偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

下村敦史『闇に香る嘘』読書感想文

第60回江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作。

デビュー作らしい詰め込み具合と、しかしデビュー作らしからぬ巧さを兼ね備えていて、各選考委員が絶賛したというのも納得の傑作でした。

闇に香る嘘 (講談社文庫)

闇に香る嘘 (講談社文庫)


27年前、41歳の頃に視力を失った主人公・村上和久。
彼は病気の孫・夏帆のために腎臓を提供しようとするが、検査の結果、移植に不適合だと判明する。
失望しつつ、岩手に住む兄・竜彦にドナーになってくれるよう頼みに行くが、兄は検査を受けることすら頑なに拒否する。
兄は中国残留孤児で、日本に永住帰国した時には和久は既に視力を失っていて、帰国した兄の顔を直接観たことはなかった。
和久は、実家に住む兄は、本当に幼い頃に生き別れた実の兄なのか......?という疑心に囚われてゆき......。



まず、あらすじから分かるように、全盲、中国残留孤児、腎移植といった見るからに書くのが難しそうなテーマが積み重ねられているのがすごい。
巻末には、それらの事項に関する参考文献として、4ページ以上に渡って膨大な量の書名が挙げられています。
また、著者インタビューによると、「以前最終候補に残った時に、映像的な描写を褒められたので、あえてそこに頼らない設定を自分に課したかった」という理由で主人公を全盲にして映像が視えない作品を仕上げたそうです。
賞の応募作なんてものは、受賞しなければ日の目を見ることなく書き上げる努力が水疱に期してしまうもの。
そのことを何度も落選して分かっているはずの著者が、しかしあえてこれだけの手間暇をかけた労作を仕上げて勝負に挑んだ。
本作の内容もさることながら、著者のそのタフ・チョイスの姿勢にこそ一番感動しました。

と、いきなり著者の努力を褒めるという変な感想になってしまいましたが、内容についても触れていきます。



なんせ、上記の通り、語り手である主人公が全盲なため、当然読者も彼の周りで何が起きているのかを視覚的に知ることは不可能。そのため、一種のホワットダニットみたいなことになっていると言ってもいいのではないでしょうか。
それ以前に、そもそも日常のちょっとした外出ですらサスペンスになってしまったり、常に見えないことから来る不安感が漂っていてそれがページをめくる手を急がせます。
だから題材は重いのにラノベかってくらい読みやすくて良かったです🙆‍♂️


ミステリとしては、「兄は本物か偽物か?」という二択の謎がメイン。これまで兄と思っていた男の正体が分からないというのは、シンプルながら人生を変えるほどの大きな謎で引き込まれます。
さらに、点字で打たれた謎の暗号俳句など、細かい謎は話が進むごとにどんどん積み重なっていくから、本筋はシンプルでも飽きさせません。
まぁ、暗号の件に関してはおまけみたいなものでやや異物感がありますが、そこは江戸川乱歩賞の応募作に"点字の暗号"をぶちこむっていう遊び心を愉しみましょう。

そして、最後に明かされる真実はなかなか衝撃的。
いや、ネタとしてはミステリではよく見かける類のものではあるのですが、なんせ演出が見事。
読者に提供される情報がかなり抑圧されている中で、たった一つの事実から今まで"視えていなかった"ものごとが一気に繋がる。そのまさに視界が開ける感覚はまさにミステリの醍醐味。
そしてなんといっても伏線がすごい。
膨大な量の伏線によって真相を支えていて、なんとその大量の伏線が全て拾われた時に「あっ、あの時の!」とすぐ思い出せる。
「あっ、あの時の!あっ、あの時の!あっ、あの時!あっ、あの!あっ!あっ!」ってな具合に超高速で納得させられちゃうんです。伏線大好きミステリファンにとっては至福の時でしょ。


で、ストーリーも素敵です。
伏線が思い出しやすいということは、エピソードが印象的ということでもある。
主人公が兄について調査する過程で出会う残留孤児や戦争体験者の人たちがそれぞれに自分がどんな目に遭ったかを語っていくのが本書の見どころの一つでもあるのですが、それがまたいちいち読んでてつらくなります。
民間人だった人と軍人だった人、みたいに、色んな視点から多角的に描いているのも良い。

ただ、主人公自身は残留孤児ではないため、その辺の描写はあくまで他人の語る話の範囲。
代わりに、主人公は主人公で娘との確執を抱えていて、それが徐々に明かされていくんだけどそれもまたつらい......。自分のせいでっていうのがまた......。この辺は主人公の傲慢さにどれだけ感情移入出来るかにもよると思いますが、個人的にはリアルに身に染みましたね......私もあんな感じなので......。

しかし、(ネタバレ→)最後には謎も全て解けて、だいたいのことは丸く収まり、過去は悲しいけれど未来に対してはハッピーエンドになっている優しさが良いですね。可能な範囲で最大限みんなが幸せになれる結末といいますか



ただ、2つだけ難点を挙げると......。

1つは、ちょっと詰め込み過ぎな感じがすること。
色んな要素をそれぞれ丁寧にしっかり描こうとしてるのは素晴らしいのですが、そのためにかえって突き抜けて印象に残る点に乏しいような気はしてしまいました。
オール4的というか、乱立する題材のどれもが少しずつ心に残るけど、「5」がないというか......。

もう1つは、いっちばん最後の締め方。
主人公が自らの中にある感慨をあまりにもガッツリ説明してくれるので、読者が余韻に浸る隙間が見つからないというか。もう少しあっさりでも良かったかな、と。

とはいえ、それも裏返せば生真面目さの表れとも思えます。
なんにしろ、著者の他の作品も安心して読めるなと、そう思わせてくれる破格のデビュー作。下村敦史氏、ちょっと注目してみようと思いますです。