偽物の映画館

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連城三紀彦『白光』読書感想文

ひっさしぶりの連城三紀彦
旧サイトにはたくさん感想のっけてるようになかなかのファンではあるのですが、少なくともこっちのブログ初めて以降は読んでなかったですね。この度久しぶりなので短めの長編でなおかつ評判もいい本書を選んでみましたが、うん、正解。
もうべらぼうに面白くかったし、今までは連城三紀彦には読みづらいイメージがあったのですが、本作が特別なのか、私が読書家として成長したからか、今回は一気読みしちゃいました。
もうほんと、寺生まれって凄い、改めてそう思いました(寺生まれでわない)。

白光 (光文社文庫)

白光 (光文社文庫)



はい、それでは本作の内容を紹介していきます。

夫と娘、痴呆が酷くなってきた舅と暮らす主婦の聡子。一見ごく普通に見えるこの家庭で、4歳の少女が殺される事件が起きる。殺された少女は聡子の妹である幸子の娘。幸子が出かけるために預かっていたが、歯科医に行くためボケた舅と2人で留守番させていたところだった。警察は舅を疑うが、やがて両家の抱える問題が次々に浮き彫りになり、事態は混迷を極める。

といった具合に、少女を殺した犯人探しが一応の本筋ながら、その過程で見えてくる関係者たちの秘密と嘘が主眼となっています。
特徴的なのが、複数の人物の一人称 or 単視点三人称で物語が語られていくこと。
そのため、連城作品ではお馴染みの、嘘や思い込みといった心理描写のどんでん返しを幾度も味わえる贅沢な作品になっています。
なんせ、この人の作品はいつもそうですが、「私はこう思った、というふりをしてこう思った、ように見せかけて実はこう思った、のだがそれは周りにそして何より自分についた嘘で本心はこうだった、というのは勘違いで......」みたいに、際限なく反転していく心理描写。ここまでくると、もはや人間心理の枠を超えた"なにものか"の範疇に足を踏み入れてしまっているようにさえ感じられ、心理描写に凝りすぎて却って不自然で人工的になってしまっているという歪さがあります。これぞ、連城作品でしか味わえない異様な醍醐味ですよね。
まぁ、これって連城作品のどれにも当てはまることではあると思うのであれですが、本書はこうした心理的どんでん返しが短いページ数で何度も決まった、連城作品の中でも特に傑作の部類に入る作品だと思います。



で、これだけだと連城三紀彦自体の感想みたいになっちゃうので、以下はネタバレありでもう少しだけ本書特有のよかったところについて書いていきます......。

























はい、ではこっからはネタバレコーナー。

なんと言っても、解説でも指摘されていた通り芥川龍之介の「藪の中」を具体的な"解決"のあるミステリの範疇でやってしまうという大胆不敵な構成が面白いです。
全員がある程度読んでいて納得のいく論拠の下で犯人だと名乗り出て、それがまた別の人物の告白によって覆され......といった形でどんどん事実だと思っていたことが反転していく面白さ。その末にある解決では、もはや被害者や故人までが"真犯人"の称号を奪い合い、結局のところ起こった出来事自体は明確になりながらも、心理的な意味ではみんなそれぞれ犯人でした!みたいな、なんとも複雑な構造が見事......というよりはちょっと巧すぎて怖いくらい。
その中で、両家族にとって完全によそ者であるはずの平田青年だけが少女の命を心配し守ろうとした、という皮肉もまた悲しいですね。

そんなどろどろ昼メロからのイヤミス的しんどいミステリですが、小説としては全員に部分的ではあれ感情移入できる余地があるのがまた小憎たらしいところでして......。
全員がどこか歪んでいて最初は感情移入できませんでしたが、歪むに至ったプロセスがじわじわと解きほぐされていくにつれて、全員にどこか同情してしまうようになり......。もちろん、何の罪もないのに大人たちの勝手な業を投影されて殺された(殺すような動機を全員から持たれていた)少女のことを思うとつらいですが、だからといって誰が悪いとも言い切れない感じがね......。ずるい。
また、「白光」というタイトルも良い。登場人物それぞれが見た白い光として物語全体を儚く覆っていて、筋立てとは関係ないですが象徴的なモチーフとして印象付いた素晴らしいタイトルだと思います。
きっと、本棚に並ぶこの本の背表紙を見るたびに、あの島の白い光が、そして少女が最後に求めたあの白い光が、私の脳裏にもふわっと差してくるのでしょう。