偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

『花束みたいな恋をした』感想

フォロワーがこれを観て私のことを思い出したとか言ってたので、なんか気になりだして、Filmarks観てたらめちゃ点数高い上にみんなのレビューの感じから私にぶっ刺さりそうな気がしたので、TENET以来10年ぶりに映画館に足を運んでみましたよ。

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お互いに終電を逃したことから知り合った大学生の麦(菅田将暉)と絹(有村架純)は、趣味が合うことから意気投合し、当然のようにやがて付き合い始め、大学を卒業してフリーターをしながら同棲するようになるが......。


現代のリアルな恋愛模様のモデルケースを1件紹介してみました的なお話。

まずは一応がっつりしたネタバレはなしで書きます。


とりあえず、リアルな現代の恋愛模様を見せることで、観てる人の恋愛観を炙り出すような、ある種身も蓋もない恋愛映画です。

だからあんまり大仰にドラマチックな演出とかがなくて、限りなく現実に起きていることに近い感じがする、でもあまりにも出来すぎていて「モデルケース」と言いたくなるような人工感もある、不思議な質感の映画でした。
まるで、素人が書いたブログのような、比喩のない寓話のような、そんな印象。

作中には押井守とかきのこ帝国とか天竺鼠とかいったサブカル的なアイテムが多数出てくるんですけど、それについて深く掘り下げられることはなく、(良い意味で)悪い意味でファッション的に消費されているだけなので、その辺のサブカルに詳しくない人でも楽しめると思います。
逆に詳しい人が見ても、「泣ける映画ベスト10」みたいなランキングを見ながら「あ、これ観たことある、これも観た」とチェックを入れてくような浅い楽しみ方しか出来ないと思います。

でもその浅さもわざとで、結局普通の人のくせに知ってるサブカルの固有名詞がマニアックなだけで自分は人とは違うと思い違ってしまうサブカルキモオタ大学生特有のイタさを真正面から果汁100%直球ストレートで描いていて、なんかほんと「俺って外から見たらこんな感じなのか......」と思います......。

だから、例えば冒頭のイヤホンのシーンとか、ショーシャンク男のシーンの菅田将暉の反応とか、その後の居酒屋のシーンとか、なんかもう自分を観てる気しかしなくてめちゃくちゃ気持ち悪かったし一刻も早く菅田将暉をぶち×してこの苦行を終わらせたくなりましたがスクリーンの向こうに私の殺意は届くはずもなく......。

2人の心の声なんかも鳥肌立つくらいイタくて、完全にかつての自分のツイートを聞いてる感じで、ツイートしてる場面がなかったから心の中だけに留めててくれてるみたいなのがせめても救いです。

でも、そんなイタい2人だからこそ、過去の自分を重ねてしまって、その運命的な大恋愛の煌めきには、勘違いだと分かっていても全て我が事のように感じてしまって嫌になるんです。
ちなみに作中で2人が「ぼくたちわたしたち運命ね!」みたいなことを言わないあたり、非常にわかりみを感じてしまいました。


そして、後半からの展開についてはネタバレになるので書けませんが、とにかくしんどかったです。
それはもう、しんどすぎて久々にがっつり映画の感想記事を書いてしまうくらいには。

でも一つ言いたいのは、運命の恋()を信じていたことがある人にはなるべく観て欲しいし、今恋人や配偶者がいる人にも観て欲しい、できればカップルで一緒に観て欲しい、そんな作品であることはもう自信を持って断言出来ます。

という感じで、以下ネタバレで少し書いてみます。
























はい、というわけでネタバレコーナー。

最初に断っておくと、この映画はあえてはっきりとした主張とか答えを一切描かずに、全てを観客に委ねるような描き方がされてます。
だから当然ですが下に書くのは私の恋愛観とか価値観であって、それ以外の見方も出来ることは分かった上で自分語りをしてるだけなのでよろしくお願いします。



さて、前半まではキラキラした恋愛映画だった本作ですが、後半では名前を言ってはいけないあれ(a.k.a就活)のせいで学生気分の花束みたいな恋が粉々に砕け散っていくのを見せられるホラー映画に様変わりしちまうのがつらかったです。
その壊れ方がめちゃくちゃリアルで、もちろん恋愛事情なんて人それぞれなんだろうけど、今のこの世の中を生きる男女のカップルにとってはかなり共感しやすい気がします。
男がバリバリ働いて女は契約社員でみたいな旧時代の遺物的な考え方をまさか盲目的に信じているわけではないけど、現実に生活するにはそのルールの上に乗らないとまだ生きていけない感じとか。

実際、私もあそこまででは全然ないけど、仕事がつらかった時には本を読んでも惰性でしかなく何も感じず、好きなバンドの新曲も良いなとは思うものの、それまでのような底抜けの喜び方は出来ないというか、楽しんで聴いてしまいそうになるたびに仕事を思い出して楽しさにブレーキがかかってしまって、結局パズドラではなく私はテトリスだったけど、上から降りてくる何かを向きを変えて下に受け流すだけの娯楽とも呼べないうんこみたいなゲームしか出来ない時期があったりもしたので、すごく分かりました。
それでいて、自分は仕事に対してやっぱりあんまりやる気がないので、麦が後輩にキレそうになる場面を、自分の上司と重ねて一瞬本当に怖かったです。瞬間最高恐怖では今までで観たどんなホラー映画よりも怖かったし席でビクって震えました。
トラックと一緒に水没したい。


そろそろ文章がまとまらなくなってきたので強引に話題転換しますが、2人の親が出てくる場面が、同棲し始めるならミート・ザ・ペアレンツ(ト)するのは当然の流れなんだけど、そこで育ってきた環境の決定的な違いを見せつけて、2人がズレていく流れに圧倒的な説得力を持たせてしまうところとか、あざとい。やり口が巧妙すぎて、観客は弄ばれているような気持ちにすらなるよ。
あまり裕福ではなさそうで気難しそうな父親を持つ麦はどうしたって生活を保つことを強迫観念のように考えてしまうだろうし、結構裕福な家でバリバリに働く両親の元で育った絹にはどうしてもお嬢様育ちな考え方が出てしまうでしょう。
でも両極端だけど、私はどっちの面も持ってるからどっちにも強く共感できてしまうだけに、どちらも悪くないのにただ壊れていくということへのやるせなさを突きつけられるんです。

そう、学生の頃には、趣味だけを自分の世界にすることができて、趣味が合う人とはまるで運命のように、もう1人の自分のように、世界のどこかに1人だけいる自分の片割れのように、思ってしまうのも無理はないんですよ。
だけど、2人は趣味は同じでも価値観が違ったと。ただそれだけのシンプルにして絶対的な理由で、2人は終わってしまったのだと。そういう、つまんないくらいに陳腐でありふれてて退屈でどこにでもある恋の結末。
でも、映画にしたらとんなに陳腐でも、本人にしたらそれは花束みたいに美しくて、人それぞれに花束の形は違ってもどれもみんな綺麗だねなんですよ。

例えばあなたといた日々の記憶の全てを消し去ることができたとして、もうそれは私ではないんです。
だから、今はもう枯れてしまっていても、綺麗だったことまではなかったことにしないように、最後に久しぶりに楽しかった日に別れることを決意するっていう、、、
この、別れることを決めた後の妙な清々しさとかも全部俺は知ってる。知ってる気がするんだ。花束みたいな恋じゃなかったし、恋ですらなかったとしても、その気持ちを俺は知ってるんだよ......。
それでも、別れるって決めたはずなのに、縋ってしまう菅田くんが醜く悲しく、尊い
そして、我々観客が「それは今日が楽しかったからそう思ってるだけだよ」と思ったのと同じタイミングで同じセリフを吐く架純ちゃんの強さにも僕ら男は感謝すべきなのかもしれない。
かつての自分たちを思わせるカップルに彼らがどう思ったかは知らないけど、私は「これから特別な時間が来る。それはいつか終わってしまうかもしれないけど、終わってもその美しさは消えないんだ」と、そう思いました。
(どうでもいいけど、私はここで麦と絹が若い2人に「あそこのお客さんに」ってパフェを奢って伏線回収するのかと思ったらそうではなかったっぽいです)

その後の、別れた後だからこその解放感のある朗らかな雰囲気に、付き合っている時からこうしていられたら......と思ってしまうんだけど、でも愛は逆流しないから、こうなってしまったからにはこれが最適解なんだと思うと苦しくて死にそうになります。
恋ってのはどうしたってままならないものなのに、ままならないことにこれだけ強烈な不条理さを感じてしまうのは不条理。

それでも、ストリートビューに奇跡のように刻まれただけで、あの日々は無駄じゃなかったと、そう思わせてくれる案外さっぱりとした終わり方が大人になるということなのかもしれません。

そして、最後の最後で、仕掛けってほどではないけど、冒頭のイヤホンのシーンが回収されて、あれが2人別れた後に新しい恋人と出会ってそれでも2人で一緒に経験した変なおっさんからのお説教()が、ひいてはあなたといた日々が血肉となって今の自分を作っている、というようなほろ苦くも救いのある結末になってて泣いた。
お互いの新しい恋人は、なんかもう趣味とかは全然合わないだろうけど、きっとこの恋から教訓を得て価値観は合う人を選んだんだろうそうあってくれと思ってしまう感じのあんまサブカルっぽくない人たちで、お前今そんなやつと付き合ってんのかよ?みたいな気持ちももしかしたらありそうな、そしてお互いに手を振っていることも、お互いに振り向かないことも全て分かっているだろう上で、餞別のように投げかけてるのがエモエモのエモエモのエモエモのエモだわくそうんこファック!!!ちんこうんこまんこおっぱいびろびろ!!!

ふぅ......。

そんな感じで、面白くもなんともないその辺の一般人の恋のはじまりと終わりを描いた映画にして、2人の恋の終わりだけではなく、恋に恋できる季節の終わりという意味での根本的な「恋の終わり」を描いた作品でもあり、個人的にして普遍的。麦じゃなくても絹じゃなくても誰でもよかった物語なんだけど、この物語は2人だけのものでもある。
そしてそんな陳腐で特別な物語は私たちみんなの中にもある。

長く書き疲れたのでそろそろ終わりたいんだけど、まぁ要はそういう、恋愛映画じゃなくて恋愛論みたいな映画ですね。大嫌いで大好き💐





追記
なんか文章の流れの中にうまく組み込めなかった細かい雑感を

歩くシーンで、サカナクションとかクロノスタシスとかのPVを思わせる、邦ロックPVあるある的な映像がちょいちょい出てくるのがイタかった。

葬式の後に、あの先輩が死んでも悲しめないって言ってた絹に共感しすぎてしまってつらい。

「してほしいことがあったら言ってね、映画とか」みたいは菅田のセリフにマジで鳥肌が立ってしまった。麻生さんと互角に張り合える失言王子や。

はじめてのセックスの、ぎこちなさもあるし美化してないけど美しい描写と、倦怠期の義務のようなセックスの後味の悪さの対比とかが残酷すぎて泣いた。

猫の出番少ねえわクソ。もっと猫見せろ。

部屋を決める時にその時のエモさだけで駅から30分の物件にするのは絶対良くないので良い子のみんなはマネしないでね!