偽物の映画館

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七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』読書感想文

『七つの海を照らす星』に続く七海学園シリーズ第2弾。オーソドックスな連作短編集だった前作に対し、今作は中心となる転落事件の描かれる「冬の章」の合間合間に、各季節の短編をカットバック式に挟み込んだ形の、半分長編みたいな短編集になっています。



なお、今作から読むより前作から通して読んだ方がいい作品なので、未読の方はまずは前作からどうぞ。



ではまず各短編について。



「春の章 ーハナミズキの咲く頃ー」

内に籠もりがちな少年・界が珍しく学園のピクニックに参加するという。しかし、ピクニックの最中にあるきっかけで暴れ出してしまう。春奈が話を聞くと、彼は母親に殺されかけたという過去を語り出し......。

結末の方向性こそ見えてしまいますが、(ネタバレ→)界の母親の性格までが推理に説得力を与える伏線になっています。こういう(ネタバレ→)キャラの考え方のクセをトリックに使うあたり、わたしの大好きな泡坂妻夫みが感じられていいですね。その説得力が更に(ネタバレ→)推理を語る意味という物語としてのテーマにも説得力を与えているのが見事です。重い話ですが、テーマとキャラクターたちの優しさのおかげでどこか爽やかな余韻が残ります。


「夏の章 ー夏の少年たちー」

施設対抗のサッカー大会の日、決勝戦の後、片方のチームの選手が全員失踪してしまう。しかし、会場にいた人の話を突き合わせると、彼らが会場から抜け出す隙はなかったことが分かり......。

トリック自体も面白いんですが、前作のとある短編の応用編といった感じで目新しさはありません。ただ、そのための(ネタバレ→)共犯者の多さというミステリ的には弱点になりそうな要素を物語としての感動に繋げることでカバーしているのが上手いですね。


「初秋の章 ーシルバーー」

前の学校でもらったお別れの色紙を大事にする樹里亜。しかし、その色紙が何者かに盗まれてしまう。樹里亜は学園の少女・エリカに盗まれたのだと疑うが、果たして......?

このネタをメインにされたら普通「そんだけかい!」と怒ってしまいそうですが、(ネタバレ→)隠れた文が太字で浮かび上がった時にあまりのおぞましさに鳥肌が立ってしまい、それどころではありませんでした。つらい話ですが、海王の最後の話に少しだけ救われます。


「晩秋の章 ーそれは光より速くー」

学園に突然、「娘に合わせろ」と男が押し入る。人質状態になってしまった春奈はどう危機を乗り越えるのか......?

......というサスペンスっぽいあらすじのお話ですが、春菜、侵入者、たまたま居合わせたおっちゃん、学園の幼児の4人が噛み合わない会話をしてドタバタする様はむしろユーモアミステリの読み心地です。なので「まさか春菜が刺されることもあるまいし......」と油断してにやにや笑いながら読んでいたら、自分の方がぶん殴られました。あの真相は完全に予想外。と同時に、その後さらに笑える展開になるのも凄い(?)です。最後の海王さんのセリフが刺さるものの、基本的には笑いながらも最後に驚ける傑作です。


そして............


「冬の章」

四つの季節の章が終わると、本書全体を貫いていた、瞭という少女にまつわる物語もついに結末に向かいます。
殺人事件を扱うシリーズではありませんが、転落事件の犯人当てというはっきりした形があり、オーソドックスな"ミステリの解決編"に近くなっているのが特徴的です。

ここで明かされる真相自体かなり衝撃的なもので、びっくり度だけでもここ数年で読んだ作品でも屈指でした。
(ネタバレ→)冬の章を分割することで語り手が違うことを不自然に思わせないところや、(ネタバレ→)冒頭から「北沢春菜です」という誤認爆弾を仕掛けてるあたり巧妙過ぎて引きました。ドン引き。

また、凄いのが伏線や手がかりの膨大さ。細かい部分まで拾ってるとキリないですが、大きいところでは......(ネタバレ→)夏の章と晩秋の章では人物自体の誤認や入れ替わりが、春の章と初秋の章では人物像の見え方の反転が、それぞれトリックになっていました。冬の章を見ると、被害者と語り手の誤認、モーリ像と暸から見た春菜像の反転と、それまでの4つの短編に使われていたトリックが(メタ視点からではありますが)そのまま大仕掛けの伏線/手がかり/ヒントになっているあたり鳥肌ものですね。

強いて難点を挙げるなら(ネタバレ→)上記のように各短編が全て人物/人物像の反転を扱っているため、各短編のバリエーションの豊かさでは前作に軍配が上がるかと思います。
というか前作も本作も(ネタバレ→)実は佳音ちゃんでした(。・ ω<)ゞてへぺろなのでちょっと(ネタバレ→)春菜ちゃんがハンカチ噛んでる光景が思い浮かびますね......。

ともあれ、細部までよく考えられたド傑作ではあるのですが、読み終わってちょっと放心してしまいました。この先、彼女らがどうなるのか......続編が待たれます......。

なお、本作はツイッターで読書会をやったんですが、その際に私と違って知的で聡明なフォロワーの皆様の深い読みに本作の楽しみ方を教えてもらいましたのでここに謝意を示して終わらせていただきます。メリー天皇誕生日!ばいちゃ。