偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

坂木司『和菓子のアン』

高校を卒業して進学も就職もせずにデパ地下の和菓子屋さん「みつ屋」で働くことになった主人公のアンちゃんが、お客さんや仕事仲間に関する謎に出会いながら成長していく日常の謎連作短編集です。

和菓子のアン (光文社文庫)

和菓子のアン (光文社文庫)


坂木司を読むのは、中学生の時に読んだ引きこもり探偵以来でしたが、少しの苦味はあっても悪意はない、優しい味わいに、そうそうこんな感じだったわ〜と、懐かしく読みました。


主人公のアンちゃんが、バイト先のみつ屋で出会う仕事仲間やお客さんにまつわる謎を和菓子うんちくを絡めて解いていく、という、The・日常の謎お仕事コージーミステリですね。
ただ、一味違うのが本書のモチーフとなる「和菓子」。日常の謎系お仕事ミステリって、だいたい喫茶店か本屋が舞台じゃないですか。まぁそれは酷い偏見としても、和菓子屋さんが舞台になるお話は私の知っている範囲では聞いたことがなく、なかなか新鮮でした。
モチーフが珍しい分、ミステリーとしてはかなり和菓子うんちくに依ってしまっている気はしなくもありません。しかし、その「和菓子」自体が、身近でありながらあまり詳しくは知らない存在なので、うんちくも読んでいて面白かったです。


そして、和菓子と並ぶ本書のもう一つの見所がキャラクターの良さです。
主人公のアンちゃんは、太っていることを気にし、やりたいことも特に見つからずに将来に不安を抱いている、ちょっと内向きな、でも商店街育ち特有の明るさも持った女の子。そんな彼女が和菓子やみつ屋の仲間たちと出会って、少しずつ自分の進むべき道を探していく......という話ではあるのですが、それはむしろ続編の『アンと青春』に色濃く出ているようです(未読ですが)。

その代わり、本作ではみつ屋の人たちやお客さんら、アンちゃんが仕事を通して出会う人たちが軸になっていきます。
みつ屋のメンバーは美人の店長、イケメン社員の立花さん、バイトの女子大生の桜井さんの三人。ぱっと見た感じ美男美女のこの三人の隠れた本性が現れていく様に笑いつつ、そういう「キャラ付け」的なところだけではない彼らのギャップも描かれて読み進めるほどにみんなに愛着が湧いていきます。個人的には桜井さんが推しなので全然出番が少なくて寂しかったので、次作以降での活躍を祈っています。


冒頭の「和菓子のアン」では、そんなみつ屋の愉快な仲間たちが紹介されつつも謎解きはお客さんに関するもの。
うんちく抜きの推理の面白さとしては本書でも際立っていますが、正直なところ、お客さんに関してここまで詮索するのは客商売としていかがなものかと思ってもしまいました。


ずっとこんな感じだったらちょっとなぁと思っていましたが、それは杞憂。
続く「一生に一度のデート」では和菓子界ではクリスマス以上のビッグイベントである七夕を舞台に、同じくお客さんに対しての詮索ではありながらも、それが最後に優しい形で結実する良い話だったので安心しました。

「萩と牡丹」は、アンちゃんがヤクザ風のお客さんに「姉ちゃん半殺しにしてまうぞワレ〜」(違う)と脅しをかけられて震えるという物騒な導入が魅力的。これは実はネタを知っていたのでうんちく部分には特に意外性はなかったのですが、そこからまさかの某みつ屋従業員の過去編みたいな展開になるのはちょっとびっくり。


続く「甘露家」は、お客さんでもみつ屋のメンバーでもなく、同じ百貨店内にある別のお店の人との交流が描かれます。これもネタはうんちくですが、たったあれだけのうんちくからここまで物語として組み立ててるのが凄いです。ああいうシリアスな流れからの、最後に分かるタイトルの意味が優しくてしんみり。本書ももう終盤ですが、この話から
格段に面白くなった気がします。


そして最後の「辻占の行方」
まず、辻占=フォーチュンクッキーと言われてもフォーチュンクッキーすらなんか流行歌の歌詞にあったなぁくらいで何のことか知らなかったのでググってみたんですが、こんなんなんですね。

中に占いの紙が入ってる。これは可愛い。見たことないのは単にあんま和菓子屋さん行かないかかな。ちょうど年末年始の時期なので見かけたら食べてみたいですね。

というのはさておき、今回のお話は、若い女性のお客さんからの「人にもらったみつ屋の辻占に変な紙が入ってました」という相談から始まります。白紙とかなら工場の印刷ミスかもしれないけど、その内容というのが判じ絵のような暗号のようなまったく不思議なものなので一体なんなんだろう?という事件。
その真相については大体のことは予想がつくものではありますが、それでも私の中の立花さん的なところがトゥンクトゥンクと疼きましたね。そして、最後にあの人の秘密が明らかになるところは、人と出会って、その人のことを知っていくという、本書に通底するテーマの締めくくりとしても文句なしでした。


というわけで、最初の方こそちょっと不安になったものの、読んでいくうちに右肩上がりでどんどん面白くなる連作集でした。
そして、次作の『アンと青春』も秘密のルートから既に仕入れているのでこれから読んでいきます。楽しみ!