偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

「ラースと、その彼女」感想。 ビアンカを殺せ!

ライアン・ゴズリングラブドールを恋人として買ってくる映画......というところまでは前から知っていました。てっきり出オチのコメディかと思っていたら、予想をいい意味で裏切られました。だってTSUTAYAで「コメディ」のコーナーに置いてあったんだもん!TSUTAYAの人、絶対観てねえだろ!
というわけで、確かにラースがラブドールを「彼女のビアンカです」と紹介するシーンは笑いましたが、当然ながら主軸はコメディではなく、人間ドラマとして観るべき作品です。





製作年:2007

監督:クレイグ・ギレスビー

出演:ライアン・ゴズリングエミリー・モーティマー、ポール・シュナイダー、パトリシア・クラークソン

☆3.9点

〈あらすじ〉



ラースは心優しいけれど人と関わるのが苦手な青年。
兄夫婦の家の離れで一人寂しく暮らしている。
兄のガスと兄嫁のカリンはそんな彼を心配していたが、ある日、ラースに「彼女を連れてきた」と告げる。突然の朗報に喜ぶ二人だったが、ラースが紹介した「彼女」はどこからどう見てもラブドールで......。


脚本が上手いと思います。多くを語らずに観た人に様々なメッセージを読み取らせる造りになっていて、観る人によって恋愛、家族、隣人愛、トラウマと向き合うこと、などなど、色々な読みがありそうな映画です。
色々な読みを許す大きな理由は、三人称であることですかね。登場人物の心情が一人称の形では描かれないことで、例えばラースがラブドールをどこまで本気で人間扱いしていたのかといった根本的な部分すら全て想像に委ねられるので、色々な見方が産まれるのも当然なんです。


そんな色々な読みを許容する作品ですが、個人的には恋愛部分メインの浅くて低俗な読み方をしてしまいました。
また自分の立場が変わってから観たら別の感想を持つでしょうが、せっかくなので今見て思ったことをたらたらと書きます。

以下ネタバレですにゃ。

















私が見る限り、これは失恋のショックへの対症療法と原因療法のお話ですね。いや、違う気もしますけど観た時そう思ったからその線で書きますからね。

まず、観てて最初に思ったのが「ラース、カリンのこと好きやんな?」でした。ラースがああなった原因がカリンの妊娠であることは疑いないと思いますが、いくら産まれた時のことがトラウマとはいえ、ただ兄嫁が妊娠しただけでお人形さんをポチるかといえば私の感覚ではそれはオーバーな気がします。それよりも"好きな人"がトラウマである"妊娠"をしてしまったことで、絶対に妊娠するはずのないラブドールを代替として買ったという方が納得がいく気がします。

そうしてビアンカを連れてきたラースですが、そんな彼の前にマーゴという女性が現れます。
彼女はラースに明らかに好意を持っていて、ラースも徐々に彼女に惹かれているようではありながら、カリンの時のショックがあってマーゴと向き合えずにビアンカの元へ逃げてしまうラース。

一方、ビアンカは町の人たちから案外受け入れられて、町のおばちゃんはラースに無断でビアンカの予定を立てます。これにラースは「みんな僕のことを考えてくれない!」と怒りますが、怒ったことに対してカリンがキレます。「ビアンカがみんなに受け入れられているのはみんながラースのことを好きだからよ!」と。
目から鱗を落としたラースは、兄に「大人になるってどーゆーこと?」と聞くなど、徐々に前に進もうとし始めます。

そんなある日、ラースはビアンカにプロポーズしてみますが、案に相違してビアンカは思わしい返事をくれません。もちろんそれは「ラースがそう思っている」ということなのですが......。
そうこうするうち、ラースは「ビアンカが起きてくれないんだ!」と騒ぎ、救急車を呼んでビアンカを搬送します(この辺のシリアスな笑いはツボ)。
ビアンカは医師から重症だと告げられ、ラースは彼女を連れて湖のほとりを散歩します。そして、ビアンカと最後の会話をして、泣きながら彼女を湖に沈めます。
この辺の展開は賛否両論分かれそうなところで、「散々町の人たちに迷惑かけた挙句、あっさりビアンカを殺してマーゴと幸せになるんかーい!」というツッコミを入れたくなる気持ちは分かります。

ただ、私はビアンカは「逃げ」のメタファーだと思っていまして、まぁカッコつけて「メタファー」って言ってみたいだけですが。
そう、ビアンカは、カリンの妊娠からの逃げであり、マーゴを好きになってまた傷つくことからの逃げでもあったのです。
そんなビアンカを殺すことは、逃げることをやめて大人になるということ。事実、ラストでラースがカリンの膨らんだお腹を撫でるシーンに現実を受け入れたことが見受けられます。
だから、こんなこと言っちゃうとアレですが、ビアンカの死はイコール前に進むことであって、そこに「周りへの迷惑うんぬん」「ポイ捨てするのかうんぬん」というのは言わんといてや、という気持ちになります。

まぁそれはとにかく、そういうわけで、私はこの映画を、失恋に対して「逃げ」という対症療法と「幸せ」という原因療法を描き、「ビアンカを殺せ!」という力強いメッセージで背中を押してくれる優しい作品だと思いました。
あまり映画に救われたり背中を押されたりすることなんてないので、そういう意味では特別な思い入れがある映画ですね。