偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

法月綸太郎『ふたたび赤い悪夢』


法月綸太郎シリーズ5作目で、はっきりと『頼子のために』の続編になっています。そのため、本書を読む前に『頼子』を読んでいないと不都合な部分が多いです。また、『雪密室』の登場人物が主役級で登場しているので、こちらも事前に読むことをオススメします。まぁどっちも本書の半分くらいの分量なので。

ふたたび赤い悪夢 (講談社文庫)

ふたたび赤い悪夢 (講談社文庫)


法月警視の元に、『雪密室』で出会ったアイドルの畠中有里奈から電話が来る。彼女は「ラジオ局で人を殺したかもしれない」というようなことを警視に告げた。警視は『頼子』の影響で探偵廃業を考えている綸太郎を無理やり事件に巻き込むが......。

さて本作ですが、まずミステリとしてなかなか面白いと思います。600ページあってこのトリックは小粒にも感じられてしまいますが、(ネタバレ→)3つの事件全てで同じ錯誤があったという構図はミステリファンには堪らないと思います。

ただ、それより何よりやはりこれまでのシリーズを総括する物語としての側面が強い作品だと思います。
登場人物はページ数の割にはそれほど多くもなく、それ故に一人一人が印象的に描かれていて、そうしたキャラの魅力がそのまま物語としての魅力になっています。
例えば、ライターの冨樫さん。『頼子』ではよくいる感じ悪い記者という感じだった彼ですが、今回はやけにカッコよくなっちゃってて驚きます。前作からのギャップのせいでよりその辺が印象的でした。
また、今作の主役・有里奈ちゃん。『雪密室』が忘却の彼方に去ってしまったのでアレですが、なかなか酷い境遇に陥りながらも健気に生きてる姿が素敵でした。彼女は(一応→)本書の救いの象徴でもあるので、今後は幸せになってほしいです。

それから、私が本作で1番好きだったのが有里奈の事務所の社長・葛西氏です。タレントを守るために大手プロダクションから独立し、ダーティな業界の中で自分の正義を貫くカッコいいおじさんです。悪夢的な内容の本作において彼の誠実さが読者にとって大きな救いになっていたと思います。

そして、もちろん、主人公たる綸太郎も良かったです。法月綸太郎といえば、作者・作中共に「悩める作家/探偵」というイメージが付いていますがそれも全て『頼子』と本作のせいでしょう。事件に直接関係のない立場から他人の心に土足で踏み込む探偵というものの在り方について、前作で彼がぶち当たった悩みに、本作では一応の答えが出たというか区切りがついたのだと思います。

トリックなどはちょっと薄味ながら、家族にまつわる人間ドラマ、葛西社長の生き様、そして名探偵の苦悩といった物語性においてやはり紛れもなく傑作と言ってしまって良い作品だと思います。これからの綸太郎の活躍が楽しみです(本作以降の作品を『生首』しか読んでない上にあれはほぼ忘れてるので......)。