偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

道尾秀介『透明カメレオン』読書感想文

中学生の頃にハマった道尾秀介ですが、このたび例によってひさびさに読みました。

本作は、道尾さんの作家生活10周年記念作品と銘打たれていて、彼が初めて読者のために書いた小説でもあるらしいです。
最近はご無沙汰でしたが一応昔からのファンとしては感慨深く思って読んでみたのですが......。

透明カメレオン (角川文庫)

透明カメレオン (角川文庫)


主人公はラジオパーソナリティの恭太郎。
ある日、行きつけのバー「If」で謎の美女・三梶恵に出会う。誰もが振り向く美声に反して平凡以下な容姿の彼は、番組のファンであるという三梶を幻滅させないため咄嗟に美男子でオネエのレイカさんのふりをしてしまう。しかし、その後、「If」の常連メンバーともども三梶の謎の計画に巻き込まれるうちに、恭太郎は彼女に惹かれていき......。


というわけで、記念作品ではありますが、いい意味でそこまで特別な内容でもなく、いつも通りにいつもの道尾作品らしさがてんこ盛りな、そういう意味では集大成と呼べなくもないかな〜って感じの作品でした。
ただ、もちろん面白さもいつも通り抜群に面白いです!
雰囲気としては『カラスの親指』に近い感じの、コミカルで一般人がドタバタしながら作戦を遂行していくお話。
ただ、『カラスの親指』ほどコンゲームっぽさはなく、むしろしょーもない作戦を通じてヒロインへの恋心を強めていく主人公に感情移入して一緒にドキドキしちゃえるのが一番の見どころだったりします。だからミステリーっぽい要素もあるけど主眼は恋愛小説であり家族小説ってとこにあります。


そして、本作のモチーフは「ラジオ」「バー」、またテーマは『嘘』

解説で放送作家鈴木おさむ氏が言っているように、「ラジオ」や「バー」で出会う仲間たちの、実生活とは離れてその場のその時間だけを共有することの心地よさがたまらんですわ。
私はバーなんて小洒落たところには行ったことがないのですが、映画や小説ではたびたび疑似体験して憧れを抱いています。ラジオに関しては、最近は聞かないけど中学の頃は毎日聞いてたし、大学時代の精神的にしんどくてあんまり本を読む気にもならずテレビもうるさいからマツコデラックスの番組くらいしか見れなかった時期なんかにもお世話になっているのでそれなりには思い入れがありまして......。そんな、個人的になかなかドンピシャなモチーフだったので最初からもう引き込まれてしまいました。
で、作中の章が変わる部分でちょいちょい恭太郎の番組の中でのトークが抜粋で挟まれるのですが、これがまぁほんとにラジオっぽいんですね。ほんとに実際のラジオの放送を文字起こししたよう。ラジオ特有のあのちょっとキザで流れるような語り口調って文章で再現するの難しそうに思うんですが、そこはさすがに道尾秀介ですよね......。もう、文字を読んでいるというより声を聞いている感覚で読めましたもん。
こういう技術もあるから余計にラジオというモチーフが読者の心にまで響いてくるわけですよね。うまいなぁ。
(ちなみに全くの余談ですが、「ラジオ」「バー」が出てくるミステリ小説では島田荘司の「糸ノコとジグザグ」という作品も好きです。これもとても味わい深い短編)。


で、本書のテーマは『嘘』です。
というか、道尾秀介の作品はたぶん全て嘘がテーマなのではないでしょうか。それは人を傷つける嘘だったり、あるいは救いとなる優しい嘘だったりしますが、とにかく『嘘』に関する小説を書き続けてきた道尾秀介が10周年記念作品としてこのとびっきりの嘘の物語を書いてくれたことがファンとして嬉しい限りです。

そもそも、ラジオやバーという実生活とは少し遊離した場所は嘘をつくのに適していて、じっさい恭太郎はラジオで嘘のエピソードばっか語ってるし、「If」での三梶恵との出会いもまた嘘から始まるものでした。
そして、最後に明かされる嘘がまたすごくて、初期作品のようなダイナミックな驚きの中に作品のテーマが凝縮され、さらに深化していく......そんな道尾秀介らしい感動の結末になってます。これは泣くわ......。

また、こうしたテーマは実はけっこう重いのですが、それはそれとして話はとても軽妙なのが一番の魅力ですね。
「If」の面々は各々個性的ですし、ヒロインの三梶恵がまた可愛い。道尾さんってこう、男の理想なんだけどあり得なすぎてキモくはならない感じの絶妙に可愛い女の子を描くのが上手いですよね。こんな子が家に転がり込んできたらそりゃある意味とても迷惑ですわよね。あのドキドキ💕なシーンがほんと好きすぎてやばかったですw
なにより、そうした軽妙な語りにならざるを得ない3枚目主人公の恭太郎が魅力的で、こういう応援したくなる主人公だからこそ彼の周りで起こることに一緒に笑ったり泣いたり出来ちゃうわけですよ。うん、やっぱ最高の小説ですわこれ......。

てなわけで、そう、本書はドタバタ(ラブ)コメディであり、バーとラジオへのラブレターのような小説でもあり、広い意味のミステリーとしても素晴らしい完全無欠の小説なのです!
久々の道尾作品で完全に熱が再燃してしまったのでこれから未読のを一気に読んでいく所存です......。