偽物の映画館

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綾辻行人『Another エピソードS』読書感想文

Anotherを読んだのは確か高校生くらいの時でしたけど、その後続編とも外伝ともとれる本作を実は完全にスルーしていたので、深泥丘続々を読んだタイミングでまとめて読んでみました。


というわけで、外伝的立ち位置の作品ですが、終盤で前作『Another』のネタバレもあるし設定も本書では深く説明されないので、前作を読んでから読むことをオススメします。

で、今作は、Another本編の"あの年"の夏休みに、見崎鳴が避難していた別荘で出会ったもう1人の"サカキ"の物語。
別荘の近くにある湖畔の屋敷で、見崎の親戚の青年・賢木が謎の死を遂げます。そして、見崎はその屋敷で、賢木の幽霊に出会う......という筋立て。

物語は、その幽霊さんの視点で進んで行くのですが、この幽霊の設定というのが、詳しくは書きませんがオーソドックスなものとはちょっとだけ違っていて、そういうところにこだわるあたりホラーマニアの綾辻さんらしくてにやっとさせられました。

あ、余談ですが、ホラーマニアといえば、本作に登場する地名がいちいち来海(ライミ)崎、祖阿比(ソアビ)町、飛井(トビー)町と往年のホラー監督の名前から取られているあたりの遊び心も素敵ですね。Another本編もそうだったのかな......?あれを読んだ当時はライミもフーパーも知らんかったから見落としてたかもですね。

さて、閑話休題

本作は時系列としては、見崎や榊原たちが"現象"に巻き込まれた年の夏の話ではあるのですが、夜見山から離れた場所が舞台のため、作中で直接"現象"の力は働かず、映画の『回転』とか『月下の恋』とか『私はゴースト』のような静かな雰囲気のゴーストストーリーになっています。

その中でやはり"幽霊の一人称"というのが印象的で、賢木青年のお年頃から来る青さや不安定さや死に惹かれる気持ちが描かれています。「死んだらどうなるのか?」という問答から様々な死後観が語られるのも大きな読みどころ。
そして、そんな死への考察の合間合間に出てくる幽霊さんの曖昧な記憶の謎が強烈なフックとなってぐいぐい読まされてしまいます。
って感じで、私がこういうちょっと年齢層の高い青春小説が好きなせいもあるんですが、ミステリ以前に物語としてめちゃくちゃ好きでした。
このシリーズ自体が青春ホラーミステリと呼べると思うんですが、前作はホラーとミステリの比重が大きかったのに対し、本作は青春のウェイトが大きいんですね。
でも、もちろんミステリ的な仕掛けもあって、それが明らかになることでまた青春小説として深いものが見えてくる......という、まさに私好みの作品でしたね。
ミステリとしての完成度としては、Another本編の方がそりゃ上ですが、個人的な好みではこっちのが好きなくらい。Anotherとおんなじ路線を期待せず、あくまで青春小説として読めばこちらも素晴らしい作品なのです!



では以下でネタバレさせていただきまして、本作の仕掛けについてやタイトルの「S」について少しばかり書いてみます。

























はい、ではネタバレ。

本作のトリックは、幽霊=想くんというものでした。
これが、ぱっと見の感覚的にはインチキくさく感じられてしまうのですが、それ故にフェアプレイが徹底されていて、最後の榊原くんの解説によってそのことが示されると、「インチキくさいとか思ってすんませんでした!」という気持ちになります。

まず、最初に「僕=賢木晃也」「僕は"死者"である。このことに間違いはない」という綱渡りをぶっ込んでくるのが大胆不敵ですね。
これは客観的には事実ではないけど、語り手の賢木の幽霊(in 想くん)にとっては紛れもない事実だから、一人称の中でだけは虚偽の記述には当たらない、という、ね。
しかし、それだけだとやはりアンフェアではないまでもちょっとズルくさい感じはしてしまうもので、著者はそれすら回避するためにあの手この手で伏線を張り巡らせていました。
この切ない物語に後付けの解説も野暮とは榊原くんも自分で指摘していますが、やはりそれがあることで本作がフェアな本格ミステリとして構築されていたことが分かるので致し方のないところでしょう。

まずは、榊原がまとめた幽霊の登場に関するルールによって、何でもあり感が多少なりとも薄らぐのが上手いところ。
そうしておいてからに、どうして想が自らを賢木の幽霊だと認識するに至ったかという一種のホワイダニットの部分を、各章冒頭の会話文という伏線から読み解いていくのがユニークなところで......。
それまでは死に魅入られた青年というキャラクターに詩情を与えるための描写としか思っていなかったものが、全て心理的な伏線としてあのトリックに繋がっていく様にはぞわぞわと鳥肌が立ちました。
そして、真相が明かされてみると、そこには唯一憧れることができる大人を失った少年の孤独というもう一つの物語が、賢木青年の死というこれまで見えていた物語と二重写しになってより深い余韻を齎す。これぞ、ミステリと物語のマリアージュ!!

そして、幽霊の記憶が曖昧な謎が解かれた時、それでも賢木晃也本人の中で本当に曖昧になってしまっていたたった一つの最も大切な記憶、それがAnother本編の設定によって解き明かされることで、"死者"への恋というあまりにも切ない恋の物語までもが浮かび上がってくるっていう......。技巧的なミステリでありながら、あまりに詩的な青春小説でもあった、まさに、ミステリと物語のマリアージュ!!(大事なことだから二回言うね)

というわけで、Another本編に比べて短くあっさりとしたお話ではありますが、だからこそ忘れがたい一夏の経験として胸に染み渡る、偏愛の一冊となりました。

最後に、タイトルのエピソードSの「S」とは何だったのかについて。
なんせ作中では特に言及されないので想像するしかないのですが、まずは登場人物たちの名前ですね。
サカキとソウ、二重写しに描かれた2人の主人公たちのS。そして、描かれないことでむしろ誰よりも強い印象を残したサツキという少女のS。
また、一夏の物語、SummerのS。
海辺の別荘、See SideのS。
章題にもなったSketchのS。
見崎の目に見えるもの、SeeのS。
自ら死を選んだ賢木のSuicideのS。
無理やりだけど、本書のテーマである「死」のS。ローマ字ですけど。
あとこれは牽強付会ですが、賢木の幽霊は読み終わってみればGhostというよりも想くんの心に落ちたShadowのようでもあり......。

このように、本書の中で「S」の付くいくつものワードが重要な意味を持っており、何か一つのことをもって「S」というよりは、全体に「S」がどこか暗合のように通底しているように感じました。
このちょっと曖昧だけど意味深いタイトルもまた本書の雰囲気にぴったりで、ふわっとしながらも細く長く糸を引くような余韻が残る、そんな傑作でした。




余談ですが、鳴ちゃんが途中で事故って「夜見山じゃなくてよかった」って言うシーンが、ツイッターで流行った #Anotherだったら死んでた のセルフパロディみたいで笑いました。作者もあのハッシュタグがんがん使ってたから多分意識してるよね。