偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

ザ・フライ

1958年の『蠅男の恐怖』のリメイクです。
リメイクとは言っても、そこは天下のクローネンバーグ大先生でして、ストーリー展開もテーマも見事に換骨奪胎して現代風にアップデートされています。
まぁ正直私はシンプルなラブストーリーだった前作の方が好みではありますが、こちらの方が現代人が見て身につまされるお話ではあると思います。


製作年:1986
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ジェフ・ゴールドブラムジーナ・ディヴィス

☆3.7点

〈あらすじ〉
記者のヴェロニカは、物質転送装置を開発した科学者・セスを取材する。
二人はやがて恋仲になり、ヴェロニカの助言によってセスは装置による生物の転送に成功。
しかし、その後ヴェロニカと彼女の元恋人の関係に嫉妬したセスは、酔った勢いで自らの体で実験を行ってしまう。その際装置に一匹の蝿が紛れ込んでしまい......。




オリジナルとの大きな違いは時系列と蝿化の進み方ですね。
オリジナルでは蠅男の妻の回想(独白)という形で話が進み、蠅男は一発で蠅男になっちゃいました。一方、本作では時間は現在進行形で、徐々に蠅化が進む恐怖を描き出しています。
そのため、オリジナルには空想科学小説的な味わいが強く、本作は現代人の等身大の生きる苦しみを描いた寓話のようになっています。


そもそも、主人公が蠅男になっちゃうワケが、もう完全に自業自得というか、「バカだなぁ」と思っちゃいますが、しかしながら人間はバカであるからして、一匹のバカな人間に過ぎない私にはとても感情移入もしてしまうものであったのでした。
モテなくて自分が特別な人間であると嘯いてしか生きられない孤独な男。そんな彼が初めて知った愛とそこからくる嫉妬に耐えきれずにヤケになるのはリアルな感情の流れで、物語の発端であり根幹のこの部分がリアルであることでお話全体にただのB級ホラーではない説得力が生まれます。

蠅化していく過程にしても、ビジュアル面の生々しさはもちろん、二人の関係と主人公の孤独を軸に描いているため、心理的にも生々しくエグくて胸が締め付けられます。
極めつきはラスト。めちゃくちゃ切ない恋愛映画であり、人類の未来を描いたSFのようでもあり、もちろんグロテスクなホラーでもある、見事な結末です。
様々な受け取り方が出来るあのラストによって、本作はリメイクでありながら原作とは全く異なるテーマを孕んだ非常にオリジナリティの高い映画になっていると思います。