偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』読書感想文

懐かしの、講談社ミステリーランド



「ライト・シング、ライト・プレイス(あるべきものを、あるべき場所に)」が信条の怪盗グリフィンの活躍を描いたお話です。


本書は3部構成になっています。
第1部はキャラ紹介がてら、メトロポリタンミュージアムゴッホの自画像のすり替えミッションの顛末が語られます。このへんまではまだそんなになんですけど、グリフィンの真面目でユーモラスで有能なところがしっかりと描かれていて彼を好きになるには十分。

続く第2部、第3部がメインストーリーなんですが、これが凄かったです。
仮にも子供向けの本なんですけど、サン・アロンゾという架空の国の近代史や政治的背景ががっつり描かれていて25歳でもちょっとややこしいなと思いながら読みました。子供の頃だったら投げ出してたかも。でもここがめちゃくちゃ面白い!
ない国を絶妙にありそうに、しかし絶妙に外したユーモアも漂わせながらこうやって描くのは凄いっすね。悩める作家のイメージだけど、こういうはっちゃけたやつも好きです。

全体の印象としては、ユーモアとアクションと陰謀と......っていうスパイ映画みたいな感じなんですが、もちろんそこは法月綸太郎先生ですのでミステリ的にも面白かったです。
仕掛け自体はシンプルながら、やけにこねくり回したロジックとエンタメとして気持ちのいい伏線回収は圧巻。

ジュブナイルらしい楽しさに満ちつつ、大人の読者も楽しめるし子供が読んでもちょっと背伸びした気分になれるんじゃないかな、という良作でした。


ちなみになにやらSF味の強そうな続編が出ているらしく、そちらもいずれ読みたいと思います。

中西鼎『東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う』読書感想文

本屋さんにさぁ、このタイトルでこの表紙でこのあらすじの本が置いてあったら、私なら買うでしょ!
という謎の使命感のようなものに駆られて買ってみた、いかにもエモそうな小説です。

東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う (新潮文庫nex)

東京湾の向こうにある世界は、すべて造り物だと思う (新潮文庫nex)



文化祭の最中に軽音部の部室で殺された少女・ミズ。
5年後、事件を引きずりながら社会人になって虚な日々を送る井波の前に、彼女は幽霊となって現れて......。




もうね、エモ散らかってましたね。

高校生、軽音部、文化祭、幽霊になった女の子、終われない青春......はぁ。

たぶん、私がこういうお話が好きなのは半分は自分に重ねての共感で、半分は自分が経験しなかったエモい青春への憧れからなんですけど、本書はどっちも良い塩梅で満たしてくれましたね。
ほんとに、自分が書いたんじゃないかと思うくらいに、刺さりました。

喪失のつらさや死への憧憬といった「わかる〜!」なところと、バンドとかニコイチみたいな女の子の存在への「いいなぁ〜!」とでね、う〜〜ん、エモエモ〜〜!



さて、本書はバンド名とかの固有名詞がバリバリ出てくる共感系(喪われた)青春小説であり、幽霊の女の子への恋心的なものを描いたゴーストラブストーリーでもあり、中盤までは幽霊のミズの死の真相を探るミステリーでもあるというなかなかてんこ盛りな、でもライトで読みやすい作品です。


まず、幽霊の設定が面白いというか、律儀ですね。
幽霊が出てくるお話だとどうしても幽霊が何に触れて誰に見えてみたいなところの整合性が気になってしまうのですが、本書は都合は良いながらも一応そのへんが最初にある程度説明されているので、いらん疑問を持たずに読めて良かったと思います。

そして、そんな幽霊Girlとの同棲生活がまた素敵。
なんせ同棲してるのに全然まったくえっちな方向にいかないところがかえって2人の愛を感じてにやにやしちゃいます。
死んだ時のままで出てくるミズと彼女が死んだ時から時間が止まったかのような井波が再開することで、2人の時間が再び進み始める......もちろんめちゃくちゃ振り返りながら、ですが......というのがまたエモい。さっきからエモいしか言ってないけどこれ読んだら誰でもそうなります。
でも切なくも会話などはラノベレーベルからデビューしてる作家さんだけに軽妙でちょっと笑えちゃうので重くはなりすぎず、そこもまた絶妙です。こういう、内輪のノリの会話を読者にも楽しませながら読ませられるの凄いですよね。

実際のところ、出てくるバンド名は意外と知らないのも多かったり、知っててもちゃんと聞いてなかったりしたですが......。
そんな中で、唯一歌詞まで載せられて序盤ですがいい場面で使われている、キリンジの「エイリアンズ」という曲は偶然私も最近ハマってた曲だったのでめちゃ泣きました。もうね、あの曲をただ聴くだけでも鳥肌立って泣きそうになるのに、あんないい感じに使われたら泣くしかねえよ......。

あと、チャリンコもエモだよね。
私も完璧に失恋した時にチャリンコで銀杏BOYZ聴きながら有松から東海市経由で刈谷行って観覧車に1人で乗るというキチガイじみた旅をしたことがあるので懐かしくヒリリと痛く読みました......。



というようにエモ小ネタが豊富にありつつ、ストーリーの展開としては、中盤までは青春ミステリっぽい文脈で話が進んでいくのが面白いところ。
5年前のミズが殺された密室殺人の謎に挑むわけですね。
この事件の解決自体も既視感はあるもののなかなか面白いですね。どっちかというとホワイダニット的な意味で面白かったです。

で、そんな案外ちゃんとミステリな解決編がありつつ、死の真相が分かったからって、失った青春は"解決"しないってのがエモいっすね。
そう、いわば青春の解決編と言うべき物語後半の展開こそ本番でありクライマックスなんですよ。


............なんで、そっから先の感想はネタバレコーナーに移行させていただきますね。
まぁ、一言だけ言っとくなら、死や喪失を真摯に見つめた結末で、エモさ最強、涙が滂沱にちょちょぎれです!!!






















まず、ミステリ部分について。
密室が内側から開ければ密室じゃないっていうところで、ミズが密室については共犯だろうというのは分かりやすいので、自殺幇助かなと思ってましたが......まさか、希死念慮を取り除くための治療だとまでは想像できず唖然としました。
とともに、毎日飽きもせずTwitterで死にたい死にたい言ってる私からしたら非常に自然な動機であり、言われてみればめちゃくちゃ納得できちゃうから上手いですよね......。



で、関係者5人をずらりと集めての解決編までがいわば第一部のような位置付けで、そこからみんなの心残りである文化祭3日目をやり直せ大作戦になっていくのがエモすぎ!
さらに井波とミズの淡い恋模様まで描かれるとあっては......。

やっぱり恋も青春も「時間」、なんですよね。
もう戻れない時間を悔やんだり、共に過ごした時間を愛したり、流れるはずだった時間が途切れたことを悲しんだり......。
時間というのはどうしたって人間が操作することの出来ない絶対的なものでありますので、だからこそ囚われたり抱え込んでしまったりする......そんな気持ちが、「エモ」なんですよね。
あの頃に戻れたらとか、彼女が生きていたら、なんてことに囚われて時間を止めてしまった井波くんら軽音部の面々。彼らが、失った青春の時を取り戻しまではしないものの、擬似的にあの頃に戻って現在と折り合いをつける......という、切なくも爽やかな読後感がヤバヤバのヤバでした。

また、「死」というものの描き方も素敵で......。
死後の世界は無いようだというリアルで悲しい設定ではありながら、ミズが死の瞬間に見たものの描写など、死ぬことへの優しい眼差しもまた感じられたり。

そして、ライブの場面でのミズの幽霊がいるとは思わずにみんなで彼女を話題にして盛り上がるところとか、めちゃくちゃ良かったです。
自分が死んだらみんななんて言うかなって気になるんですよね。私の場合まずそれが気になるから自殺できないみたいなところもあるので、それを実際に描いちゃってて面白かったです。でもそれでみんながこうやって悼んでくれたらそれはそれで死んだことを後悔しそうではありますね......。


あ、あと、Qちゃんの話もすごく沁みましたね。その話を読んだことはないんですが、絶妙にエモい喩えですよね。
あと他にも幽霊が出てくる物語の例としてシックスセンスヒカルの碁ニューヨークの幻あたりが挙げられていてめっちゃ趣味合うやん!と思いました。これそのまま好きな幽霊ものベスト3でいいくらいですもん!


ってな感じで、箇条書き的になりましたが、要は私を狙って書いたのかと思うくらいドンピシャに好きでしたね。
気になって作者を調べたらエロそうなラノベを書いてたのでそれは別にいいかなと思いつつも今後の動向は要チェックですね。

アバウト・タイム 愛おしい時間について

いやー、ついにこの大人気作を観ましたよ!観たんですけどね......。







スコア: 1.0 ★☆☆☆☆


一族の男に代々伝わる特殊能力であるところのタイムトラベルを使って恋も仕事も成功させてハッピーライフを送る主人公を描いたサイコホラー映画です。

主人公は上流家庭で何不自由なく暮らしながら彼女ができないことに悩む内気な青年のティム。そんな彼が、父親からタイムトラベルの方法を伝授されるところから物語が始まるのですが......。

このタイムトラベルが、暗いところにさえいけば無制限に何度でも何の副作用もなく使いまくれるチート能力なのがやっぱりいけないですね。
そんな能力があったらそりゃ使いまくるよ。
実際主人公もその能力を使って一目惚れした相手を時空手篭めにしてお互いへの愛を育みます。
しかし、それってどうなんでしょうね。

知らぬが仏とはいえ、1人の男に目をつけられたばかりに人生のあらゆる選択を奪われ、奪われたことにすら気付くこともできずに操り人形のように彼と愛し合うヒロインのメアリーを見てるとなんだかなぁと思わずにはいられねえよ。
しかも、まさに知らぬが仏で彼女は大きな幸せを手にしてるわけですからね。「幸せになったんだからいいじゃん」的なあざとさを感じてどうにも好きになれないですよ。
まぁそんでも、彼女は主観的には幸せになったからいいとして、ティムのタイムトラベルによって手に入れられたはずのものを奪われたモブの人たちの人生は所詮モブだから見ないフリでいいってか?あ?

後半ではタイムトラベルの効果によってなかなかゾッとする現象が起こったりもするんですが、そんなものも「タイムトラベルしたことをタイムトラベルによって消す」という裏技があるのでなかったことにすればいいだけって......さすがに都合良すぎないですかねぇ?ここでホラー展開に持ってくとか、自分のやってきたことの傲慢さに気付くとかがあれば良かったけど、結局全てのことから逃げるんですね、君は?と。

そんで最後にちょっと泣ける感じのメッセージを組み込まれてもね??
そりゃ、そんだけ人生インチキしてめちゃくちゃ美人な妻を手に入れて毎晩やりまくって仕事も能力以上の成功を収めて、しかも何かあっても最悪の場合タイムトラベルして無かったことにしたり、失業したって宝くじでも当てれば金に困ることだってないっていう、そんな人に「毎日今日が最後だと思って生きるんだ」とか言われても、鼻くそほじりながらゲップで返事するくらいしか出来ねえっすけどね......。


まぁ、もちろん、レイチェル・マクアダムスは最高にキュートでセクシーで最高だけど、最高というよりはもはや最高なんですけど、本作の良かったところなんてほんとそれくらい。
0点に彼女とビル・ナイへの加点を加えて1点ということにしときますけど、いやこんな大人気作にそんな辛辣な評価をしたらみんなに嫌われて一気にフォロワー減っちゃう!!しまったどうしよう......。

すみません、みなさん、ちょっとトイレ行ってくるんで1分待っててもらっていいすか......?









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スコア 5.0 ★★★★★


はい、観ましたよ!
いやぁ、各所での評価もべらぼうに高い本作ですからどんなもんじゃいと思って観たんですが、期待に違わずめちゃくちゃ良いじゃないっすか!滂沱でしたよ涙!!


あらすじはさっき書い......いや、なんでもないですけどまぁめんどくさいんで省略しますね。


前半はタイムトラベルという能力を使って幸せを掴んでいく主人公を描いたサクセスコメディになってまして。

冒頭で描かれるティムくんの一夏の儚い初恋模様は、タイムトラベルを使ってもなお始まらない恋という無理ゲー性が恋愛というもののままならなさを見事に表していてホロ苦いです。
そんな切ない初恋を最初に見せられているからか、本筋のメアリーちゃんへの恋については反則技を使ってるし最初はかなりキモいのに、なぜか応援したくなっちゃうんですよね。メアリーちゃんの笑顔素敵やし。
人生で最高のセックスもすごくにやにやしちゃいました💕

そんなハッピーのインフレーションが中盤まで結構長いこと続くので、まぁ終始にやにやと嫉妬との間をアンビバレントに揺れ動きつつ、レイチェル・マクアダムスがどこをどう見ても可愛いのでそれだけでご飯50杯は食べれるわけでして(特にジャケ写のシーンの美しさと幸せさには失神しそうでした!)。

ただ、終盤に差し掛かってくると、さーて起承転結の転をやっちゃうぞとばかりに悲しいことも降りかかってくるんですね。
そして、アメイジングな能力を持っていてもいつかは受け入れるしかない悲しみに直面した時、ティムは人生に大切なことを悟るんです。
ここはもう泣かずにはいられないですね。もしもですけど、こんな泣ける場面を鼻くそほじりながら観てるような奴がいたらそいつは鬼ですよ。人の心がねえ。

本作はその設定から、なんというか本当に主人公がタイムトラベル出来るという前提で観られている気がしますが、それはまぁ寓話的誇張ですからね。
にやにやしながら見れて、見終わったら今この時を生きよう、と、そんな勇気をくれる素晴らしい映画でした。

最後に、私の座右の銘でもある素敵な言葉を紹介してこの感想を終わりたいと思います。

今日という日は、残りの人生の最初の一日

(500)日のサマー

"運命の恋"を信じるトムと、信じないサマー。2人の出会ってから終わるまでの500日間を描いた、ラブストーリーに在らざるボーイミーツガールの物語。



ええ、これは、極上にして極悪のラブコメですね。
実を言うと本作を観るのは2.5回目。

最初はたぶんまだ恋を知らなかった頃で、純粋にこのサマーちゃんというクソ女(そうなんです)が何考えてんのか分からんイミフな映画という印象。

次の1.5回目は、ちょうど失恋した後の時期で、このサマーちゃんというクソ女が何考えてんのか分からんイミフなクソうんこシット映画として......あれ、同じまま悪化してるけど......とにかく耐えきれず途中で怒って観るのやめちゃいました。

そして、それなりに恋愛を経験して特にこういう刺激もない安定期になりつつある今観たらまたサマーちゃんというクソ女が......あー、うん、これはもう、本作を嫌いなことは一生変わらないでしょう。

でも、大嫌いだけど、主人公の視点から見るとめちゃくちゃわかりみがつよい大好きな映画でもある、それがこの(500)(日の)(サマー)(笑)なんですね。





というわけで、はい。

まずは構成や演出が面白いですね。好き嫌い分かれそうだけど私は好き!

2人が過ごした500日間をシャッフルしてクリストファー・ノーランばりの複雑な事件列で見せてくれるんですけど、ラブコメにこれがとても合ってて。
ブコメってストーリーの展開がベタになりがちなんですけど、こうやってシャッフルされることで「なんでこうなるの?」みたいな引きになるんですよね。
それとともに、楽しかった頃とギクシャクしてる時を時間を飛び越えて連続して描くことで「あの時はこうだったのに......」という切なさも増す。
何より、恋をしてる時に好きな人との思い出を振り返る時って、こうですよね。
出会った時から時系列順じゃなくて、あの時は楽しかったなぁ、でもあんなことも、いやあれはあれでこうでこう......みたいにエピソードをバラバラに並べては切なくなる。
そんな恋してる時の思考の流れがそのまま映像化されてるようで、とてもわかりみがありました。


また、監督はもともとPV監督だったらしく、本作でも音楽の使い方が印象的だったり、演出がPVみたいな視覚的なギミック先行だったりするのも新鮮で面白かったです。
これもですけど、恋をしてる時ってやはり常に日常から3ミリくらい浮いたような心地がするものであるのと同時にそんな自分に酔ってるところもあるものでして。
だから、こういうさまざまなギミックをぶち込んでくるサブカル好みのする演出というのもまた恋する僕らのリアルな実感なんですよね。
そう考えると、本作は恋愛のワンダーなファンタジックな心境を実にリアルにそのまま描き出した作品であるとも言える気がします。決してファンタジーでも演出過剰でもない、これがリアル!!



そして、なによりもキャラクターの魅力が本作の最大の魅力でもあります。

主人公のトムくんは恋に恋するお花畑青年で、ドラマ型統合失調症な感じには自分を投影しずにはいられなくありつつも独特のなよい色気があって憧れるというか、、、言ってしまえば、「私がこうありたい私像」が彼です!というか私は本来ならああいう顔をしているべきであって、なんで精神構造はそう遠くないのに私だけこんなブサイクなんだと、それはそれで謎の怒りに駆られます。

閑話休題

しかし、彼がフラれてカラオケでバカみたいに外して叫ぶシーン、俺もやったよ。
私にとってそれは毛皮のマリーズであり銀杏BOYZでありスピッツであり川谷絵音なのですが、「あなたがあぁぁぁぁぁ!!この世界にいいぃぃぃ!!!」なんて藤原竜也ばりのシャウト決めてたあの頃を思い出して恥ずかしくも懐かしくなりました。



一方、サマーちゃんはまじクソ。クソと書いてうんこと読む。あるいは異星人と書いてエイリアンと読む。そんくらいむかつく女です()。
あんまり女はこうだとかいうとまた怒られたりフォロー解除されたりするんで言いたくないですけど、ある種男が思う典型的なクソ女(そして最高に魅力的なGirl)として描かれてるんですね。

とにかく顔が良いし()、こっちの考えてることなんて全部見透かしたようなとことか、突然奇行に走るミステリアスさとか、恋愛に対する態度とか......全てがもうこちらの理解を越えて〜越えて〜越えて〜ゆく〜なところがもうあざとイミフ可愛い......認めたくないけどとても可愛いんですね。小悪魔ビッチ!!くそ!シット!うんち!!(そう、語彙力失くすレベルで)。
いや〜〜〜でもIKEAで周りが全く見えてない感じめちゃ最高に憧れオブ・ザ・ファッキン僕が考える最強のデートなのにあれでガチ恋にならずにおられるお前は何者なんだ意味わかんねえ!!!!
いかんね、もう、感想というか取り乱すだけみたいになっちゃうからやめとこうかな。



でも、もっかいトムくんに戻ると、そんな彼女を自分だけは変えられると思っちゃうんですよね。それも分かる。でも、それは違うのも分かる......。けっきょくNothing’s gonna change her worldなんすよね。うえっ。

そう、サマーちゃんのことクソクソ言ってるけど、自分もまあクソだなみたいな。そういう反省にもたどり着きながら失敗だらけだけど特別な恋の時間が......うっ............美しいんだ............。


しかし、ラストがまた皮肉が効きつつも一つの恋の結論としてすごくわかりみがあってリアルだけどファンタジックでファニーでキュートでファックでキマりすぎてますね。
恋ってなんでこんなにクソめんどくせえんだろうと思いつつ、それでもあのジェットコースターみたいな気持ちの乱高下に憧れてもしまう最低最高のラブコメ、でした。

うん、私もペニス!!!って叫びたい!!!




以下ひとことだけネタバレで。




























彼女しかいないんだ!運命の人だった!海には他に魚がいる?小魚ばっかじゃねえか!

そう思うのはリアル。
しかし、そんなこと言っときながら、なんだかんだ夏が終われば秋が来ずにはいられないのもまたリアル。

......果たして、(何)日のオータム???

イエスタデイ(2019)

イエスタデイ (オリジナル・サウンドトラック)

イエスタデイ (オリジナル・サウンドトラック)



最&高&最&強でした!



売れないアマチュアシンガーのジャックが、幼なじみでマネージャーのエリーに夢を諦めることを告げた夜、世界は12秒間の停電に包まれ、ジャックは交通事故に遭う。
目が覚めると、そこはビートルズの存在しない世界だった。ただ1人ビートルズを覚えている彼は、その名曲たちを使って一気にスターダムを駆け上がるが......。



といった感じのお話。

ビートルズの楽曲がふんだんに使われていたりビートルズの小ネタもたくさん盛り込まれていますが、内容自体はビートルズの伝記ではなく主人公・ジャックの等身大の愛の物語でした。

まぁ、今さらビートルズでボラプをやられてもどうかと思うので、こういう形でのビートルズ映画ってのも凄く良かったと思います。



私自身はビートルマニアってわけじゃないんですが、彼らの曲はそこそこ聴いてますし、なんせHere Comes The Sunを聴きながら産まれてきた男なので、こりゃもう感慨深深でした。
しかし、ビートルズの曲ってのはもう到達点というか、至高というか。今聴いてもなおどんな新曲よりも新鮮な感動を持って聴こえるし、ゆってもエリナリグビーとかは100回以上は聴いてるでしょうけど飽きることもない。きっと未来永劫飽きない。
そんな楽曲たちを、主人公によるパク......カバーという形で時に弾き語りで、時に原題風にリアレンジされて聴けるのがまた素晴らしくて、下手に原曲そのまま使うより全然愛を感じました。
あと、これ全部のシーンをライブ録音で撮ってるらしくて、その良い意味での荒さと勢いもまた素敵でした。サントラでもその雰囲気が出てて観て以来結構聴いてます。

また、ビートルズ小ネタもわりかし初心者にも優しいものも多く、私程度の知識量でもかなりたくさん拾えてめちゃくちゃ笑いました。マニアな人はもっと分かるのかな。
何より、ビートルズの不在によって彼らの楽曲の圧倒的な存在感を浮かび上がらせる設定が素晴らしい!
50年以上も昔の曲を現代の若者たちがストーリーに載せたりいいね👍しまくったりする描写が全然大袈裟に感じられず、「こんだけ曲が良ければ熱狂するに決まってる」という説得力があるんですね。実際私も今年に入ってからビートルズのアルバムを順番に少しずつ聴いてて今はホワイトアルバムあたりまで来たんですけど、青盤赤盤の元から知ってた曲の素晴らしさを再確認するとともに知らなかったアルバム曲の良さも新発見してその偉大さに打ち震えていたところなので、極々個人的にタイムリーな映画でしたね。



とはいえ、上にも書いた通り、本作はビートルズ本人のドキュメントではなく1人の青年の物語でもありまして。
かのバンドの全ての曲を自分だけが知っているなんて状況になったら、こりゃ絶対やりますよね。いや、私はビートルズの歌詞とかわかんないから出来ないけど、例えばスピッツだったら完全にやりますよ。まぁ自分じゃ歌えないから楽曲提供とかして印税でがっぽがっぽ......。
......なんて私なら考えちゃいますが、ジャックはあくまでミュージシャンになるという夢を叶えるためにビートルズの曲を使ってしまいます。しかし、そうして分不相応な階段を駆け上がるうちに葛藤に苛まれたりもする。
その辺にどう落とし前を付けるのか......?というところに関しては、やや甘すぎる気もしましたが、そこはもう、ファンタジーというか、おとぎ話のようなものですのであまり突っ込むのも無粋でしょう。


一方、そうやって夢を手に入れていくのとは逆に遠ざかってしまうのが幼なじみでマネージャーのヒロインの愛しのエリーちゃん。彼女に対するジャックの態度はもうめちゃくちゃ情けないものですが、そこに共感がハンパない。ただ流されるばかりでお互いの気持ちを上手く測れない感じ。そして、そこからの切なすぎる展開は王道にして最強に泣けますよ〜。ああいう恋愛モノに非常に弱いのでちょっとメンタル死にそうになりながらもクセになっちゃいます。
だって、こんな気持ち、どうすればいいのさ!!!だああぁぁぁ!!!ちくしょう!!!

(というか、エリーちゃんまさかのベイビードライバーのデボラちゃんの女優さんだったんですね。人間の顔を髪型でしか判断できないので気付きませんでした......)
でも、エリーちゃんめちゃくちゃ魅力的でした。トンネルのシーンとか可愛すぎるでしょまぢムリ......(>_<)

作中で使われるビートルズの曲は、最初の方はライブのシーンなら激しい曲、ギャグのシーンではギャップを狙って名曲を......みたいにシーンに合わせて使われていたのが、終盤になるとだんだんとジャックの心情に寄り添うような選曲になっていきます。
ビートルズの叫びを等身大なジャックの叫びに再解釈してハードなサウンドで掻き鳴らしたあの曲......愛の落とし前を付けるのに最適すぎるあの曲......。この辺になるともう今までそんなに気にしてなかった歌詞がすぅ〜っと入ってきて私の強固な涙腺ダムもついに決壊の時を迎えましたね。はい。


あと、極め付けは"あの"サプライズ。
ネタバレなしには多くを語れませんが、あのシーンのあのメッセージがめちゃくちゃ優しくて暖かくて素敵で、でも私にはどうも手の届かないものでもありそうで、またちょっとかなり泣けちゃったよ......。
このメッセージが、今改めてビートルズについての映画を作ることの意味になっていますからね。まさに、愛こそすべて、ですよね。うん。



他にも、エド・シーランの面白さとか、ファザー・マッケンジーに爆笑とか、ジャケ写はあかんのかい!とか、もう全部のシーンが笑えたり泣けたり音楽にアガったりできるめちゃくちゃ楽しい映画で、やっぱ映画館で見れてよかったというか機会があればもう一回見に行きたいまであるぐらいハマっちゃいました。
最高。



以下ひとことだけネタバレで。




























うん、ビートルズがいなかったら、ジョン・レノンは死んでなかったかもしれないんですよね。
すぐこういうこと言うのもあれですけど、この設定において説得力のあるサプライズという意味で特殊設定ミステリのような驚きも感じられて面白かったです。
と同時に、ジョンの語る言葉がこの作品の全てで、人生の全てでもある。幸せとは何か、というその答えが、でも実際にはとても難しいことでもあって、こんな生き方が出来たらなと憧れつつ、皮肉屋っぽいところにはニヤニヤしちゃったりもしてああもう!エモい!エモいとしか言えない!!

好きな人を大事にしようと思いました。

野崎まど『【映】アムリタ』読書感想文

はい、みんな大好き野崎まど先生のデビュー作。
むかーし読みましたが、読書会のために再読。


[映]アムリタ 新装版 (メディアワークス文庫)

[映]アムリタ 新装版 (メディアワークス文庫)


井の頭芸術大学の映画学科・役者コースを専攻する主人公の二見くんが、天才と呼ばれる監督コースの新入生・最原最早の映画の主演に抜擢され、みんなで映画を作っていくお話。


映画サークルが出てくる青春ラブコメというのがベースですが、謎に満ちた天才の言動を解き明かそうとするミステリでもあり、彼女の異能の存在はホラーでもあり......。
200ページちょいのコンパクトさと驚異のリーダビリティで一瞬で読めちゃう作品ながら、ジャンル分け不能の唯一無二な傑作でもあるのですね。すごーい!


で、そんな不思議な話なので、何を書いてもネタバレになっちゃいそうですが、一応ネタバレなしで伝えられる魅力を書いていくと......。

まず、ギャグセンスっすよね。もちろん好みの問題だけど、ラノベ風の軽いタッチで繰り広げられる文化系2人によるボケとツッコミという仁義なき戦いが面白すぎました。
というか、二見くんの一人称の地の文自体も面白い。
しかも、「小難しい語彙を使って下らないことを言う」というギャグのあり方自体が大学生活の象徴のようでもあり、めちゃくちゃノスタルジーを感じながら読んでしまいました。愛おしい!


そして、天才の天才としての描かれ方も見事。
最初に二見くんが彼女の天才性に触れる、コンテのシーン。その静かにド派手なヤバみの演出で一気に心を掴まれてしまうのです。
彼女の能力については、原理とかが一切説明されずに、ただ現象がある。だから読んでいくうちに何でもありやん!みたいな状態にはなってしまいますが、それすらも凄みとして演出されてますよね。

で、そんな天才が何をしでかすのか......というところに関してはもうネタバレ厳禁なので、その辺については以下で書いていきます。





















というわけで、ネタバレ。

終盤まで明確な謎がないままに「最原さんの意図はなんなのか?」というざっくりした、それだけに不穏さも感じられる疑問でもって読み進めてきましたが、「ヤバい映画の素材を集めるために、別のまともに見える映画を作った」というチェスタトン風味のホワイダニットには驚かされました。

......かと思いきや、それ自体が犯人役の残した偽の手がかりで、探偵役はそれに踊らされていただけ、という"操り"とか"後期クイーンなんちゃら"を意識してそうな第二どんでん返しにはひっくり返りました。
たしかに伏線が少ないというのはありますが、それを封殺するように最初の最初のバイト先のシーンに読み終わってみるとめちゃくちゃ分かりやすい伏線を仕込んでいるのも心憎いところでして、この伏線一発でもう「あれはそういうことだったのか〜!」を満足に味わえてしまうのでオッケーっしょ。
あと、このバイト先の場面に出てくる『僕を殺す恋』っていう映画のタイトルもたぶん架空のものなんでしょうけどなかなか象徴的な感じですよね。

ちなみに、このラストシーン、時計じかけのオレンジっぽいなと思ったのは私だけでしょうか......。あのルドヴィコ療法が衝撃的だったから、そのイメージもあって本作のラストもより衝撃的に感じられました。


で、最後まで読んでも二見がルドヴィコ療法によって観せられる映画というのがどういう効用のものなのか分からない、というところがリドルストーリー的でもあります。いわば、ホワイダニット、操り、リドル、といったミステリファンの間で大人気のネタをふんだん使った贅沢な逸品なんですね。

で、そのまま二見くんの一人称を信用して読むと、「最原さんは人間のヤバい顔を見たいがためにここまでのことを仕込んでいて、そのことを忘れさせるためにここ数日の二見の記憶を消す映画を観せようとしてる」って風に受けとれますが、私のフォロワーさんがそれとは違った解釈をなさっていてなるほどと思ったので紹介します。


[映]アムリタ感想 : ネタバレ感想を…


まぁざっくり言うと、最原さんは二見くんを殺したことへの罪悪感に耐えかねていて、恋人ごっこを一通り楽しんだ後で定元化した二見くんを元の二見くんに戻す映画を見せようとしてる、ってことですね。

私もロマンチストなのでこの初恋の続きをしたかった説には賛成したいところで、そう考えると最原さんがハチクロを読んでるのも凄い可愛く思えますよね......。

で、そう考えると、本作は美しくも切ないラブストーリー、つまりは私の好きなやつになっちゃうんですね。



いわゆる、恋に恋するっていうんですかね。
いままで恋愛なんてしてこなかった最原さんが定元さんに出会って「少女マンガで読んだあんなことやこんなことがしたい」と思ってしまうあたりは私も大学時代にばっちしキメてきたので分かりみがっょぃでした。

でも、そんな期待は儚くも散ってしまう。そう、定元さんが亡くなってしまうのですね。詳しくは書かれてないけど、きっとキスもなにもしないままに。
これが普通の失恋だったら、もしくは私みたいな凡人だったら、選択肢は①悲しみに囚われる ②次の相手を探す、の二択くらいなもんだと思います。
しかし、幸か不幸か彼女は天才・最原最早。
映画で人間を作り替えることができる彼女には③新しい定元さんを作る、というコマンドが選択できる仕様だったのです。

きっと、恋人を亡くしてすぐに次の人を探そうなんて思えないし、かといって、悲しみに沈むならいっそ③をやっちゃうというのは、③があるならもうわかりみの里ですよ。
単にふられただけでさえ、リセットルートがあるならそれを選んでしまいたくなるくらい失恋というのは苦しいもんですからね。ましてや、「少女マンガみたいな恋がしたい!」という恋への恋を失うというのはもう......。

そうして選んだ恋を取り戻せ大作戦は、あまりにもベタな好きな人と一緒に一つのものを作るキラキラとか、部屋に招いて際どい下ネタを言うとかなんかそういう青春の、出会ってから付き合うまでのあの煌きに満ちていて、ユーモラスな会話に笑いつつもノスタルジーに泣けたりもしつつ......。

そして、ちょっと、私からすると飛び級しすぎではとは思いますが、2人は最後えろろろい意味で結ばれるところで「スタッフロール」以外の本編は終わります。
そして、そのあとで二見くんは記憶を失い、この恋は最原さんの記憶の中だけにしか存在しないものとなるんですよね。
これは、美しいともズルいとも言えますよ。
だって、恋なんて長く続けば続くほど美しいだけではいられなくなるものでしょう。
その点、はじめてのセックスまでで関係を終わらせて、なおかつ美しい思い出としてパッケージングすることが出来るなら、それは恋への恋の成就と言えるのではないでしょうか。
いわば本作は、恋への恋を叶えてしまった少女の物語なのかもしれません。

そして、最後のページの二見くんの語りの

僕はきっとこの映画も忘れてしまうのだ
そうしたら何回見ても感動できるのかなと、そんなとりとめもないことを考えた

というのは、そのまま最原さんとの恋愛についてとも受け取れます。
もしも二見くんが定元としての人格を消去されて元の二見くんに戻るのなら、その後でまた最原さんとの出会って恋をする未来もあるのかもしれませんね......。

物語が始まった時には犯行が終わっていた本作は、物語が終わった時に本当の恋が始まるお話でもあったのかもしれません。


うだうだと書いてみましたが、実を言うと読書会をやるのに忙しくてちゃんと感想を書けなかったのであることないこと書き殴って誤魔化してみただけなんですね。
正直自分でも何言ってるのかよく分かんなくなってきたのでこの辺で終わります。

とりあえず、映画撮りたくなりましたね。大学の時にもっとまじめにやっとけばよかった......。


P.S.
告白しようとした時の画素さん、最高ですよな。

西澤保彦『パズラー 謎と論理のエンタテインメント』読書感想文

タイトルの通り、謎が論理的に解決されるパズラーと呼べる作品を集めたノンシリーズ短編集です。


なかなかストレートなタイトルですが、実際には本書の収録作たちは、推理要素しかないガチガチに純粋なパズラーという感じではありません。
どの話も西澤保彦らしい人生観などが滲み出た物語としても楽しめるものばかりなので、タイトルのイメージであまり身構える必要もないかな、という気がしますね。......って、ガチガチのパズラーを読むときに身構えるのは私くらいか。ミステリファン名乗っておきながらロジックとか苦手っすからねぇ......。

凄いのはお話のカラーが全話とも違うっていうバリエーションの豊富さ。
鬱屈した西澤さんらしいお話から始まり、翻訳小説風やパスティーシュ、エログロスプラッタぽいのに青春ミステリまで、幅広いこと山の如し。
で、どの話も基本後味は悪め。鬱屈した自意識や性欲や世界への懐疑なんかがモロに出ていて、西澤小説として非常に楽しめるものばかりなのがまた良いですね。

読みやすくスッキリ謎解きがされるオーソドックスなパズラー短編集にして、西澤保彦のエグみも出た、西澤ビギナーにもオススメ、もちろん彼の作風を知っていればより楽しめるであろう粒揃いの一冊でした。



では、以下で各話の感想を。





「蓮華の花」

20年ぶりに故郷に戻り同窓会に出席した作家の主人公は、そこで亡くなったと思い込んでいた同級生の女性に会う。自分はなぜ、彼女が死んだなんて思っていたのか?その疑問について探るうち、彼は1人の少女のことを思い出して......。


という、青春を回顧しながら自分の人生の裏に隠された秘密を探っていくという、西澤さんらしいお話。
実際に作家になってみたら思ってたのと違ったとか、妻や母親との関係性なんかの、ちょっとした鬱屈がまた西澤節ですね。

そんな状況の中でしれっとヤっちゃうところに苦笑しつつ、それでも虚無みは募るばかり......というイヤ〜な味わいがまた意地悪いっすね。
そして、爽やかな青春の思い出にもなりそうなエピソードをこねくり回した果てに、なんともやるせない結末へと到達するのが素晴らしい。あえてはっきりしない描き方になっているものの、どう受け取っても虚無感や気持ち悪さは残りますからね......。

ミステリのオチとしてはそこまで驚くべきものでもなく、パズラーと言うほど論理性重視とも思えませんが、謎が謎を呼びながら全てが物語の余韻に向けて収束していく様は圧巻で、西澤流青春小説の傑作と呼べるでしょう。





「卵が割れた後で」

アメリカの田舎町。地元の大学に通う日本人青年の他殺体が発見される。死体の服には腐った卵が付着していて......。


アメリカが舞台で翻訳文風のお話なんですが、それでも読みやすいのはさすが。
まず被害者のジャップ野郎の酷さに笑いました。こんなやつ殺されちゃえばいいんだ、あ、殺されてたわ、みたいな。
しかし、もう1人出てくる日本人青年はめっちゃいい子で同郷の人間として誇りに思います。
いや、でも私自身はどっちかっていうと意識の低さはクソ野郎の方に近いと思うで、悲しいですね。
一方、捜査陣、というか間抜けっぽいのにやり手の警視さんのキャラがめっちゃよくて、シリーズ化してほしいくらいでしたね。
あと、ちょいちょい出てくる車の話が面白かった。文化の違いと言いますか、向こうでは多少のキズとかは気にしないんですね。車擦るたびに怒られるので、正直羨ましいです。

どうでもいいことばかり書きましたが、事件の方もなかなか面白い。事件の様相が二転三転しつつ、卵というモチーフを軸にシンプルな反転を見せる解決にはスカッとします。やられました。転々しすぎて逆に「これはダミー推理やな」とかすぐ分かっちゃうのはまぁありますが、面白かったです。





「時計じかけの小鳥」

ピカピカの高校一年生・奈々は、地元の書店でクリスティの本を買う。その本には不可解なメモが挟まれていて、さらには彼女の母親の筆跡と思われる書き込みもあり......。


冒頭の中学を卒業してそんなに経たないのにもう懐かしくてしょうがないという青春さにぐわーっ!と思いました。
そして、新刊書店で古本っぽいもの、しかも母親のメモ書きがあるものを買ってしまうといういわゆる日常の謎から出発して、主人公がどんどん想像を逞しくして推理していく過程がとにかく面白いです。西澤さんお得意のディスカッション推理を1人でやるような感じ。ただ、いつもの酒飲みながら高校生がちょっと夜更かししてそれをやるっていう若さもまた素敵。
真相の方向性自体は最初からやけに分かりやすく書かれているので読めちゃいますが、それでもさらっとエグみのある結末は素晴らしい。
自分の過去の秘密に直面するあたりは第一話にも通じますが、そのことへの感慨にキャラが表れてて比較しても面白いですね。
個人的偏愛度は本書で1番。






「贋作『退職刑事』」

主婦が殺害される事件を捜査する刑事。容疑者も既に犯行を自供していて解決したに等しいその事件について、元刑事の父親に語ると......。


都筑道夫の『退職刑事』のパスティーシュらしいです。
恥ずかしながらオリジナルを読んでいないのでどの程度似てるのか分かりませんが、評判を見る限りだと再現度高すぎてキモいそうです。なんぞそれ。
てわけで、西澤保彦の短編集の中ではやや浮いてる気はしますが、その分変なエグみがなくパズラー味が感じやすい作品だと思います。ただ、親子の会話でのいわばディスカッションによって推理を展開していく様はぽいかも。
事件の構図自体はそんなに捻られないながらも、なんといっても(ネタバレ→)新しいお父さんの使い方に笑いつつ唸りました。これはアクロバティック。そして推理だけしてブチッと終わるのも新鮮で面白かったです。このへんが本家の真似なんですかね。





「チープ・トリック」

少女を拉致し教会でレイプしようとした札付きのワルとその取り巻きの2人。しかし、ワル君はそこで首を切断されるという凄惨な死を遂げて......。


最も性描写が濃いやつですね。胸糞悪いながらも、なんというか全員狂ってるからもはやそういう世界として倫理は無視して楽しめてしまいました。
で、トリックはタイトルの通りチープなトリックで、出てきた瞬間誰もが分かるであろうもの。一応それにもう一つ付け加えて捻ってありますが、あれが分かった時点でなんとなく全貌がわかってしまうのでミステリ的にはそこまで......。
ただ、全編に精液の臭いの漂う生々しさや、スプラッタな事件そのもの、また完全にホラーなラストシーンなど、映像的には非常にインパクトが強く、パズラーに添えるウワモノ成分が最も多い一編であることは間違い無いですね。その辺を楽しめればなかなか印象的な短編だと思います。





「アリバイ・ジ・アンビバレンス」

同級生の少年が学校のマドンナ的少女に殺害されたというニュースを聞いた主人公。しかし、彼は犯行時刻と思しき時間に少女が中年男と密会する場面を目撃していて......。


まず1番関係ない話からしますけど母親の旧姓が西澤作品にしてもかなりエグくて笑いました。珍名すぎて一瞬誤植の類かと思ったくらい。
で、お話はコメディとまでは言わないものの、ややライトな調子の青春モノ。
アリバイがあるのに犯行を自供するという、普通のアリバイものとは正反対の謎がまずは魅力的で、やたらカッコいい響きのタイトルに恥じない導入と言えるでしょう。
そこからベタすぎて逆に新鮮なヒロインのキャラを楽しみつつ、やはり主人公とヒロインの2人で微妙な緊張感の中ディスカッションが繰り広げられるのが色んな意味で楽しいです。
そして、辿り着いた解決はやはり本書の締めに相応しいおぞましさを持っていながら、(ネタバレ→)少女のことだと思っていたタイトルの意味が反転してロリコンおじさんを指すものになるあたりに唸りました。

というわけで、本書全体を通してストレートなパズラーにウワモノとしての鬱屈や性慾が乗せられていて作品によってはそのバランスが逆転したりなんかもしちゃう、端正なミステリにして嫌な西澤保彦らしさも満点な、素晴らしい短編集でした。