げて あふれそうな星を描く
愚かだろうか? 想像じゃなくなるそん時まで

と歌われているのに対し、最後のサビでは

小さな雲のすき間に ひとつだけ星が光る
たぶんそれは叶うよ 願い続けてれば

と、希望への糸口を見出そうとして終わる。コピペで作られた前向きな応援歌よりも、頼りなげでも優しく寄り添ってくれるこういう歌が私は好きです。

またCメロの

神様じゃなく たまたまじゃなく はばたくことを許されたら

というとこは、突き抜けるような高音の歌声も相俟って切実な祈りのように聴こえてエモいです。

奇しくも、昨今のコロナで旅に出たくても家から出られない日々が続いています。
個人的には現状仕事がなくなることもなく収入は安定して「遊びに行けない」というストレスがあるだけですが、それでも世間の嫌な空気に辟易したりもするので、かつてないくらいこの曲を聴いて泣いてます。
いつかロック大陸へ、そしてファントム追い越して見っけられる日を想って......。




Bonus Track エスペランサ

デラックスエディションのみ収録のボーナストラック。この曲のために通常版の3倍も取られたと言っても過言ではない罪深い曲ですね。

「僕はきっと旅に出る」でアルバムとしてはきちんと完結していますが、この曲のタイトル「エスペランサ」は「希望」という意味らしく、アルバムの内容にも合っているように思います。本編が終わった後のエンドロールのような。

サウンド的には、どこか輪郭のはっきりしないような感じが印象的。インディゴ地平線の「ほうき星」とかに近いような、ぼんやりと白昼夢を見るような不思議サウンドが心地よいです。
サビがない(強いて言えばうぅ〜♪ってとこ?)構成も尖ってて、適当だけどミツメとかああいう最近のインディーロックみたいな洒落た実験性も感じます。

歌詞の内容もなんともぼやっとしてて、でもなんとなく人生についてぼんやりと考えているような感じに聞こえます。
「ガラスの玉」が出てくるんだけど、これが初期の「ビー玉」という曲なんかを想起させますね。あの曲みたいに、玉がなにか魂や命やなんかのメタファーのようにも感じます。
その玉が坂を転がったり割れそうで割れなかったり......。なんだかどっちかというとネガティブ寄りな気が。
でも、タイトルはエスペランサ(希望)。
うーん、不可解。それが面白いんですけどね。ドントシンク、フィール。




Live Track あかさたな

そして、この曲はCDですらなく、特典のライブDVDのみ収録の超レア曲。
まぁ、その後『見っけ』のライブCDにも収録されて聴きやすくなりましたね。わーい。

「りありてぃ」や「グリーン」のような、恋と生の喜びをストレートに歌い上げた一曲。
とにかく明るくって、楽しさと多幸感がヤバいです。でも、Bメロにはちょっと不穏さってほどじゃないけど、悩みの匂いがして、それだけにそれを突き破るサビの楽しさが際立ちます。

「あかさたな浜辺から」「いろはにほへとへとに」といった言葉遊びもスピッツには珍しく、しかしミスチルとかみたいにカッコ良くならないのがさすが(褒めてます)。
ほんとにいい意味で脱力系。可愛い系。しょーもない。いや、褒めてます。

歌詞の全体のストーリーとしては、恋愛に臆病な非モテ男子が恋を知ってしまった......みたいなイメージ。
初期は特にですがスピッツといえば前世とか来世とか前前前世とか言ってるイメージでした。しかし、この曲では

ほら全然ライブな手が届きそうな距離で
今生のうちに会えたハニー 気付いてる?

と、なんと現世利益!

人間になれたベムのフィーリング わかるかな?

人間になってるやないかい!!人間になれないのがベムなのに!!
こういう局所的なネタが恋の浮かれっぷりを見事に表しててすげえや。まぁ、「わかるかな?」って言われてもベムってなんだよって世代ですが。いや昔再放送を見てたからたまたま知ってたけどさぁ。