偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

倉野憲比古『スノウブラインド』読書感想文

昨今では珍しく新人賞などは取らずに本書でデビューし、その後もう一冊だけ長編を上梓したっきりの幻の探偵作家、倉野憲比古。
ずっと前にフォロワー氏に勧められていたものの文庫派だからハードカバーはなぁ......などと言っているうちに読む機を逸していた本書ですが、ようやく読了しました。

スノウブラインド

スノウブラインド


探偵小説かホラー映画にでも出てきそうな、ドイツ現代史の権威・ホーエンハイム教授の屋敷・"蝙蝠館"。教授のゼミ生である根津、夷戸、秀美、杏子の4人は、卒論の口頭試問を兼ねて教授の屋敷に招待された。しかし、屋敷が雪に閉ざされた夜、謎めいた密室殺人が起きて......。


さて、最近個人的にミステリ離れが進んでいるので、広義のミステリーは読んでもここまでガチガチにミステリらしいコードがぶち込まれた作品は長編だとほんとに久々。
とはいえ、本作はほんとにオーソドックスなミステリというわけではなく、どちらかと言えばイロモノ・キワモノの部類に入る作品ではあります。その辺は後で詳しく触れるとして、それでもキワモノだからこそミステリへの......というよりは、怪奇探偵小説への愛に溢れた作品で微笑ましく読ませていただきました。

さて、キワモノとはいえ前半はほんとにオーソドックスな館もののフォーマットに従って進んでいきます。
個性的で記号的な学生たちと、存在感のある教授。悍ましい過去を持つ土地にある、ホラー映画に出てきそうな屋敷。外界との接触を断つ雪に、密室殺人と心理学、悪魔学、ドイツ現代史といった衒学趣味......。
ああああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜騒ぐ〜〜〜〜怪奇探偵小説ファンの血が騒ぐぜ!!!
しかし、ペダンティックとは言っても『黒死館殺人事件』のような読みづらさは一切なく、文体は平易で内容もそこまで難しくはないので一気に読めちゃいます。その辺物足りなさを感じる人もいるでしょうが、さらっと読めて雰囲気は古き良きそういうミステリの薫りが楽しめます。
また、映画マニアの根津さんによりホラー映画ネタも満載で、知ってるとこだとノスフェラトゥとか、ダリオ・アルジェントなんかも出てきて嬉しかったですね。



まぁ、そんな感じで前半はわりと普通の館ものなのですが......。

とある時点で、完全にミステリからホラーになっちゃったみたいな出来事が起こり、そこからは一気にカオティックな展開になっていくのが刺激的。やっぱり私くらいになるともう普通のミステリには飽きちゃってる感じもあるからねぇ、うん。

ま、冗談はさておき、後半になると一気にメタミステリ、アンチミステリの容貌を露わにします。
一応事件自体のトリックなんかもあるのですが、これなんかはなかなかトンデモなシロモノ。私なんかは冗談みたいな馬鹿げたトリック大好きだから楽しめましたが、しかしバカトリックと評するにはすこし地味な気はしますね。
ただ、作中で語られる「『新青年』の時代の探偵小説のめちゃくちゃさが好き」みたいな話を見ると、たしかにいかにもそういう感じのトリックでありまして、その時期の探偵小説へのオマージュとしてはよくできていると思います。何より、トリック自体に一種の詩情があるのが素敵。好きなものを詰め込んだような無邪気な遊び心ににやっとさせられちゃいました。

そして、核心の部分については以下でネタバレ感想をば......。



























というわけで、悪魔に憑かれたり狗神に憑かれて空中を浮揚したりといった映像的な幻想にぞくぞくしていると、ついには時が巻き戻り始め......という部分の超現実感、虚構の中で遊ぶ感覚が素晴らしく、そこからのオチもまた......。

そう、一言で言ってしまえば本作は「夢オチ」なわけですが、夢オチであることに対して説得力がしっかりあるので、「なぁんだ夢オチかよ〜」では終わらない異形の探偵小説、奇書っぽさが出ていると思います。
なんせ、今まで探偵小説のギミックの中で遊んでいたのが犯人の告白の重さでハッとさせられるあたりがいかにも。その告白の内容自体はとんでもないものなのですが、しかしそこに狂気の熱量と強烈な切なさがあるので、思わず彼女の話に引き込まれてしまいます。
彼女、といえば、本作には2つの叙述トリックが仕掛けられていたわけですが、最近読んでなかったからかもしれませんがどちらもまんまとハメられてしまいました。で、秀美の関する性別誤認トリックで「なんだ、しょうもねえなぁ」と思わせておいて、すぐ後で本丸の教授のネタで驚かせてくるあたりは普通にうまいし、教授の性別がその後の告白に、ひいては本書の企み自体にしっかり結びついているあたりも好感が持てます。なにより「でーん!叙述トリックやでー!」というような派手な演出を一切せず、一瞬読み飛ばしてしまいそうな淡々とした明かし方をしているのも潔い。

で、作中の早い段階で、「謎が一直線に解決されるのではなく謎から謎へと円環すべきだ」と語られていますが、それを"解決編"で実演してしまっているあたりの挑発的な態度、これこそ奇書を志す者のあるべき姿だと思わされます。
本作の内容自体が実は教授の頭の中にある物語で、それは解けそうになればまた謎に回帰して何度でも惨劇を繰り返す。そうして教授の脳髄という小さな器の中で謎が回り続ける。そしてやがては雪で白く染められていき......という、詩情溢れる結末の余韻ですよね。いやぁ、いいもん読んだわ。

てなわけで、キワモノと舐めてかかっていたら案外かなり好みにストライクな作品でした。人にはオススメはしないけど好き!