偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

住野よる『君の膵臓を食べたい』昔書いた感想。

キミスイの略称でお馴染み、実写映画化されたと思ったらアニメ映画化も決定という話題が沸騰している青春小説です。この度文庫化されたのを機に読んでみましたが、なるほど、良いですねこれ......。しょーもない恋愛小説かと思っていたらまんまとハマってしまいました。


彼女も友達もいなくて本ばっか読んでる根暗高校生の僕が、偶然にクラスの人気者の女の子の"ある秘密"を知ってしまったことで彼女と過ごす日々が始まる......。というボーイミーツガールものなんですね。で、その秘密っていうのがまぁ膵臓の病気で余命が1年ほどであることなんですね。

そんなあらすじから切ない恋愛小説を想像してしまいますが、この作品はそれをいい意味で裏切ってきます。極端に言ってしまうと、難病も2人が男女であることもエンタメとして読ませるための飾りでしかなく、ただあれを言いたかっただけなんだろうと思います。それくらい強く、あるメッセージが込められた作品なのです。そのメッセージが何かは書いてしまうと興醒めなのでぜひ読んで確かめてほしいところです。

私はこの作品を読み始めた時に、鼻に付くなぁと思った箇所が3つあるんですよ。
それは、タイトル、僕の名前の表記、難病ものとは思えぬ会話の軽さ。でも読んでいくうちに会話の軽さは心地よくなっていきましたし、読み終わってみるとこれらにもきちんと意味があったことが分かりました。

まずタイトル。
読む前は、「奇を衒ってバカな女どもを取り込もうという作戦だなしょーもな」と思ってました。読み始めてタイトルのフレーズが出てきたところでは、「ああ、そういう意味なのね」とちょっと感心しました。
そして、クライマックスでもう一度出てくるこのフレーズを読んで、私はこう思いました。
「ぐわああぁぁ!君の膵臓を食べたい......」
読んだ誰もが君の膵臓を食べたくなること請け合いです。

次に僕の名前。
作中では後半に至るまで僕の名前は出て来ず、人から呼ばれる時にはその相手が僕をどう思っているか(【目立たないクラスメイト】とか【仲良しくん】とか)で表記されます。これも最初は奇を衒いやがってと思っていましたが、このシステムが上手いこと使われてるんです。ミステリ的な仕掛けとかではもちろんないんですが、「あぁ、それでこういう表現なのね」と、読んで納得。これが見事に主人公の人格を表現してるんですよねぇ......。
ちなみにラストで明かされる主人公の下の名前も意味深で素敵ですよね。苗字も名前も読みながらある程度推測出来るものなので、名前当てに挑むのも一興かもしれません(私は「宮沢圭吾」だと思って全然違いました)。

最後に、軽さですね。
完全にラノベ調のノリで、一見難病という思いテーマには不謹慎に思えます。しかも、ヒロインは自分の病気をがんがんネタにしてきます。主人公はそれを冷たく受け流します。お前ら!不治の病ものならもっと真面目にやれ!と読者の方がメタ的な苛立ちを覚えてしまいかねないほどの軽さ。
でも、読んでいるうちに2人のこの漫才みたいな掛け合いがクセになってくるから不思議です。恋人でも、ただの友達でもない2人だからからこそのこの距離感がすごく愛おしくて羨ましくて、読んでいる間中にやにやしながら泣きそうになっていました。
そしてヒロインが亡くなるラストまで読んでみるとまた、このふざけた日常がかけがえのないものだったと気付かされます。

そんなこんなで、鼻に付くと思っていたところが読んでいくうちに好きになったり最後にそういう意味があったのかと驚かされたりします。だからタイトルや設定で避けている人にも読んでほしい作品です。あと男なら彼女の可愛さに悶えること間違いなしです。