偽物の映画館

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綾辻行人『深泥丘奇談・続々』読書感想文

深泥丘奇談連作の第3集にして一応の完結編です。

完結編とは言え、内容にそれらしさは薄く、あくまでいつも通りの異界京都での日常を描いた"奇談"になっています。

深泥丘奇談・続々 (角川文庫)

深泥丘奇談・続々 (角川文庫)


ブログで紹介するのは初なので一応説明しておくと......。
ぐらあぁっという強い眩暈をスイッチに異界へ誘われる、という古式ゆかしい型を使って、毎話著者自身をモデルにした「私」が少し不思議で、不気味で、不穏な出来事を体験する(でも結構すぐ忘れる)というシリーズなんですね。
というわけで全体の繋がりなんかも明確にはないけど、一応けけけの子供だったり、ホテルだったり、終盤の猫だったりといくつかの短編で共通のモチーフもあったり、これまでのシリーズに出てきたものが出てきたり、シリーズキャラクターの意外な事実が明かされたりもして、ゆる〜〜く繋がった、まぁそれもいつも通りですが、そんな一冊です。

では以下で各話のちょっとした感想を。



「タマミフル」

冒頭でゴブリンのサントラ盤を聴きながらドライブしちゃうあたりが綾辻節全開で、個人的に綾辻作品久々なので「相変わらずだなぁ」と嬉しくなりました。
不気味な子供、猿の群れ、そしてタミフルならぬタマミフルといったものたちが、ミステリのようには絡み合わないながらも連想ゲームのようになんとなくイメージが結びついて、不気味なような不思議なようななんとも言えぬ読後感が残ります。
うん、怖い、というにはそこまでヤバいことは起きないし、主人公夫婦の長年連れ添った距離感にはほっこりするし、不思議、としか言いようがないですよねぇ。
そう、この不思議さこそが、深泥丘奇談。



「忘却と追憶」

あまりにも奇面館に引っ張られすぎてて笑いますが、幻想小説版の奇面の物語もまた良いっすね。
周りは普通に受け入れているのに、自分だけが何かを忘れている、ような気がする、という展開は本シリーズの醍醐味ですね。
仮面の材料の話とかオチとかは冗談のようにも思えるし、冗談なのか本気なのか判然としないのらりくらりとした読み心地が素敵です。



「減らない謎」

一方でこれは冗談以外の何者とも思われぬお話です。しかし、ユーモラスとかコミカルとか言うよりも滑稽、という表現が似合いそうなあたりは流石。
なんせ、"減らない謎"自体がわりとしょうもない。でも本人がかなり本気で悩んでるのに微笑ましいような可笑しさを感じます。
その真相も、ある意味ミステリとして合理的な形ではあるんだけど、あまりに馬鹿馬鹿しいような光景がむしろ脳裏に焼き付いて離れません。とある映画のタイトルが出てくるのも笑いました。それのためにあの映画のアレをやるか!とw



「死後の夢」

これはもう冗談というか悪ふざけのような......。それでもこの文体で書かれると変に浮いたりもせずちゃんと深泥丘奇談ブランドになるあたりは凄いですよね。オチ自体は世にも奇妙な物語のギャグ回とかでありそうですけどね。
最初はいかにもホラーっぽいんですよ。設定の不穏さと起こる出来事のの不気味さがただならぬ雰囲気を醸し出してたりもするんですよ。でも、話が進むにつれてだんだんふざけ出して、"真相"では大脱力!
まあでもこういうアイデア一発のバカミスみたいなの嫌いじゃないっすね。笑っちゃえばこっちの負けですからね......。




「カンヅメ奇談」

打って変わってといいますか、とあるホテルの秘密の部屋を巡る正統派なホラーとも呼べそうなお話です。
秘密の部屋へと入って行くシーンは普通に怖かったです。このシリーズで普通に怖いってのも珍しいくらいですよね。
でも、やっぱカンヅメって憧れますよね。出版社持ちで数日間ホテル暮らしできるなんて最高じゃないっすか。私もホテルで暮らしたい......。



「海鳴り」

本シリーズ全体の謎にまつわる重要なエピソードっぽいです。
妻の入院中に家で見つけてしまった××と、海鳴りの音がするビデオとが交互に描かれる話で、特にオチとかはない、いやそれを言ったらこのシリーズにはっきりしたオチのある話も少ないけどそれにしても......なんだけど、雰囲気だけでも楽しめるーーーというのはファンの欲目かもしれませんが、ともあれよく分かんなかったです。←おい
小野不由美氏関連の小ネタには笑いました。羨ましい夫婦仲ですね。



「夜泳ぐ」

ホテルの会員制プールで泳ぐというカンヅメと姉妹編のような話。
やはりカンヅメのやつと同じように、プールで遭遇する出来事は普通に怖いです。しかし、そこで普通のホラーに終わらずにラストの幻想的な光景まで持ってっちゃうあたりがすごい。なんなのかよく分かんないけど印象的でしたね。



「猫密室」

これはまた冗談のような......というか、あとがきを見るとまじで道尾さんや辻村さんと会った時の冗談から生まれたアイデアらしいです。
ミステリ作家が短編の構想を寝るという、ある意味ミステリファンには嬉しいお話で、構想という形で一応「猫密室」という短編ミステリのなんとなーくの流れが読めちゃうのも嬉しいのですが、これは実際の作品としての「猫密室」を読んでみたくなりなりますね。面白いのかどうかはわかんないけど......。
そして、シリーズ初期のような無邪気にぶん投げるオチも嫌いじゃないです。



「ねこしずめ」

というわけで、これがシリーズ最終回。
そのせいかどうか、なかなか気合の入ったお話でした。
「私」だけが知らない(忘れている?)町のイベント......という、おなじみの発端からはじまり、その「ねこしずめ」というイベントを体験するという、シリーズの型に則った展開。その中で移り行くビジュアルイメージがいずれも強烈で面白かったです。特にラストのアレは、某人気C級映画シリーズを彷彿とさせます(爆笑)。綾辻さんなら観てそうな気がするしなぁ......。
そして、その裏にシリーズ全体の結末としての役割も含んでいる本作。
謎めいていたあの件についての意外な事実が明かされつつ、明かされたからといって何かが分かるわけではない、むしろ謎が深まっていく不思議さが最後まで奇談らしくて良いですね。
そしてもう一つ、第一集の最初に戻るかのような結末で、シリーズ全体が閉じた輪のように見えてしまう構成も、らしい。
というわけで、最後までらしさ満点、しっかり雰囲気が統一されていて、一度足を踏み入れたら出られない深泥丘ワールドを堪能できる良いシリーズでしたね。

まぁ、正直個人的には綾辻さんのミステリもそろそろ読みたいところではありつつ......しかし、これはこれでね、他では味わえない稀有なシリーズでしたので。
あと最後だしシリーズ中のお気に入り短編ランキングでもしたかったけど、前の2冊がすでに忘却の彼方ですからね......。いや、確かに以前けけけ読んだ......気はするのですが、嗚呼、なんだかここのところ妙にけけけけ記憶が曖昧でーーー