偽物の映画館

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坂木司『アンと青春』読書感想文

前作ではアンちゃんが仕事を通して出会う人たちのお話という感じが強く、アンちゃんは(読者と一緒に)彼らのキャラの濃さに驚く語り手という印象でした。今作では、そんなアンちゃんが色んな人たちとの出会いを自分の内面に反映させていくお話で、アンちゃんが語り手から主人公へと成長したなぁという感慨の湧くシリーズ第2弾でした。

アンと青春 (光文社文庫)

アンと青春 (光文社文庫)



まず、「空の春告鳥」では、立花さんとの中華街デート......否、女子会と、お店の外へ出て開放的な空気が楽しいお話......ですが、そこに「飴細工の鳥」という言葉にまつわる青春の苦悩もトッピングされることで反対に閉塞感もあるお話でもあります。
和菓子ばっかだと油断してましたが、中華街食べ歩きまでやられるといよいよ読んでてお腹空いちゃいますよね。



続く「女子の節句は、友達と京都女子旅に出かけたアンちゃんが現地の和菓子屋さんで出会った陰険なばあさんと、帰ってきてからみつ屋で出会う似たような陰険なばあさんに纏わるお話。
このシリーズには珍しく、かなり重くてプライベートな内容。それに向き合うことで、無垢の塊のようなアンちゃんがちょっと世の中というものを垣間見るような......。
そして、この話のモチーフとなる蓬莱山という饅頭がやばいですねビジュアル。これは普通に甘党の夢でしょ。食べてみたいです。

ところで、桜井さんのアレが突然すぎてびっくりしたんですが、調べてみると著者の別の作品にそのエピソードが出てくるらしいですね。にしてもこのシリーズでも説明してほしいよ〜。でも桜井さんがカッコよかったので満足です。



そして、対になるタイトルの「男子のセック」では、立花さんがなぜか目の敵にする、洋菓子店の柏木さんという新キャラが登場。この人がなかなかダメダメな感じで思わず共感とも同情ともつかぬ気持ちになってしまいます。そのため、そこをばっさりディスる立花さんにこっちまでごめんなさいごめんなさいと泣きながら許しを請いたくなります。
そして、アンちゃんも柏木さんと仲良くなるにつれて立花さんに対して気まずくなっていき......というのが息苦しいですね。
謎解きとしては、立花さんの「アヒルの元和菓子職人が現パティシエ。笑えますね」という意味深な柏木さんディスの意味を探るというものなので、またもや重ためな空気が漂います。
その真相については特に以外でもないものの、完璧超人 兼美少女の立花さんにもこんなふつうの人間らしい一面があったのかと、読者としてはむしろ安心してしまう部分もありました。とはいえ、毎日顔を合わせるアンちゃんからするとそうも言ってられないわけで......。



立花さんとのギクシャクを抱えつつ、続く「甘いお荷物」は一旦2人の関係性は据え置いてアンちゃんがデパ地下で見かけた母子のお話に。
普段私はこういう問題に対して「そこまで気にするか?」と思ってしまうんですが、自分は良くてもやっぱり子供がいると違うのかな......と考えると、気にしすぎと簡単には斬って捨てれないなと反省させられましたね。



そして、最終話の「秋の道行き」では、なんと立花さんが失踪して自分探しの旅へ......。といっても、もちろん彼のことですから突然姿を消したわけではなく、連休中に個人的に旅行に行ったという体なのです......。アンちゃんは、立花さんが出かける直前に「今までのお詫び」として職場のみんなに配った和菓子が、自分のものだけ他の人のと違うことに気づき、「これは立花さんのメッセージだ」と直感します。
そして、アンちゃんは立花さんの行き先を師匠らの助けを借りながら推理します。
1話目から常に本書のメイントピックとして描かれてきた「アンちゃんと立花さんの関係性」が、ここにきて真正面から、しかし「和菓子による暗号」という変化球で描かれます。
ここまでくるともう謎解きというより調べものの範疇になってくる気はしますが、ミステリ部分なんてもはやどうでもいい!今までこのシリーズで描かれてきた「和菓子に意味を込められること」「和菓子のことを知ることでそれを読み解くこと」というところを、アンちゃん自身に関わる形で描き出しています。
もちろん、その結末もエモいです。今まで本書全体に掛かっていたアンちゃんや立花さんの悩みからくる閉塞感が、ここにきてすかっと爽快に取り払われ、一冊の本として感慨深い結末になっています。
前作ももちろん面白かったですが、この辺のテーマの深化と一冊のまとまりとしては断然本作の方が綺麗で、いかにも続編ありありの終わり方なので次回もすごい楽しみです。

まぁ、最後の最後はちょっとマンガ的すぎて「おいっ!」ってなりますけど......笑


そんなこんなで次作を楽しみに待ちたいと思います。私としては、あと1、2冊くらいでシリーズ完結するんじゃないかなぁ、という気がしますが、どうなるんでしょうね。