偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

多島斗志之『追憶列車』読書感想文

というわけで、こないだ『不思議島』を読んでそのまま連チャンで多島斗志之作品を。
長編の後は短編でも......と思い、短編集の本作をチョイスしてみました。

ちなみに本作は単行本の収録作から2本ほど差し替えられているらしく、機会があれば単行本の方も読んでみたいと思います。

追憶列車 (角川文庫)

追憶列車 (角川文庫)


5編の短編が収録されていますが、全体にミステリー要素は味付け程度で、ストーリー性重視の短編集になっています。
1話目が現代もの、そこからどんどん時を遡っていくかのように舞台が時代がかってきて、最終話は明治維新後のお話になっています。この収録順もおそらく意図的なものと思いますが、どんどん物語の深淵に迷い込んで行くような感覚があります。と同時に、どの話も人間の複雑な心理を描いているので、いつの時代も人の心は難しく遣る瀬無い......という感慨も、一冊読み終えた時に湧いてきました。

以下各話の感想をちょっとずつ。





マリア観音

幼い娘を家に置いたまま遅くまで出かけていた美佐子。帰宅し、何をしていたか問い詰める夫に、彼女は語る。娘の持ち物が消えること、"あの女"のこと。そして......。


冒頭、遅く帰った妻が夫に叱責されるくだりまでは「ははーん、不倫ものだな」と早合点してしまいますが、そこからいきなりのストーカーサスペンスへ、さらに場所探しミステリーからの思わぬ展開へと、ジャンルがことことと変わっていくのが楽しいです。
また、前読んだ『不思議島』と同じで、本作に出る地名やマリア観音のある寺も全て実在のものなので、美佐子のちょっとした旅の長さを思ったり、実際のマリア観音の写真を見て感慨にふけったりと、インターネット併用で旅情ものにもなる味わい深い作品です。
ラストは人の心の複雑さを見事に描き出していて、深い余韻が残りました。(ネタバレ→)「どんな人間も死んだら仏」という言い方をしますがまさにそれがテーマで、お寺巡りのゆるやかな仏教的雰囲気に合った見事な幕引きです。





「預け物」

娘たちの態度の悪さに悩む普通の主婦・京子は、大事な預け物をしていた友人の照江が急死したことを知る。預け物を取り戻そうとする京子だが、それは様々な人の手を転々としていて......。


一転してややコミカルなユーモアミステリーという感じ、そして、預け物が見つからず変な人巡りをする羽目になる展開は「世にも奇妙な物語」っぽさもあります。
正直、なかなか嫌な感じの人間ばかり出てきて、ユーモアミステリーとしてはそんなに笑えないです。結局のところの預け物の正体も、たぶん誰もがまず考えるであろう可能性をそのままやっているので、意外性はなかったですね。
ただ、嫌な奴ばっか出てくるからこそ、とある場面ではスカッとして面白いし、いきなりバカバカしい話になるラストのいい意味でのとほほ感、しょーもなさ、それでいてちょっといい話だったり「ちゃんちゃん」と効果音が付きそうな最後の一文だったりなかなか味わい深い部分も多くて嫌いになれない不思議なお話でした。





「追憶列車」

『離愁』を観た淳一郎は、50年前の第二次大戦終期に、パリからベルリンへと逃げる列車の中で出会った明実という少女を思い出す。


私は一応映画ファンを公言していますが『離愁』を観たことがないのでこの話がどれくらいあの映画を踏まえているのか分からず悔しい思いをしました。←
それはともかく、戦時中という時代におけるボーイ・ミーツ・ガールという、どうにも悲しくなる予感しかしない設定で既にしんどいです。
さて、内容ですが、とりあえず男の子と女の子が魅力的です。時代背景はなかなかややこしいものの、話の軸はこの2人の交流なので、彼らが魅力的ならそれでいいのです。2人とも、変にキャラ立ちしすぎず、しかし1個しか違わないのに未知の世界にいる感を出してくるお姉さんとちょっと反発しながらも惹かれてしまう少年というオタク心を揺さぶる2人の関係性がいいですね。女の子ってのはミステリアスでオトナチックなものですね。私なんかもうおじさんだけど未だに高校生以上の女の子はみんな年上に見えますからね。
で、そんな2人の恋が行き着く終着点がなかなかで、青春こじらせマンとしてはなかなかでした。ネタバレ回避のためにぼかしています。
ただ、惜しむらくは短編の分量のためかなり駆け足なところ。もうちょいじっくり読みたかった。とはいえ、唐突な終わり方はフランス映画みたいでおそらく狙ったものでしょうけど......それにしても......。





「虜囚の寺」

日露戦争下、ロシアの俘虜の収容所。所長の大野久庵は、虜囚のセルビンが脱獄を企ててる気配を察知する。一方、13歳の少女おみつは、姉のおきぬが俘虜のロシア人と親しくするのを心配し......。


戦争中に敵国の虜囚を収容していた町......という舞台設定が魅力的です。外出許可を得て町をうろつく見慣れる大きな外国人たちに恐れを抱く少女と、彼らと親しくするその姉。そしてお互いに認め合いながらも対立する立場の収容所長とロシアの陸軍士官の4人を主役に据えた短い割に読みどころの多いドラマです。
脱獄ものミステリーの要素もあるにはあるのですが、そちらは大方の予想通りの展開でいまいち頭脳戦としての面白みに欠けるのは残念でした。しかし細かい小道具の使い方や、逃走を悟る場面の演出は面白かったです。
また、クライマックスのシーンのなんとも言えない良さが印象的でしたね。はい。





「お蝶ごろし」

元芸者のお綱は、清水次郎長の3人目の妻となる。亡くなった先代の妻の名を継いで"二代目お蝶"となった彼女。しかし、ある日芸者時代の恋人・新之助の同志と再会したことで、新之助の消息が心配になり、次郎長には内緒で新之助の行方を探し始め......。


「追憶列車」「虜囚の寺」も時代ものでしたが、こちらは実在の清水次郎長と二代目お蝶という人物を主役に据えたフィクションになっています。最初に史実における結末が語られ、本編でそこへ向かう過程がフィクションとして描かれ、「どうやってあの結末に至るのか?」という一種の倒叙のような面白さがありました。
で、本編に関しては、次郎長の妻「お蝶」が、過去の恋人が大変な目にあっていると知って芸者の「お綱」だった頃に気持ちが戻ろうとするんですね。この過去と現在のバランスがどんどん過去へ向いて行ってしまうのにハラハラさせられます。また、そんな風に終盤まで主人公はお蝶さんなのですが、結末に至って彼女の周りのキャラクターたちの姿が一気に印象を増して読後感は群像劇のようですらありました。あらかじめ主人公が死ぬことは分かってはいながら、こうした予想外の余韻が残るのには驚かされましたね。
本書収録の他の短編は全体に短すぎてちょっと物足りないところがありましたが、このお話は中編並みの分量だったので満足感も強いですね。やっぱ表題作もこんくらい長けりゃ......。