偽物の映画館

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道尾秀介『カササギたちの四季』読書感想文

My道尾リバイバルブーム第3弾は、ミステリ界隈でも話題になったこの作品。

リサイクルショップを営む華沙々木と、その友人で唯一の店員である日暮、そして店に入り浸る中学生の菜美ちゃんの3人が四季折々に出会うちょっとした事件たちを描いた日常の謎連作短編集です。

カササギたちの四季 (光文社文庫)

カササギたちの四季 (光文社文庫)


さて、そんなわけで日常の謎連作なんですけど、本書の"とある趣向"が発表時にミステリファンの間で話題になりました。
その趣向というのが、名探偵・華沙々木が披露する誤った解決を、助手の日暮くんが真実に見えるように手回しをしていきつつ、ちゃんとした真相も見つけるという、麻耶雄嵩ばりの探偵/助手関係のヒネリなのです。
で、どうしてそんなことをするのか?ということは本書の第1話を読んでいただけば分かりますが、そこには道尾さんらしい心温まる理由があって、いわば麻耶雄嵩に人情味が宿ったような作品と言えるでしょう(麻耶にたいへん失礼)。

また、各話の内容も非常にハートウォーミング。ミステリとしても、あっちょんぶりけなはちゃめちゃダミー解決の後で、それ以上の意外性はありつつ説得力もある真の解決、というのを短編のサイズでやっちゃうのがとても技巧的。
......でありながら、日暮くんの地の文での語り口や主人公たちの会話には泡坂妻夫を彷彿とさせるような惚けたユーモアがあります。米澤穂信の解説の言葉を借りれば、技巧的なのに斧鉞の跡が見えません。この、涼しい顔をしてさらっとすごいことをやってのけるあたり、道尾秀介のあの整った顔に滲むドヤ顔を想像してしまって悔しいかな惚れ直しました。道尾ファンでいてよかった!
ついでにもひとつ、米澤穂信の解説から、本書の、ひいては道尾秀介という作家の魅力を見事に言い表した評があるので引用しておきます。

かつて私は連城三紀彦の小説を読み、ミステリであることは小説としての何かを諦めなければなさないことを意味しない、と思った。
いま道尾秀介を読み、同じことを再び確信している。

とか言ってる米澤さんの作品もそんな感じだと私は思いますが、ともあれ若い世代の作家さんたちがこうして連城三紀彦のような魅力を持ちつつ独自の作風を確立したミステリ小説を書いてくれていることは、いちミステリファンとして幸せなことだと実感します。

では、以下各話の感想を少しずつ。





「鵲の橋」

リサイクルショップ・カササギを訪れた怪しい子供と、倉庫で燃やされた鳥の像。頻発する怪事を調べるうち、華沙々木たちはとある一家の遺産相続争いに首を突っ込むことになり......。


第1話ということもあり、キャラ紹介的な側面もあるお話です。
序盤で、語り手の「僕」こと日暮くんが調査のために「自分には子供がいる」と嘘をつく場面があります。彼がその嘘で言った子供をだんだん実在するように感じて、事件関係者に子供をディスられて思わず「うちの子は心優しい子なんですから!」みたいにキレるところが最高でした。道尾作品に通底し、本書のテーマでもある「嘘」を使って惚けたユーモアのある心地よい空気感を初っ端から見せつけて一気に彼らに愛着を湧かせてくれる見事な"つかみ"ですよね。
で、事件の方ですが、こちらは本書の中では一番微妙に感じてしまいました。事件自体の魅力もそんなにだし、ダミーの解決がそこそこ真っ当でバカミスっぽさが薄いです。とはいえ真の解決は意外性と切なさを両立したもので、何とも言えないラストの余韻の中に浸ってしまい次の話を読む前に一息つかなきゃいけないハメになりました。微妙って言ったけどキャラ紹介の第1話としては素晴らしいと思います。





「蜩の川」

山奥にある木工所に、新弟子となった若い女性・早知子の部屋の家具を配送しに行った華沙々木たち。彼らはそこで神社から加工を依頼された御神木が傷つけられる事件に遭遇し......。


はい、ここからが本番とばかりに一気にクオリティが上がってきます。
この話では家を飛び出して男ばかりの木工所に弟子入りし、ついに夢を叶えて本弟子になれた早知子という女性が登場します。
日暮くんが彼女を気にかける時の、恋愛とはまた違うけれどそれにも似たところもあるような微妙な気持ちというのが描かれていて胸がしめつけられましたね。道尾氏、こういう名前のない関係を描くのも上手いですよね。
そしてダミー解決と真相のバランスも絶妙で、華沙々木の推理でバカミス的トンデモ感を楽しんだ後に、真相では人間の心の複雑さを見せつけられてめちゃくちゃ納得するという、ミステリとしても文学としても2度美味しい解決になってます。こんだけ方向性の違うネタを1話にさらっと納めちゃうのが凄いですよね。
そして、ラストシーンの余韻もばっちし。思わず次の話を読む前に一息コーヒーブレイクを入れてしまいましたよ。





「南の絆」

1年前、菜美の母親は、別れた夫の家具などを二束三文で売るために華沙々木たちを呼んだ。父親のものが売られていくことに不満を持つ菜美を見て罪悪感を覚えつつも買取を済ませた華沙々木たち。その夜、菜美の家に泥棒が入る。しかし、盗まれたのは猫だけで......。


華沙々木たちが菜美と出会うきっかけとなった事件です。
まだ華沙々木たちのことをよく知らない菜美ちゃんのツンケン具合が可愛いですね。道尾さんツンツンした女の子描くの上手い。
で、菜美が抱えているものというのも明かされるわけですが、最初は、例えば他の道尾作品に出てくる女の子たちに比べて思ったほど重くないことに肩透かしを食らったような気にもなりました。しかし、彼女はまだ中学生。リアルに中学生の頃に、しかもそれまではめちゃくちゃ幸せな家庭だったのにこんなことが起きればそりゃつらいよね、と。冷静に考えてみれば、他人の不幸と比べて大したことないと思ってしまった自分の不明が恥ずかしいですね。ともあれ、これで日暮くんの"動機"もはっきりして、これまでのお話にもまた深みが増してくるのが素敵。
事件の方はと言いますと、これもダミーの解決にいい意味でのトホホ感が強くて、真相はハートウォーミング系なギャップが楽しい話であります。日暮くんの暗躍具合が一番凄い話でもあるかな。





「橘の寺」

いつもの和尚から「寺にみかん狩りに来ないか」と誘われた日暮は、胡散臭さを感じつつも3人で寺へと向かう。その夜、大雪のため寺に泊めてもらった彼ら。そして、朝目覚めると、寺に泥棒が入り、和尚が大切にしていた貯金箱が割られていて......。


型があれば最後は崩すのが連作短編集の面白さでありまして。冒頭からいつもとはちょっとだけ違う展開で、黒幕的存在(と言うにはあまりにほのぼのとしてますが)である和尚さんが満を持してがっつり登場するわけです。
なんせこの人がたぶん本書の登場人物でも一番キャラが濃いので、この話に至ってはほぼ常にコメディ調でめちゃくちゃ面白かったです。この感想の最初の方で本書の全体の雰囲気を泡坂妻夫のようなユーモアと書きましたが、この和尚さんこそ特に泡坂キャラっぽい味わいがありますよね。丁々発止のドタバタを繰り広げつつも、和尚の過去にちょっとしんみりしつつ、でも油断はならぬ......というあまりに平和的な疑心暗鬼が最高です。
ミステリ部分に関しては、こちらも型を崩してきたと見せかけて......というちょっとしたズラしの遊び心が良いですね。
で、やっぱりしんみり泣かせてくれつつ、最後の最後に本書で最大の嘘の存在が仄めかされ......と、各方面への余韻が幾重にも残る素晴らしい最終話でした。



読み終わった寂しさでどうしても続編を期待しちゃいますが、作者本人は一度完結した話の続編はあまり書きたくないと公言しています。でも私はもうすっかりハマってしまったので「そこをなんとか」と道尾秀介を締め上げて続編書かせたい気持ちでいっぱいです。ミザリーみたいに。