偽物の映画館

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小林泰三『忌憶』読書感想文

久しぶりの小林泰三......ってなんか最近読書記録を書くたびに久しぶりって言ってる気がしますね。読書量が減ったからしゃーないねん......。

忌憶 (角川ホラー文庫)

忌憶 (角川ホラー文庫)


さて、本書は3つの中編を収録した連作中編集になっています。
連作、とはいっても、第1話の主人公の、恋人が第2話に、親友が第3話に出てくるという緩やかな繋がりがあるだけでそれぞれの内容は独立したものです。ただ、そこに「記憶」というトータルコンセプトがあることで中編集としてのまとまりもある一冊になっています。
では以下各話の感想を......。





「奇憶」

とある失敗からどんどん堕落していく主人公の直人は、現実逃避のため過去の思い出に浸るようになる。しかし、幼少期まで遡ったところで、彼は二つの月を見た記憶を思い出し......。

不思議な話でしたね。
読み終わってみれば、小林泰三らしいSFとホラーとちょっとだけミステリー的な要素もある作品なのですが、とにかく前半は話の目的地が全然見えないんですよ。
奇妙な夢の光景を挟みつつ、基本的にはひたすら主人公の直人くんの堕落していく日々が描かれるだけという。でもその酷い日常パートがめちゃくちゃ読み応えあるから流石です。
一度の失敗からどんどん追い込まれていき、やがてヤケになっていく描写は作者らしい極端なデフォルメはあるものの、その心理はなかなかリアルで感情移入しちゃうとけっこうつらくなるお話でした。彼が何かをするたびに絶対悪い方にいく気しかしないという、ある種のハラハラ感さえありましたね。特に個人的に恋愛の失敗談は刺さるところが強いので、恋人の博美にまつわるエピソードは涙なしには読めなかったです。
そして、堕落の果てに突然SF的な世界が見えてくるのも良いですね。それまでは物語がどこを目指しているのか分からなかったのに最後は綺麗にまとまった感がずるい。そして、直人の閉じた世界がSF的な視点からぐわっと開けたようでいてその先にいい想像は出来ないような、絶妙な余韻の残るラストが素晴らしいです。



「器憶」

博美の新しい恋人である「僕」は、ひょんなことから腹話術を習得しようと決意する。町の古いおもちゃ屋でタダで腹話術人形を貰ってくるが、やがてその人形が意思を持ったように話しはじめ......。

前話の博美のエピソードの裏にあったのがこの話になります。
これ、ずっと昔に見た『マジック』という映画を思い出しました。といっても内容は昔すぎてほぼ忘れてるのですが、アンソニー・ホプキンス演じる腹話術師が人形との解離性障害になるような話だったような気がします。
本作もそんな感じではありますが、それを小林泰三がやるとめっちゃ小林泰三になっちゃうんですよね(我ながら頭の悪い文章だ......)。
まずいきなり音声学概論のようなことをはじめる独特の衒学趣味からして一味違うぜ小林泰三!大学でさわりだけ習ったので「そうそうわかる〜」と思いながら読めました。
からの、人形が意思を持つくだりでも、あくまでそれは主人公の無意識によって云々というSFっぽさも出してきつつ、「僕」と人形の絶妙にイラっとくる会話の面白さも著者ならでは。
そして、ルールが暴走しだすような終盤の展開から最後に至るまで、らしさ満点の、小林ファンとしては一番楽しめた一編です。



「垝憶」

直人の親友の田村二吉は、直人をチーマーから助けた際に頭を負傷し、前向性健忘になっていた。日記を頼りに生活する彼は、その日記の中に重大な秘密を発見し......。

不謹慎な物言いにはなってしまいますが、前向性健忘というのはエンタメに合いますよね。
特に何度忘れられても愛し続ける......みたいな恋愛ものが多い気がしますが、本作は『メメント』リスペクトであろう、數十分しか記憶が保たない中でミッションを遂行していくサスペンスです。
実は本作は後に『殺人鬼にまつわる備忘録』として長編化されています。それも納得で、たしかにこの題材を中編の短さで読むと正直だいぶ物足りないです。
なんせ、記憶がすぐ消えてしまうため、同じようなシーンが繰り返されたりもして、もちろん適度に省略はされているもののそういうところだけで分量を使ってしまい、結局最後は尻切れトンボで終わってしまいます。
ただ、こういう症状のあるキャラクターがどのようにして目的を遂行しようとするのか?という点の細かい工夫の意外性など面白い部分は多いので、そういう点が気に入れば長編版の『殺人鬼にまつわる備忘録』は間違いなく気にいると思いますのでおススメです。
また、"記憶"がテーマの本書にあって、テーマを最も体現している作品ではあると思います。