偽物の映画館

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島田荘司『毒を売る女』読書感想文

久々島荘。

毒を売る女 (光文社文庫)

毒を売る女 (光文社文庫)


本書は独立した短編・掌編を集めた作品集です。
そういう性質の本だから、ミステリからサスペンス、社会派、青春、はたまたシュールなお話まで......色んなタイプの作品で著者の器用さと物語作りの巧さが味わえるのが、本書の最大の魅力だと思います。
一方で、(トータルコンセプトというほどのことでもありませんが)、全体にゆるやかに「東京の町」の姿が描かれているので、一冊の本としての読み応えもあって良かったです。
また、シリーズキャラが登場する話もあり、ファンには嬉しい短編集でもありました。

それでは以下各話について。





「毒を売る女」

美人で金持ちのママ友から「夫が梅毒にかかった」と相談を受けた主人公。その日から、病気を移されるのではないかというノイローゼの日々がはじまり......。

圧が凄いです。
「病気を移されるんじゃないか」「むしろわざと移そうとしてるんじゃないか」、そんな疑心暗鬼だけで長めの短編を一本書いて、一気に読ませるサスペンスに仕上げるとは、やはり島荘恐るべし。
最初のうちは、主人公が露骨にママ友をビョーキ扱いするのに心が痛んだり、ママ友の方もわざわざ移そうとしてこなくてもいいのにと思ったりしますが、だんだんと物語に引き込まれていくにつれ、眼に見えない恐怖に晒された極限状況ではそんなこと言ってらんねえ!という気持ちになってきます。
そうなればもう島荘の思う壺で、ページを捲る手が自動運転になります。読まずにいられないぱらぱらぱら......。
そうやって読まされるうちにどんどんボルテージは上がっていって、主婦の日常にしてはド派手なクライマックスの後の余韻の残るラストまで一気読みでした。最後、(ネタバレ→)騎士道精神を発揮するのが島荘らしくて良いですね。





「渇いた都市」

冴えない中年男が行きつけの飲み屋の看板娘に熱を上げてしまう。その顛末は......。

冒頭のトイレのエピソードがまずは謎めいて魅力的ですが、それがほっぽられておじさんの話が始まっちゃうのにポカーン。しかし、本筋となるおじさんの話がまた読ませます。妻以外の女を知らない堅物の労働者が飲み屋の美人に惚れちゃって、さてどうなるか......という古めかしいお話ではあるものの、美しい女に対する畏怖の念が物凄くて身につまされましたよね。美女を前にして常に気が動転している主人公は滑稽であり哀れでもありながら、周りの見えてなさが恐ろしくもあり、なにより自分のダメなところを誇張して見せられるようないたたまれなさがあり......。
正直ミステリーとしてのオチは作者のさじ加減という感じがしてそこまで驚いたりもしなかったですが、この仕掛けも含めて都会の闇(病み)を見事に抉り出した心理サスペンスの傑作ではあると思います。





「糸ノコとジグザグ」

深夜ラジオのクリスマス企画に投稿されたのは自殺を仄めかす現代詩のような暗号。DJは生放送で聴取者たちと共にその解読に挑み......。

まさかのあの人の登場回。
「糸ノコとジグザグ」という風変わりな名前のバーを訪れた語り手が、バーテンに店名を由来を尋ねると、上のあらすじに書いたDJの話を読まされるという枠物語。
DJとリスナーたちの暗号解読の冒険と、店の名前とがどう繋がるのか(そしてあの方がどう絡んでくるのか)とワクワクしながら読み進めました。
暗号......といっても実は現代詩そのものであり、文字の配列や数字の組み合わせで解くタイプではなく、詩の文章が何を暗喩するのかを読み解く問題という感じです。島田荘司の専売特許である『眩暈』『ネジ式ザゼツキー』タイプの"謎の手記読み解き系ミステリ"(良い呼び名が思いつかなかったからとりあえず)の系譜に連なる作品と言えるでしょう。あの愉しさが、規模は小さいとは言え短編のサイズで気軽に楽しめるのだから、それだけでファンには堪りませんよね。
さらに、前話で東京という町の闇が描かれていましたが、本作は、興味本位とはいえ、あるいはラジオ番組のためとはいえ、匿名の何の関わりもないような人たちが協力して1人の(実在するのかも分からない)自殺志願者を救うために知恵を出し合うという、現代的(当時)な都市の人情物語としても読めるのが素敵なんですよねぇ。クライマックスでは怒涛の謎解きと相俟ってじーんと感動が胸に染みてきます。
そして、店名の由来のお話を聞いて、また爽やかな余韻に満たされる......。島田荘司らしい、都市の隅で生きる人を優しい眼差しを持って描いた傑作でした。





「ガラスケース」

ガラスケースでオタマジャクシを育て始めた私だったが、ケースの中ではおかしな事が起こり......。

怪奇幻想ショートショート
ガラスケースの中で起こることを描いただけのお話ですが、読み心地としては江戸川乱歩の「白昼夢」なんかをちょっと彷彿とさせる気がしなくもないです。あるいは、心情描写が薄く映像的なところは漫画のようでもあり。なんとも恐ろしくて不気味で不思議だけど、なかなかユニークでもあり、映像として頭に残るあたりが。
ともあれ、島田荘司のこういう作品はなかなか読んだことがなく、新鮮に楽しめました。なんとなーく印象的。





「バイクの舞姫

15年前に死に別れた恋人が、当時のように、バイクに乗って、私の目の前に現れた......。

こちらは島田流青春ラブストーリー。
死に別れた恋人が現れるという発端から、過去の回想と現在を織り交ぜながら描かれる正反対な2人の恋。日本舞踊の家元の娘で「私」には高嶺の花であったはずの彼女がなぜ「私」なんかと付き合っていたのか......そして彼女はなぜ死んだのか......なんていう、なかなか湿っぽい切なさが全編を覆っていて胸が締め付けられます。ミステリーとしてはあまりにも捻りが弱いですが、そんなことは置いといてラストのあの場所のあのシーンは静かにエモくて最高ですね!あんまりにも切ねえよこれは......。





ダイエット・コーラ

ダイエット・コーラを開発した富豪の不思議な体質を巡るナンセンス奇譚。

着想の奇抜さが面白い、軽ーく読めるユーモアSFです。現実感の薄さや話のヘンテコさは星新一なんかのイメージに近い気が。特に感想というほどの感想もないですが、「なんじゃそりゃ!」という呆れの混じった驚きが楽しめる小品。オチで分かるダイエット・コーラの意味(?)も非常にしょーもなくて好きです。





「土の殺意」

吉敷竹史はとある老人が殺害された事件を捜査する。飲み屋で老人と口論していた地上げ屋を取り調べるうち、東京の土地に関する諸問題に行き当たり......。

一転してシリアスな社会派ミステリー。吉敷竹史登場作品とは言いながら、内容はほぼ東京の地価高騰や土地相続についての堅い話で吉敷が出てくる必要性もそんなに感じられない......といっても、御手洗に比べて地味な役回りの吉敷にそこまで絶対的な必要性はそもそも(ry。それはともかく、特に興味もないこの当時の東京の土地問題が延々語られるのにこれほど面白く読めるのが島田荘司の異常さというか、凄さですよね。登場人物の言葉が、興味のないことでさえも読者を惹きつけてやまない、この語りの見事さ。「上手い文章」にも色々ありますが、読者を引き込んで一気に読ませるという意味では島田荘司ほど上手い作家もいないのではないかと思いますね。ちょっと褒めすぎたけど、ストーリーが地味なだけに、語りの巧さが目立つ作品でした。





「数字のある風景」

ある時突然、数字の秘密を読み解き、全てを知ることができるようになった私だったが......。

これはまた不思議なショートショート
模範的なほどにストンと落ちてるあたりはこれも星新一っぽくもありながら、雰囲気はもうちょい文系寄り......、というか、無意味な数字の羅列に意味を見出すというのが実は文系的な発想のような気がします。
他にこれといって感想もないので、正直「土の殺意」あたりをトリに持ってきた方が良かったんじゃないかなぁとは思ってしまいますが、本書自体は一冊通してとても面白かったです。