偽物の映画館

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多島斗志之『少年たちのおだやかな日々』読書感想文

というわけで、『私たちの退屈な日々』が読みやすく面白かったので、間髪いれずこちらも読んじゃいました。いやはや、これも面白かったです。

少年たちのおだやかな日々 (双葉文庫)

少年たちのおだやかな日々 (双葉文庫)


『私たちの〜』が中年の女性を主人公にした短編集だったのに対し、こちらはタイトル通り少年たちが主人公。
私は中年女性を経験することは不可能ですが、少年だった経験ならそう遠くない過去にあるので、そういう意味では本書の方がより共感しやすくて楽しめました。
特に、本書では多くの短編において仄かな性の匂いがあって、そこが堪らなく良かったです。少年特有の女への欲望と畏れとが空気に溶け込んでいる感じ、といいますか。あの感じがすごい懐かしくてめちゃくちゃ興奮しましたよ。げへへ。
まぁそんなわけで以下で各話ちょっとずつの感想を。





「言いません」

級友の母親の不倫現場を目撃した少年は、その日から彼女に付きまとわれるようになり......。

き、気まずい......。
別に誰にも言わないからほっといてよ!という主人公の心の叫びを無視し、おばさんのストーキングがどんどんエスカレートしていくのが見所です。あまりに脈絡なく非論理的なおばさんの言動が逆にとてもリアルに感じられますね。特にラブホテルのシーンの1人で理屈を乱反射させて色んな感情を迸らせるおばさんの怖さはヤバかったです。





「ガラス」

ガールフレンドから幼い頃に兄を殺したという秘密を打ち明けられた少年は......。

甘酸っぱい少年少女の恋......だったのが、どんどん不穏な方向に傾いていってしまうイヤなお話ですね。
彼女の考えていることがまるっきり分からず戸惑うしかない少年。もちろん、この彼女は特別ヤバいですが、だいたい中学生の恋愛というのはこういう女という生き物の不可解さとの出会いでもあるわけですよね。懐かしいなぁ。まぁ中学生の時なんか彼女いなかったし知らんけど。
また、ガラスというモチーフや回想の風景などもノスタルジーを感じさせます。本書で唯一恋愛を直に扱った話でもあり、衝撃的なラストでもあるのでなかなか印象的な作品です。





「罰ゲーム」

親友の家にはじめて遊びに行った少年は、親友の姉ととあるゲームをすることになり......。

これはエロい!(途中まで)
雨の降る日、友達の家でゲームをしていると、可愛らしく年上の色気もあるお姉さんが部屋に入ってくる......。これ、中学生の頃に誰もが一度は......いや、嘘つきました100000回は妄想するえっちな期待に満ちたシチュエーションですよね!!!もちろん主人公は期待しちゃってちんちんもっこり。私はさすがにちんちんもっこりはしないけど同じように期待しつつ、「あれ、これ多島斗志之だしそんなことないかーはは」とどこか客観視する自分もいました。そんな気分で読んでいくと、しかしどう考えてもえっちなことにしかならないであろう展開に再び期待。そしてその期待が最高潮に達したところで、すと〜っんと投げ落とされるようなゾッとする展開が。最初から分かってはいたもののあまりのエグさに一気にちんちんしょんぼり。なんの話や。そこからはおぞましさが加速していき、最高潮の目前で終わる。この巧さですよね。
ここまで散々「罰ゲームってなんだろう?」ということを想像させることで怖さを演出してきて、最後もまた、この先どうなるのだろう?というところを敢えて全ては描かないことで想像させて嫌な余韻をぶちかまします。
また、お姉さんの会話の噛み合わないイライラ感は小林泰三作品にも近いものを感じました。小林泰三大好きな私は当然これが本書で一番のお気に入りです。



ヒッチハイク

半島縦断の旅をする少年たちは、若い男女の乗る車をヒッチハイクしたが......。

これもえっちな期待モノ(なんだそれは)。
ヒッチハイクした車のお兄さんがヤの字が付きそうなチンピラで、なんでこんな車に乗ってしまったのかと後悔しつつ、乗せてもらった恩があるせいで悪く思いづらいのがなんとも居心地悪いっすね。
そうこうするうちにどんどん嫌な展開になりつつ、最悪にはなりきらないような微妙な居心地悪さがまた続きます。そして最後はある意味衝撃というか......。
あと、お姉さんが良かったですねぇ。そもそもお姉さん好きなんで「罰ゲーム」も好きなんですけど、このお話のお姉さんも良かったです。オトナのオンナってカンジ(中学生並みの感想)。





「かかってる?」

遊びに行く待ち合わせに現れた友達は、叔父に催眠術をかけられたと語り......。

待ち合わせ場所だけに舞台が固定された会話劇です。淡々とした掛け合いと不穏な感じとの緩急が見事で、動きの少ない話なのに引き込まれました。なんせ、催眠術をかけれてたらいつ何をしでかすか分かんないからハラハラしますよね。状況設定がずるい。そして、予想から少しだけ外れるようなオチもインパクト大。





「嘘だろ」

少年は、電車内で目撃した痴漢の男が姉の婚約者ではないかと疑い、それを確かめようとするが......。

やばい奴が家族に加わろうとしているのではないか......という疑念が描かれますが、そこがなかなかはっきりしないので、主人公視点で読みつつ微妙にどっちを信用して良いのか分からないのが面白かったです。
で、主人公が下手な小細工をしようとして失敗したりするところの子供っぽさを微笑ましくも恥ずかしく鑑賞していたら、思わぬオチにびびりました。似たようなオチの映画を見たことがあったので映像としても思い浮かべやすくてつらい......。
そして、最後の主人公の気持ちの変化がじわじわと余韻を残します。





「言いなさい」

放課後の教室で女性教師からクラスメイトのお金を盗んだのではないかと問い詰められる少年。やがて男の体育教師も加わると、事態はおかしな方向へ......。

最初の「言いません」とタイトルは対になっていますが内容は特に関連はありません。
本書のこれまでの短編ではか弱い少年の視点から大人や女や何やらへの恐怖を描いたものでしたが、本作は一転して少年は何も言わずにただそこにいる装置のようなもので、彼......否、"それ"を通して見えてくる先生たちの本性が話の筋になってきます。それゆえに少年に再びフォーカスが当たるラストは印象的で、オチとしての決まり方も本書随一。「世にも奇妙な物語」とかで使われそうな話だと思っていたら、世にもでは「罰ゲーム」が使われていて、「言いません」「言いなさい」が「悪いこと」というオムニバスドラマで使われているそうです。気になる......。
というわけで、本書の締めくくりに奇妙な印象を残す好短編です。