偽物の映画館

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小川勝己『イヴの夜』読書感想文

非モテ青年の光司にやっとできた恋人・真由子。しかし、彼女は何者かに殺された。
一方、デリヘルに勤めるひとみは、店の運転手の男に淡い好意を寄せるが......。

上手く生きられない2人を描いた、号泣必至の切ない極上ラブストーリーです。

イヴの夜 (光文社文庫)

イヴの夜 (光文社文庫)


というわけで、小川勝己作品の中では近作に当たる本作は、殺人事件こそ起こるもののミステリではなく、恋愛小説や人間ドラマと呼ぶべき作品になっています。
そのためか、ストーリーは非常にシンプルで、今までに読んだ『眩暈を愛して夢を見よ』『撓田村事件』などと比べるとやや物足りなさがあるのは事実。
しかしその分、小川勝己らしい童貞的情念の奔流をストレートに浴びることができ、小川作品の中でミステリ部分よりそういう部分が好きな人には堪らん作品だと思います。
ただ、シンプルなストーリーとは書きましたが、それでもそこは小川勝己で、主役の2人が出会って恋に落ちて......みたいな普通の展開には全くならないとこが面白かったです。



主人公は光司とひとみの2人。

光司は、冴えないコミュ障として生きてきましたが、数合わせのために無理やり連行された合コンでなんと人生初の彼女が出来ちゃいます。浮かれてその彼女・真由子とクリスマスイヴの予定を立てますが、イヴを迎えることなく真由子は何者かに殺害されてしまいます。
もうね、この辺が非モテ的には凄いわかりみがあるといいますか。初めて彼女できちゃったときの浮かれるよりも更に強く「え、うそやん勘違いやん」みたいに思っちゃうところなんか凄いリアル。私の場合は本当に勘違いだったんですけど、本書ではどうなのか......?というのが彼女が亡くなってからの主軸になっていきます。
光司はそのコミュ障っぽさから、彼女を失っただけではなく、その犯人かのような扱いをマスコミから受けることになります。
この辺の、マスコミの奴らの胸糞悪さや、現実と妄想の境目が曖昧になっていくあたりはいかにも小川勝己らしさ満載。

一方、ひとみのパートはというと、こちらもまた酷く鬱屈としてます。
彼女はもう光司に輪をかけてのコミュ障でして、心の中では色々言ってやろうと思いつつ、いざ話を振られると相槌打つので精一杯といううだつの上がらなさ。しかし考えてることは意外と辛辣だったりもするので地の文とセリフのギャップが面白くて応援したくなりますね。あと、にんにくのくだりのダメ人間っぷりもとてもリアルで仕事できない人間としては共感しちゃいます。
で、彼女のパートでは光司の方みたいに大きな事件は起きないのですが、その分ヒリヒリとリアルな閉塞感があってこちらもまた、小川勝己らしさでしょう。


というのが、第1部までの感想なのですが、第1部のラストで2人が出会ってから、第2部の展開は、つらさはあっても2人が前に進もうとする様にほのかな希望も感じられるラブストーリーに変わっていくのです。

ひとつだけネタバレで書いちゃうと、(ネタバレ→)第1部の最後の方で、真由子も光司のことを愛していたことが地の文ではっきりと描かれるのが凄いです。
光司はそんなことを知る由もなく「まゆは本当に僕のことを好きだったのたろうか?」などと悩むわけですが、読者にとってはそのことはまぎれもない真実であるため、「光司は本当はストーカーなのでは?」「真由子は実在するのか?」といった余計な(従来の"小川勝己らしい")混乱をせずに済み、
第2部はストレートに純愛物語として泣けちゃう仕様になっているのです。

それでも終盤にはなにやらミステリっぽい展開もあるのですが、個人的には正直ここはまじどうでもよくて、むしろ安っぽくなるからいらない気さえしました。そのぐらい、本書はミステリという枠を外してただの恋愛小説として素晴らしい出来栄えなんです。
考えてみると作中ではほとんど負の感情ばかり描かれるのですが、そこに人生でたった一度の本当の恋というものが加わるだけで負の感情全てが反転して美しくなっていく......そんな負け組のための号泣必至な純愛ラブストーリーなのでした!!うん、エモいね。