偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

坂木司『何が困るかって』読書感想文

ほのぼの系のキャラクター系日常の謎ミステリの旗手......みたいなイメージの坂木司ですが、本書はいわゆる奇妙な味ショートショート集。


例えば和菓子のアンや引きこもり探偵、先生と僕なんかのシリーズでも、時折り人間の悪意や世の中の嫌な部分がほんのり見える部分があり、本書なんかは優しさを蒸発させてそんなところを結晶させたようなダークな味わいに仕上がっています。
......といっても、それだけでなく、ほのぼの系とか後味爽やかめのお話もあって、どっちに転ぶのか?ってとこも楽しみの一つだと思います。

また、全体の特徴として、「ママ友との会話」とか「バスの降りますボタンを押すかどうか」みたいな、日常の風景をピンポイントで描いた導入からはじまって徐々に非日常に浸食される......みたいなのが多くて、目の付け所というか、シチュエーションの選び方がとても面白かったです。

一方で、オチの切れ味はそこまで鋭くはないので、スパッとキレるオチよりも、日常をちょっとはみ出した不思議な世界に浸る読み方がオススメ。
たぶん昔だったらあんまハマらなかったと思うけど、歳を取ってこういう作品も楽しめるようになってきたのでなかなか面白かったです。なによりサクッと読めるのが良いですね。


以外、なるべくネタバレにならないようにサクッと各話の感想。
(とはいえ、ショートショートは先入観なしに読むのが一番だと思うので、あんまり読む前に感想読まないほうがいいかもです)





「いじわるゲーム」

坂木さんの作品でおもっくそセックスとかゆうてるのにちょっと引きました。←
お手本のような切れ味鋭いオチからあえてもう少し話を続けることで、サプライズよりもイヤな部分が後を引くようになってるのが悪趣味ですね。いい意味で。



「怖い話」

ちょっと無理やりとはいえ脈絡のない無駄話を一本にまとめる構成が面白い。
淡々と軽妙な、軽薄とさえいえる語り口が気味悪く、はっきりとせず色んな想像をさせられるラスト数行もいいですね。



「キグルミ星人」

短い中で母親になること、ママ友という謎の関係の他人が出来ることの奇妙さを端的に描いていて未婚で男の私からするとひょえ〜という感じ。
作中で男の子の悪意が描かれるんですが、これが非常に頭悪くて(笑)、その後の女の恐ろしさの前振りみたいになってるのが良いですね。
そして、つかみどころのないままに生々しいセックスの快と不快が印象として残る読後感も良い。
懐かしい白昼夢っぽい幻想小説を現代風にやってみた佳品です。



「勝負」

これは「世にも」のギャグ回とかにありそう。
しょーもない勝負を真剣にやってる絵面の面白さは映像映えしそうですよね。
ラストもいかにもそれっぽくてしょーもねえなぁと思いつつ嫌いになれない、むしろ好き。
しかしこういう話って特殊な設定でならありがちですが、ここまで日常の範疇でやっちゃうのは珍しい気も。



「カフェの風景」

これは酷え......。
目の付け所は面白いんですけど、あまりに身も蓋もなくてちょっと......。
なんというか、実際書けって言われたら無理だけど、こんくらいなら書けそうと思っちゃうような、そんな感じです。



「入眠」

打って変わってこれはいいですね。
幻想的で、美しく、優しい。ネタバレになるから何も言えないけど、好きです。



「ぶつり」

まぁ、うん。
色んな「ぶつり」という音を組み合わせながら奇妙な物語が紡がれる。良いです。
ただ、ラストがちょっと安易な気がしてしまう。ここはむしろ一番安易な(ネタバレ→)相手を食わせるの方が良かったのでは。これじゃ無駄に胸糞悪い気がして......。



「ライブ感」

アホすぎる主人公自体が胸糞悪いせいで(ネタバレ→)最後に彼女が酷い目に遭ってもざまあみろと思ってしまう自分がいて、それがまた胸糞悪いという。イマドキを戯画的に切り取る着想も面白いです。



「ふうん」

これは、何だったんだろう......。



「都市伝説」

主人公の喋りだけで進んでく話なんだけど、その主人公がヤバい語り手なので、常に嫌な感じが漂います。しかしイヤすぎてややユーモラスにすらなってるのが面白いですね。ラストはそうなるんだとある種びっくりしました。



「洗面台」

洗面台が語る話。水滴が零れるのを涙に喩えたりとかいちいち擬人化されるのが面白いです。トリック的なのはあからさまですぐ分かっちゃいますが、なんてことないお話が視点で味わい深くなるのは凄いですね。



「ちょん」

奇妙な性癖を持つ男のお話でして、この癖の具体例がいちいちちょっと分かってしまう。そのこだわりの強さだけでも面白いですね。で、最後の方でいきなりBL臭が出てくるのにびっくり。そういえばこの作者そっちの人だったわ、と。笑



「もうすぐ5時」

茶店のやつと同じような作りの話ですが、出来は断然こっちのがいいですね。
同じパターンでも、ラストの1行にあれを持ってくるオシャレさもあり、内容自体も喫茶店のほど下品じゃなく、こっちはなかなか好きですわ。



「鍵のかからない部屋」

常に漂う不穏さ。何が起こっているのか分からないところへ、だいたいのことは説明しつつも余白を残すようなラストの余韻。うん、見事なホラー掌編です。



「何が困るかって」

これは、うーん。正直なところ表題作の器とは思えず......。タイトルのキャッチーさだけでしょ。これ表題作にするくらいなら「いじわるゲーム」とか「キグルミ星人」でも......と思うけど、うん、やっぱ本のタイトルとしては「何が困るかって」が一番しっくりくる気はするからしょうがないか。
なんでしょうね、設定とオチの間に何の繋がりも見出せなかったです。奇妙な設定を解決も回収もせずに全く無関係などんでん返しを持ってこられても、で、指の件は何だったの!?と問い詰めたくなるというか。
茶店のと並んでワースト2トップとさえ思うんですが......。



「リーフ」

ちょっとした不思議現象を使って、結婚や両親との関係をややシビアに、しかし暖かく描いた作品。表題作の酷さに「何でやねん」と思っていたらこれでやられました。良すぎる。



「仏さまの作り方」

これはまた「世にも」風の、奇妙な性癖がだんだんエスカレートしていくお話。
軽い文体でなんとも嫌な感じのサイコ野郎が描かれてるのに世間の評価は読者とは正反対っていう皮肉さが良い。ラストのブラックユーモアと言うには少しだけトホホな、なんとも言えぬ余韻も面白いです。



「神様の作り方」

モロにタイトルの通り、道祖神を作るという着想が面白すぎます。それを現代の都会でやったらどうなるか。これもまた悪趣味な趣味がエスカレートして思わぬ境地にまで至ってしまうという構成で、トホホブラックな読後感も「仏さま」とまさに姉妹編のよう。個人的にはこちらの方が好みですが、最後の2編がきっちり面白かったのはよかったですね。やや玉石混交ではある一冊でしたが、終わり良ければなんとやら。