偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『水の柩』読書感想文

というわけで、道尾熱が再燃したことによる道尾秀介強化月間の第2弾です。


老舗旅館の息子の逸夫は、中学校の文化祭をきっかけに同級生の敦子と親しくなり、彼女にタイムカプセルに入れた手紙を取り替えるのを手伝ってくれと頼まれる。普通な自分の退屈な生活に倦んでいた逸夫はその頼みを受けるが、敦子にはある思惑があった。
一方、逸夫の祖母のいくは、とあるきっかけか、ダムの底に沈んだ故郷での過去に囚われ憂鬱な日々を過ごすようになる。
祖母と敦子の過去が、やがて逸夫の人生をも変えていき......。

水の柩 (講談社文庫)

水の柩 (講談社文庫)


もうね、小説が上手いとしか言いようがないですよね、道尾先生。
本書は少年とその周りの人々との交流を描いた、言っちゃえばわりと地味な話。それでもここまで一気に読ませて最後には泣かされちゃうんだから、もう、上手いですよね。

本書は別にミステリーではないと思いますが、冒頭で話の本筋の出来事から1年近くが経った時点からはじまり、不穏な感じの仄めかしをしつつ本編に入る......という、広い意味でミステリー的なフックが初っ端から仕掛けられていることで一気に読めちゃう。このへんのミステリ作家としての技術を駆使して小説を書いてるところが道尾さんの良さですよね......。よい......。

で、本筋の方はと言いますと......。

まずは、ロケーションが良いですよね。
山の中の、温泉だけが取り柄の田舎町にある老舗旅館。そして、山のさらに奥にある、祖母の育った村を飲み込んだ巨大なダム......。
主人公は自分の退屈な日常を嘆いていますが、彼にとっては退屈でも読者からしたら旅館の息子の普通の日常ってだけで非日常ですからね。

で、そんな彼の退屈な日常に、2つの事件が降りかかります。
ひとつは、同級生の敦子とタイムカプセルを掘り返すことになること。
もうひとつが、祖母の過去に関する話を聞いてしまい、祖母と気まずくなること。

どっちもそうドラマチックとは思えない出来事ですが、しかし道尾秀介はこの2つの出来事を大冒険のような魅力を持って描いていくのです。

まず敦子の件については、自殺を考える敦子の気持ちに逸夫は気付けるのか、というところでハラハラさせつつ、逸夫視点からは退屈な日常に訪れるささやかな冒険へのワクワクも伝わってきます。
で、彼と彼女の関係性がまた良いんですよね。恋ではないんだけど、なんか気にしちゃう感じ。2人でいるとちょっと気まずいけど、居心地は悪くない感じ、といいますか。分かりやすい名前が付かない関係だからこそ、2人がどうなっていくのかこっちも気になっちゃうんですよね。良い。

そして、婆さんの方はもう婆さんのキャラの濃さが良いっすわ。騒がしいんだけど、その言葉にはなんか納得しちゃうような説得力があってこの人が騒ぎ出すとついにやにやしちゃいます。それだけに気落ちした後との落差もあって、逸夫の日常にぽかっと喪失感を穿ってくれます。この婆さんの不在感がシリアスな引きとなってページをめくらせてくるわけですね。

そして、敦子といく婆さんの2人のドラマが合流するクライマックスは地味に圧巻。
婆さんの過去が感情をぶち揺さぶり、敦子の未来が疾走感を持って迫ってくる。その果てにあるあの光景は、映像だけ考えたら馬鹿馬鹿しいようなものですが、ここまで彼らの心情を読んできたことにより、すっと受け入れられてじわじわと感動が広がっていきます。
完全に泣ける話なんだけど、でも登場人物たちがわざとらしくお涙頂戴してこないあたりも真摯さを感じます。
また、ミステリ読者にはすぐ分かってしまうものとはいえ、さらっとミステリ的な技法も入れ込んでくることで一捻り加えるあたりも器用ですよね。
全体にかなり切ない話ですが、それでいて後味が悪いとは思えない、絶妙な畳み方がまた上手くて、うん、やっぱり道尾秀介は小説が上手いんだと思わされました。