偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

浦賀和宏『こわれもの』読書感想文

浦賀和宏初期のノンシリーズ長編です。
前々から浦賀ファンみたいな感じを出していた私ですが、実はまだまだ未読がたくさんで本作もその一つ。というのも、あちこちで「傑作だ」という話を聞いていたのでむしろ勿体無くて今まで読めなかったわけなんですが、読んでみて納得しました。傑作っしょ。

なんせ、浦賀作品の大きな魅力である、青年の鬱屈した心理描写と、ミステリアスな展開の末のどんでん返しが備わっている上に、前半は「予知能力は本物か?」というオカルト的なミステリーだったのが後半ではさらに物語がスピードアップする仕掛けもあり、これぞまさに徹夜本!翌朝早い時は読んじゃダメですね!

こわれもの (徳間文庫)

こわれもの (徳間文庫)

人気漫画家の陣内は、恋人の里美を事故で失ったショックから連載中の作品のヒロインを殺してしまう。陣内の元にはファンから抗議の手紙が殺到するが、その中に一通、神崎と名乗る女からの里美の死を予告するような内容のものがあり......。



物語は、主人公の漫画家・陣内と、彼の作品のヒロインの狂的なファンであるフリーター青年・三橋という2人の視点から描かれます。

過去に恋人を亡くし今また再び婚約者を亡くして失意に暮れる陣内と、人を愛することを知らずブスのセフレと惰性で一緒にいる三橋。
この相反する恋愛観、恋愛経験をしている2人の戦いが本書の軸の一つです。
で、2人は相反する存在ではあるわけですが、どちらもけっこう嫌なやつにして、ある種非常に共感しやすいキャラクターでもあり、どっちにも部分的に激しく共感できるのが本書の最大の魅力だと思います。

というのも、私は「ロマンチックな恋愛に憧れながら、実際には人を愛することができない自分に絶望もしてる系男子」だからなんですね。
婚約者を亡くした陣内さんに向かってこんなことを言うのは酷く不謹慎であり、全てのそう言う人に謝りたい気持ちはありますが、それでも率直な感想としては心から愛する人との死別こそ最もロマンチックなラブストーリーではありませんか。なんていうのも私がそういう経験をしたことがなく他人事だから言えることでありやっぱり陳謝したい気持ちですが、実際そういう映画や小説や歌は心に突き刺さるものでして......。
そんな経験をした陣内さんへ憧れの混じった共感をしつつ、現実の自分は(もちここまで極端ではないものの)明らかに三橋の側。
あらゆるものへの行き場のない不満を抱きつつNo Futureな日々を生きている様はより自分を重ねやすく、それだけに彼に対しては分かるけど分かりたくない同族嫌悪の気持ちが非常に強く、「三橋はよ死んでくれ〜」という名の共感をしましたね。
だから、2人が出会ってお互いへの憎しみを吐露する場面からはいよいよ物語も私の読む速度も加速していった次第でございます。



一方、本書のもう一つの軸は予知能力者を自称する神崎という女の存在。
最初は彼女に対する懐疑的な気持ちを抱き、その能力が本当なのかどうなのかというところにミステリーとしての謎があったところを、中盤での神崎のとあるセリフからは一気にサスペンスに転じてこれまた加速度を増していく。

この、陣内vs三橋神崎の予知という、二つの加速装置が途中にあるから、本書は恋愛小説としてもミステリーとしてもめちゃくちゃな没入感を得ているわけですね。すげえ。

そして、オチに関しても盛りだくさんで、いくつかは見破れても全てを予想するのは難しく、どこかしらではあっと驚かされるのではないかと思います。
ただ、キャラ名だけで最初から分かってるあれはギャグなのかなんなのかよく分かんないところですね......。

で、ラストがこれまたすごく良いので少しだけネタバレで触れます。




































『こわれもの』というタイトル。
それは死んだ里美やハルシオンのことのようでもあり、物語が進むにつれて壊れていく陣内と三橋という2人の主人公たちのことにも思えますが、最後に神崎という女もまた誰よりも壊れてしまっていた人間だと分かる............というところで終わるかと思いきや、さらに物語は里美のところまで戻ってきて、冒頭で既に死んでいる本書のヒロイン里美ちゃんに、再び『こわれもの』としての強烈で儚い存在感を浮かび上がらせます。この美しさ............。
そして、ここに至ってこの物語がある種の夢オチ(予知オチ?)であったことも判明します。
全ては里美がこの朝に見た一瞬の未来予知。
その内容を変えられるかどうかは......という、リドルストーリーなわけなんですね。とはいえここまで読んできて「やっぱりこの後里美は死を回避してハッピーエンドや!」と思うほどオメデタイ脳味噌は持っていないので、なんとも宙ぶらりんな余韻を抱えたままそっと本を閉じて壁に投げつけました......。もうっ!

てか、陣内クソ過ぎませんか!?あれは引くわー。でも、こと恋愛においてはクソみたいな失敗をしない方が難しいのでそんなところにもやはり歪んだ共感をしてしまい苦しいのであります......。


ちなみに、浦賀氏の『透明人間』という小説も漢字こそ違え「さとみ」ちゃんが主人公ですね。よっぽど好きなんかな......。あれもめちゃくちゃ泣ける美しいラブストーリーですので、さとみという音がそういう響きを持っているのかもしれませんね。