偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌

メンバー全員が作詞作曲を手掛け、自分の作った曲ではボーカルを務めた、個性的な4人が集まったバンドといえば、The Beatles!......ではなく、そう、「たま」ですね。
残念ながらたまというバンドは、世間一般では「さよなら人類」だけの一発屋だと思われています。しかし、実は彼らの活動期間は20年にも及びました。途中でメンバーが1人脱退するというピンチもありながらアルバムは10枚+2枚も出した、イメージより長命なバンドだったんです。
それだけの長期にわたって彼らが活動を続けられたワケは、やはりその楽曲の個性とクオリティにあると思います。
そして、そんなたまの中でも私の推しメンはベースの滝本晃司氏。変な声で変な歌を歌い見た目からしてヤバそうな他の3人とは違い、寡黙な佇まいで渋い声の色男。しかし、その曲の歌詞をよく読み込んでいくと実は彼も静かな狂気を内に秘めた紛れも無い「たま」のメンバーであることが分かります。

......本作「ちびまる子ちゃん わたしの好きなうた」では、そんな滝本晃司氏のたま時代の作品の中でもいっとう静かな狂気の煌めきを放つ「星を食べる」という名曲が使われているのです!!

https://youtu.be/oRow_mK5lxE

歌がテーマの劇場版でたまの曲が使われること自体は、アニメのエンディングもやってたくらいだから不思議はないのですが、よりによって滝本さん曲とは!!
っていうことで前々からずっと観たかったんですけどなんせDVD化すらされていない映画なので今まで見る機会がありませんでした。
今回、BSで放映されているのをたまたま見つけて「うえっ!?まぢで!?」と驚きながら録画して鑑賞した次第でございます。

ちびまる子ちゃん?わたしの好きな歌? [VHS]

ちびまる子ちゃん?わたしの好きな歌? [VHS]


前置きが普通のレビュー1本分くらい長くなりましたが、そろそろ本題に入りましょうか。(いや、実を言うと私の中では本題は「たま」というバンドの素晴らしさにあり、「みんなたまを聴け!」というのが本稿のメインテーマではあるのですが......)

静岡のおじいちゃんの家にひとりで行ったまる子は、駅で絵描きのお姉さんと知り合います。後日、図画の宿題で「わたしの好きなうた」というテーマで絵を描くことになったまる子は、再びお姉さんに会いに行き、彼女と仲良くなっていきます。

この、図画の宿題が本作自体の一つのテーマとなります。物語の要所要所でサイケデリックな映像に合わせて歌が流れる演出があるのですが、それらの音楽パートはそのままさくらももこと製作陣が「わたしの好きなうた」というテーマでアニメを作っているわけなんですね。

そんな音楽パートの中でも、滝本さんの「星を食べる」はやっぱり贔屓目に見てるからめっちゃ良かったですわ。
あのシーンのお姉さんの美しさは、そのままその後の切ない展開を予兆するものであり、そんな儚い美しさが「星を食べる」という曲が持つ死や破滅のイメージともなんとはなしに合っていて優れて幻想的な名場面になっていたと思います。
他にも、大瀧詠一のシーンのサイケ感、細野さんの「一夏の思い出」という言葉がぴったりくる切ないトロピカル感、はなわ君の意外な選曲の没入感など、とにかく音楽パートが国民的アニメの劇場版とは思えないほどエッジーで最高でした。



そして、ストーリーの方ではまる子が「めんこい仔馬」という歌に出会ってその歌を好きになることと、絵描きのお姉さんに出会って彼女を好きになること。そういう素敵な出会いと、その裏にある別れ......というのがテーマになっています。

子供の頃って、なんでもすぐ好きになるものですよね。そして、その好きな気持ちは理屈がなく、理屈がないからこそ強い。
今なんてこうやって映画のレビュー書いて「ここがこうだから好きです。ここがこうだから嫌いです」と言葉で説明できる。それは成長ではありますが、成長とは感性の退化に過ぎないのではないかと思うこともあります。
かつては理由もなく色んなものに愛着を持てました。それは歌だったりお話だったりテレビ番組だったり女の子だったり昨日見た夢だったりしたわけですが、この映画で描かれるまる子の「好き」という気持ちはそんな理屈抜きの強さを持っているから、強烈なノスタルジーと、まる子の澄んだ目と心への羨望を抱きました。

しかし、出会いあれば別れあり。
最初は、お姉さんはただ「優しい絵描きのお姉さん」で、仔馬の歌は「可愛い仔馬の歌」でした。しかし、好きになってもっと知っていくことで、仔馬の歌は別離の歌であり、お姉さんとも遠くないいつかに別れなければならないと知ります。
そして......うん......はい、最後泣けるんですよね。まさかちびまる子見て泣く日が来ようとは思わなんだわ。
これまでにお姉さんとまる子が話したこと、そしてめんこい仔馬の歌の内容、それら全てを総括して「別れること」に正面から向き合ったラストは、今後我々の人生で訪れるであろう同じような場面のヒントになってくれると思います。

......とはいえ、シリアスばっかじゃちびまる子らしくないと言わんばかりの、いつものしょーもないオチも付いててそこに凄く安心しました。

あくまで日常の延長線上から、懐かしい異界を旅してまた日常に帰ってくる、派手さはないけどやけに心に残る傑作でした。
やっぱこのころのまる子のいい意味で大雑把な味のある絵柄が好きですね。今はちょっと小綺麗になりすぎ。