偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

今月のふぇいばりっと映画〜(2020.3)

はい。今月はもうめちゃくちゃたくさん映画観ました。特にトリアーとベルイマンにハマったんですが、そのへん書いてくとすごい量になってるのでその2人の作品はまた個別にまとめます。
というわけで、それ以外のやーつ。






ウィッカーマン(1973)
アメリカン・サイコ
DAGON
処刑山2 ナチゾンビvsソビエトゾンビ
桐島、部活やめるってよ




ウィッカーマン(1973)

ウィッカーマン [DVD]

ウィッカーマン [DVD]

  • 発売日: 2019/06/07
  • メディア: DVD


ハウイー警部は、「行方不明の少女が"サマーアイル島"にいる」という手紙を受け取り、捜査のため島を訪れる。
敬虔なキリスト教徒の警部がそこで目にしたのは、性的な信仰を持つ異教徒たちだった。そして、島には"五月祭"の日が近づいていて......。


70年代のイギリスのカルトなスリラー映画として以前からマイナーな人気を誇っていた作品ですが、『ミッドサマー』への影響から再び脚光を浴びています。
なるほど、今見るとめちゃくちゃミッドサマーが下敷きにしてるのが分かります。これを恋愛映画にするとああなるのか、と。


映像はなんかこう、天気が悪い感じ......。
常に曇天のちょっと憂鬱な印象の画面が独特の不穏さや居心地の悪さを演出しています。

警部が島に入ると、もうとにかく「ちょっと厭」なことばっかりが起きるんですね。
人が死んだり警部がボコられたりするわけじゃなく、なんとな〜く、厭な感じ。
パブで若者たちが下品な歌を楽しく歌ってたり、裸をよく見かけたり......。キリスト教徒ではない私ですらなんとなく居心地の悪さを覚えたので、熱心なクリスチャンの警部の憤りたるや......。
一方で、島民も見たところ別に悪いことしてるわけじゃないので、警部への肩入れ半分、「他所の信仰にケチつけるなよ」という思いも半分のアンビバレントに厭な気持ちになりました。
とは言いつつ、フォークソングでミュージカルという非常に牧歌的な側面もあって、それが気持ち良いのがまた気持ち悪いのも見事。

終盤までは特に変わったことも起きないのになんか見入っちゃうところからの、終盤はまさに「祝祭が、はじまるーー」。
そっから先はもう、ただただ祝祭の楽しさに心躍らせながら観るのみ!
しかし最後の最後であんな皮肉によってテーマを浮かび上がらせるとは......。

ちなみに脚本は「探偵 スルース」やクリスティのシリーズもやってる人。ミステリファンの琴線にも触れるすげえお話でした。




アメリカン・サイコ


金持ちイケメン一流サラリーマンが実はサイコ殺人鬼っていうお話。


初っ端からクリスチャン・ベイルの肉体美が炸裂。男になんの興味もない私でもうひゃあ抱かれてたい///と思ってしまうくらいの、超越的な美しさ。

しかし、本作のテーマは現代社会における個性や内面の喪失というものでして、外面が美しければ美しいほど、それが空虚なものに見えてしまうという皮肉も込みでの素晴らしい筋肉なんですね。

そのテーマは、例えばカッコいい名刺を作って友人たちと見せ合うというギャグでしかない行為にも現れていて。
これ、名刺だから「エリートサラリーマンワロタw」ってなるけど、私が今こうして書いている映画レビューにしたところで、他人の感想とさして変わらないものをさも自分の個性かのように見せているだけの自己満足の産物に過ぎないのであって、肥大した自意識のわりに誰も彼も少し離れたところから見れば個性なんて分かんないのは我々も作中の主人公らもなんら変わりないと言えます。
個性的と言われる芸能人やミュージシャンにしたところで、「個性的な人」という類型にハマっているにすぎない。
性別や世代でくくるなと言ってみても、じゃあそういう枠を取っ払って1つの私という人間だけを見たときに他の個体となんの違いがあるのだろうか......。

なんてことを、ファックしながらポーズ決める主人公を見ながら思ってしまいました。レザーフェイスのまねっこするのも空虚で......。
ラストは、解釈の分かれるところだと思いますが、正直どっちでもいい。どっちであろうと、みんなそんなことには興味がない。......という皮肉がまた素晴らしいです。

あと、一応のヒロイン枠のクロエ・セヴィニーがめちゃくちゃ可愛かった。
はっきり言ってギャロにフェラチオした人という認識しかなかったですが(『ブラウンバニー』)、本作でもめちゃくちゃエロかったです。めちゃくちゃ可愛かった。好きになっちゃう。




DAGON

DAGON [DVD]

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  • 発売日: 2002/10/17
  • メディア: DVD


クルーズを楽しむ2組のカップルが嵐に遭い辿り着いた島は、海の邪神(?)ダゴンを崇めるヤバい村だった!


ユズナ製作ゴードン監督という黄金コンビによる作品なので当然ながらとても良かったです。

この人たちの映画ってB級なりに雰囲気むんむんで安っぽく感じないところが良いですよね。
本作も、雨に閉ざされた邪教の島というロケーションが抜群によくって、島民たちのビジュアルや態度も不気味で不穏で最高でした。
キャラクターも、オタクっぽい主人公、カッコいい彼女、妖しいイカ娘、なんだかんだいい味のおっちゃん、小物感がすごい神父さんなどそれぞれ個性的で素敵ですね。

グロさはそこまで......と思いきや、終盤では色々とエグい映像を見せてくれてまぁ満足。

話の流れは追いかけられて逃げてというけっこうシンプルなもので、「原作ラヴクラフト」を期待すると物足りないかも知れませんが、ソリッドなシチュエーションのホラーとして見ればなかなか面白く、潔くここまで内容を削ぎ落としたことにむしろ好感を持ちました。
終わり方も切なくていいよね。なんかこう、わちゃわちゃやってて最後いい感じに終わるB級ホラーって好きなんすよね。いいもん観ました。




処刑山2 ナチゾンビvsソビエトゾンビ

DEAD SNOW 2: RED VS DEAD

DEAD SNOW 2: RED VS DEAD

  • メディア: DVD


前作で片腕を失った主人公だが、なんとか逃げ延びて下山する。しかし、ナチゾンビ軍はまだ目的を果たしていなかった......。


前作から7年越しの続編が、ようやく日本でも公開されたので観てきました。

とりあえずめちゃくちゃ面白かったです。
前作はゴア描写は行きすぎて笑えたもののシリアスな雰囲気のゾンビ映画でした。しかし、前作ののちゾンビランドを筆頭にゾンビコメディブームが到来。その影響からか、ノルウェー産の本作もアメリカのゾンビコメディみたいな感じになってました。
この辺前作のファンからすると複雑かも知れませんが、私は前作にさしたる思い入れもないしゾンビコメディ大好きなので楽しめました。

まずキャラがいかにもっすね。『死霊のはらわた』のアッシュや『シャークネード』のファンよろしく、1作目を生き延びたことで戦士として覚醒した主人公。新キャラとしてキュートなオタク3人組、博物館長、『死霊のえじき』的なペット系ゾンビと濃い面々への愛着で物語が牽引されます。突っ込みどころがありすぎるのも最高!

しかしキャラ萌えコメディにはなりつつもグロ描写の不快感はさすがで、血よりもゲロのがたくさん出るあたり気持ち悪いし、内臓は便利なロープでしかないし、人間に尊厳はない!!!登場人物にナチュラルに倫理観がないところが最高です!!!
そして噛まれても感染するわけじゃないからバトルはもはやただの殴り合いで原始的に面白かった。

そして、ラストシーンは倫理観が行き着く果ての地獄のような天国のような光景に戦慄。アレは腐ってないの?......なんて野暮なことは言いません(言った)。

今のところさらなる続編の話は聴きませんが、1と2の間も長かったので今後無いとも言い切れませんよね。期待はせず楽しみに待ちたいと思います。




桐島、部活やめるってよ

桐島、部活やめるってよ

桐島、部活やめるってよ

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video


とある高校。バレー部のエース桐島が部活をやめるっていうニュースが校内を駆け巡る。
タイトルにもなってる「桐島」本人は出てこず、周辺の生徒たちを俯瞰で描いた青春群像劇、
原作は未読ですが、聞きかじったことによると、原作は人物ごとに章立てられているのに対し、映画では曜日によって章立てる形に再構築されているようです。


高校生の日常を描く群像劇なのではっきりとしたストーリーの主軸のようなものはありません。
しかし、桐島が部活をやめたことの波紋が、各部活で試合や発表会を控えた時期の学校内に広がっていき、それによって登場人物たちがそれぞれ何かしらの変化を迎える......というところで一本筋が通っていて見やすいです。そのへんはさすがの喜安さんですね。

そして、本作のキモはそのリアリティ。
スクールカースト」という明文化されてるわけでもねぇのに確固として厳然と学校の中に存在するルールが題材なので、学生時代にこの枠組みに組み込まれていた人間ならば誰もが何かしらの感情を抱くはずです。
個人的には、地味なカースト底辺オタク......それどころか、映画部で映画甲子園に参加してたことまで、あと眼鏡かけてて実はイケメンなことまで、何から何まで神木隆之介と自分の境遇が重なったので、「そうか、私が神木だったのか......」という気持ちになりました。
しかし、高校の時の私に彼のような情熱はなく、なんなら今だってないので、同じオタクとして彼の真っ直ぐさに憧れを抱いたりも。
とはいえクラスでは酷い扱いで、①基本的に存在を認識されない、②私を認識した人間は私を嘲らなければならない、③私と親しい人間は私同様キモい、という設定を与えられているところも同じなのでやはりかなり感情移入しちゃいました。

一方で、当時は「エネミー」という1単語でしか認識していなかったカースト中〜上位の人物たちにもそれはそれで悩みや葛藤があったのだと、今にして思えば理解できたのも面白かったです。
橋本愛は私の嫌いなタイプの女だけど、こうして見れば彼女の気持ちも分かる。それどころか松岡茉優に至っては高校生当時なら「死ね(けどやりたい)」くらいの感情しか抱かなかったであろう人間ですが、そんな彼女にすら寛大な気持ちで共感しちゃったりするからすごい。
結局あの世界で私たちはそれぞれの役割を必死に演じて、主人公から端役までみんなそれなりに悩んだりもしてたんだなと、俯瞰の視点で見せてくれる素晴らしい作品でした。

そして、「青春は爆発だ」と言わんばかりのクライマックスはエモい。そして、エモいお祭りのあとのあとの祭りは永遠の陽光となって僕らの目に焼き付くんだ。


「青春」という2文字に、平仮名4音以上の何かを読んでしまう人には鋭くぶっ刺さる鉄風のような映画でした。

マンダレイ


ドッグヴィルの続編であり、"機会の土地アメリカ"3部作の2作目に位置づけられる作品です。
トリアー監督の作品は多くがなんとか3部作というくくりにはなってますが、この連作に関しては、本当にキャラとかの設定も引き継いだシリーズものになっています。
ただし、製作が予定されていた3作目が現在無期限凍結中であるらしく、どうも完結することはなさそうな気配も漂ってますね......。
個人的にはけっこう好きなだけに残念。


マンダレイ デラックス版 [DVD]

マンダレイ デラックス版 [DVD]

  • 発売日: 2006/10/25
  • メディア: DVD


ドッグヴィルを後にしたグレースは、奴隷解放から70年が経っていながら未だに黒人を奴隷として扱う農村マンダレイを訪れた。
折しも、村の女主人"ママ"が死に、グレースは奴隷たちに自由を与えようと息巻くが......。



というわけで、本作について。
上記の通り、キャラクターや舞台劇のような演出は『ドッグヴィル』と共通。
ただし、主演が神々しい美しさを見せたニコール・キッドマンから、ブライス・ダラス・ハワードちゃんに交代。M・ナイト・シャマラン作品でもお馴染みの女優さんです。
素朴で可愛くもちょっとホラー顔で、グレースの人間味が出た本作には合ってたと思います。

題材は奴隷解放について。
「どこでもない村のどこにでもある問題」を切り取った普遍的な前作に比べると、奴隷解放というのは個別的で社会派なテーマに見えますが、それでいてやはり「自由とは?」「価値観とは?」といった普遍的なことを描いていて強烈に惹きつけられました。

で、今作ではグレースという人間の存在感がより増しています。
前作では村人たちのダークサイドを引き出すための装置のような役割だったグレースですが、本作ではかなり能動的に動き回ります。
しかし、「ドッグヴィルでお前は何を学んだんだよ💢」と言いたくなるくらい、やることなすこと裏目に出る皮肉が笑えます。
その極めつけが、あの、あのシーン......。絵面が衝撃的すぎて引きました。

また、これは私がミステリファンだから言うのですが、本作は「ママの法律」というルールの上に基づいた特殊設定ミステリでもありますね。
このルールに沿ってキャラクターが動くあたりは、犬神家の遺言状とかのイメージに近いかも。
思いの外、ミステリとして面白いラストでむしろ戸惑いました。そんなつもりで観てなかったのに......。

そしてエンドロールでは相変わらず踊りたくなってしまいつつ、相変わらず踊ってる場合じゃないスライドショー。
意外なミステリ風味もあってめちゃくちゃ面白かったけど、やっぱしんどいしもう観ないと思う。
そして、3作目を追悼............。いつかやってくれるのかな............??



(ネタバレ→)
「ママのルール」に従ってキャラが動く本作ですが、そのルールの正体自体がどんでん返しのようになっています。
それに加えて、「数字の1と7を紛らわしく書く」という設定がまさかの伏線になっていて、グループ1だと思ってたらグループ7だった、という特殊設定を踏まえたどんでん返しまで用意されてるのが凄い。
普通にミステリとして楽しめる仕掛けで、トリアー監督にこんなミステリ的なセンスがあるとは思っていなかったのでそのことも意外。

そして、その勘違いトリックによってグレースがニ🙅‍♂️ロコックに貫かれてしまうのが衝撃的ですね。
トリアー作品はよくミソジニーだの言われてますが、たしかにこういう、女が性欲を催したせいで酷い目に遭うみたいな展開はそんな気もしますね。まぁ私もミソジニストらしいのであんまりそのことを責められませんけどね。

村上春樹『レキシントンの幽霊』読書感想文

たまぁ〜〜に読みたくなる村上春樹の短編集。

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊 (文春文庫)


実は大学生の頃の半分くらい読んで、そこそこ面白かった気もするんですが、なんとなく全部は読まずにやめちゃってたんですよね。このたび5年越しくらいにサルベージしてきて読みました。

本書は独立した短編7編を収録した作品集ですが、全体にちょっと怖い話が多かったですね。ホラーというわけではないですが、死とか暴力性とか孤独といったテーマがわりと分かりやすく前面に押し出されている(その前面の裏側に私の読み切れていないであろう深みをも感じさせるとはいえ)ため、ぞくっとするような読み味になってるんですよね。
なんというか、何なのか掴み切れないんだけど、その分からなさまで含めて妙に印象に残る話ばかりなんですよね。普段、何から何まで作中できちっと回収されるミステリというジャンルばかり読んでいるだけに、たまにはこういう分かりやすい部分と分からない部分の同居した小説を読むのも楽しいものです。

以下各話の感想を。一応、内容に触れていますのでご注意。





レキシントンの幽霊

著者を思わせる作家の主人公が、レキシントンに住む建築家の友人の家で1週間のお留守番をすると、最初の夜に幽霊がパーティーするってゆうお話。

作家が(仕事はしてるけど)気ままに素敵なお屋敷で暮らすっていう世界への憧れがやばいので雰囲気だけで読めちゃいました。
話はかなり謎めいていて、最後まで読んでも何が言いたいのかよく分からない、難解な作品ではあります。
ただ、意外と分かりやすくヒントらしいものは散りばめられていて、読者が解釈する素材は豊富。私はそこまで頭が回りませんが、きちんと伏線を拾いながら想像力も駆使すれば、ある程度推理小説のような解決さえできるのではないかと思います。

さて、私はバカなのでそこまでのことは分からなかったものの、本作に濃密に漂う死と孤独の匂いを嗅ぐだけでもなかなか楽しめました。
幽霊たちは恐らくケイシーのご先祖とか(父親を含む)な気がしますが、そうするとアメリカなのにお盆みたいでちょっと愉快ですね。
犬が寂しがり屋なのは、飼い主の心情を表しているのでしょうか。
最後にケイシーと会う場面、彼の語りに出てくる、愛する人の死を前にしたときの深い眠りが印象的。
そして、死の予感の漂うケイシーの話について、最後に主人公が「遠い」と書くのもまた印象的です。その遠さが聖者と死者を分けているようで、ケイシーへの長いお別れのように響きます。





「緑色の獣」

庭から緑色の獣が生えてくるお話。

本書の中でもとりわけ短いながら、非常に強烈なインパクトを残します。めちゃくちゃ怖いです。
まず怖いのが、獣のビジュアル。緑色で長い鼻を持つ、人間とはかけ離れた容貌ながら、目だけは人間と同じっていうのが、怖い。
ピッキングという必殺技も怖すぎる(笑)。

しかし、この獣の不気味さを盾に、自然に当然に獣に残酷なことをする(いや、もはやしてすらいない)主人公が怖いお話です。淡々とした筆致が主人公の行為の恐ろしさと自然さを増すんですね。
ものすごく雑に言ってしまうと人間の残酷性や差別の話だと思うんだけど、寓話的なシチュエーションのせいで戦争から学校でのいじめから今だとSNSでの叩き文化まで何を思い浮かべても当てはまる、むしろそんだけ色々例を思いついてしまうのが恐ろしい作品です。
そして何より、自分もこのシチュエーションならやるだろうと思わされるのが......。
うん、インパクトがやべえ。





「沈黙」

語り手が、ボクシングをやってる知り合いの大沢さんに「人を殴ったことありますか?」と聞くと、大沢さんが学生時代に殴った相手・青木とのエピソードを語る。

という、幽霊も獣も氷男も出てこない、至って地味な話ですが、それだけに寓話っぽさで覆われていない剥き出しの現実の生々しさを感じました。

語られるのは、ありきたりな人間同士の嫌い合い。お互いになんとなくアイツが気に食わねえ、という誰にでもある感情。誰にでもあるからありきたりでもヒシヒシと緊張感があって読ませます。特に殴るシーンとか「やれ!殴っちまえ!」と思いますね。
ただ、本作の語り手が大沢さんではなく、この話を聞かされる「僕」であることによって一気に「ものの見方」というようなテーマが浮かび上がってきます。
そもそも大沢さんの中でも、時を経てあの出来事に対する見方の変化はあったわけですが、それを聴かされる「僕」≒読者は果たしてその話をどう受け取るのか?
そのことに対する「僕」の答えになるほどと思わされます。古い作品ですが、特に今のSNS世界に生きる私たちにとって学ぶべき点の多い名作ですね。
なんつって、Twitterであーだこーだ言いながらこんな感想まで書いてる私に「沈黙」なんて難しいっすけどね。





「氷男」

スキー場で出会った氷男に恋をして結婚した私。結婚生活もマンネリ化してきたある時、私は氷男に南極へ旅行に行こうと切り出すが......。

まず冒頭の静けさが好き。
スキー場の喧騒の中で、氷のように、いや氷そのものとしてそこに在る氷男。その静けさに惹かれる私。
しかし、恋愛の理想と現実にはギャップがあり、どこか上手くいかないのを打破しようとした行動がまた決定的なカタストロフへと静かに歩き出す第一歩になってしまう。
このへん普通に泣ける恋愛小説。
結末はやはりファンタジックなものの、そもそも恋人や夫婦なんて最も身近だと思い込んでいる他人に過ぎず、理解したつもりでも全て理解するのは無理。
そもそも、幼なじみ同士とかでもない限り恋人なんてのは多感な時期を過ぎた頃に出会ってるわけだから全然他人みたいなもので、まだしも学生時代の友達の方が分かり合えてる気もするし、だからこそ彼女の友達にも嫉妬しちゃう......なんてのは私の感慨であってだいぶ話がズレてきていますが、要はそういう相互理解の不可能性を描いた苦く切ないお話でした。好き。





トニー滝谷

母は彼を産んですぐに他界し、ジャズ奏者の父とは同居しながらも没干渉。そんな孤独な青年トニー滝谷は服が好きな女の子に恋をして......。

主人公のトニー滝谷とその父親の半生を淡々とした三人称で描いていく物語。
本作の1番分かりやすいテーマは「孤独」ですが、淡々として突き放したようですらある筆致自体がトニー滝谷の孤独を強調しているように思います。
トニー滝谷は他人にはあまり興味を持てない孤独な人間で、それは父親も妻も同じ。
それでも、トニー滝谷と妻は出会い恋をする。そして、彼女を失って今までの孤独とは異質の孤独を感じます。
ここで孤独の質が変わるということは、彼は彼なりにやはり妻を愛していたということでしょう。代替品としての女を雇おうとするも、馬鹿馬鹿しくなってやめてしまうことからも、彼の恋が少なくとも彼にとっては本物であったことが窺われてつらくなります。
しかし物語は淡々と孤独な男を風景のように描き出して幕を閉じる。
この残酷で苦い結末に、自分の未来を見るかのような余韻を感じます。じんせいかなしい......。





「七番目の男」

洋画とかでよく見る、何人かで輪になって自分のトラウマを話す会みたいなので七番目の男が語り出す。子供の頃に住んでいた海辺の町で嵐に遭遇し、友人のKを失ったというお話。

まず一読して、Kを救えなかったという罪を背負う主人公が詳細は判りませんがとある場でその経験を語ることでトラウマを克服する、という美談のように読めます。Kという名前は夏目漱石の『こころ』と同じで、テーマや設定の類似性からも狙って付けているように思います。
しかし、どうにも気になるのは、本作では主人公の語りオンリーしか描かれていないこと。うがった見方をすれば、さも良い話のように語ることでKを見捨てた自分を正当化しているだけのようにも思えます。そう考えると、主人公が汚いエゴイストにも思えますが、しかしどうなんでしょう。
人間、どうしたって自分のやったことを同じテンションで後悔して贖罪の気持ちを持ち続けることなんてできなくないですか。彼のように、自分本意な正当化だとしてもトラウマを"克服"しちゃった方が建設的だよなぁとも思います。
まぁ、そういうふうに色んな見方ができるのは「沈黙」にも近い短編ですね。どっちもどう読めば良いのか難しいけど好きです。





「めくらやなぎと、眠る女」

別の短編集に入っていた作品のショートバージョンだそうです。

祖母の葬儀のために帰郷した主人公が、耳を患ういとこを病院に連れて行くことになり、道中で過去に友人の彼女の見舞いに行ったことを思い出す......というお話。

別に獣も氷男も出てこないけど、ファンタジー感の濃厚な一編です。
いとこの耳の病気が原因不明なことと、何より友達の彼女が語る「めくらやなぎ」の物語の印象の強さによるものでしょう。
作中には至るところから死の匂いがします。主人公の友達の彼女は重い病気で入院していた......と思いきや、彼女ではなく友達の方もその後死んでたり。そしてもちろん「めくらやなぎ」のお話もまた死を思わせます。
そして、ラストのチョコレートのエピソードで、死に向き合う彼女と、それをまだ想像できなかった主人公たちとの差に切なくなります。目に見えて分かることは重要じゃない、みたいなセリフがありますが、彼女の見えないところでの苦悩や恐怖を察することができなかった青さについての青春小説......なのかな、という感じ。まぁなんせ、私にはよくわかんねえっすわ。

穂村弘『もしもし、運命の人ですか。』を読んだ

女の子を本当に好きになったことがない。
もちろん、好きになったことはある。
でも、私が思う"本当"は『きみに読む物語』のラストシーンみたいな、ああいうことなんですよ。
そもそも、私は私のことを好きになるようなセンスのかけらもない人間に魅力を感じない。
一方で、自分を褒めてくれる......いや、少しでも関心を持ってくれる(そして顔の良い)女性がいればもう好きになっちゃう。
「好きの反対は無関心」という言葉は自分に対しても当てはまって、自己愛と自己嫌悪は共に自分への著しい関心という意味で表裏一体。だいたい自信がないやつは自己愛強い。私のように。

穂村の本を読んでいると、内容の9割くらいには「お前は俺か」と思ってしまう。
でも残りの1割で分かりきらないところがある。「あるある。うんうん、わかるわか......わけわかめだわ!」ってな具合で。
そもそも、私と同じような精神構造をしていても、彼はそれを面白おかしく魅せることが出来てエッセイの収入で食ってる。片や私は誰も読んでいないブログをしこしこと更新しては「どうせ誰も読まないのに」とまた落ち込むだけのうんこに過ぎない。

穂村の本を読んでいると、そうやって彼我の差を見せつけられて切ない気持ちになりつつ、そんな感傷に浸ることが嫌なはずなのになぜだかやめられなくて、読み終えてはまた新しいのを買ってきてしまう。


もしもし、運命の人ですか。 (角川文庫)

もしもし、運命の人ですか。 (角川文庫)

  • 作者:穂村 弘
  • 発売日: 2017/01/25
  • メディア: 文庫


本書は特に私にとって関心の強い「恋愛」がテーマなので書かれている内容に一喜一憂しちゃいました。
基本的に書かれている文章のモテない感には共感しつつ、でもそうはいいながらめちゃくちゃたくさん元カノいるやんこいつと醒めた目で見てしまったりも。
解説でも指摘されている通り、穂村さんは「見るからにもてなそう」な自分を面白く演出することでモテを手に入れている卑怯者です。
そして、同病かと思っていたら実は裏切られている私のようなクソ非モテうんこ読者でさえ、彼の魅力から逃れることはできないから恐ろしいですね。

あ、本書の中では「コンビニ買い出し愛」が特に好きでした。身の回りの顔の良い女全員へのルートをとりあえず確保してある感じ、めちゃくちゃわかる。

indigo la End『濡れゆく私小説』の感想だよ!

indigo la Endの、メジャーでは5枚目のアルバムです。

濡れゆく私小説(通常盤)

濡れゆく私小説(通常盤)

  • アーティスト:indigo la End
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: CD

濡れゆく私小説(初回限定盤)

濡れゆく私小説(初回限定盤)

  • アーティスト:indigo la End
  • 発売日: 2019/10/09
  • メディア: CD




川谷絵音、どんどん仕事を増やしていってるのにインディゴのアルバムは毎年きっちり最高傑作を更新しながら出してくれるから愛さずにいられませんよね。

近年のインディゴのアルバムでは“命"というテーマが前面に押し出されている印象がありましたが、今作は『幸せが溢れたら』に原点回帰するように歌謡曲調の(失)恋の歌で揃えたコンセプトアルバムになっています。

とはいえ、もちろん原点にただ回帰するわけもなく、大幅に進化しちゃってまして......。

曲調的には、前作がかなり落ち着いていたのに対して今回はアップテンポな曲が多いです。でも、演奏はかなりオトナっぽいというか、なんか音楽的な説明はできないから抽象的ですけど、一言で言うとエロいっすよね。

で、歌詞は、「私小説」というイメージを体現するかのようにやけに文学的な語彙が多用されていてまた昭和ロマンな大人の恋の臭いがムンムンです。
とはいえどの曲もいつもの川谷絵音らしいイマドキの若者の拗れてエモ散らかした恋愛ソングなので、そこんとこのギャップも面白いですね。
あと、全曲が切なさや悲しさに満ちた恋の歌ではあるんですが、でもすんなり「失恋ゾングのアルバムです」とは括れないような多様さと複雑さがあるのも、シンプルな失恋アルバム『幸せが溢れたら』からの進化であり深化であるとも言えましょう。
また、命というテーマも、恋愛の歌の中にスッと挿入されることでドキッとしたりヒヤッとしたりさせられる、さりげなくも印象的な描かれ方がされてるんですね。
顕著なのは1曲目の「花傘」やラス前の「midnight indigo love story」。
歌詞カードを読んでいて、とあるフレーズが出てきた時に思わず二度見してしまうような鋭さです。


そして、全体の構成としては、前半5曲が歌謡曲テイストを押し出した曲、それ以降は前作にも見られた実験的・先鋭的なサウンドを追求した曲が集められていて、音の雰囲気で二部構成に分かれているようにも聴こえます。
こういう構成はインディゴのアルバムでも今までなかった気がするので新鮮。個人的には前半の歌謡コーナーが好きですが、後半もやっぱえげつねえし、まさに墓まで持っていけるアルバムですわ。

あと、ジャケ写もインパクト強く、なおかつ女の子という存在の素晴らしさが凝縮されていて素敵です。このアルバムは前作とは対照的に男目線の曲が多いので、なおさらジャケが可愛い女の子だとエモいですよね。

そんなわけで、本作は進化し続けるロックバンドindigo la Endの現時点で最高の名盤にして、作詞家・川谷絵音の最高の詩集でもあると言えます。傑作。最高。名盤。Yeah。


というわけで以下は各曲の話を。




1.花傘

最初のあの音のインパクト、そしてイントロの昭和な歌謡感と洗練されたバンドサウンド感の融合から引き込まれるというよりはなんかもうぶん殴られたみたいな......。カッコよさに脳が震えます。ぷるぷる。

仮タイトル?が「ユーミン」だったということで、ユーミンには詳しくないですが確かに踊れる歌謡曲ってイメージはあるかと。「埠頭を渡る風」とかみたいな雰囲気?

あと、スラップベース大好きマンとしては久しぶりにこんなに後鳥さんのスラップを聴けた気がして満足です。


そして、歌詞は本作の中でも特に文芸的といいますか、小難しい単語を多用していい意味で古臭く艶っぽい雰囲気が出てます。
特に、タイトルの花傘幕電といった雨にまつわる言葉が多いのに加え、宵立ち、夜一夜といった夜の営みを感じさせる言葉も使われ、雨の夜にだけ寝る年上の女の人にいつの間にか恋してしまっていた......みたいなストーリーがぼやっと浮かびます。

しかし、終盤では

お墓参り行けなくてごめん

殺伐な雨が君を許さなかった日から
恋したんだよ

と、君が亡くなっているらしいことが明かされます。
そうするともう曲の冒頭から濃密に漂っていた切なさと憂いの真の意味が分かっちゃって、やるせなさにちょっと呆然として聴き終えてしまう......そんな今までの路線を踏襲しつつちょっと昭和感を増した名曲なんですね。はい。

また、個人的には

小雨のうちだったら 心拭くのもまだ簡単なのにできない

というのがわかりみ強くて唸りました。
また、この一文が最後の曲「結び様」にもかかってくるんですよね......。

ちなみに、冒頭の「曇りガラスで〜」のところなんかは「ルビーの指輪」を連想しました。たぶんユーミン聴いてるなら一緒に聴いてるだろうしこれもオマージュなはず!(雑)




2.心の実

読みは「このみ」。「の」を抜けば「しんじつ」でもあり、心の中で実となっている真実の愛といったようなダブルミーニングでしょう。

まず一言言わせて欲しいのが、MVいろんな意味で最高!!!
ゲス不倫の第一人者である川谷絵音氏がタイプの違う2人の女性を連れて遊園地に行くというエグい映像が見れるだけで笑いましたが、何より他のメンバーが可愛すぎる。
えのぴょんがお姉ちゃんたちとイチャイチャしてる後ろで、彼ら三人も同じようにイチャイチャしてお弁当あーんってし合ったりしてる様子を見るだけで幸せが溢れます。私の幸せが溢れたので少しだけ許してあげます。

......とまぁ、そんなふうにMVでも2人の女性が出てくるように、この曲は恋人の「君」と、かつて好きだった(あるいはセフレとかかも知れないけど)「あなた」との間で揺れるゲスに切ない男心を描いた曲です。


まずサウンド的には、イントロのキーボードの音とギターのカッティング、スラップ多めのベースの音が印象的。
イントロやアウトロ、サビなんかは、ゲスの極み乙女の「オンナは変わる」っぽい印象もある、なかなかファンキーな曲ですね。
サビに入る時のドラムがたんたんたんたんって高まっていく感じもエモい。

ユーミンな前曲に続き、この曲は仮タイトル「山下達郎」とのことで、言われてみればそれこそカッティングやスラップなど達郎さんの曲にも通じるものがある気がします。まぁ音楽的に詳しいことは例によって分かんないけど。


歌詞に関しては、最後までひたすら「"君"を見なきゃいけないのに"あなた"を思い出してしまう」という、情けなくも共感しやすい歌詞が続きます。
なんせ、男の恋愛はバックナンバーですからね。10月号が出ても9月号の記事をたまに読み返してしまったりするもんなんすよ......。
あと、たぶん呼び方のイメージだとあなたは年上で君は同いか年下な感じがしますね。その辺で比べてしまうというのもまた非常に分かるのでつらい......。
それこそ、「ズルい」し「罪」なのは分かってても、心の中のことだけは意思で変えれるものじゃないっすからねぇ......。
なんて思ってると、(MVのその箇所では川谷絵音がカメラのこちら側を見ながら)「たまにはこんな歌詞もいいでしょ?」なんて急にメタフィクションをキメてきやがるから驚きます。正直最初は「お、おう、せやな」と思いましたけどね......。
ちなみにアルバム後半ではさらに「歌詞/リリック」というワードが歌詞の中に頻出するメタなアルバムでもあるので、2曲目の時点でこの歌詞が出てくるのが、ある種そこへの伏線のようにもなってるのかな、と思います。




3.はにかんでしまった夏

全体の印象としては疾走感のある王道ロックチューンですが、イントロのindigoらしい歌うようなギターから一旦R&BっぽさすらあるAメロを経由してからだんだんスピードを上げてサビで全力疾走!みたいな緩急の激しい凝った構成がオシャレです。
サビのメロディはわりと単調なんですけど、その感じが真っ直ぐ駆け抜けるようなイメージを出してて良いですね。そして、サビでも地声が続くだけに最後の「あ〜ああ〜〜!」のエモさが際立ちます。

歌詞は、夏の終わりに遊びみたいに恋した君への想いにいなくなってから気付きました的なあれですね。
で、歌詞もサウンドの緩急と同じように緩急がついてるのが面白いというか、巧いところ。

Aメロのゆったり部分では

他人と他人の馴れ合いを それなりに楽しんだ

なんて、ちょっと余裕ぶって斜めから見てるような言い回し。それがBメロでは

そんなことしてたら 触れ合える距離に君はいなかった

と喪失の事実を言い切って、からのサビではもう

全然何ともないのに 涙が出るなんて困ったな
考えたっていないのに 君は絶対にいないのに

と、取り乱してると言ってもいいような切実さで叫んでる。
そして、曲の終盤ではギターをかき鳴らす音だけをバックに「結局君のことが好きなんです」と、ついに"隙を見せ"ますが、それでも君は絶対にいないわけで......。
......というような、サウンド面の展開と歌詞の展開のリンクで心を鷲掴みにされちゃう。
そんな、はにかんでしまって素直になれないままに終わった恋に、終わってから縋り付くというめちゃくちゃ王道に拗れたラブストーリー。名曲です。




4.小粋なバイバイ

続けざまに、これもアップテンポながら切なさを湛えた曲。
イントロの、すごくindigo la Endらしい歌うようなメロディアスなギターがやはり最高。

歌い出しがいきなり

吹きこぼれた後の やり場のない台所
感情的になるには絶好のタイミング
声も荒げずあなたが出て行った後静けさの中で悩んだ
このまま終わらせるかどうか

と、ちょっと長く引用しましたが、かなり具体的なシーンが描かれて曲が始まります。
「吹きこぼれ」という言葉に料理をしているあまりにも日常的な光景と、感情が抑えられずに声を荒げてしまうような様をダブルミーニングにしてるのが巧い。
感情的になるには絶好のタイミングのはずが、しかしあなたの方は声も荒げずに出て行く、という温度差。これも吹きこぼれによってコンロの火が消える様と照応されています。

この冒頭の見事な情景描写のおかげで、恋を終わらせるかどうかで悩む主人公の心理描写にスッと入らせてくれるのが、やっぱり上手いなぁと思います。
つかみがオッケーだから後はもう曲の疾走感に引っ張られていくだけ。
イントロやメロの部分はギターが印象的なのが、サビでは一転してリズム隊が強制的に聴いてる私の身体を揺さぶってくるのがまた心地よすぎるんですよね。

そして、この曲を一言で言い表す「バイバイ、あなた以外」というフレーズが強い。
泣き損が嬉しいとまで言ってしまうともう、ちょっとメンヘラ感さえ漂いますが、それを表すように最後のコーラスの声がおかしいことになってるのが芸が細かいというか何というか。
恋というものの美しさや小粋さから、それを通り越した狂気的な側面まで垣間見せてなんとも言えぬ切なさを描き出した名曲です。




5.通り恋

アップテンポな曲が続いたところでド直球のバラード。
重厚だけど穏やかでもちろん切ないイントロからして、「おっ?」と逆に驚くぐらいのストレートさ。


そして、歌詞がもう、過ぎます!!切なさが!
切なさのオーバーキル。ラブソングの中のラブソングです。

「聞かれたら困る話だけど 歌に乗せたらいいよね」

「心の実」では遊び心的に使われた歌であることへの自己言及が、この歌の冒頭の歌詞ではもっと切実に、「歌に乗せてしか言えない本音」とか「歌を歌う理由」くらいの意味まで込めて使われています。

そして、短いAメロの後はすぐにサビですが、これがまたエモエモ。
サビの入りの「もう」が良いんですよね!「もう」っていう一言を置くことで、一瞬のうちに「サビが来るぞ」という心の準備ができて、感情全開でエモ狂えるんです。やばいっすね。

1番ではわりと抽象的なことしか言わず、2番では少し2人の関係が見えてきて、Cメロでピントが合うように具体的なことがエピソードまでが語られてからの、大サビではガーンっと盛り上がって、最後にP.S.が来るという、構成が美しすぎる......。

近作では特に、死別を思わせる歌も多くなった川谷絵音ですが、この曲はあえて普通の失恋が描かれています。言い換えれば、「死ネタ」という飛び道具を使わなくてもここまで切ない失恋ソングを描ける、という証明。

だんだん具象度が増す構成ではありますが、それでも具体的な描写より心情吐露がほとんど。失った恋を忘れられないという、ただそれだけの気持ちが高純度に結晶化していて、だから同じような気持ちを味わったことがあ
る人間ならば泣かずにはいられないんですね。で、それを切なくも優しく歌い上げるわけですからね......。失恋の悲しみの肯定。エモい。

特に好きなのが、「得意料理も知らないままだった」ってとこ。
それだけで、2人の付き合いの深さと浅さが浮き彫りになるような名フレーズですね。




6.ほころびごっこ

ごっこ』という映画の主題歌になった曲。
川谷絵音が映画を観てから寝たら夢の中で曲ができたらしい。私みたいな創作とかしたことない人間からしたら「マジかよ〜」と半信半疑になってしまいますが......。
しかし、映画を観ると、タイアップとしても見事で凄えなと思いました。
映画に出てくるものや、映画のテーマをがっつり出しつつ、indigo la Endらしい憂いのある恋愛ソングにもなってるという両立の仕方。寄せながらも寄りかからないことのかっこよさ。

それは置いといて、前曲「通り恋」までがアルバム前半とすれば、この曲から中盤に入っていくイメージです。
ここまでは恋愛・失恋についての曲ばかりでしたが、これは微妙にそれだけではない。
恋愛を通して、人生というか、生き方というか、自分というものについてというかまで視野を広げた曲ですね。

ほぼ歌始まりで、冒頭の歌詞のインパクトがデカいっすよね。

まさか僕ら愛し合った?
あなた僕だけを見てるの?
すれ違わない確信が持てないと見返せない

このフレーズだけで、不器用で臆病で捻くれ者で優柔不断な主人公の姿がもう見えてきます。そして、それが全て自分に当てはまるので、もうダメですわ......。この歌、私のこと歌ってるよ......。
で、全体の歌詞を見ると、このフレーズ以外は全く繰り返しがないんですよね。
ほぼ一方通行で、1番と2番ではサビもまるっきり別のことを言ってる。そのうだうだ感がこの曲の主人公に似合ってるとともに、そんな中でも繰り返されるこのフレーズがどんどん印象に残ります。

タイトルの「ほころび」という言葉は、最初は「結び目が綻ぶ」とかの悪い意味かと思ってましたが、よく読むと「顔がほころぶ」みたいなプラスのニュアンスなんだと気付きました。もちろん、それの「ごっこ」なので状況はプラスだけど思考はマイナス、といったところ。
要は、初めて彼女が出来て、浮かれたいんだけどもどこかで幸せを恐れてしまう時の歌ですね。わかりみ〜。
あるいは、先にゴールしたもん勝ちとかのところは結婚のことかもしれないなぁ......とか思っちゃう時点でやっぱり私みたいなクズのための歌ですね。

BB弾とかグリコとかコーヒーカップとかの比喩がゆるやかに全体のテーマを浮かび上がらせてるのも上手いっすね。

最後の、

最初は大体真似事よ
ずっとそうなのかもしれないけど

という、ポジティブとネガティブがフィフティフィフティよりはややネガ寄りなところ、分かる。


ちなみに、この曲はボーカル無しの「本人が演奏してみた」動画も上がってて、それはそれでオシャレなインスト曲として聴けて素晴らしいです。他の曲もやってほしい。




7.ラッパーの涙

なかなかヘンテコなサウンドの「ほころびごっこ」から、さらに実験的なこの曲へ。
ブーーーンという不穏な音、ギターとピアノの美しくもやはり不穏な旋律が展開し、不安定なコーラス。このイントロがもうめちゃくちゃ良い。

アルバム発売前からこのヘンテコなタイトルが気になっていましたが、聴いてみてなるほど、と。たぶんだけど、ラッパーをディスってますね(笑)。
ラッパーをディスりつつ、自己紹介してます。

スイートマイナーコードに乗せて
幸せを当たり前にしないよ
だからたまには悲しませるよ


これはまさに、indigo la Endの歌そのものですよね。
この曲はいわば「indigo la Endのテーマ」と呼べるのではないかと思います。

でも2番ではおもっくそ早口なラップをぶちかましたりとindigoらしくなさもあり、しかしらしくなさを開拓していくのもindigo らしいと言えるのかもしれないとも思ったり。
ともあれ、私はそんなあえて幸せじゃない未来も歌っちゃうindigoが好きなんです。

また、アルバムの中で、他の曲は物語調なのにこの曲だけが自分たち自身について歌っているような異色作。
ただ、アルバム全体にメタ的な、歌を作ること自体に言及する歌詞は散りばめられているので、アルバムの真ん中あたりにこの曲があるのも非常にしっくりきます。
最初と最後に(途中にもだけど)「ブーーーン」の音が入るのも、一旦視点が変わることを表しているようにも聴こえますね。




8.砂に紛れて

からの、ドラムのスティックでカウントをとってからのめちゃくちゃ鋼の振動ですって感じの高くてうるさいギターサウンドにテンション爆上がり。一方ベースとドラムもなんかもう好き勝手やってる感じでわちゃくちゃしたカオティックな感じでぶち上がったテンションがそのまま爆発四散しそうになったところで、歌い出すときちんと息の合った演奏になるところが良い。

長田くんのギターってわりとメロディアスでそのまま歌えそうな演奏が多いですが、この曲ではそういうのは間奏だけであとはもうチャキチャキいってて新鮮。でもロック感はそんなに強くないのは、歌が(歌詞もメロディも)歌謡曲テイストだからでしょうか。

で、歌い方もまた良いんですよね。
ミックスボイスっつうんですか?地声部分とファルセットの切り替えが美しい。もちろん、それは昔からの川谷絵音の特徴ではあるのですが、正直昔のゲスの曲の裏声部分とかってちょっと、ファンの方は読まないで欲しいんですけど、ちょっとアホっぽかったりするんですよね。
その点、この曲なんかはただただ美しく、この人どんどん歌が上手くなっていくなぁと驚きました。こんだけファルセット多用して全然聴き苦しくないんですもの。

そして、そんなエモい歌い方に見合って歌詞もエモエモ。
いわゆるいってたらいけた恋の、行けない気持ちをうだうだと歌った、女々しくて女々しくて女々しくてつらいナンバーですね。
非常に分かりやすく物語調になっていて、同じほっぺの赤が冒頭とラストで違う意味で機能するところなんかどひゃあ!ってなります。

あなたの気持ちはわかってるのに
はじまりの音が怖くなるんだ

という歌詞が、アルバムの最後の2曲まで尾を引いていますね。




9.秋雨の降り方がいじらしい

これまたみょうちきりんなイントロ。おばけでも出そうな音色がちょっと米津玄師の初期の変な曲とかを連想しちゃいます。

そして、インディゴにとっては初のがっつり秋ソング。
夏や冬の曲は王道ですが、秋の曲にはちょっと捻くれたイメージでもあるのでしょうか、この曲の歌詞は諦念と皮肉が目立つ裏に秋らしい寂寞を感じさせるものになっています。

魔法が解けて こぼれた 2人
よしなに歌ってください
渡された歌詞を読んでた
秋夜はちょっと無さそうだ

というところは、彼らの代表曲「夏夜のマジック」のパロディ。
どストレートに泣けるセツナソングの夏夜をこうやってネタにしちゃう捻くれ方が好き。
とはいえ、ストーリーはやはり切ない失恋ソングではあります。しかし、目立ちたがりやの雨に流される2人の恋には切なさ以上に無常を感じます。雨を主役にしたりメタを入れたりして一歩引いたような視線で歌われるからでしょうか。

あと、

祭りと都会の境界線
踏み越える時と僕とあなたのあれこれ
似ている気がした

ってとこに、なんとはなしにエロさを感じます。




10.midnight indigo love story

インディゴには珍しいアコギの曲。しっかしめちゃくちゃオシャレっすね。
イントロで「スマホ壊れたかよ?」と思うようなぷつぷつっていうミックスがされてるところの違和感で曲に入り込んでしまいます。そこんとこのちょっとバグったみたいな感じも歌詞にピッタリ。

三拍子で同じようなギターのフレーズが繰り返されるループ感が、まさに深夜に酒あおってる感じ......とまぁ、私は下戸だから想像ですけど。

そして、歌詞もまた似たような短い言葉を羅列することでループ感があり、同じことを何度も思ってしまう失恋のやるせなさが濃密に伝わってきます。
主人公の女々しさは「砂に紛れて」の彼の数年後っぽいっすよね。

そんな単調な中で2箇所だけ文章になった歌詞が出てくるんだけどそこがまたエグい。

一人で行くはじめての場所で呷った酒の味
説明的な歌詞だな
書きながら笑った

というとこは、曲の最後の「歌の性(サガ)」という部分にもかかっていて、心の根を曝け出そうとしても歌詞に起こすと説明台詞みたいになってしまう、ということでしょうか。
2曲目の「たまにはこんな歌詞もいいでしょ」からすると、随分とディープな内省を含んでいて、このあたりが「濡れゆく」私小説なのかな、と。

私はいつ出来てもいい
重く残った君の声
眠ったフリしてたっけ
あの時はごめん

ってとこは、衝撃的でしたね(笑)。
今までも性を思わせる歌はいくつもありましたが、それにしてもここまで生々しいのは初めてでは。

憂いを帯びた失恋や悲恋が歌われたこのアルバムが、ここに来てついにここまで来て、それでもやはり終わった恋愛でしかないという無常......。

そして、結びのこの曲へと続きます。




11.結び様

私小説の結末は、アルバムのラストにしか置けそうにない結び様。

ここまでエモすぎて疲れたわいとばかりにイントロからAメロまではたら〜っとゆったりしっとりなバラードです。
しかし、ゆったりさはそのままに、サビでは抑えていた感情がせり上がって溢れる寸前、みたいな歌い方をしやがるので苦しくなります。
さらに曲の終盤ではどんどんエモさを増していって、最後の痛切な叫びには泣くしかねえ。

歌詞は本作の中でもいっとう女々しい、「実か分からぬ恋ならばなかったことにしてしまおう」という感じのお話。
恋心をスロットに喩えるのはもはや美しいのか美しくないのかよく分からないけれど、

喜怒哀楽のスロット早回しした
ぐるぐる変わる僕の中でも
君はずっと素敵だ

といった良さのあるフレーズはあるのでいいと思います。

サビの

結んでもない 結んでもないから
僕はまだ君を 愛さないことができる

というところは、この曲が主題歌になったドラマのタイトルの引用ですが、川谷絵音がタイトル考えたのかなってくらいインディゴの歌詞としてしっくり来ますね。ちなみにドラマ観てないけど。
こうやって情けなく強がりながらも、曲の最後には

好きにならなきゃよかった

を連呼しちゃうところが好き。
それを言っちゃおしまいなんだけど、それを言うより他にない。
そして、このフレーズがアルバム全体の〆としても効いていて、例外もあれど多くの収録曲に当てはまるフレーズだと思います。

さらに、終盤の

この歌にだけ残す

というフレーズも見事。
歌を書くこと、というテーマもあった本作の締めくくりにやはり相応しく、「好きにならなきゃよかった」とは言いつつも、好きになったその気持ちを完全に否定せず歌にだけでも残そうとするってのは消極的ですが美しいと思います。

実らない恋でも、その気持ちは美しい。
それを残すために歌がある。
そんな、青く淡く憂う恋の短編小説集11篇。あまりにも悲痛で切なく虚しい余韻が、リスナーの心の中でだけキラリと光る、素晴らしいアルバムでした。



そんな感じで、コンセプチュアルでありつつカラフルという私の好きなタイプのアルバムだったので毎度のことながら最高傑作と言っておきます。
リリースから感想を書くのにわずかばかり時間が空いてしまい、そのわずかの間にすでに次作の告知がありました。楽しみが尽きなくてファン冥利に尽きるわ。ありがとう、indigo la End

米澤穂信『いまさら翼といわれても』読書感想文

小市民新作に続き、こっちもまだ読んでなかったのでこの機会に読みました。


いまさら翼といわれても (角川文庫)

いまさら翼といわれても (角川文庫)



古典部シリーズもアニメを観て以来遠ざかっていたのですが、原作読んだ上でアニメまで観たので記憶力ない私でもキャラの特徴くらいはギリ覚えてたので懐かしかったです。


全6話収録の短編集ですが、前半3編は千反田以外の古典部メンバーがそれぞれに「わたし、気になります!」モードを発動する話。
福部、伊原、折木の3人がそれぞれの性格や信条のようなものが滲み出ていて、それこそ10年近くぶりの読者に対する改めてのキャラ紹介のようでもありました。
一方、後半3編は他者との関わり方や将来についてといった、もうすこし深化したテーマが描かれます。

各話に(伏線回収的な意味での)繋がりはないのですが、青春小説のテーマとしては流れるように見事な収録順になっていて、1冊通し読みしてこそ味わい深い素敵な短編集です。

以下各話の感想。







「箱の中の欠落」

ある夜、福部に呼び出された折木は、生徒会選挙で全校生徒の人数よりも多い総票数が集まったという問題について相談を受ける。


まず、ミステリとしては正直あまり面白くはなかったです。
「どうやって?」に関しては、不可能状況に見えるだけに、逆に突破口はあそこくらいしかないってのがぼんやりと分かってしまったり。それでもって、それでも興味を引いてくれる「なぜ?」の部分がアレなので......。
いや、小説として折木のキャラとかを考えるとあれで良いんですけど、だからって......。といったところで。

ただ、シチュエーションはすごい良かったです。高校生がちょっと補導されないか心配しつつ夜に散歩するっていう。そして、飯を食う。
食べ物の描写に並々ならぬこだわりを持つ米澤さんだけに、今作でも飯テロ的魅力で食べ物を描いていて、読んでてお腹空きました。





「鏡には映らない」

ひょんなことから、中学の卒業制作で折木があり得ない手抜きをして学年中から顰蹙を買った事件を思い出した伊原。しかし、古典部での折木との関わりから、なにか事情があったのではと考える。


折木の同中からの嫌われ具合が身につまされますね。
真相はまぁ、そんなところだろうなというのは分かってしまいますが、とある慣用表現がそのままヒントになっているのは上手いと思います。
それよりなにより、伊原のかっこよさと折木のかっこよさが垣間見えつつも、最後の最後で折木が可愛いのでこいつあざといなと思いました。←
まぁ、もうすっかりアニメの絵で想像しちゃってるからってのもあるけど......。





「連峰は晴れているか」

中学時代、雷に3度打たれた教師がいたことを思い出した折木だが、福部と話すうち、とある疑惑を抱き......。


引き続き、折木がかっこいい話。
些細な発端から想像を膨らませて意外な事実を見つけるという構成が好き。
意外性の飛距離はそれほどでもですが、この短さでこんな気持ちにさせてくれるのは凄い。これは千反田が惚れるのも分かるわ。
あと、自転車のくだりがどういう意味なのかよく分からなかったんだけど、なんか意味あるのかな......?





「わたしたちの伝説の一冊」

漫研の、書く派と読む派の対立に巻き込まれた伊原。同人誌への寄稿を頼まれるが、アイデアノートを盗まれて......。


まず、冒頭の折木の読書感想文に笑いました。
本題は伊原の属する漫研での派閥争いみたいな感じで、一応ミステリ要素もあるもののそんなことより青春小説として骨太で面白かったです。
もちろん、私はダメな方の生徒の側の人間なので、頑張る伊原へのやっかみ半分で読みましたが。こういう自分のダメさや醜さを突きつけられるから米澤穂信の作品は嫌いなんですよね。
衝撃、というのともまた違いますが、ラスト1行の切れ味が最高。





「長い休日」

休日の散歩中に偶然にも千反田に会った折木は、「やるべきことは手短に」というモットーの由来となった小学校の頃の思い出を語り......。


折木はくそイケメンだけど基本的にこのシリーズでは一番私に近いキャラなので安心感があります。
今回は珍しく彼が休日に散歩をするお話なんですが、主人公が散歩を思い立つだけで笑えるってのはなかなか凄いことですよね。
そして、謎の提示のされ方もありそうであまり見かけないパターンで新鮮です。
折木さんらしいとも言えるけど、こんな会話が長引きそうな話し方をするのは折木さんらしくない気もして萌えますね。なんで折木に萌えてるんだ俺は。
真相は、私の子供時代のまんまでうへえと思いましたね。そしてタイトルの意味も秀逸。いい話でした。





「いまさら翼といわれても」

千反田が参加するはずの合唱大会に姿を見せない。伊原からの電話を受けた折木は千反田の行方を探すことにするが......。


所属する合唱団の出演時間が午後6時、と言う形で日常の謎にしてタイムリミットサスペンスになっているのが良いですね。ハラハラします。
合唱大会で歌う曲、折木曰く「みんなで仲良くしようみたいな歌」らしいんだけどなんだろう。We are the worldとかかな。
ミステリとしても伏線からロジックを組み立てていく様は面白いのですが、やはりその後の苦味が......。
古典部メンバーそれぞれの過去が描かれ、未来を予見させる内容の本書を総括するにふさわしい結末。ほろ苦くも、彼らのことをさらに好きになってしまい、次作が待ち遠しくなる幕の引き方ですね。

石持浅海『相互確証破壊』読書感想文





ひゃうっ!





フォロワーの藍川ちゃんに、「この本気になるけどヤバそうだから毒味して」と頼まれて読んでみた、石持浅海によるエロミス短編集です。

相互確証破壊

相互確証破壊


「官能ミステリを描いてくれ」という編集者からの要望に石持先生がお答えした、全6話入りの1冊。
各話で描かれることの大半はベッドシーン。状況説明や回想シーンも結構な割合でセックスの最中の会話やモノローグとして語られるため、実質ほぼヤってます。

帯の惹句には

前戯からはじまる伏線、
絶頂でひらめく名推理。

とありますが、まさしく言い得て妙。
ネタバレになるので詳しくは書けませんが、やってる最中のちょっとした出来事や、体位がどうだったといったエロ描写がそのままミステリとしての謎解きのヒントになっていたりして、「それをそう使うか!」というセックス・オブ・ワンダーが愉しめます。
こうしたエロとミステリが不可分に融合しているあたりは生真面目に王道のエロミスをやっている感じですね。


エロ小説としてみると、自分が男なのもあって全話が女性視点のお話なのが良かったです。
やはりセックスによる快感の度合いは女性の方が圧倒的に高いはずなので、自分では感じられないことまでが描かれていて興奮しましたね。はい。
ただ、けっこうノーマルなセックスしか描かれず、ワンパターンなところは物足りない。
なんせ、どの話でも必ず主人公が「ひゃうっ!」って言いますからね。そりゃ「ひゃうっ!」って言う女がいてもいいけど、全員が全員言うのはちょっとなぁ......。
体位についても、必ず女性の片足を上げさせて横から入れるやつが出てきて、石持さんはよっぽどそれ好きなんかいと変なことを考えちゃって集中が削がれたり。
もう少し、シチュエーションに変化があると良かったかなぁ、と。

ミステリとしても、真相の意外性、説得力ともにやや物足りず。
なんせほとんど濡れ場、男と女の会話劇みたいなものなので、2人の間で、または主人公自身の間で結論が出てしまえばそれで十分な話ではあるので......。読者をもなるほどと言わせるほどの説得力には欠けるというか、謎から解決までが飛躍しすぎている感じはあるんですよね。
これは第一話と第三話に顕著ですが、「いやいや、そんなことある!?」って思っちゃう。とはいえ、飛躍してるわりに既視感はあったりして驚くほどではなく......。

ただ、前半の話がイマイチなのに反して後半はぐっと面白くなり、特に最後の二話分はミステリとしても物語としても満足できました。
まぁ、最初はじわじわでだんだん上がっていくという収録順もセックスのメタファーなのかもしれませんね(適当)。


そんな感じで、わりとノーマルなのでエッチな人には物足りなさがあるかもしれませんが、さらっと読めてそれなりに愉しめる良作だと思います。

少しだけ各話の感想。↓





「待っている間に」

会社の寮で不倫セックスに耽るというのはエロいですね。
そんな中で起こる事件がクローズドサークルの様相を呈するのは面白く、被害者のミッシングリンクもなるほどと思いましたが、しかしちょっとなんか説教臭さを感じてしまう結末でノリきれなかったですね。



相互確証破壊

タイトルは敵対する国同士がお互いに核兵器を持つことで牽制し合って平和を保つ、みたいなこと。
この小難しい用語を不倫カップルに応用する着想は面白い。
しかし、さすがにそんなことするかなぁ......と思ってしまい、着想のために話を盛ってる感じが否めませんでした。とはいえあっさりした読後感が怖いってのは面白いですね。



「三百メートル先から」

引きこもりの兄が狙撃されるというインパクトのある謎の提示が面白く、それ以上にインパクトのあるクライマックスのシーンは素晴らしい!
引きこもりが狙撃されるなんてどうして?というとっかかりから組み立てられるロジックも良いし、セックスの中に潜む伏線も見事。
お話として非常に面白いんですが、ただ、これもセックスの生々しさと真相の突拍子もなさのギャップに戸惑いを感じてしまうところはありました。



「見下ろす部屋」

窓から線路を見下ろせる部屋で逢瀬を重ねる不倫カップルのお話。
てっきり鉄道ミステリみたいになるのかと思いきや、思わぬ方向へ。
提示される謎と結末にそんなに関連がないのが物足りなくはありつつも、何かの本で読んだ(ネタバレ→)戦場に向かう兵士は種を残したいという本能から無意識に勃起するというような逸話(?)を思い出しました。うろ覚えだけど。
ラストの切り替えがまた本当は怖い愛とロマンスですね。



カントリー・ロード

本書でもこれがダントツに好き。
ヒッチハイクする女を乗せる男。もちろん、ラブホテルに泊まってやりまくる。これはもう男のロマン以外の何物でもないですね。
しかも、一回やってからは堰を切ったようにあんなところでも......///という。
しかしロードムービー仕立ての、しかも主人公は見るからにワケありなこともあって逃避行型のロードムービー風味になってるおかげで雰囲気はムンムン。
オチも論理の面白さから意外性、そしてそれが物語としての深みを増しているところまで完璧。またエロ描写の中の伏線の決まり具合も見事なもので、非常に印象的な一編です。



「男の子みたいに」

最後にこの話を持ってくるのが素敵ですね。
彼氏のために毎回男装で抱かれる主人公。しかし、彼はなぜそんなことを望むのか......。というぼんやりとした謎から、彼氏の性的嗜好を探っていく展開が楽しい。そして女友達がめちゃくちゃ良い。これはエロいっすわ。
なんて思ってたら、最後は衝撃の(ネタバレ→)スーパー・ハッピーエンドでびっくり。
うん、この話を、「カントリーロード」に続けて最後に持ってくるという収録順がめちゃくちゃ良い。
そんな、短編集の中での配置も込みで印象的な最終話。これだけで、本書を読んで良かったと思っちゃうからずるいっすわ。終わり良ければエクスタシィ。