偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

シェイプ・オブ・ウォーター

公開中のデルトロ最新作。正直デルトロ作品でそこまで好きなものがないので迷いましたが、やたら評判がいいので気になり、ジャスコの映画館のレイトショーで観に行きました。

映画が終わる時間にはジャスコ本体は閉まっていて辺りは真っ暗。世界にこの映画館しかないような幻想的な気分になれて好きなんです。
特に観に行った日は雨の降る夜だったので、車を運転して帰りながら、フロントガラスに当たる雨粒を見て余韻に浸るという贅沢な体験ができました。




製作年:2017
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンスマイケル・シャノンリチャード・ジェンキンスダグ・ジョーンズ

☆4.1点

〈あらすじ〉
60sの米ソ冷戦時代。
声帯の傷により話すことができない女性・イライザは、秘密研究所の清掃員として働いていた。同居人のジャイルズや仕事仲間のゼルダと一緒にいながらも常に孤独を感じていた彼女の前に、研究所の実験材料として捕獲された半魚人が現れる。
人に似た姿をしながら言葉を解さない半魚人にシンパシーを感じたイライザは、徐々に"彼"と心を通わせて行くが、施設の管理者ストリックランドは"彼"を殺処分にしようと考えていた......。




はぁ、めっちゃ良かった......。
何がいいって、混沌としているのに分かりやすいところですね。
ファンタジー、モンスター、音楽、60年代、マイノリティ、ユーモア、戦争、アクション......様々な要素をごった煮にした闇鍋のようなお話......でありながら、テーマは「孤独」や「愛」とあくまで分かりやすいのが素敵でした。



まずはネタバレなしで良かったところを。

なんといっても主人公イライザ役のサリー・ホーキンスの演技が凄かったです。この作品のヒロインは言葉が話せないので、サリーちゃんは身振り手振りや表情で演技しているわけですが、これが引き込まれて一気にファンになってしまいました。見始めて「映画のヒロインにしてはおばちゃん......」と失礼なことを思った0.2秒後にはもう「可愛い!」って叫んでました。
なんというか、仕草の一つ一つにめちゃくちゃ愛嬌があるんです。彼女が小躍りしながらるんるんしてると私も踊りだしたくなるくらい嬉しいし、彼女が怒ったり悲しんだりしてると私もつらくなりました。観客の感情との親和性が高いとでもいいましょうか。本作が「異形のクリーチャーとの恋」という題材を描いていながらめちゃくちゃ感情移入させてくれるのは、主人公のイライザのこうした愛らしさが大きな理由でしょう。


そして、主人公が魅力的なのと同じくらい悪役も魅力的です。
マイケル・シャノン演じる、研究所の管理者・ストリックランド氏。
トイレでの初登場シーンがもう性格悪そう感満載で爆笑しちゃいました。「こんな嫌なやつだったらむしろ逆に良いやつなのでは??」という私の穿った予想もおかまいなしに、それから最後まできっちり悪役を貫き通してくれました。
しかし、冷静に考えると彼も別に悪いことをしているわけではなく、彼は彼で仕事に忠実な人なわけですからね。車の場面とかは笑っちゃったし、終盤彼の人間性がしっかり描かれてからは正直どっちを応援していいのか分かりませんでしたからねぇ。
そういう、絵に描いたような"悪役キャラ"なのに、憎みきれない愛らしさがあるところが味わい深いです。主人公の前に立ちはだかる巨大な壁 兼 ギャグ要員という不思議な魅力でした。



また、映像や演出もとても良かったです。
あくまで個人的な好みの話なんですが、『パンズ・ラビリンス』は映像自体がクドいし、『クリムゾン・ピーク』は映像はわりとあっさりしてる割りに化け物がゴツすぎて雰囲気を損なってる気がしちゃったんですよ。でも今作の場合はその中間というか、ゴテゴテしすぎないながらもファンタジックな世界観だから半魚人さんも浮かずに好みドンピシャな映像の綺麗さでした。
(あ、『ミミック』は言うまでもなく生理的に無理)
演出も分かりやすくて綺麗!この後ネタバレの項目で詳しく触れますが、雨粒のシーンとか悪役夫婦のシーンとか、分かりやすい比喩や対比の表現が使われていてエンタメ性とアート性が絶妙なバランスで配合されてると思います。


ストーリーに関しても、「孤独」「愛」というものを(ギミックは色々入れつつも)とてもまっすぐに描いていて「ぐあぁぁ〜〜」ってなりました。寂しいんですよ!誰だって寂しい!悲劇的な面ももちろんありつつ、それでもそんな寂しい人たちへの優しい眼差しのある物語です。好き。



それでは以下ストーリー中心にネタバレ感想になりますのでご注意ください。


























と言うわけで、ネタバレ感想です。

上にも本作のテーマは「孤独」だと書きましたが、その通り、この作品の登場人物は全員孤独を抱えているんです。
まず、主人公とその味方となる人々はみんな何かしらのマイノリティだったりします。
半魚人の"彼"に関しては人間ですらなくアマゾンの奥地からいきなりアメリカに連れてこられたワケですし、主人公のイライザは話すことができません。
同居人のジャイルズはゲイ、同僚のゼルダは黒人で夫の問題も抱えていますし、協力者のホフステトラー博士はロシアのスパイ。
かようにまぁ(私個人に差別的意図はありませんが、作中の舞台・時代背景的に)差別を受ける属性の人ばかり。

本作はそんなマイノリティな人たちが抱える孤独や苦悩を(自慰行為のシーンまで入れて)丁寧に描き、そんな彼らが信念や友情や愛といった大切なもののために戦う様を描いているワケです。

特に、主人公が映画のヒロインとしてはあまり美人でもないおばちゃんと不気味な半魚人なのがポイントです。傍目から見て美男美女とは言い難い2人の恋をそれでも美しく描いているところに、(そこらにいるレベルの)非モテへの優しい眼差しを感じます。
彼女が"彼"を愛する理由が「彼も話すことが出来ないから」というある種利己的な理由でもあることがリアルな共感を呼びますです。けっきょく愛し合うことっていうのは互いのコンプレックスを慰め合うことなんですからね。

この2人に関して私が特に好きだったシーンは、イライザと"彼"がアレをシたことを、バスの車窓に当たった二粒の水滴が一つにくっつくことで表すところですかね。「あらあら、まあまあ💖」っておもいました。
あと、イライザの妄想でミュージカルになるところはやっぱぞわぞわしましたね。ただあの辺の事実関係が一回見ただけでいまいちよく分かってないのでもう一度観なきゃな、と思います。

もちろん、こういう「クリーチャーとおばちゃんの恋」という題材に「ああん??」と思う人がいるのも理解はできます。ただ私はそこらによくいる物事を深く考えないタチの非モテ野郎なので、馬鹿みたいに「泣ける〜〜っ」とか言ってましたよ、はい。



で、そんな風にマイノリティな人たちを感動的に描いた本作ですが、その裏で、悪役のストリックランド氏がめちゃくちゃ魅力的に描かれているのが面白かったです。

ストリックランドは主人公側のキャラクターたちとは正反対のThe・"まとも"な男。
空前絶後超絶怒涛のクソ野郎。パワハラ、セクハラ、すべてのハラスメントの生みの親。おしっこした後に手を洗わないし、電気ビリビリで半魚人をいじめて喜ぶし、そもそも顔が性格悪そう!(偏見)
そんな、絵に描いたような悪役の彼ですが、映画の後半、半魚人を何者かに奪われたことを知った上司に叱られるシーンが非常に良かったです。
彼の大失態に怒る上司に「今まで散々まともに働いてきたのに一度のミスでそんな怒らんといてよ〜」と言い返すも、「"まとも"な男は絶対にミスをしないんじゃボケェ」とさらに怒らせてしまう彼。「僕ちゃんいつまで"まとも"であり続けなきゃいけないの......」と泣きながら薬をボリボリ貪り食うストリックランド氏の姿を見て、「彼も必死で仕事をしてるだけなんだ......」と、これまで散々「クソ野郎」「悪人顔」とディスってきたことを反省しました。
すると、不思議なことに、ストリックランドが主人公側の人たちの誰よりも孤独で寂しい1人のちっぽけな男になってしまうのがこの作品の凄さであります。

「だけど僕の嫌いな彼も 彼なりの理由があると思うんだ」(SEKAI NO OWARIDragon Night』より)

ここにきて、この映画がただの「愛は見た目じゃないよねっ!」とか「愛は勝つんだよっ!」みたいな恋愛ファンタジーだけではなく、ハラスメントするような奴もさらに上から圧力をかけられてたりするんだなぁという世の中のリアルなつらさを描いた物語に変貌するワケです。
すると、わざわざモザイクをかけてまで映した彼と妻のまさに「性欲処理」でしかない即物的なセックスの描写も彼の孤独を強調していたのだと気付かされます。(むしろモザイクも即物的な感じを増す演出に見えてきたり)
主人公たちの、雨粒による詩的な比喩や、お風呂場での芸術的なセックス描写との残酷なまでの対比よ。

主人公たちの愛の行方については、最後に水の中に落ちたイライザの靴が脱げて沈んでいく描写が、「人間世界との断絶」を表しているようで物悲しい一方、2人だけの世界へ行けたというハッピーエンドと考えて良いと思います(この辺『パンズ・ラビリンス』を踏まえてる感がするのもいい......)。
が、終盤で一気にストリックランドに気持ちを持っていかれた私は彼への一抹の同情、切なさの余韻に胸打たれるのでした。



そんなわけで、色々とヘンテコなガジェットをたくさんぶち込みつつ、私のような非モテ階級へ贈る純愛映画でありつつ、働くおじさんの悲哀をも描いた作品。
何度も見ることで浅瀬から深海まで潜っていくように色々な発見が出来そうな映画なので、出来ればもう一度映画館で......もし無理でもDVDが出たら絶対に見返したい傑作です。





追記

とか言ったそばからもう一回見に行ってしまいました。
そんな大して感想が変わるわけじゃないですが、2回目見て新しく思ったことをちらほら。

・監視カメラをズラしてタバコを吸うシーンのイライザの悪い顔、めっちゃ可愛くないですか?

・作中でストリックランド以外の人物たちは結構みんな映画を見てるなぁというところ。マイノリティに「映画オタク」も重ねているのか、あるいは物語による救い、物語の意味というメッセージにも思えます。

・イライザの出生について「川に捨てられていた」という部分見落としてました。これも水にまつわるモチーフであり、生まれつきこうなることが運命付けられていたかのような感慨があります。


・前半では自らを「神は私のような姿に近い。君よりもな」と言っていたストリックランドが、ラスト死の間際のセリフで半魚人に「お前は神なのか......?」と言っているところ。ストちゃんが最後になって、(「改心した」とまでは言いませんが)何かに気づいて死んでいったということなのかな、と。そう考えると、ストちゃんファンとしては彼の死に様がそこまで酷いものでもなかったように思われて救われました。