偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

現代ホラー傑作選 第3集『十の物語』

現代ホラー傑作選シリーズ。


収録作品はこちら↓
山田風太郎「人間華」
山村正夫「魔性の猫」
三橋一夫「角姫」
夢野久作「卵」
岡本綺堂「兜」
中津文彦すてきな三にんぐみ
香山滋「月ぞ悪魔」
都筑道夫「狐火の湯」
柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」
佐々木喜善「ザシキワラシ」


今回の選者は高橋克彦。実は高橋さんの作品は一作も読んだことがないのですが、なんとなくのイメージで山風や夢Qや香山滋を入れてくるのは意外なような気がしました。
とまれ、そのへんは私の好きなエリアの作家さんたちだし、その三人以外の人たちもなかなか面白くて、けっこう趣味が合いそう。全体に怪奇幻想の雰囲気が濃くて、ミステリ要素のある話もちらほら見られて好みドンピシャですもん。高橋さん自身の作品もちょっと気になっちゃいました。

本書のタイトルは一見そのまぁんま10話のアンソロジーで『十の物語』みたいですが、佐々木喜善の作品が入ってるところから連想してたぶんこれ『遠野物語』のもじりですよね。そういう地味な遊び心も素敵。
遊び心といえば、その佐々木喜善の「サシキワラシ」が他の九つの短編の合間合間に幕間として散りばめられている構成も良いですね。捻くれ者だからこういう変則的なことをされると気になっちゃうんですよね。

そんな感じで、個々の物語としても、それが集まった一冊のアンソロジーとしても楽しめる良い本でした。





山田風太郎「人間華」

難病の妻を持つマッドサイエンティストの友人が仕事を辞めて個人的な研究に没頭するようになった。彼は何をしようとしているのか。そして、彼に呼び出された友人の"私"が見たものとは......。

戦前戦後の怪奇科学探偵小説の雰囲気を濃厚に纏った作品です。
医者が主役......怪奇探偵!
狂っていく友人とそれを見守る「私」......怪奇探偵!
恋がこの世で一番大事......怪奇探偵!
怪しい実験と美しいビジョン......怪奇探偵!
とまぁ、このようにいかにもな怪奇探偵小説の道具立てをあれこれ詰め込んでいるわけですから、そりゃ雰囲気も濃厚になるわな。
でも、雰囲気がいいのはもちろんですが、本作の凄さはそれだけではありません。話のテーマも恋愛観や死生観という深いところにまで及んでいるため、雰囲気だけではない生々しい怖さがあります。
そして最後に提示される、テーマに対する答えの残酷さに、読み終わった読者まで暗澹とした気持ちにさせられます。
そう、本作は、読み終わってみれば、稀代の捻くれ者・山田風太郎ならではの純愛小説だったのだと気付かされるのです。





山村正夫「魔性の猫」

スーパーマーケットの社長で町内での活動に対しても精力的な大矢は、妻の繁子が家に現れた黒猫の親子を恐れているのにも取り合わなかった。しかし、妻の、また娘の様子までが日に日におかしくなっていき......。


実は山村正夫氏はうちの学校のOBなので(一応どの学校かは伏せますが)、名前は前から知ってましたが、実際読むのは初めてでした。
描写にいちいち古臭さがあって、平成も終わりの今読むとおっさんが書いてる感バリバリですが、それは時代だからしゃーない。
それでも、現実家のおっさんが「妻子が化け猫に憑かれているのではないか?」という疑念を抱かざるを得ない、それを膨らまさざるを得ないところの気持ち悪さはなかなか面白いですね。作中でも「この現代に化け猫なんて......」と題材のありきたりさは自己言及されていますが、"家庭を顧みないうちに妻子が別のものに......"というテーマは実はかなり現実的で、そういう意味で現代的な新鮮さも持った化け猫小説だと思います。





三橋一夫「角姫」

ある朝、村で一番お金持ちの家の一人娘・元子が気がかりな夢から目覚めた時、自分に角が生えてしまっているのに気づいた......。


これはまた不思議な読み心地でしたね。ホラーではない気も。
著者は『新青年』にも短編を発表していた人らしく、あの頃の昔懐かしい(ってその頃親すら生まれてねえけど)フンイキに満ちた幻想短編です。
そろそろ結婚するかという年頃の元子ちゃん(カマトトぶってる?けど実は24歳とか、私と同い年......可愛い......)が、親に結婚を勧められてる男と、自分が気になってる別の男の間で揺れるラブコメみたいな話なんですよね。ただ、彼女の頭には角が生えてくるっていう。
この角ってのがなんかのメタファーなのかなんなのかは知りませんが、そういう"お嫁に行けなくなっちゃう"ような出来事が起きた時に、男がどういう反応をするかというわりとエグめの恋愛小説的テーマが面白い一編でした。しかし、この元子ちゃん、萌えキャラとしての風格を漂わせすぎていてやばいです......。こんなん惚れるや〜ん。






夢野久作「卵」

隣同士の家で視線だけの恋をしていた三太郎と露子。ある日三太郎は裏庭で不思議な卵を見つけ......。


掌編と呼んでもいい短さで、話もたったそれだけのことではありますが、なんとも言えず印象深い作品です。
「卵」が何を指すのか、なんとなく分かるような分からないような感じですが、そのなんとなくの想像の不穏さが、これまたなんとなーく、心に残るんですよね。これを解説できるほどの理解も語彙もないですけど、ぞっとするような、切ないような、幻想的な美しさのような、現実的な恋愛小説のような、とにかくなんとも言えん余韻が絶品です。





岡本綺堂「兜」

著者の知人の邦原君の家には、古い兜がある。祖父の代から邦原家あるその兜は、震災に遭って失っても不思議と戻ってきた。明治から大正末にかけての、兜と邦原家の因縁の記録。


小説というよりは聞いた話をそのまま書いた随筆のようなお話で、特にクライマックスもなく解決したりもしないですが、そのせいで「結局あの出来事たちはなんだったのか......?」と、読者が色々想像するしかないのが面白いですね。
また、親子三代にわたる兜との因縁のお話でもあるので、明治前後から昭和の世に至るまでの物事の移り変わりもちょいちょい描かれていて、その点にもロマンを感じました。





中津文彦すてきな三にんぐみ

夫が幼い娘に買ってあげた「すてきな三にんぐみ」の絵本の裏に、私は「ひまわりぐみ おにやなぎしの」という、幼稚園の頃の親友の名前を見つける。しかし、志乃ちゃんは年長のひまわりぐみになる前に事故で亡くなったはずで......。


私が感じた雰囲気の話なので、他の方が読んでどう感じるかは分かりませんが、全体に流れる雰囲気の、こう、体験してないのに懐かしい感じといいますか、どこでもなくいつでもないあの時あの街での記憶を思い起こさせるような、まぁ一言で言えばそれは「ノスタルジー」なわけですが、それがとても素敵でした。そのノスタルジーは、現在の出来事の中に過去の出来事が、また、現実的な描写の中に"あの子"が登場する場面の白昼夢のような空気とが、緩急を効かせて入ってくることでより濃密になっていると思います。
そして、ストーリー展開ももちろん面白かったです。(ネタバレ→)最後まさかミステリ的な解決をするとは思わずびっくりしました。しかし、ミステリ的に解決した後も「死んだ少女の霊」の代わりに「主人公が過去にしたこと」が立ち現れることで幻想ホラーとしての雰囲気も損なわないようになってるのが見事です。
ただ、しっとりした話なのに主人公の叫び声だけ楳図かずおみたいなテンションなのがちょっと笑ってしまいました





香山滋「月ぞ悪魔」

見世物師の老人が語る、若かりし頃、コンスタンチノープルで体験した悲恋を語る。妖婆ムンクから、「二つの月が出る時まで」と預けられた美少女スーザとの日々と、その終わりを......。


香山滋!戦前戦後の怪奇探偵小説に興味がある身としては名前はもちろん知ってる、でもあんまり読む機会がなかったあの香山滋の作品ということで期待してましたが、まあぁ〜面白かったです。てかタイプ。
本書の一編目の山風「人間華」にも似た、切ない恋を主題にしたおどろおどろしい怪奇短編。
謎の妖婆に美少女を預けられるというタナボタ展開からの、焦れったい二人の恋模様からの......と、幻想的に美しく儚くエモくエロい雰囲気にただただ圧倒されます。妖婆ってなんや!?というツッコミはヤボで、とにかく物語に流されていけば良いのです!
いやもうね、2人の交わりのシーンの(エロネタバレ→)汗だくでくちなしの花の芳香を漂わせるスーザちゃんのエロいことエロいこと。しかし、最後まで読んでみると(否、ここまで読んだ時点で何となく察せるとは思いながらも)、この場面に隠されたもう一つの意味、(エロネタバレ→)「夫の目の前で犯されてーー」に戦慄します。なんとアレだったとは。まぁ予想はしてたけど......。
そんなこんなで、視覚的なエロメディアでは絶対に味わえない感性のエロに触れることができる名作。その結末の余韻もまた素晴らしいです......。





都筑道夫「狐火の湯」

劇作家の男が、山奥の古い温泉宿で体験した"狐火"のことを語るお話。


いやぁ〜いいですねぇ〜。昔懐かしい昭和の旅情ものの雰囲気。露天風呂で大声で女湯にいる女子大生たちと会話するなんて、ロマンですよねぇ。そして、女子大生の房代ちゃんと仲良くなっていく主人公のラッキースケベ先生()。こっからはもうムフフ展開まっしぐらで、思いっきり怪談な出来事が起こるにもかかわらず正直読者はずっとムフフな気持ちのままなので全然怖くない......ってそれじゃダメじゃん!という感じもしなくはないですが、ともあれ旅情を味わうには最高な一編です。





柴田錬三郎「赤い鼻緒の下駄」

著者の元へ、口もきいたことのなかった大学時代の同級生から原稿が届く。
そこには、その同級生が、戦時中から戦後にかけて逗留していた寺で出会った寺の一人娘との淡すぎる恋のこと、そして、幽霊のことが書かれていて......。


実質最終話。だからかどうかは知りませんが、しっとりと哀しい物語で、締めにはぴったりな気がします。
さっきの「狐火の湯」のラッキースケベ先生とは全然違って、とても奥ゆかしく淡い恋模様にむずむずし、その結末にほろりと泣けてきちゃう、ただそれだけの話ではありますが、それだけで味わい深い逸品です。





佐々木喜善「ザシキワラシ」

柳田國男が『遠野物語』を書くにあたってインタビューしたことでも有名らしい佐々木喜善による、ざしきわらしに纏わる話の集成。
本書においては書く短編の合間合間にこれが1ページずつ挿入される構成でしたが、フィクションである短編小説たちの間にこうした実際の体験談を収集したものが挟まれることで、本書全体になんとはなしに説得力が生まれていて、幕間としていい味出してましたね。
もちろん、それぞれの話も実話ならではの不思議さに満ちていて面白かったです。