偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ラーメンズ特別公演『零の箱式』

ラーメンズDVDシリーズ!


収録内容
現代片桐概論/文庫本/タカシと父さん/釣りの朝/かわいそうなピンクの子犬コロチンの物語/片桐教習所/日本語学校(フランス篇)/小さな会社

本作はソフト化されていない第4回までの公演からより抜きで再構成した"特別公演"らしいです。
初期作ということでなんとなく近作よりもシュールさが強い気がしなくもないですが、最近もこんな感じという気もしなくもなく、ともあれとても面白かったです。
また、この公演ではいくつかのコントで客演が3名出演していて、それが元からなのか特別公演だからかは知らないけど新鮮で面白かったです。

以下各話の感想。



「現代片桐概論」

片桐さんの剥製っぷりが凄かったです。面白いんだけど、それ以上に凄え。
途中の超下ネタなところが凄く好きです。ラーメンズって下ネタ控えめなんじゃなかったっけ?


「文庫本」

客演のバカたちの絵に描いたようなバカっぷりが面白く、片桐さんの絵に描いた以上の(なんだそりゃ)バカっぷりもさらに面白い。
繰り返しネタなんだけど繰り返すたびにどんどん酷いことになっていく様はもはやタイムループ系のSF映画を彷彿とさせます。全然違うけど。
片桐さんがバカすぎて気付かなかったけど、そもそも小林さんのアイデアがバカですしね。



「タカシと父さん」

怪傑ギリジン系のシリーズ、好き。
台本があるんだろうとはいえ、片桐さんが繰り出す流れるようなギャグの物量にはよくこんだけやれるなと驚かされてしまいます。
分身するやつが一番ハマりました。
それに引き換え小林さんはただ黙って俯いてるだけの簡単な仕事すら出来ずに笑っちゃってて可愛いです。
そのオチ要る??っていう取ってつけたようなオチによって一気になんとも言えない気分にさせられるのも好きですね。



「釣りの朝」

片桐さんが同棲してる小林さんをどうにかして釣りに付き合わせようとする話。
私も釣りに興味がないのでむしろ面白かったです。
片桐さんの女役にはなぜだか妙な可愛らしさがあるんですよね......。喋り方とかそんなにめちゃくちゃ変えてるわけでもないのに......。



「かわいそうなピンクの子犬コロチンの物語」

DVDのパッケージでタイトルを先に見ていたので、冒頭では「あれ、この話抜けてるぞ?」と思っちゃいましたが、あの始まりからまさか本当にかわいそうなピンクの子犬コロチンの物語になるとは......。
シュールすぎてわけわかんねえんだけど、なんか面白い。
「文庫本」に出てきたバカたちがさらにバカになって帰ってきてるのも好き。



「片桐教習所」

これまでのコントたちを強引にフリにしてしまうこの設定が強い。
新しいことは何も起こらないのに、小林さんがやるだけで面白いっていう。そもそもこっちパターン珍しいですもんね。小林ファンとしてはとても良かったっす。
オチにはまじで「ふぁっ!?」って言ってしまいました。オチというか、、、イ(ネタバレ)ですからね。不意打ちで。



日本語学校(フランス篇)」

ラーメンズのこういう変な連想ゲーム的なネタ、好きです。
語感と言い方だけで押し切ってるようなネタではありつつ、言葉の並べ方には知的な感じがあるのはさすが。
フランス人(?)の描き方は今だと差別的に見えてしまう部分もありますけどね。



「小さな会社」

わりとノリとか勢い重視のネタが多かった中でこれはがっつりストーリー重視の感動的な人間ドラマだったりします。
もちろん笑えるんだけど、ここまでの話のバカ笑いとは違った「微笑ましい」に近いニヤニヤ笑いをしちゃいました。
こういう、小林さんがなんかカッコいいことを「カッコいいこと言ってます」って顔して言う、ある種のカッコいいセリフパロディみたいなネタは好きっすね。
片桐さんメインの話なのに小林さんファンだからまた小林さんの話をしてしまいましたが、片桐パパも可愛くて良かったです(雑)。

カツセマサヒコ『夜行秘密』感想

私の大好きなでお馴染みのindigo la Endの6枚目のアルバム『夜行秘密』を元に、『明け方の若者たち』のカツセマサヒコが書き下ろした恋と秘密と後悔の物語ーーー


というわけで、刊行が発表された時から楽しみにしてた本作ですが、実際読んでみた感想として、凄く良かったです!
凄く良かったけど、曲の内容と小説の内容が違うところがーー著者の狙いだと分かってるしそこが凄いとも思うけどーーindigoファンとしては少し拍子抜けしてしまうってのもありました......。

とはいえ、まずはindigo la Endの作品が小説化されただけで満足だし、そんな企画が通るくらい売れてるんだってのも嬉しいし、著者のカツセマサヒコ氏もリスペクトを持って描いてくれているのが伝わってきて胸熱でした。

全体の構成も、序盤は一曲ずつの歌詞の内容と重なるところのある群像劇......そこから、終盤ではだんだんと曲の内容から離れて別物の長編小説になっていくという凝ったものになっていて、特に読みはじめた頃には予想だにしなかった終盤の展開は凄かったです。

内容にも、終盤はアルバムの『夜行秘密』からは離れていくんだけど、それでも全体に通底するテーマーー恋の秘密と後悔、そして大きな社会と小さな個人の相対ーーは、indigo la Endのみならず、ゲスの極み乙女。なども含めた川谷絵音作品、さらに言えば川谷絵音の人生そのものと深く結びついていて、曲の内容をただなぞるのではなくこういうやり方も面白いなと思わされます。
というか、むしろ本作の終盤のBGMは『達磨林檎』な気さえしてしまいます......。

キャラクターもそれぞれ魅力的で、全員が聖人君子ではなく、純粋な悪人でもなく、それぞれに信念や大切なものを持ちながらも、それぞれに欠点や見えていないものもあって、それでお互いに傷つけあってしまう......というのが切なくてやるせなくて人間って感じでした。
だから特に好きなキャラとかはいないくて、全員が平等に印象に残るし、全員の中に少しずつ自分と重なるところ、共感できるところがあって、逆に言えば全員に100%の共感はできない。
そういうところがきっと著者の描きたかったところなんだろうなと思います。

各編の中に、どんなに内容が曲から離れていっても必ず歌詞のワードが入ってきて、さらにはアルバム『夜行秘密』に留まらず過去作の歌詞なんかも引用されるあたりが、嬉しくもオタク同士の気恥ずかしさもあってフフってなっちゃいました。でもナツヨはともかく、『濡れゆく私小説』から"あの曲"を引っ張ってくるあたり趣味が合いそうです。私もあの曲大好きなんすよね!

そして、ラスト、ほんとに最後の一行で、あの言葉がああいう意味合いで言われるのにぞわっとしました。
喪失、というindigo la Endの曲のテーマとしても最も比重の重いものを最後にこの言葉から感じさせられて、切なくなる前に瞳を閉じてしまうよ。

......で、ひとつだけちょっと物足りなかったのが、文体が映像的すぎるところ、ですかね。
もうちょっと小説ならではの具象的ではない表現が欲しかったかなぁ、と。
まぁ、狙う層が普通の小説とは違ってくるから、これで合ってるんだとも思いますが、ちょっと読みやすすぎてもうちょい読み応えがあっても良かったなと。
あ、あと、アルバムで特に好きな「夜行」「さざなみ様」「不思議なまんま」があの扱いっていう......笑

とはいえ、indigo la Endトリビュート作品としても、ひとつの物語としても大満足な作品に仕上がってて、何様って感じだけどちょっとホッとしました。カツセマサヒコ先生ありがとうございます。

三田誠広『いちご同盟』感想

去年の今頃も「夏だから」と思って『永遠の放課後』を読んでましたが、今年も夏だから三田誠広を。


ピアノが好きだけど、プロになれるほどの腕じゃないことは自分でわかってる。かといって成績もまぁまぁで、進路をどうするかーーいや、自分はどうやって生きていけばいいのかーーに悩む中学3年の北沢良一。
そんな時、野球部のエースの羽根木徹也と、その友人で重病で入院する少女上原直美に出会い、良一は徐々に人生への見方を変えられていき......。


悩める少年の恋と友情とそれ以外を描き切った青春小説。

短いページ数でさらさらっと読めるんだけど、読後に残る余韻はなかなか忘れ難い、まさに夏のような小説でした。

冒頭、主人公が自殺者への関心を持って小学生の飛び降り現場を見に行ったり自殺した芸術家の手記を読んだりするあたりからしてもう身に覚えがありすぎて恥ずかしくなってしまいますが、それが満たされすぎて満たされないという感覚に基づくものだと分かっていよいよ自分を見ているようないたたまれなさとエモさを感じてしまいました。
とはいえ彼にはピアノという打ち込めるものがある......あるだけに大変でもあるんだけど、そこだけが何もない私との違いであり、彼を眩しく思いました。

そんな彼が出会う徹也と直美の人物造形もとても良かったっす。
徹也の、若いなぁと思わされつつも中学生としては圧倒的に大人びていてクラスにいたら羨望と嫉妬の眼差しで見てしまいそうな感じ、めちゃくちゃいそうですよね。てか、いましたよこんな子、クラスに。
直美ちゃんの強がってたりある程度は達観または諦観してるようなところもありつつ、難病もののラノベとかにありがちな聖人めいた萌えキャラじゃない人間臭さもあるあたりも好きです。

そんな彼らに出会うことで、主人公は良い影響も受けるとともに、彼らと自分を比べて落ち込んだりもするという両面からの変化もまたわかりみが強いところで。
そこに家庭での話も絡んできて、さらには学校の先生やクラスの番長やいじめられて不登校になった同級生といった脇役たちもそれぞれに人生というものを抱えているんだと思わされるような印象を残します。
また、私は野球は全然分からんし音楽にも疎いのですが、それでも主人公たちが打ち込むピアノや野球の細かな描写からは、打ち込んでいる情熱はしっかりと伝わってきて、それらがみんな合わさって中学時代の全てが描かれていると言っても過言ではない濃密さになってます。

個人的に好きなのは(ネタバレ→)終盤で、これまで退屈だと思っていた曲の良さが突然分かるようになるところ。
大人のことを軽蔑していただけだった彼が、自分も一つ大人になって、大人は大人で悪くないと知るような、生活を捉えるような、特別な瞬間が美しい。
それまで、自意識の大きさから理想と現実とのギャップに悩んで中途半端に死に憧れていた良一が、本物の死に直面して現実の側に降り立った

ようなところが今の自分に重なるところもあって好きです。とはいっても私はまだ直面したことはないのですが......。この歳になっても、だからいつまでも大人になれないんですかね。

この歳になって読むと、15歳の時のことなんてすぐに忘れてしまうよ、とも思ってしまうんだけど、だからこそ忘れないために結んだ『いちご同盟』というタイトルが読後胸に突き刺さるんですよね。

めちゃくちゃどうでもいいので最後に余談として書くけど、直美のとある印象的なセリフにめちゃくちゃドキドキしつつも、若干「リンリンリリン リンリンリリンリン♪」ってなっちゃいました。

それではまた来年の今頃に、別の三田誠広作品を読むことでしょう。さようなら。

異形コレクションLI『秘密』感想

老舗ホラーアンソロジーシリーズの復活後第三弾。累計では51冊目です。

実はこのシリーズ、これまで通しで読んだことなかったんですけど、今回大好きな飛鳥部勝則先生の10年ぶりの新しい作品が読めるということで、これはもう買うしかねえ!と。
こうして新作短編も出たことだし、この勢いで短編集とか、新作長編なんかも出ねえかな飛鳥部先生......。

などと妄想してもしまいますが、そんな飛鳥部作品はもちろん、他の収録作もどれも面白く、1冊通して異形の世界にどっぷり浸って楽しめました。

以下各話の感想。





織守きょうや「壁の中」

作中でも言及される通りポオの「黒猫」を彷彿とさせる超古典的なネタを現代風に翻案した作品。
発端がちょっと変わってるものの、そこからの展開もオチも非常にオーソドックスですが、このアンソロジーの1編目という立ち位置も踏まえれば良い意味でのベタさになってると思います。
そんな中で、書けない作家の苦悩の描写に関してはめちゃくちゃリアルっぽくて、ある種の業界内幕モノのような楽しみ方も出来てしまうのが良いっすね。
過去の罪が壁の中の死体という物理的な"秘密"となって常に精神を脅かしてくる疚しい怖さが素晴らしかったです。



坂入慎一「私の座敷童子

ブラック企業やDV彼氏というイマドキワードから、田舎の実家の地下牢という怪奇風味への飛距離が素敵です。
座敷童子という怪異の扱い方も捻りがあって、出てきた時には「座敷童子......?」ってなるのが最後にはちゃんと座敷童子のお話として納得させられてしまうのも凄い。
DV彼氏のクソさがやや絵に描いたような感じはしちゃうものの、カタルシスと後悔が同時に訪れるようなクライマックスから徐々に閉塞感へと囚われていくようなラストが堪らんです。



黒澤いづみ「インシデント」

これは怖え......。
文庫派だからリアタイの新作をあんま読まないってのもあって、コロナ禍を真っ向から描いた小説を読むの自体これが初めてでしたが、その扱い方の上手さに痺れつつ震えました。
私自身はバリバリ生身で出勤してるしリモートワークとかしたことないんだけど、今まさに各地で行われているリモートあれこれをただリアルに描くだけでディストピアSFのような雰囲気が出ることがまず恐ろしいっす。
画面越しでしか"会う"ことが出来ないからこその不安......通信が繋がらないけど大丈夫なのか......?あるいは......、といったところもめちゃくちゃ怖かったです。
それだけに、クライマックスがちょっとやりすぎな感じがしちゃって、そこで若干リアリティよりフィクションっぽさに傾いてしまったのだけは残念。
しかし、ある種ベタな手法をこの設定でやることでリアルな怖さになる最後の一文なんかは新鮮味があるし、総じてめちゃくちゃ良かったです。



斜線堂有紀「死して屍知る者無し」

人間は死した後に動物に生まれ変わってコミューンの中で役割を果たし続ける......という"転化"の設定がまずは面白いです。
冒頭で設定を知った時点でオチは分かるのですが、分かりきったオチをこういう描き方で恐怖に変えてしまうというアイデアと筆力は凄えと思います。
戦争を知らないような現代の若者の姿を寓話に仮託して描いたようなガチガチのイマドキ青春小説でありながら、ちゃんと怖いですからね。読者にだけ「秘密」を察しさせることで怖くするってのもテーマの扱い方として上手いと思います。
個人的に設定凝り凝りなファンタジー系のお話は苦手なのを差し引いてもとても面白かったです。



最東対地「胃袋のなか」

本書の後半に寄稿してる澤村さんの『ぼぎわんが来る』を読んだ時の感想にも近いですが、イマドキのSNSや通信技術と古来からの妖怪の類との融合が斬新でもあり、しかし斬新すぎてなんかこうホラーというよりバトルアクションみたいな雰囲気になっちゃってるところもあって、面白いけどそんなに好きにはなれない......という複雑な感想を抱いてしまいました。
とはいえ、全編を留守録だけで構成するという着想にまずワクワクするし、その設定によって読者の視野が極端に狭められている怖さから、だんだんと狭い視野の中に「恐ろしいもの」の正体が見え隠れしてくる物理的な怖さに徐々にシフトしていく流れも見事。
最後はマジで打ち切りバトル漫画みたいになっちゃうのでアレですけど、面白かったです。



飛鳥部勝則「乳房と墓 -綺説《顔のない死体》」

さて、今回の一番お目当てが、敬愛する飛鳥部勝則先生の新作たる本作だったのですが、ファンサービスのように飛鳥部勝則らしさ満載の贅沢すぎる一編でした。
冒頭の一文からして、「首なし死体を少女は棄てた」というキャッチーにして飛鳥部勝則としか思えない光景でもう、「きたああぁぁぁ!!」と叫んでしまいました。
そして読み進めるにつれて、怪奇幻想の匂いをぷんぷんと漂わせながらも、所々に挟まれるとぼけたユーモアが逆に異様さを増幅しつつもどこか上品さも与える......そんな、久しぶりの飛鳥部勝則の文章に対する「そうそうこれこれ」という感慨にまた浸ってしまいます。
で、本作なんですけど、タイトルと冒頭の一文の通りの首なし死体モノで、主人公が途中で首斬り講義のようなことをしたりもするんですが、しかし一筋縄ではいきません。
主人公だけが少女が死体を捨てる場面を目撃しているだけで、科学捜査などという無粋なことも当然行われず、少女との間でだけ共有される事件はいかようにも解釈可能なもので......。
とはいえ、これはさすがに......と思ってしまうようなバカすぎるトリックには爆笑を禁じ得ません。でも飛鳥部勝則の作風を知っているからさらっと受け入れちゃうんですけど......。
そして、散々バカと変態の饗宴を開催しておきながらも何故かラストで切ない余韻が残るのも飛鳥部印。
あまりに久しぶりすぎて上がりまくる期待を裏切らない傑作でした。



中井紀夫「明日への血脈」

どうしても毎回中井英夫と見間違えてしまう中井紀夫、実は初読です。
このアンソロジーの中では異色の、目立ったホラー要素のないSF。
冒頭のバーの場面が今読むとなんか懐かしい感じがして良いですね。男と女のやり取りが。
当然のようにそういうことになるわけですが、この辺はもうちょい濃密にエロエロしててくれても良かったかなぁとは思ってしまいます。エロいの読みたいさ。
でもメインはセックスじゃなくてセックス観。
バーで知り合った男女の個人的な駆け引きから、小さなコミュニティを経て太古の昔から遥かな未来までを見渡すようなイメージの飛躍はワンダフルで、でもそこからまた小さな日常に戻ってくるところもハートウォーミングで素敵です。
このアンソロジーでこの後味を味わえるとは思ってなかったのでびっくりしつつも面白かったです。



井上雅彦「夏の吹雪」

短編怪奇小説の実作者でもある編者自らが描き出す秘密の物語。
雪女というベタな怪談に、著者らしい完全にこの世界とは異なるどこかの世界観とSF的な想像力をぶち込むことで不思議なイメージが幻視される一編。
ストーリーの筋は分かるような分からないような感じだけど、どこか夢のようにぼんやりした物語の中からホラー的な切なさがしっかりと立ち昇ってくるのはさすが。
かなり現実に即していたり、アニメやゲーム的な世界観の作品が続いた中で、この"いかにも"な怪奇幻想の薫りが懐かしかったです。



櫛木理宇蜜のあわれ

室生犀星の同名作は実は読んだことがないんですが、そこからタイトルを借りた本作は、バリバリの近未来SFにしてミステリ、そしてグルメ小説でありました。
まずは、環境破壊によって地球が居住に適さなくなった世界で、それでも地球に残っているシェフと、新天地から地球旅行に来た男......というベタな設定から「地球でしか採れない食物を使ったフルコースを味わう」という独創的な状況を作ってるのが面白いです。
そして料理の描写がいちいちやたらと細かくて、めちゃくちゃ美味しそうなのがつらい。
かと思えば、後半は急に特殊設定ミステリのようになったかと思いきや複雑な人間心理を描いたヒューマンドラマでもありと、作品自体も複雑な味わいのフルコースみたいになってんのが楽しかったです。



嶺里俊介「霧の橋」

霧の中で異界に迷い込む......というベタな状況をアレ系と組み合わせることで、どちらもベタだけど新鮮になってるのが面白いです。
さらに、そこからリアルな家族の恐怖、さらには"秘密"を抱えることの恐怖といった人の心の怖さに焦点が当てられていくのも好みでした。
自業自得とも言えるけど、気持ちは分かってしまうだけにヒリヒリしました。
トリッキーな構成、細かなツイスト、インパクトのあるシーン、余韻のあるオチ......と、エンタメ作品としても卒なく作られた良作です。



澤村伊智「貍 または怪談という名の作り話」

唯一既読の『ぼぎわん』には怪談的なものとホラーとミステリーが見事に融合した作品という印象があり、本作もまたそうした特徴を兼ね備えつつ、例えるなら綾辻行人の『どんどん橋、落ちた✨』のような楽しい悪ふざけも入った、よりヘンテコなお話でした。
幼少期の、良くないけどどこの学校にもあった出来事の描写にまずは引き込まれてしまいます。
しかしそうして読み進めていくと、とあるワードひとつでメインタイトルとサブタイトルの意味が同時に明かされ、見えていた光景が一変する......んだけど、その突拍子のなさに思わず笑ってもしまう、この意外性の飛距離が凄えっす。
そこはまぁ遊びみたいなものではあるんですが、「怪談を語ること」でメタに遊びまくってることと、内容自体の陰鬱さとのギャップにもまた『どんどん橋』を感じてしまうのですが、どうでしょう......。



山田正紀「嘘はひとりに三つまで。」

地の文が主人公のセリフになっている、実質会話文のみで構成された実験的な一編。
探偵ならぬ調査員の主人公がとある事件の謎を追っていく様には確かにハードボイルド風味もありますが、ハードすぎない惚けたユーモアも全編に散りばめられていて面白かったです。
タイトルから想像してた話とは違ったのと、あまりにも馬鹿馬鹿しいオチには私の中で賛否両論ありますが、まぁそこも惚けた味わいということで。



雀野日名子「生簀の女王」

たしか昔に『トンコ』だけ読んだ覚えのある著者ですが、その後この名義での活動を休止していたと知って驚きました。
そんな著者の単発の復帰作ということですが、『トンコ』を読んだときにも感じた、ファンタジーとリアリティが両立された独特の世界観が面白かったです。
なんというか、話の骨格はめちゃくちゃ生々しくて陰惨なんだけど、それを部分的にファンタジックな設定に包んでユーモラスに描いている、そこんとこのギャップが、変な言い方ですがとても「物語を読んでいる」という感じがします。
説明が少なくて序盤では不親切に感じるくらいなんだけど、それでも徐々に世界観の端っこくらいは掴めるように説明的ではない説明がちゃんとされるのも上手いと思います。
生きるということに対してある種身も蓋もないような見方をしつつ、そこに優しさも滲み出ているのも心地よいです。綺麗事が一切ないのが綺麗、とでもいいますか。
あとはまぁ、中条さんの命名には笑ってしまいました。



皆川博子「風よ 吹くなら」

たった5ページの短さの中で、断片的ないくつかのイメージが切り取られ、その連なりからなんとなく命というものを教えられるような、まさに幻想としか言いようのない作品。
しかしその幻想は現実の悲劇に立脚しているため、怖さよりも悲しみや苦しみや怨嗟や諦念といった声が行間から漏れ聞こえてくるようで、しかし結末には優しい視線も感じられて、読後思わずため息を吐いてしまいます。
私たちは戦争を知らない子供たちだからこそ、こういう文学作品を読むべきなのだろうと思います。



小中千昭「モントークの追憶」

様々な都市伝説や陰謀論を織り交ぜて、コロナ禍とそれによって顕になった世界の歪みをリアルにそのまま描き出した作品。
異形コレクションという枠に求めるものとはちょっと違う感もあったり、知識がないので書かれてることがほとんど分からなかったりしたものの、主人公が気付いてしまう世界と人類の"秘密"には小説への感想としてではなく実際に私が絶望しました。
それでもとある選択をするラストに関しては、現実世界でなら眉を顰めてしまいますが、小説の終わり方としては爽快で良かったと思います。



平山夢明「世界はおまえのもの」

トリを飾るのは異形コレクション常連のこの人。
デスノート(違う)を手に入れた主人公がノートに翻弄され破滅していく様を描いたホラーなんだけど、その破滅の仕方が容赦なく残酷で素晴らしい!
あまりの不条理さは一周回ってこの世を正しく描いているようなリアリティを感じますし、冗談みたいなというか、冗談で書いてるんだろうなぁというノリで一番最悪なことが起こるのも怖いですね。
理不尽さと狂ったユーモアに一気に読まされ、地獄を経て虚無の境地に達するような結末まで常に圧巻。
著者の作品は『独白するユニバーサル横メルカトル』くらいしか読んでないんだけど、他のも読んでみたいと思わされました。

小林賢太郎プロデュース公演#004『LENS』

最近ハマってるラーメンズ小林賢太郎による、演劇とコントの中間くらいの舞台作品。

順番に見るのが筋だとは思いつつも、本作ががっつりミステリらしいと聞いて4作目だけど思わず先に見てしまいました。

 


 


大森南朋久ヶ沢徹、犬飼若浩、西田征史小林賢太郎の5人が出演、主題歌を椎名林檎が手掛けた公演。

 

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大正時代末期、帝都図書館で幽霊騒ぎと東側の書棚の蔵書がごっそり消失する事件が発生。

図書館の職員、人力車の車夫、所轄書の巡査、本庁の警部、そして抜群の推理力を持つ書生の5人は事件の真相を推理していくが......。

</i>


というあらすじ。

 


ガチでしっかりミステリしてて驚きつつも、ラーメンズのコントでもそのミステリセンスを見てきただけに流石だなぁと納得する気持ちもあり、ともあれめちゃくちゃ面白かったです。

 


まずは事件の謎自体がとても魅力的ですよね。

<b>一面の本棚の本がまるまる全部消失する</b>というのは、誰が?なぜ?またどうやって?というWho・Why・Howの3重の謎になっています。

さらに、おまけ的なものですが幽霊騒ぎまで起こり、The探偵小説の趣が漂います。

茶店のことをカフェエって言ったりするところまで含めて、我々の大好きな戦前探偵小説の匂いがしっかり。

 

そして、わりと全編にわたって(ギャグ的なものも含めて)推理と否定が繰り返されながら段々と真相に迫っていく推理合戦形式になってんのも良いっすね。

 


それでいつつ、やっぱりコント的な面白さも抜群で、登場人物全員がしっかりとキャラ立ちした上でキャラへの愛着を湧かせるようなギャグがポンポン繰り出されるので常に楽しい!

特に筋肉の人が面白かったのと、大森南朋のクール系キャラだけどたまにボケるところが好きでした。

 


かと思いきや、そうした面白おかしいギャグの応酬の中にしっかりと伏線が張り巡らされていて、ギャグによって印象付けられているおかげで一つも覚えていない伏線がない状態で全部バシバシとキメられちゃうから堪らんっすわ。

もちろん真相もそれなりの意外性があり、シンプルなHowに膝を打つとともに、WhoとWhyから浮かび上がる渋い人間ドラマにもほろり。

探偵役の小林賢太郎の「説明不足探偵」というキャラ付けのおかげで逆に説明がくどいくらいに細かくなってて何度も「なるほど」を味わえるのも心憎い演出っす。

ミステリとしてもコメディとしても面白いだけでなく、ギャグが伏線となって両者が融合する、これぞコメディミステリの理想系ですよ!

 


......とここまで書いてみて、この感想がそのまま当てはまる別の作品を思い出しました。

キサラギ』って映画なんですけど、これどっちかが好きならたぶんもう片方も好きなやつだと思うので、併せてオススメしておきます。

ラーメンズ第14回公演『Study』



収録内容
Study/ホコサキ/QA/科学の子/地球の歩き方/いろいろマン/金部


「学習」をなんとなくのテーマにした第14回公演。
今回もミステリっぽい話はなかったけど、全体に「雰囲気は知的な感じ醸し出そうとしてるけどやってることはアホ」という方向で作り込まれていて(まぁいつもそんな感じとも言えるけど)面白かったです。

以下各話の感想。



「Study」

真面目な雰囲気で引っ張って引っ張って、ある一言の意外性でドカンと爆笑させる技法はミステリにおけるどんでん返しにも近い快感があります。
コントや漫才ではよくあるっちゃよくあるシチュエーションと、ラーメンズらしい詭弁的ロジックとのギャップに萌えます。
状況設定が明かされてからは小林さんのセリフが全部面白く感じてしまうからずるいっすね。
あと最後の方でパントマイム上手えなと思いました。



「ホコサキ」

パターンをループする系の話で、最初の数回は面白いんだけどだんだん冗長に感じられてしまいます。
反復からの変化の付け方が微妙なものばかりで、全体にほぼ一本調子で続いて大きなオチもなく終わるからってのもありますね。
ホコサキさんという設定(?)自体は好きなので、もうちょい話に広がりがあると良かったかも。



「QA」

天からのQに地上の片桐さんがAを返していく話ですが、一口にQ&Aと言っても、質問と答えだけでなく連想ゲームや大喜利のお題とボケみたいなものも混ざってきて、そういうものたちが連綿と繋げられていく様が気持ちいいですね。
これもQに対してAを繰り返すと言う点では「ホコサキ」と同じ反復系なんだけど、細かい笑いの量が比じゃないから面白かったです。



「科学の子」

サイエンスくんの見た目のアホくささがヤバくてほぼ顔芸なんだけど内容もくそしょーもなくて面白かったです。
やたらと知識のひけらかしっぽい脚本を書いちゃう小林賢太郎が可愛い......くらいの境地には、にわかのくせにもうなりつつあるので、そんなところを楽しみつつ、いい話になりそうでしないひねくれたところも可愛いですよね。



地球の歩き方

我々にとって当たり前の物事を、外からの視点で部分的にだけ切り取ってヘンテコなモノに変えてしまうという知的な着想がもう好きです。サブカル系オタクには堪んないっすよねこーゆーの。国技のくだりなんかかなり笑いましたね。
本作ではこれが1番好きかもしんないっす。



「いろいろマン」

今回ギリジンが出てこない代わりに......なのかどうかは知らんけど、サイエンスくんといいいろいろマンといい、片桐さんが出オチみたいなビジュアルのキャラばかりやらされていて不憫になってきます......。
「ホコサキさん」にも通じる、慣用句とかの言い回しをおちょくるネタなんですが、正直いろいろマンの方がホコサキさんよりキャラの魅力が強いのでこっちのが断然面白いです。
彼は彼で一本筋の通った求道者なのかと思えば急にただの変態おじさんになったりするところも笑います。なんだこいつ。



「金部」

タイトルだけ見て何のことだろう?と思ってましたが、金の部活で「金部」という想像以上にストレートなタイトルだったと知って笑いました。
知的な小林さんとアホの片桐さんという2人の凸凹っぷりがキャラとしてめちゃくちゃ魅力的だし、知的とは言いつつ結局は大学生特有の阿呆な世界で生きているあたり、森見登美彦とか好きなのでめちゃハマりました。本作で2番目に好きだしキャラは1番好き。
なんか、大学生が天職だったと思いながら余生を生きる私にはとんでもなく眩しかったです。あの日に帰りたい。

indigo la End『あの街レコード』の感想だよ

さて、indigo la Endのメジャーのフルアルバムの感想を全て書き終えたので、メジャーデビュー作のミニアルバムである本作の感想を書いていきます。
ゆくゆくは未収録曲やインディーズ曲もね......。


本作は2014年4月にゲスの極み乙女。『みんなノーマル』と同時にリリースされたメジャーデビュー作。

個人的には、キラーボールでゲスを知り、緑の少女でindigoを知っていながらも、当時はここまでハマっていなかったので両バンドのボーカルが同一人物だということにすら気づいてなくて(だってMC.Kだったし......)、この同時リリースで初めて知って「え、そうだったの!?」とビビりました。
まぁ当時声高い系邦ロックバンドたくさんいたし、音楽性も全然違うからぼんやり聴いてたら気付かないっすよ。

で、本作やその後の『幸せが溢れたら』あたりからどんどんindigoにハマっていったわけですね......。


さて、そんな本作ですが、メジャーデビューにあたって邦ロックシーンに打って出ようという気概に溢れる意欲作です。
しかし、シーンをちょっと斜めから見てる捻くれた性格も滲み出ていて微笑ましいですね。

改めて聴いても、疾走感のある歌謡ロック、エモいバラード、実験的な構成の曲、ポエトリーディングの幕間と、indigoらしさの基盤のようなものは全て詰まった力作だと思います。

さらに、一つのアルバムとして構成されているこだわりの強さも既にあって、だからこそ時流に逆らうような「レコード」というタイトルなんでしょうね。

そんな『あの街レコード』というタイトルからは、スピッツの『さざなみCD』を連想すると同時に、「ロビンソン」の「思い出のレコードと」という歌詞も思い出してしまいます。
そこまで意識しているかどうかはともかく、記憶(レコード)の中にあるあの街を歌ったアルバム(レコード)というダブルミーニングが見事に体を表した名前だと思います。

以下各曲の感想。


1.夜明けの街でサヨナラを

歌謡ロックというindigo la Endらしさを確立する、メジャーデビュー1曲目。
メジャーデビュー作の1曲目に「サヨナラ」というタイトルを持ってくるセンスがもう絵音ですよね。

開幕を告げるようなドラムのカウントからの、下手すりゃ歌よりメロディアスなギターのイントロが最高っすよね!
最近のインディゴはシャレオツと憂いを湛えすぎていて、もちろんそれも好きなんだけど、たまにこの頃のセツナ歌謡ギターロックな曲を聴くと邦ロック大好きサブカル大学生時代を思い出して切なくなってしまいます。
Bメロの焦燥を煽るようなドラムからの、駆け抜けるようなサビの演奏に、学生時代の私はまだ経験のない恋というものへの憧れに身を焦がしていました。

一度だけあなたに恋をした
たったそれだけの話です

から始まる歌詞は、いわゆるワンナイトラブ的な解釈が主流のようですが、個人的にはそういうエロい経験がないので奥手な男の片想いの歌として聴いてしまいます。
おそらくはどっちとも取れるように狙って書いてるんだと思います。

バイトのユニフォームの
ポケットから出てきた
何てことない手紙であなたを好きになったんだ

初期のメジャーデビューしてしばらくのインディゴの歌詞は、こういう具体的な情景描写が一つ入ることで抽象的な部分を引き立てているものが多かったですが、中でもこの曲のここは「さよならベル」の自販機と並んで好きです。

夢から覚めたら恋をして

というところも好きですね。
夢の中で恋をしてるんじゃなくて、覚めてから恋をするってのが切なさの魔術師。
夜の間に魔法のような恋をして、夜明けとともに消えてしまう、という切なさは後の名曲「夏夜のマジック」にも通じると思います。
きのこ帝国の「クロノスタシス」しかり、夜という時間の特別さを描いた曲は大好きです。昔は夜に浸りながら聴いてましたが最近は朝型なので夜を思い出しながら聴いてますね。

余談ですが、「潤った〜」のところ、「戦ってしまうよ〜」と一緒ですよね。


2.名もなきハッピーエンド

デビュー作の2曲目らしい、キャッチーで疾走感のあるロックチューン。
インディゴの近作にはもう「明るい」と感じられる曲は全くないんですけど、この頃はまだ明るい曲調の曲もいくつかあって、この曲なんかはその代表格だと思ってます。
2本のギターが片方はリフを、もう片方はメロディを弾くイントロからしてギターロックって感じでアガります。
歌い出しもひとひとこ一言目で「最低!」と勢いよく、当時の絵音の軽い声もこの曲調にはぴったりっす。
個人的にサビ前の一言ってのが大好きで、この曲の「はなればなれ〜」の前の「だけど」もすげえ好きです。
あとライブでは「いつも通り鼻で笑った」のところで「東京〜〜!」みたいに地名を叫ぶのも好きです。
このアルバム自体が売れるためにフェスシーンに打って出ようとした作品で、この曲は特にそういう意図を感じます。
あと、ベースも意外と動きが激しくて、間奏のスラップなんかビンビンきちゃいますね。

ただ、アガるんだけど曲調も歌詞も軽めなので実はインディゴの曲の中ではそんなに好きな方じゃないんですよね。もちろん全部大好きって前提の上で、ですけど。

「名もなき」→「"な"も無き」で、サビの「はなればなれ」から「な」を無くすと「晴れ晴れ」という言葉遊びが私はあんま好きじゃないし、それをテレビとかでドヤ顔で解説してる作詞者もむかつきます。

それはともかく、捻くれてて強がりな男女の別れを描いた歌詞は、「ちょっと」だけ切なくなるもの。
「」付きで台詞が多用され、「月9」「終電」などの言葉選びもチャラい。徹頭徹尾に軽さを追求した、これはこれで珍しいタイプの曲でもあると思います。


3.billion billion

オシャンな感じから激しいギターサウンドへの2段階イントロがかっこいいっす。
最近の上手くなった絵音から思えば、この頃はまだ歌が上手くない......というより、言ってしまえば歌い方がちょっとアホっぽいところがあって、こういうカッコイイ系の曲調だとそれが際立ってしまう気がします。
いや、とはいえかっこいいんすよ。はい。
Aメロの目立つリフの後ろでもう一本のギターがなんかうねうね言ってるのとか好きっす。
ドラムの間奏もカッコいいっすね。どうしてもドラムって普段あんま意識して聴かないのでこんくらいしゅちょうされてようやく気づくみたいなところがあります。恥ずかしながら。

半分語りみたいなヴァースからサビはキャッチーな歌モノになるのもどっちかと言うとゲスっぽくて、インディゴのアルバムに入ってると良いアクセントになります。

歌詞はまさに今(当時)の彼ら自身のメジャーデビューについて歌ったもの。さらに言えばフェス至上主義の中に一度飛び込む決意と葛藤の歌なのかも。
百鬼夜行蔓延る邦ロックシーンの中で、インディゴのように地味で奇を衒わず愚直に音楽と向き合うバンドがどう生き残っていくのか......という内容ですが、今(2021年現在)の彼らの売れ方を見てるとよう頑張ったなぁ〜となんか親戚のおじさんみたいな気持ちになってしまいます。

4.あの街の帰り道

疾走感があったりロック感強めだったりしたここまでの3曲の後で、小休止のように穏やかなアコギ弾き語りの曲。
お得意の切なさよりもむしろ懐かしさを強く感じる曲で、切なさ2:懐かしさ8くらいの感じ。

アルバム全体が青春や思い出の恋などがある「あの街」への郷愁というコンセプトを持っていて、タイトルトラックのこの曲ではそのコンセプト自体を表明しているような感じです。

私の大事な宝箱 不意に開けたくなりました
たいしたものは入ってない けどいつも気にするのさ

ずっと大好きだったあの街への帰り道も
忘れてしまうのさ

青春を終えてもう数年が経って、いつも気にしながらもだんだん忘れていってしまっている今の私には刺さるものがあります。

電球を取り替えながら別の景色見てたよ

という、退屈な今と楽しかったあの頃との対比も美しいですよね。退屈なんだけど、今を否定するニュアンスでもない感じが良いです。

曲が終わった後、ドアを開けるような音からシームレスに次の曲の歌い出しに入る繋ぎも最高です。


5.染まるまで

ドアを開けた先にあるのは、バンドサウンドに戻りつつも引き続き穏やかな曲。
しかし切なさ5:懐かしさ5くらいまで切なさ成分が増えた、優しくも胸を締め付けるような失恋ソングになってます。

ロディアスなギターがとにかく美しくて泣きそうになっちゃいます。
間奏以降の盛り上がりもエモい。

そして歌詞もエモいっす。
このアルバムでは全体にセリフってものが多用されてる気がしますが、この曲の歌い出しの

「友達にはなりたくなかった」
変わった告白だった
君はその日から彼女になった
案外悪くないな

という馴れ初めのシーンのセリフが個人的にはナンバーワンですね。

続くアパートが出てくるところも具体的な情景描写ですね。アパートとか夕焼けとかが出てくるのにスピッツみを感じてしまいます。
スピッツといえば、

君は無邪気に笑いながら
僕を馬鹿にしたんだ

にもスピッツっぽさを感じます。絵音先生のことだから意識はしてるんじゃないかなぁ。

アパートのくだりまでは「君」と過ごした日々を描いた具体描写ですが、それ以降は君と別れた後の僕の心理描写になっていきます。

その中で気になるのがサビの終わりの

あなたの横顔が夕焼けに染まるまで

ってとこ。
「心の実」のように「君」と「あなた」が別人だとすると、例えば僕は君と死別し、その後あなたと出会って、今日あなたにプロポーズしたんだけど、そこで君のことを最後にもう一度だけ思い出して、それで忘れることにします......みたいなストーリーが浮かんできちゃって泣けます。
プロポーズという言葉が出てきてしまうのは「横顔」が「風詠む季節」を連想させるからですね。
ストレートなようでいてなかなか解釈の難しい歌詞なのでいかようにもとれますが、私の中でのイメージはこんな感じっす。エモいよね。


6.ダビングシーン

そして、ここで切なさ8:懐かしさ2のキャッチーで疾走感ある曲、再び。
アルバム全体の一つのクライマックスなので、冒頭の3曲より気持ち切実さが増している気がします。
思い出の場面を何度も見返すというテーマも、ここまで何曲かの恋の思い出にまつわる歌を聴いてきただけによりエモさが増すわけで、この曲がここに来るアルバムの構成がもう素晴らしいの一言っすね。

空間に響くような歌声からはじまるところですでに鳥肌が立ってしまうのは、このサビのメロディが本作でも屈指の美メロだからでしょう。
歌い方もこの曲ではアホっぽさは抑えめで、胸を締め付けるような切なさが滲み出てます。

んで、そっからのギターのイントロもまた美しい。
そして一旦ギターの音が消えてドラムとベースだけの中でAメロ、そっから徐々にギターの音が入ってきてサビに向けて焦燥感を高めていって、サビで爆発するところも良い。サビの入りの「僕らは」で一瞬音が止まるのも良いし、間奏のギターソロも良いし、何もかも良いです。

歌詞は同じ場面を繰り返し見てしまう男の話で、それダビングって言わなくね?とは思うものの、エモいっす。
うちら世代ってたぶんビデオをダビングしてた最後の人類なんですよ。だからダビングってタイトルにギリだけどノスタルジーが感じられます。

冒頭はサビ始まりで

僕らは止んでた雨に手を振って
息をするのも忘れていた
ちょっとだけ悲しくなったんだ

と、止んだ雨、止めた息で時が止まったかのような印象を与えます。それがそのまま、過去に縛られて前に進めない僕を暗示しているようで。
そしてイントロ明けでは

ねえそんな荷物を 持ってどうしたの?

と、この曲でもセリフがAメロ冒頭で印象的に使われています。
そうして自分の不器用さのせいで君を傷つけてしまったエピソードが語られ、Bメロでそれを後悔して何度も思い返してしまう今の自分が歌われます。

そして2番に入ると秒針がめっちゃ回りだしたり、1番での「わかってるけど......」に対して「わかつてるよ!」と叫んだりと、焦燥感を高めてからのメロディアス間奏!
からの、

僕は笑いながら秒針を力づくで止めたんだ
ダビングは終わりさ

と、過去との決別が歌われます。

1番ではサビは後悔に俯くように「帽子を深く被った」と言っているように聞こえましたが、ここまで聴いてから最後のサビを聴くと、今度は前に進む意思を込めて「帽子を深く被った」と、全く同じ歌詞なのに違ったニュアンスで聞こえます。

近作の「チューリップ」や「夜光虫」ほど上手くはないですが、モチーフとストーリー性、具体性と抽象性が良いバランスに配合され、リード曲として気合の入った歌詞だと思います。


7.mudai

ギター?とキーボード?とベルみたいな音の反復の中でのポエトリーリーディング
えのぴょんの語る系のってどうしてもなんかムズムズするんですけど、それは置いといて......。
生活についてのリリックは、今まさに実家を出て二人暮らしを始めた私にはすごく分かりみが強い内容で、特に感想とかもないんだけどただ分かる〜という感じです。

一緒に味噌汁を啜るんだ

8.アリスは突然に

このタイトルで「雨が降った朝に」ときたら、「フェリスはある朝突然に」を連想せざるを得ないですけど、好きなのかな。

穏やかさの中に切なさの混じったようなギターのイントロが美しく、シンプルなサウンドで進んでいくただのいい歌。
......かと思っていると、2番からはベースがスラップしだしたり、ドラムが急に速くなったり、最後の2分間くらいは変則的な構成になったりと、インディゴらしいアレンジのカッコよさもあって、やっぱりただのいい歌ではない余韻を残してくれます。

歌詞は若い頃の恋愛にありがちな、相手に理想とかを投影しすぎてしまったが故の失恋を描いているように感じますが、難解な歌詞なので他の解釈も聞いてみたいところです。

思えばそう、さっきから胸騒ぎがする
ああ、これはきっと全部僕のせいじゃないか

というところなんか、いつも僕のせいでフラれていた私としては分かりみしかないところでありまして。

理想はさ
君を許してから
自分で消し去るのが一番良かったんだけどな

という最後の歌詞が印象的。身勝手な感じもするけど、その通りだよなぁ、と。