偽物の映画館

観た映画の感想です。音楽と小説のこともたまに。

「軽蔑」(ゴダールのやつ)

面白いけど好きじゃない映画、面白くないけど好きな映画、あります。面白くない上に嫌いだけど心に刺さる映画もまた......。これは最後のやつでしたね。

軽蔑 [Blu-ray]

軽蔑 [Blu-ray]

製作年:1963年
監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:ブリジット・バルドー



主人公は劇作家のポールと元タイピストの妻カミーユの夫婦。彼らの良好に見えた関係が、カミーユの「もう愛してない」という言葉で破綻して行く様を描いた、ゴダールのイメージに反してめちゃくちゃ分かりやすいお話でした。

もちろん、そこに本人役のフリッツ・ラングが撮る『オデュッセイア』を中心とした小難しい会話や美しい映像で空気に眠気成分を混ぜ込んでくるあたりはイメージ通りでしたが、私にはそういう小難しい事は分からないので昼メロチックな部分だけの感想になります悪しからず。


主人公のポールはイケメンで金もそこそこあるけど女心が分かってない一番嫌いなタイプの人でした。時代的にじゃーないかもしれないけど女性蔑視的な言動もイラっときますね。
そんな彼のとある些細な行動がきっかけで一夜にして愛の魔法から覚めてしまうヒロインのカミーユ。美人だけどちょっと怖い、雰囲気的には菜々緒みたいな感じ?な彼女の不機嫌そうな表情を見ているだけで根源的な恐怖が湧き上がってきます。

しかし、本当に怖いのは「アンタなんか軽蔑ヮ!」という彼女の言葉。
「軽蔑」という感情は異次元ですよね。「醒めた」なら再燃する可能性もあるし「嫌い」は好きの鏡像と言われることもありますけんども、ケーベツはネェ。「もうあなたとは関わりません」「もう人間として見ません」という宣言ですからね。
夢の中では何度も軽蔑の眼差しを注がれたけど、もう二度とあんな思いはしたくないです。
しかしポールとカミーユも前日までは表立ってはラブラブ夫婦。きっとカミーユの中に蓄積があって、あの日のポールがラストストローを積んでしまったってことだと思うけど、蓄積なんて目に見えないからね。だから怖い。そしてもはや軽蔑されてしまったポールが「なんでそんなことゆうの??😂」とか言ってももう可愛くない。ますます軽蔑されるだけなのにそんなことも分からないこの男のバカさも怖い。自分はこうなりたくないけどなりそうな気がします。怖いわヤダヤダ。

「非論理が論理に反するのは論理的」

作中で印象的なフレーズです。
恋愛というのは非論理的なもの、そこに論理的な「もう愛していない」理由を探そうとするポールは非論理的ということでしょうか。男って賢いふりしてバカよね、ホント。
ポールのバカさとカミーユの「理由はないという理由のある」軽蔑を描き出す会話のリアルさが怖かったです。


とりあえず、今私が世の中で一番怖いものは好きな人からの軽蔑だと気づかされました。
そして、とりあえず来週からはせっかくの休日にこんな映画を見てバカのくせに哲学的なことで鬱々とするなんてバカなマネはよして明るい映画を見ようと決心しました。

商業主義とかオデュッセイアとかブリジットバルドーのケツの話は知らねえから有識者のブログを読んでね。

積木鏡介『誰かの見た悪夢』読書感想文

大学生の醍醐と女友達の夢摘は、帰省途中にひょんなことから家出した子供・悠を、縫柄記念病院へ送り届けることになる。
しかし病院は廃墟同然で、そこに棲む人々はそれぞれ醜悪な悪夢に囚われていた。
やがて悪夢に冒された病院で連続首斬り殺人が起こる......。


以上のあらすじだけ見れば、とてもベタなクローズドサークルミステリ、或はB級スプラッタホラーです。
実際、それも間違ってはいないのですが、本作はやはりそれ以上に「積木作品」という唯一無二のジャンルの傑作だと思います。


誰かの見た悪夢 (講談社ノベルス)

誰かの見た悪夢 (講談社ノベルス)



全編疲れるくらいメタにメタを重ねた『歪んだ創世記』、連作短編集に近い形式で大量のネタを注ぎ込んだ『魔物どもの聖餐』と、毎度その過剰さが魅力の積木作品ですが、本作も御多分に洩れずネタの量が物凄いです。

なんせ、病院関係者の過去と現在の首斬り殺人という2つの軸があって、どちらも謎・解決ともに奇怪で異様で変梃淋の頓珍漢のポンポコリンなんですから......。
 

本作はタイトルにもある通り、「悪夢」がテーマになっています。
そのため、作中のところどころで登場人物が見る"悪夢"の描写が挟まれます。それが単体でもまさに悪夢のような気持ち悪さなのですが、凄いのは、その夢に納得のいく説明がつくこと、そして説明されることでより醜悪になること。
悪夢とその解説によって段々と浮かび上がる縫柄家の一族の秘密は、見せ方によってはそれだけでも一冊の長編になりそうなくらいの醜怪凄惨贅沢盛りだくさんで楽しめました。


しかし、そんな盛りだくさんなアレコレはあくまでも脇道。本筋である連続首斬り殺人はさらに強烈なインパクトを持っています。
事件自体は言ってしまえばただの首斬り殺人ですが、ゴテゴテに装飾された文体で書かれると雰囲気満点だし、後半は特にスピーディーに人が死んで行くのでとりあえず楽しいです。
そして何 より真相が異様で異形。この人がこの文体とこの世界観で描かなければ、本を壁にぶつけた後壁ごと燃やしたくなるくらいバカバカしい(ネタバレ→)入れ替わりトリックの提案と口封じが延々繰り返されたという首斬りの理由に、腹の底から笑いがこみ上げます。それでいて、あまりにもつらい真相に泣きそうにもなりました。なんなんだこれは。

さらに、そこから雪崩れ込むように語られる最後のオチに唖然。いやいやそんなんで言いくるめられませんってば~と思いながらも何故だかその静かな美しさに涙が溢れそうになったりならなかったり。
この作品は結局のところ(ネタバレ→)醍醐という人形が観た一夜の悪夢にして、彼の最初で最後の短い初恋だったのだ!
......って、いやいやいやいやそんなバナナ。しかし美しい。しっちゃかめっちゃかやっときながら、終わりよければ全てよし、深い余韻の残る読後感が味わえました。


あと、本筋にあまり深く関わらないジジイによるトンデモ珍説の放言(妄言)にも笑いました。言いたいことはギリギリ分からなくもないけどお前は何を言っているんだという絶妙なぶっ飛び論理、好きな人は大好きだと思います。さらにこれが(ネタバレ→)繰り返すことと、それを遡ると諸悪の根源がいるという点で事件の真相を暗示しているようにも見えるのが面白いところ。


斯様に、悪く言えば纏まりがなく色々なネタが歪に寄せ集められた作品、よく言えば異形盛りだくさんの贅沢な作品でした。
解決前のおどろおどろしさ、もはやギャグの解決、美しいラストと、全編に渡って翻弄されまくり。私はこういうの好きなのでめちゃくちゃ面白かったし好きですが、好みは分かれそうなのでこれから読まれる方はご注意を......。

西澤保彦『夏の夜会』読書感想文


最近西澤保彦にハマってます。
今年は私の中で西澤保彦読むYearなのです。
今回はノンシリーズ長編のこの作品。

飲みながらディスカッションするといういつもの西澤ミステリに、人間の心の暗部を描いたいつもの西澤小説が合わさったファン垂涎のいつもの西澤保彦でした。面白かったです。

夏の夜会 (光文社文庫)

夏の夜会 (光文社文庫)



〈あらすじ〉
葬儀のため数日間郷里へ帰ることにしたおれは、そのついでに小学校の同級生の結婚式に参加することになる。
二次会で同じテーブルになった4人の旧友たちと、ふとしたことで"鬼ババア"とアダ名された井口先生が学校で殺害されたという話題になるが、各自の記憶には細かな齟齬があり......。
あやふやな記憶を擦り寄せていった先に見える真実とは......?



というわけで、飲みながら語り合う一夜のことを描いた物語です。

過去に起きたはずの殺人事件についてディスカッションしながら推理していくというミステリーなんですけど、ミステリーとして期待しすぎると微妙かもしれません。
なんせ、推理の手がかりはほぼ全て登場人物の記憶だけ。しかも、冒頭で主人公の一人称で「記憶というのはあてにならない」的な述懐があるように、「こうだった気がする」「そういえばこうだったかも」「あー、めっちゃ大事なこと忘れてたけどこうだったよね」みたいに間違いも後出しも連発されるんですよね。だから、読者に推理の余地はなく、確信犯的にアンフェアにしてる感じでした。
フェアとか本格とか難しいことは考えずに流れに身を任せて読める人にはオススメです。



で、私はこの作品けっこう好きなんですけど、それはこうした記憶の曖昧さが「過去」の恐ろしさを描くことに繋がっているからなんです。
そもそも、物語というのは普通未来へ向かって進んでいくものですが、ミステリーというジャンルは既に起きた事件の真相を追い求めて過去へ進んでいく物語形式であるとも言えるでしょう(必ずしもそうとは限らないなんて野暮なツッコミはやめてくださいね)。
そういう意味で、「過去」というテーマはやはりミステリーという形式と相性がいいのかもしれませんね。

そう、過去......。
未来というのは見えないから怖いものですが、変えることができるものでもあります。
それに比べて過去はもう変えられない。しかも、見えているようで忘れていたり頭の中で改変していたりして、案外当てにならないもの。
ふつう、人は大人になるにつれ常識や人への思いやりを身につけて成熟して行くもの。そんなマトモな大人になった時、過去の未成熟な自分が犯した罪を突きつけられる恐ろしさといったら......。
本作の主人公も、わりと序盤の段階でこうした過去の罪を思い出して苦悩します。その苦悩がラストに至るまで引きずられていくので、読者も自分が過去にしてしまったこと、してしまったかもしれないけど覚えていないことを想起していたたまれない気分にさせられます。
こういう本ばっかり読みたくはないけど、たまにはこういうつらさを味わっておくのも人生経験の一つかな!って。



ちなみに、本作とそこまで被るわけでもありませんが、過去の罪と忘却というテーマが似ているミステリー映画として、な〜んとな〜〜く、オールドボーイを連想しました。本書が好きな方なら嫌いではないと思いますので併せてぜひ......。

トリプルヘッド・ジョーズ

まーたクソくだらねえサメ映画観なきゃいけないのかやれやれまったくカンベンしてほし......あれ、面白い......?

トリプルヘッド・ジョーズ [DVD]

トリプルヘッド・ジョーズ [DVD]

製作年:2015
監督:クリストファー・レイ
出演:カルーシェ・トラン、ジェイソン・シモンズ、ロブ・ヴァン・ダムダニー・トレホ

☆3.4点


はい。なんと本作、「ダブルヘッド」や「ファイブヘッド」に比べて普通に映画として面白かったです。比べる相手が悪いとも言えますが、やれば出来るじゃん!


まずびっくりなのが、オープニングのパニックシーンが終わると、冒頭いきなりなんだか真面目な雰囲気になることです。

本作の主人公は海中にある海洋研究所に就職した新人研究者のマギーとその元カレのグレッグ。
研究所では、環境汚染による海洋生物の突然変異について研究していて、汚染によってフリークスになった生物たちを飼育しています。この辺の設定の作り込みがしっかりしているため、本作では「三つ首の鮫」が登場しても他の超サメ映画につきものの「いやいやありえへんやろ〜ww」がなかったのがまず凄いところです。
そう、ゴジラが公害によって生まれたように、本作のトリプルヘッド・ジョーズもまた海の環境汚染から生まれた化け物です。トリプルヘッド・ジョーズが人間を喰い散らかしていくのは、謂わば我々人間への警鐘。本作はB級映画の皮を被った、メッセージ性の強い社会派映画なのです。


とはいえ、超サメ映画が真面目なだけでは期待外れですが、本作はもちろんサメ方面のバカバカしい映像もてんこ盛り。
サメはイルカショーのように華麗に宙を舞い、三つの頭で人を喰らう!サメに食われた人間は牙の間から断末魔の表情を!もちろんおっぱいも盛りだくさん!(※健全な映画だからポロリはないよ!)。


そして、展開の広げ方も魅力的です。
序盤は水中の研究所からの脱出で引きつけてくれます。水中施設の閉塞感がサスペンスを際立たせる見事な引きでしたね。
さらに船を手に入れてからはいよいよサメ映画らしく、船上の人々の人間模様とサメによる容赦ない襲撃に今度はアクション的に手に汗握ります。
さらに終盤はホラーっぽさやどうやってサメを倒すのかというミステリー的な要素も......すみません言い過ぎました。でもサメの倒し方はなかなかバカバカしすぎて逆に意表を突かれました。
超サメ映画ってどうしても出オチみたいなもんで、序盤で飽きちゃうことが多いですが、本作はこれだけ展開がうねってくれるので飽きずに一気見でした。
さらに、個人的に一番好きなのがラストシーン。(ネタバレ→)普通はこういうB級映画って最後倒したと思っていたサメやゾンビや殺人鬼が実は生きてたり新しく出てきたりするわけですが、本作はそれを皮肉っぽく茶化しながらきちんと平和を取り戻して終わるのがステキです。ストーリーに力を入れていただけあって、最後で無粋にぶち壊すようなことをしないんですよね。超サメ映画でありながらシャレたラストシーンでした。


というわけで、なめてかかってましたが普通に映画として面白い作品でした。と言っても多分信じてはもらえないことは分かっています。自分でも本当に面白かったのか、わりと半信半疑ですから......。

楠田匡介『いつ殺される』読書感想文

河出文庫から最近出てるノスタルジック怪奇探偵幻想シリーズより。
河出さんはここんとこ泡坂妻夫日影丈吉、それからこのノスタルジックシリーズといった国内ミステリの復刊に力を入れているようで非常に嬉しいところです。
今作は、知る人ぞ知るミステリ作家・楠田匡介による長編です。現在新品で手に入る作品がたぶんこれだけっていうくらいマニアックな作家さんなので読めるだけでも貴重ですね。


糖尿病で入院中の小説家・津野田は、自らが入っている病室にまつわる幽霊騒動を知る。
この病室には以前8000万円の公金を横領して心中を図った滝島という男が入っていて、その時以来、看護婦らが女の幽霊を見るようになったというのだ。
この騒動に興味を持った津野田は、妻の悦子や友人である刑事の石毛の力を借りて幽霊の正体を暴こうとする。しかし、やがて何者かが津野田に圧力をかけ始め、津野田はいつ殺されるか分からない状況へと追い込まれて行き......。



まず前半は入院中の小説家が暇を持て余して病室の幽霊騒動を調べるというお話。
地の文と会話の比率が2:8くらいの会話重視な文章で、古い作品ですがかなり読みやすかったです。
特に、津野田と妻の悦子とのやり取りがステキです。

「だって幽霊が出たり......」
「出たっていいじゃないか」
「あたし厭だわ」
「なぜ?」
「あなたの寝顔を、深夜に他人の女のひとに見られるなんて......」
「よせやい!」

可愛くないですか?こんな感じで、ぶっちゃけ悦子さんめちゃくちゃ可愛かったです。結構おばちゃんだけど。
こういった軽妙な語り口で、8000万円の隠し場所探しやトイレでの幽霊消失事件などが描かれていきます。この辺までは謎が謎を呼ぶ展開と、魅力的な会話と、モダンな雰囲気で、めちゃくちゃ面白く一気読みしていました。前半部のクライマックスもスピード感があって印象的です。


ただ、後半はそこから比べると失速したかなぁというのが正直な感想ですね。
津野田が病室で妄想に近い推理を繰り広げる前半から、後半では石毛が足を使ってあちこち飛び回る地道な捜査が主体となっていきます。
で、そのこと自体は、味変みたいな感じでどっちの味も楽しめるお得感があってむしろ好きなんです。ただ、そこで話の軸が滝島事件に纏わる(真ん中らへんで初めて出てくる)四人の女に移ってしまうんです。で、その四人の女が皆、物語に直接登場しない人たちなので「誰が誰だっけ?」となってしまい、ここまで高かったリーダビリティが一気に下がっちゃうんですよね。読者のわがままな意見としては、お話はできれば後半に向かって加速していってほしいもので、逆だと読むのがつらいです。


とはいえ、終盤はワケありの証言者との対話や、黒幕との直接対決、そして明かされる真相と、見所たっぷりで巻き返してくれました。
トリックも今から見ると既視感あったり小ネタだったりはするけどいくつも仕掛けてきてくれてミステリファンには嬉しい限り。その中でわりと大きめなあのトリックなんかは、最初から分かってはしまったものの、小粋な演出も込みで楽しめました。
結末もなかなか皮肉が効いていて良いですね。


というわけで、今読むとやや物足りなさや分かりづらさはあるものの、色々なアイデアがてんこ盛りの長編でした。マニアにはオススメ。

藤野恵美『わたしの恋人』『ぼくの嘘』読書感想文

『ハルさん』のプチブームでミステリ界隈にも名前の届いてきた作家さんですが、今回紹介する2冊はミステリではなく青春恋愛小説です。
私も『ハルさん』を読んでその面白さについついこの2冊を手に取りましたが、これがまた面白く、すっかりファンになってしまいました。
尚、この2冊は内容的に続編ではなく姉妹編という関係性ではありますが、『わたしの恋人』→『ぼくの嘘』刊行順に読むことを想定して書かれているのでこれから読まれる方はぜひ順番に読んでいただきたいです。


『わたしの恋人』

彼女いない歴=年齢だけど、明るくて楽天家の古賀くん。ある日彼は、保健室で出会った少女のくしゃみに恋をした。
古賀くんから告白されたくしゃみの少女・森せつなは、引っ込み思案で家庭に事情を抱えてもいることから、彼を受け入れることに不安になる。しかし、彼の優しさに次第に惹かれていき......。
対照的な高校生の男女の恋を、お互いの視点から交互に描いた青春恋愛小説です。



私自身は女の子となかなか上手くいかないので、常に「古賀ああぁぁぁ!」と殺意に満ちた心で読み進めましたが、なるほど、素晴らしい青春恋愛小説だったと思います。

本書の特徴は、あらすじに書いた通り、対照的な2人の視点が交互に描かれることでしょう。話の内容としては非常にオーソドックスなのですが、だからこそ、お互いのお互いへの気持ちや隠していることまで全て読めることで胸のきゅんきゅんが最大限に引き出されてしまいます。というかきゅんきゅんさせるの上手すぎて......。1ページにつき1回はきゅんきゅんポイントがあるので読んでいて常に死にたい気持ちにさせられました。つらい話を読むよりも、幸せな話を読む方がより死にたくなる んですね......。
あと高校生のくせにここまで彼女のこと考えられる古賀くんはイケメンだと思います。私は常に自己中心的な恋愛しかしないので許すまじと思いました。
 
不満な点としては、2人があまりにも上手くいきすぎてて、後半で起こる恋人関係の危機みたいな出来事も正直そこまで危機にも感じられませんでした。上手くいくのはいいことなのでただの僻みと言われちゃそれまでですが、こんなに上手くいかれるとムカつくしちょっと起伏に欠ける印象にはなってしまいます。
ただ、(ネタバレ→)高校生の男女がキスをするというシンプルな結末には胸が張り裂けて口から血と心臓と吐瀉物が同時に出てきます。いや下品なこと言ってげごめんなさい。

甘いきゅんきゅん成分しかないので、さらっときゅんきゅんしたい人にはオススメ、重いラブストーリーがお好きな人にはやや物足りないかも、という一冊でした。私はどっちも好きなので好きです。しかし誠実なこの2人の恋は、不誠実な私にはあまりにも眩しくて目がこんがり日焼けしそうでしたよ。





『ぼくの嘘』

ぼくの嘘 (角川文庫)

ぼくの嘘 (角川文庫)

笹川勇太が恋した相手は、親友の彼女だった......。
一方、こちらも恋しちゃいけない相手に恋する学校一の美少女・あおいちゃん。あおいちゃんは、勇太が森せつなに恋している証拠を握り、「バラされたくなければ私の恋人のフリをしろ」と彼を脅迫する。そう、恋人がいるフリをして、好きな人とその恋人とのダブルデートをするために......。



というわけで、今作の主人公は、前作の主人公・古賀くんの親友として名脇役ぶりを発揮していた笹川勇太くんです。
前作では味のある脇役に徹していた笹川くんですが、今作はなんと冒頭から彼が好きになってはいけないはずの森さんに恋していることが判明するからアラ大変。
一方、新キャラであるヒロインのあおいちゃんも、好きになってはいけない相手に恋をして勇太を脅迫するというなかなかサスペンスフルな展開に。
前作がとってもぴゅあぴゅあで甘酸っぱくてハッピーでストレートで両想いでFuckな......おっと心の声が......恋愛小説だったのに対し、今回は絶対報われない恋×2という障害多すぎなお話になっています。

個人的には順風満帆すぎた前作よりも好きです。というかむしろ、前作が今作のための壮大な前フリだったとすら思います。だからくどいようですが順番通りにぜひ。

さて、そんな本作の見所はやはり複雑な関係の主役2人です。パッとしないオタクの笹川くんとスペック高すぎ美少女のあおいちゃんという凸凹すぎる2人の感覚のズレ方に笑いながら、それでも同じ悩みを持つ者同士で通じ合うところに切なくなったりとぶんぶん感情を振り回されます。
最初からなかなかしんどい話ですがここに更に追い討ちをかけるように中盤以降2人にそれぞれ事件が起こります。あおいちゃんの方は伏せておきますが、笹川くんの方は裏表紙のあらすじにも書いてあるし、予想もしやすいので書いちゃいます。そう、彼、あおいちゃんのことが気になっちゃうのです!

......ってまぁそりゃそうだって感じの展開ではありますが、ここが良い!ここが良いんです!
私は普段恋愛小説を読まなくて、恋愛も のの作品に触れるといえば専ら映画ばかりになるのですが、今まで結構多くの恋愛映画にある共通の不満を抱いていました。それはズバリ、「恋愛ものって"好き"から始まんじゃん?」。最初から相手のことが好きだったり、出会ったその晩にはもうセックスしちゃった、みたいな話が多い............ってそんなに数観てないし洋画ばっかだからそりゃすぐセックスはするけどさ............気がするのです。もっと、こう、どういう経緯を踏んでどういうきっかけで相手を好きになるのか、そこが観たい!と思っていたんですよ。
それがこの作品の、「笹川くんがあおいちゃんを好きになる瞬間」にはあったんです。
2人がどのように出会って、これまでどんな会話をしてきて、その上でどんなタイミングで、彼が彼女に恋に落ちるのか、謂わ ば「恋の伏線回収」といいますか......。良質のミステリを読んだ時に、「これだけしっかり伏線があれば真相に納得!」と思うのと同じく、「これだけ伏線があれば好きになるのも納得」出来ちゃうんです。はぁ、好き......。

このシーンが本作の一つの山場であることは間違いないんですが、これを皮切りに更に怒涛の山場が連続しま
す。
これ以降のストーリーはネタバレ回避のため詳しく書きませんが、とにかく切ない。どいつもこいつも実らない恋なんてしてドMじゃんと思いますけど、恋ってそういうもんっすよね。切ない。

 さて、ストーリーはこれ以上書かない代わりに、本作で好きな言葉を2つ紹介します。
1つは、あおいちゃんの「恋をして、なお賢くいることは不可能だ」。
うん、言い得て妙 ですね。恋は叶ってもバカになり、叶わなくてもまたバカになり。治療のしようがない最悪のビョーキですね。

もう1つは、笹川くんの「恋愛というのは美しいものなんかじゃなく、妄執の一種で、見苦しいものだ」。
うん、言い得て妙ですね。これまで模範的な人間が登場する美しい恋愛映画を観て愚かにも「恋とは美しいものだ」という幻想を抱いてきました。実際は醜い感情のオンパレードです。

 なんてね、すっかり恋愛否定論者になった気分で読んでたら、ラストに驚愕しました。物凄い豪腕。あんなことリアルにはあり得ないのに、ここまでのストーリーとこの筆力で描かれると強制的に納得させられてしまいます。この感覚、何かに似てると思ったら島田荘司です。あり得ない大トリックをさもありそうに描 く島田荘司の力技を、恋愛小説に置き換えたような。いわば恋愛小説界の『占星術殺人事件』ですよ(全然違う)。
 
と、最後に意味不明なこと言って台無しにした気がしますが、とにかくこれは素晴らしい作品です。
恋をしたことある人なら多少なりとも必ず共感したり身悶えしたりする場面があるはず。そして、これだけの濃い内容なのにさらさらとお茶漬けみたいに流し込める読みやすい文章なのも良いですね。1日でサクッと読めて、長いこと余韻を残す、コスパ高い恋愛小説でした。ぜひ2冊合わせてどうぞ。

連城三紀彦『小さな異邦人』800字レビュー

小さな異邦人 (文春文庫)

小さな異邦人 (文春文庫)

2013年に逝去した著者が遺した短編をまとめた遺作集のような短編集。
しかし、「遺された短編をただ纏めただけならそこまでのクオリティは期待できないか」......などと思っていた読む前の自分をぶん殴りたくなるくらい粒揃いの1冊に仕上がっています。
むしろ、統一テーマがないことがバラエティの豊かさにつながっていて、最後の短編集にして著者の色々な顔を垣間見られます。だから余計悲しくなってしまったり......。

例えば、「指飾り」「さい果てまで」は情感あふれる恋愛小説としての側面が強いのに駆け引きや伏線を扱う手捌きはミステリーとしても読める佳品ですし、 「風の誤算」は "噂"をテーマに、謎の焦点そのものが見えないところに、予想外の方向からのオチがつく変わり種、
「冬薔薇」は夢と現実が錯綜する幻想ミステリーで、無人駅」 「白雨」もいつも通り素晴らしい連城ミステリー。

そして、 「蘭が枯れるまで」と 「小さな異邦人」はこれまでの数多くの連城ミステリーの傑作群にも引けを取らないのです。

「蘭が枯れるまで」は交換殺人という難しいテーマから後半でめくるめくどんでん返しを繰り出して読者を驚愕の坩堝に叩き落とし、ホラーにも通じる恐るべきラストへ雪崩れ込む傑作。

そして表題作の「小さな異邦人」こそ、著者の生涯最後の短編小説にして、歴代連城短編でもトップクラスのこれまた傑作。母親と8人の子供の家族に「子供の命は預かった」と脅迫電話がかかってくるが、家には子供は全員揃っていて.....という筋立てを珍しく少女の一人称で描いた作品です。とはいえ、物語とミステリーの融合といういつもの連城節は炸裂しています。こういう物語を歴代ベスト級のトリックと融合させたこの作品が著者から我々への最後のプレゼントだったのだと思うと、著者の作家人生そのものが1つの奇跡の物語だったようにすら思えます。

本当に惜しい作家さんを亡くしましたが、彼が描いた数多くの作品はこれからも読み継がれるでしょう。本書がきっかけになって彼の作品に触れる読者が増えればと思います。