偽物の映画館

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藤野恵美『ふたりの文化祭』読書感想文

ふたりの文化祭 (角川文庫)

ふたりの文化祭 (角川文庫)

本屋で新刊のコーナー見てたらこのタイトルを見つけて「え、え、え、えぇ〜〜!?」と叫びました(心の中で)。
そう、本書は完結した姉妹編だと思っていた『わたしの恋人』と『ぼくの嘘』の続編にして完結編(3部作と銘打たれているのでそのはず)なのです!

まず前の2作の以前書いた簡単な感想をリンクしときます。

藤野恵美『わたしの恋人』『ぼくの嘘』読書感想文

今回、この3作目を読む前に復習で前の2冊もぱらぱらしたのですが、まぁ刺さりますわ刺さりますわ。
この作家さんの文章って、めちゃくちゃ平易ですらすら〜っと読めるんですけど、それでいてそこにある感情の描写はめちゃくちゃ鋭いんですね。
3部作はどれも男女2人の高校生の視点を行き来する形式なのですが、彼らの全員に読者は......と言うと主語がでかいですが、私は、それぞれ何かしら少なからず共感できる部分があったんです。といっても、キャラがみんなたまたま私っぽい似たような奴らだと言うわけではなく、みんなそれぞれちゃんと個性的でありながら、その考え方の部分部分にリアルな分かりみがあるんです。だから結果的に主要キャラ全員に思い入れができてしまって巻を追うごとに「主要キャラ」は増えていくのでその分どんどんエモくなっていくんです。良いシリーズだ......。
で、このシリーズ、3冊とも結末はすごい綺麗な終わり方なんですよね。でも、そこまでの過程で描かれる感情が、嫌な部分も含めてすごくリアルで、だからこそ綺麗なラストで救われた気持ちになりつつ、綺麗事とは感じさせない絶妙なバランスで成り立ってるんです。それもすごい!


さて、シリーズ全体の感想が長くなりましたが、以下は本書について。




スポーツ万能イケメン&内気な図書委員
でこぼこコンビは、はたして文化祭を成功させられるのか!?

というのが帯の惹句。
スポーツ万能イケメンは九条潤くん。内気な図書委員は『ぼくの嘘』にもわりと良い役どころで登場した八王子あやちゃん。
実際には2人がコンビを組むわけではなく、それぞれが多少関わり合いながらもそれぞれに文化祭までの日々を過ごすお話でした。

そして、九条くんが『わたしの恋人』の森せつなちゃんと一緒に文化祭実行委員をやり、八王子さんは『ぼくの嘘』の結城あおいちゃんと仲良くしてるので、2人を通して過去の2作品の主要キャラの近況も知ることができるのもめちゃくちゃ巧いと思います。そのせいで6人分のエモが詰まっているのが、本書『ふたりの文化祭』なのです!



ではまず九条くんパートについて。
こいつがね、もう超イケメンなんすよ。顔もいいし、スポーツもできるし、リーダーシップはあるし、性格もいい、そして女にモテる、完璧超人。
彼の活躍を読んでいる私は顔も悪い、スポーツできなさ万能、性格もブスの非モテという完璧ダメ人間なので、正直なところ嫉妬98%共感2%くらいのところで読み始めて、最初はあまりいい気がしませんでした。
でもさすがにいい奴すぎて、しかし無条件に天然のいい奴なのではなく周りの期待に対して計算していい奴やってるってことだったりもするので、だんだんと応援したい気持ちの方が強くなっていきました。
ただし俺の森せつなちゃんと仲良くしてるのはまじゴミですわこの野郎💢😡
でも森せつなちゃん元気そうでよかったです。これ、たぶん時系列的に『わたしの恋人』のラストシーンより後なんだよな......と思うともうドキドキしちゃってしょうがないですよね💕はぁ、森せつなちゃん可愛いわ......好き......💕



一方、本書のもう1人の主人公・八王子さんには「図書委員のメガネ」という点でのっけからバリバリ親近感を抱いて読みました。
最近はオタクでもみんなと一緒じゃなきゃヤダという軟弱な輩が多いですが、彼女は自分の意志を強く持った正真正銘のオタクです。
どうせモテないから彼氏はいらない、友達はいるけど合わない人とまで友達にはなりたくない、文化祭とかどうでもいい......いいぞ、もっとやれ!
てな具合に、彼女はかなり私(の中学高校時代)に似てるのです。そんなこんなでこっちは陰キャの高校生活あるあるみたいに読めました。
一番「あるある」と思ったのは、中学と高校の違いですね。中学では済んでいる地域だけに拠ってたくさんの子供達が集められるので知能指数のバラツキが酷く、要はヤンキーみたいなやつらに我々陰キャは虐げられるわけですが、高校はある程度同じくらいの知性を持つ人たちが集まるので、パリピたちも中学のやつらよりいい人たちであんま虐げられない!でも一方でこれまで自分の武器であった「勉強ができること」が無効化されることもあり......みたいな、まぁ本筋にはそこまで絡まないところですが、そういう描写がリアルで引き込まれました。
あと、友達の腐女子の子と太宰治の「駆け込み訴え」の腐女子視点からの読みを語る場面は新鮮というか、こんな読み方もあるんだと蒙を啓かれましたね。
他にも、八王子さんのパートには「おススメ怪談短編」とでも言うべきリストや、太宰治への愛、さらには魅力的な絵本紹介など、「本」にまつわるペダントリーもたっぷり!私も本書を読了したあと、もっとこの作品のエッセンスに浸っていたくて太宰の『斜陽』を読んでエモ殺されましたからね。それはまた別のお話......。

そして、なんといっても八王子さんの自分も他人も見下しているような態度にすごく共感を覚えました。
そして、そんな八王子さんが主人公らしく少しずつ成長していく様には置いて行かれたような寂しさも感じつつ、応援したくなりますね。八王子パート・クライマックスのエモい展開には胸熱でした。

そして、九条くんと八王子さんそれぞれが文化祭を通じて得たものがじんわり余韻として胸に広がっていくラストも素敵です。こう、3部作のラストらしいのに変にドラマチックにしすぎず、潔く、でも感動がじわしわくる感じの、こう、絶妙なんですよ!幕引きが!
ちょっと潔すぎて寂しさもあるからまた1冊目から読み返したくなっちゃうような、そしてパラパラめくってまたエモに浸っちゃうわけでした......。



そんなわけで、恋と青春の切なさと痛みと輝きが詰まった3部作、完結。
寂しいですが、これで完全に藤野恵美先生のファンになってしまったのでこれからの動向も気になります。願わくば、いつか3部作の4作目を書いてくれないかな、なんてことも......。うん、最高でした。