偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

藤野恵美『おなじ世界のどこかで』読書感想文

『ふたりの文化祭』を読み終えた足で本書を買いに行き、その日のうちに読み終えてしまいました。NHKオンラインで連載されていたSNSやインターネットにまつわる連作短編集です。

おなじ世界のどこかで (角川文庫)

おなじ世界のどこかで (角川文庫)


ネット連載のためか、1話が20ページ程度の短いお話で、内容も前向きで読みやすい連作でした。
とはいえ、そこは藤野恵美ですから小説好きがぐっと来る魅力に満ちています。
その一つは、ネットにまつわるリアリティ。本書はどの話もハッピーエンドで後味は良いのですが、だからといって馬鹿みたいに明るいわけではなく、ちゃんとネット時代に生きる我々のリアルを切り取っています。それはもう、SNSの中毒性や承認欲求など、とても身近なテーマ。そして、主人公たちは等身大にそれらと葛藤し、その上で何か答えを見つけ出して一歩前に進む......という感じで、優しい話だけど優しいだけじゃないリアルも描かれるバランス感覚。青春3部作もですが、この作家さんのそういうところが私は好きなんだと思います。

そして、もう一つ大きな魅力がキャラクターのリンク。前の話の脇役が次の話の主人公、という形でキャラがリレーしていく構成になっています。
このリレー形式が、インターネットに対して現実世界もネットワークで繋がっているという象徴になっています。また、一人一人の主人公たちが客観と主観でそれぞれ描かれるので、1話ずつの分量が短い中にもそれぞれの個性が立体的に描かれていてキャラへの愛着が湧いちゃいます。

インターネットというテーマに対しては、本作では肯定も否定もしておらず、それを使う我々人間の側の態度の方に焦点を当てています。便利な道具も使い方次第では凶器になる......というのはネットに限った話ではなく、そういう意味では現代的なテーマでありながら非常に普遍的な物語でもあると言えるでしょう。

ともあれ、短いのに読後の満足感の大きい、良い本です。
以下各話に一言ずつ。



「結衣」

はじめてスマホを買ってもらった中学生が、クラスの友達とSNSで繋がる話。

中学校というところでは誰もが、積極的にいしめる者、それになんとなく同調する者、いじめられる者、という3つのどれかに分類されますよね。それはSNSがあろうとなかろうと一緒ですが、SNSのグループチャットというものがあることで家にいる時さえそれに加わらなければいけない息苦しさがあるのかと、イマドキの子供たちがちょっと可哀想になりましたね。

本作で描かれるのは「いじめ」というほど程度の酷いものではありませんが、グループで誰かを馬鹿にして楽しむといういじめ一歩手前の行為。それに内心では不快感を持ちながらも拒否することはできない結衣ちゃんという女の子が主人公。

たとえば、だれかがだれかのことを「あいつ、クサイよね」と発言すると、結衣は自分も変なにおいがしていないか、不安になった

と、「ホントはいじわるなことしたくないけど周りに同調せざるを得ない層」の気持ちを代弁したこの文章に強いわかりみを覚えました。
そんな葛藤を抱える彼女がとあるきっかけで少しだけ前進する姿は、等身大のドラマになっています。その「きっかけ」というのもまた我々世代以降特有の印象的なもので面白かったです。



「楓」

リレーを引き継ぐのは楓ちゃん。
前の話で彼女はクールなぼっちという印象でしたが、この話では親との関わりも描かれるからか年相応の普通の女の子という感じ。とはいえ作文の内容などは思慮深く早熟な感じですけどね。

話のテーマとしては「物事には色々な側面がある」ということ。これはもちろんインターネットに関しても当てはまることで、本書をこれから読んでいく読者に対しても「インターネットのいい面も悪い面も使い方次第」という戒めを込めているのでしょうね。

あと気になったのは

目の前に誰かがいるときにスマートフォンをいじることはマナー違反だと、父親は言うのだ

というところ。私はどちらかといえばパパの意見に賛成ですが、今の人ってわりと平気でこれしますよね。私なんかはさよならって言って相手が電車に乗って電車が走り出してお互い完全に見えなくなるまではスマホ出さないようにしてるんですけど、そういうのももう古いんですかねぇ(どさくさに好感度取りにいってすんません)。



「純平」

女子中学生の主人公が2人続いた後は妻子持ちのたぶんアラフォーくらいの男性。
ゲーム会社の人事採用の面接をやってる彼が、面接に来た学生や中学生の娘との関わりの中で今のインターネットについて思いを馳せつつ自らの未来を切り開いていくお話です。

やはり私は就活で失敗した人間なので面接のシーンはこんな少しあるだけでも堪えましたね......。たぶん『何者』とか読んだら翌朝目を覚まさず冷たくなっているかと思います。
それはさておき、面接で語ることとSNSの投稿が食い違う若者を見て「どちらが本音なのだろう?」と考える視点は鋭いですよね。ギリ我々くらいの世代は幼少期はインターネットが普及し始めたくらいの頃で、あくまで現実>>>ネットという考えが根底にはありつつ、しかし大学生になった頃からはツイッターやラインでリアルの友達とも繋がるようになり、現実=ネットになってきた、その流れを体験した世代なんです。
だから、彼の思う「どっちが本音?」というのがすごく分かるんです。昔は知り合いに見られないネットだからこそ本音を語れたのが、今はもうネットが実社会になってしまっている、という。私なんかSNSで恋愛失敗したりもしてるからね......。縛られてますよね、ツイッターに。

あと、最後に出てくる個人サイトというものも、私はギリギリ見てた世代だと思います。このブログの前身である某サイトも、高校生だった私が既に下火だった個人サイトというものへの憧れだけのために作ったものだったので......。
という感じで、20代30代くらいの人ならかなり分かりみが強くて感傷に浸ってしまうお話でした。といってもラストはめちゃ爽快で未来というものへのワクワクを思い出させてくれます。



「キクコ」

あ、その人に繋がるのか、という見事な主人公リレー。
今回は主人公がYouTuber?ネットアイドル?みたいなものになっていくお話。
前話の感想でツイッターに縛られてしまうと書きましたが、その理由がまさに承認欲求というもの。本当はふぁぼリツたくさんされたいしブログもめっちゃ閲覧されたい、そんな生き物なのですよ私は。
だもんで、見た目の可愛さを持て囃されていい気になっちゃうキクコちゃんの気持ちが結構分かっちゃったり。実社会で虐げられたり生きづらい人が輝ける場所、というのもインターネットの1つの価値だと思います。米津玄師とかもそれで出てきたわけやし。
でも一方でそこで認められることに執着しすぎると簡単に常識や法を跨ぎ超えてしまう危険もあります。
キクコちゃんがそういう魔の誘惑を感じるシーンが非常にリアルに描かれているので、普段ニュースで見るぶんには「バカだなぁ」で済ませちゃうことでも「誰でもやり得る」という恐ろしさを感じさせられました。

そういうヤバさがある一方で、最後はやはり突き抜けたような爽快感を見せてくれるのが本書の良さ、ですよねぇ。まさに霧が晴れて青空が広がるような爽快感ですもの。最高。



「虎太郎」

続いてのお題は「課金」。
私はスマホゲームは全然やらないので、そのあたりはあんまりピンと来ませんでしたね......。
ただ、小学生の頃って、自分の好きだった遊びがクラスで流行ったりしていくうちにだんだん変な新ルールが出来たりして変質してしまう寂しさ、という気持ちになることがよくありました。そういう懐かしい気持ちを切り取るのがめちゃくちゃ上手くて、作者はどうやってあの頃を思い出したのだろうとびっくりしちゃいますよね。そんなノスタルジーに浸れただけでも良いお話でした。


「ゆき」

さて、虎太郎くんにとってはなかなかに羨ましい家庭のゆきちゃん家ですが、こちらはこちらで悩みがあって......というお話。

ママがブログ中毒で娘の写真を何でもかんでもブログに載せちゃう、というところを読むと、なんとも浅ましく感じられてしまいますが、しかしインターネットへの考え方は人それぞれ、という本書全体のひとつのテーマを最も分かりやすく象徴した話ではあると思います。
なんせ私も昔ですけど友達と一緒に撮った写真をツイッターに載せたりして怒られることもあったので、気をつけなきゃなと身につまされました......。
また、ゆきちゃんが洞窟で暮らす原始人への憧れを抱くのも共感しましたね。
あと、これは余談ですが、甘いものが好きじゃない人がいることへの驚きもめちゃくちゃ分かります。え?甘いのに好きじゃないの?マズイものが好きなの?みたいな。甘い=美味しい、正義、なんですよね。



「ソニア」

さて、ここにきて物語は海外へと飛躍。
作中世界でスマホ的なものを開発した男の母親の物語。
息子がどんどん難しい実験をするようになって何をしてるのかさっぱり分からんけど、それでもただ息子は息子と母であり続けるソニアさんの生き様がカッコ良いです。正直なところ私には子供もいないしましてや子供を失うなんて想像もつきませんが、深い悲しみと、その後にある境地までをさらっと描いた素晴らしいお話でしたね。



「優哉」

前話のラストとこの話の繋がりがまた良いですね。
最終話の本作は引きこもりの青年が主人公。
今までの話でも人間の嫌な面というのは描かれてきましたが、最後だからか今回は特にシリアス路線。私はここまでの体験はしたことないですが、それでもどっちかといえばクラスの中心よりは引きこもりそうな感じのキャラなので、シンパシーを感じる部分もあり。一方で、引きこもりながらもインターネットを使って自分の腕でそれなりの収入を得ている彼へのジェラシーも感じます。
そして、そんな彼の日常の中に現れる仕掛けはミステリへの造詣も深い著者ならではでありながら、それが本書のテーマを端的に表してもいるのが見事です。
そして、優哉の部屋という閉じた空間から世界へと羽ばたき、更に遠くへの予感を感じさせる壮大な、それでいてとても小さな人と人の繋がりの余韻がもうぐわーっ!(言語化を諦めた)
ともあれ、一冊の本としての美しい結末でありながら、読み終えてもなお作品の世界が我々の住むこの現実として広がっていく感覚は、ミックが開発した"無限に続く本"のようでもあり、まぁ要は完璧な幕引きなんですよね......。
藤野恵美という作家の才能に改めて惚れ直しました。